外山合宿第15.9999...回レポート(のようなもの)

 活動家の外山恒一の主催する教養強化合宿に行ってきた。現在の停滞状況から脱出したい一心であった。大学生活において撤退に撤退を重ね、このままでは引きこもりになってしまうという巨大な危機感。それに伴ってか、心が「政治の時代」へと戻っていく。自分が60年代に闘って死ぬという妄想で自閉しながら日々を過ごしてしまっていた。しかし、特権的な行動に踏み出させてくれる狂気は一向に訪れない。このままでは駄目なのだ。『われらの時代』においてフランスに出発することを熱望する男よろしく「出発」を決行したのだった。

 とある駅に集合するが、外山恒一は風貌からオーラが出ているので見つけやすい(と思う)。駅からは車で10分くらいで外山恒一邸に着く。

 1日目は自己紹介だが、まだ到着していない参加者がいた場合は、2日目も軽く自己紹介、最終日もOB・OGが来るので自己紹介をする機会がある。自分が専攻している(あるいは興味のある)学問分野、外山恒一を知ったきっかけなどを言う。出だしは誰しも硬くなる。最終日になって振り返ってみると、どうして最初はみんなあんなに緊張していたのだろう?という感じだ。10日も密で過ごすとまるで昔からの知り合いのように思えてくる。

 テキストは外山恒一自作の『マルクス主義入門』、立花隆『中核vs革マル』、笠井潔『ユートピアの冒険』(『例外社会』も使った)、スガ秀実『1968年』だった。10泊11日(半日分休み)のうち、『マルクス主義入門』に1日、『中核vs革マル』に3、4日、『ユートピアの冒険』に1日、『1968年』に1日、くらいのペースだった。

 学生運動の党派にどのようなものがあるのか、なぜ分裂したのかが解説され(特に中核vs革マル』を読むとき)、腑に落ちる。本を読んでいるだけだと革マル派に感情移入しづらい(暴力的で、しかも華々しくないから)。しかし、この合宿で学ぶ中で、党(革命を主導する「真の前衛党」)について考えさせられる機会が多く、果たして革マル派は間違っているのだろうか?と考え直すきっかけになった。もし革命をしたいとして、派手に目立つ闘争をやるべきか、地道に組織づくり(党建設)をするべきか。ロマン主義か、リアリストか。例えば後者の立場の中で、POSSEというグループはじわじわとアカデミズムや出版の世界で影響力を拡大していっている。もしかしたら30年後には権力を奪取するかもしれない。合宿でどのような答えを出すかは人によるし、ますます分からなくなるかもしれないが、数日間詰め込みでやるからこそ、その問題に何か光が見えてくる(と自分は感じた)。

 学生運動における内ゲバのエピソードがたくさん紹介される。「どうしてこうなってしまったのだろう?」と何度も感じさせられる。しかし、それぞれの党派の思想の傾向を踏まえて勉強していくため、「筋が通っている」と良くも悪くも「納得」することができる。「マルクス主義は宗教なのではないか?」と思うようになるかもしれないが、それは今度は、宗教や観念について考えるきっかけになるだろう。案外、身近な人との精神面での対立の根底にあるものと似ていたりするように見える。人間関係に苦しんだら、内ゲバについて考察したらヒントが見つかるかもしれない!

 ブランキやプルードンなど、マルクス主義ではない革命理論(活動)の系譜(そこにはアナキズムも関わってくる)も頻繁に紹介され、思考を掻き乱してくる。おそらく、外山恒一は敢えてそれを意図している(最終日前日の質問タイムでは、自身のファシズムの宣伝も欠かさなかった。)。右翼も左翼も一筋縄ではいかない。その重みを合宿が終わっても考え続けることになった。

 笠井潔の本を読むときには、政治と経済の関わりについての話が多く出てくる。経済政策と冷戦構造が深く関わっているという話や、資本主義の危機を乗り越えるためにどのように経済政策が変わっていったかという話などである。合宿を通して、マルクス経済学に関しては軽く触れられるだけだが、やはり経済の話は重要である(今回の合宿参加者にはMMT理論の賛同者がおり、積極的な財政出動についての話を聞くことができ、刺激を受けた。外山恒一はMMT理論については懐疑的なようだった。経済については自分で勉強して発展させていくべき部分であろう。この合宿はマルクス経済学者をつくるところではない、ということは分かった。)。

 『1968年』には、文学の話も出てくる。太宰治が〇〇○だった!、三島由紀夫ととあるアナキストの関係!など、政治と文学の関係を考える手がかりになる。なぜ文学を読むのかの、新たなモチベーションの一つになるかもしれない。

 外山恒一のおすすめの音楽が内蔵されているパソコンが学習場所に設置されており、休憩時間に好きなだけ音楽を聞くことができる。ここの選曲の意図は分からなかったが、ロックが多かった。90年代くらいまでは合宿で提示された文化史(68年史観)でカバーできるようである(2000年以降の曲(特に2010年代)はあまり内蔵されていない。そこからは自分で歴史を描けということであろうか。)。

 映像資料の視聴の時間も、これまた意図が分かりづらい。ドンピシャで歴史番組や政治的演劇が流される日もあれば、そこから敢えて外しているようなもの(外国のコメディードラマなど)が上映される日もある。単に外山恒一の趣味とも思えない。もしかしたらこれで創作者として覚醒する人が現れるのを待っているのだろうか。

 食事は用意してもらえるが(昼と夜)、食物をよそったり食器を並べたり洗ったりするのは各自手が空いたらやった方が良いと思った。今回の合宿では気を利かせる上に手際のいい人がいたので、のんびりし過ぎるとそのような人たちにばかり負担が行ってしまう。意識的に作業に加わって負担を分担するのが良い。最終的にはだいぶ全員が平等に分担するような感じになったように見えた。洗濯は今回は綺麗好きな人が多かったのか、常に誰かが洗濯しているような感じだった。ハンガーの数に限りがあるので、洗濯をするときはあらかじめ話し合って日にちや時間帯を決めると良いのかもしれない。

 歩いて20分くらいのところに銭湯があるためか、外山邸の風呂が混むことはあまり無かった。毎日確実に入れる(お酒を飲んで寝落ちしなければ)。

 3日目くらいから毎晩飲み会が行われるようになった。最初に飲み会をすることを宣言した人がいて、それ以降は飲み会をやるハードルが一気に下がった。宣言することは重要である(合宿ノートを作ってそこに「飲み会をやる」と書いたのもミソ。合宿ノートでコミュニケーションをとるのは良い方法だ。)。酒や煙草も、外山合宿という空間の中だからこそ普段飲まない、吸わないようなものにまで手を出せる気がする。政治や文学を語らう同志が飲んでいる/吸っているものは、その他の空間でのそれとは輝きが全く違って見え、今までは避けていても「飲んでみようかな、吸ってみようかな」と思えるのである。

 さて、『われらの時代』では結局出発することができず、「偏在する自殺の機会を逃しながら生きていく、これが俺たちの時代だ」というような絶望感で締められる。果たして、この合宿を経験して、私は本当に出発することができるのだろうか。

 合宿には、既に活動を始めている人もいた。話を聞くと励まされた。その気になればすぐに活動に入ることができるのだ(民青は割と気軽に入れるようだ)。しかし、私はそれができるのか?「その気」を振り絞ることができるだろうか?

 できるだけ長く大学生を続けるという不屈の意思を持ち、他の大学へ編入した人もいた。モラトリアムのために闘うという姿勢。闘わないために闘うという強さを、私は持っているのだろうか?

 雑談をしているとき、ふとしたきっかけで『魔法少女まどか⭐︎マギカ』の話になった日があった。私が佐倉杏子というキャラクターについてつい力を込めて語ってしまった(美樹さやかというキャラクターとの関係性が注目だ、と。自分でもそんなに熱意を込めたのが不思議なくらいだった)。そのとき、ジャーナリズムとアカデミズムに邁進している人から、このように言われた。「杏子好きな男は、女を恋人ではなく、自分を守ってくれる存在として見ている傾向がある。」と。自分を見透かされた気分だった。何かへの依存心があることを、ずばり言い当てられてしまった!合宿の最中であってさえ、脱出できていなかった。無意識に出てくるところに、自分の停滞の残念さを感じずにはいられなかった。

 外山合宿で得た知識や、そこでの出会いを大切にして、隘路を脱出する。「見るまえに跳」ぶことはできなかった私は、見てどのように跳ぶかという段階なのである。この合宿を無駄にしてはならないと、自分に言い聞かせ続けて。




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