見出し画像

ひと と とり

働かなくなって1ヶ月経つと夜に眠れなくなった 4時になり、人よりもはやく鳥が起きた 気の長い夜に焦れて、ドリルで穴を開けるように不躾で遠慮のない、真っ直ぐな鳴き声だった 呼ばれているわけじゃないけど、もう起きてるよ(というかずっと起きてたよ)って伝えることもできない 明かりのない町 鳥にとっては1匹 私にとっては1人と1匹 ねえ、例えば、どちらのほうが…… 何度も穴を開けるドリルが屋根にのっぺりとした鳥の影を象る 起きている人が私には私しか見えなかったから、だんだん私のために貫いた音のように錯覚してしまう そしたらガチャン、カンカンカン……と、ずいぶん早起きの住人が足音を立てて車を出したもので、世界が朝に塗り変わりつつある たぶん鳥は大きなあくびをしているだけ

ずっと自分のさびしさについて考えている 鳥といえば…… 4月に、数年住み着いているのにまだ歩いたことのない道を散策していた 短い石橋を渡り(名前があるわりにささやか)一面の緑の道、やがて川が見え、鳥たちが水浴びをしている様子を眺める ふと、中洲で翼を広げたまま動かない鳥に気がつく たぶんちょっとは動いていたが周囲の鳥と比べると異質だったものでえ?ああいう彫像?(なぜ?)とよくよく見てみたら、やはり生きている鳥だった でも中洲に謎の鳥の彫像があっても面白い 姿は珍しくもないし、小さいし、とても人の鑑賞のためにあるとは思えない あれだけ鳥が集まるのだから、何かしら鳥のための彫像に違いない
そこまで考えて、またさびしくなった

「美しさとは留まることでしょうか 知るとは看取ることでしょうか」

吸血鬼の言葉を思い返す 『メロディ』は、別に全てを読まなくても、少しずつ私を取り出せる音楽になった 便利は便利だけど、作品は心をアスファルトで固めたようなものだから、常に柔らかな土があることを忘れないでいたい 

「尊いのは足の裏である 尊いのは頭でなく 手ではない 足の裏である 一生 人に知られず 一生 きたない処と接し 黙々として その努めを果たしてゆく 尊いのは足の裏である」

高校の演劇部の稽古で毎日読まされた詩 調べたら元は禅の詩であり、どうやら続きもあるらしかった 一応読んだが、応用力のある(?)ここまでを覚えておくことにする 足は感覚受容器である 地面の感触の違いだって私の感性を刺激する ただ、理屈ではなく、足に心を委ねるのは、根底にこの詩があったからかもと思えるから

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?