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やっと行った眼科の帰りに見えた美しい景色に母を重ねた夜


「目の病気は怖いから、ちゃんと検査しなさいね」

緑内障だった母は遺伝を心配して、何度も私にこう言った。

母は目だけでなく色々と悪くて、そんな母の介護のために電車に揺られる私にバカボンのパパも「眼底検査を受けるのだ!」って勧めてくれていたっけ(広告)。

眼科、行かなきゃ行かなきゃと思いつつ異常がないとなかなか足が向かなくて……母もパパもあれほど言ってくれていたのに。

絶対に行くと決めてカレンダーに丸をつけておいた日、ずいぶんと月日が経ってしまったけど、無事に行ってきた。

*

視力検査、やはり少し視力は落ちていた。

「あ、目は細めないでくださいね」

いつの間にかクセになっていたんだな。鳩の目をイメージしながら頑張った。

「光が見えたらボタンを押してくださいね。瞬きはたくさんしていただいて構いません」

ゲーム感覚というのはこういうことかと、ムキになってしまった。

「なかなか焦りました」と照れながら言うと、

「よく出来ていましたよ」と褒められて誇らしくなった。

……歳を重ねたせいか、なんだかみんなが優しく感じた。

様々な検査の途中、瞳孔を開くための「散瞳剤」という目薬をさしてもらう。

「20~30分掛りますので、そのままお待ち下さいね」

疲れていた私には「寝てていいよ」と聞こえてウトウトしていると、あっという間に20分経って、スタッフさんがペンライトを片手に瞳孔の開き具合を確認しに来た。

「天井を見てくださいね。うーん、もう少し掛かりそうですね」

……数ヶ月前に私は母を亡くしているので、なんとなくまだこういうことに弱い。どうしようもないのだけど。

ようやく瞳孔が開き、残りの検査と医師の診察を受ける。

結果は特に問題はなかったが、涙が出るのが少し気になると訴えると、目薬を処方してくれた。

最後に「老眼はしょうがないですね」と言われて終了。ほっとした。

瞳孔は元に戻るまで3~4時間。それまでは眩しく感じたり、ピントが合いづらいとのこと。

調剤薬局も久しぶり。処方箋を機械に通すと薬剤師さんにいくつか質問をされた。

「すみません、定期的に伺わなくてはならなくて……お酒は今も飲まれていますか?」

実は数ヶ月前からぱったりお酒を飲まなくなった。家族が「少しずつでいいんじゃない?」と心配するほど、あっさり。

音楽を聴く時も、映画を観る時も、お喋りをする時も、なんとなくそういう雰囲気が好きで傍らにお酒があることが多かったんだけど、母を亡くして「身体を大切にしたいな」って思うようになったのだ。

「今はぜんぜん飲まないんです」

……病院、薬局、健診で聞かれる「お酒」のこと。決して大酒飲みではないし、悪いことをしているわけじゃないんだけど嫌だったんだ。後ろめたくなっちゃって。

だから、堂々と答えた。すごく気持ちが良かった。

目薬を2つもらって外に出ると、すっかり日が落ちていて……薬の効いた帰り道はキラキラと眩しい世界が広がっていた。

大通りから一本入った道は緩やかなカーブで、点々と続く街灯はまるでファンタジー。我が家へ向かう坂道はいくつもの虹の輪っかが空に向かっていた。

「母が最後に見た景色もすごくキレイだったのかもしれないな」

眠る母の記憶に色がついたような気がして、ちょっと嬉しくなった。

……さっさと眼科検診に行って安心させてあげれば良かったよ。

ごめんねお母さん。
そして、ありがとう。

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