読んだ:テッド・チャン『息吹』

というわけでさっそく最近(とはいっても一月くらい前だけど)読んだ本のお話です。

テッド・チャンの『息吹』を読んだよ。という雑記。

前作『あなたの人生の物語』からじつに16年……16年⁉ぶりの新作とのこと。

 本格的にSFを読み始めてから5年くらい経つけれど、それまでに何故か読んだことがあったまともなSFが
・『虐殺器官/ハーモニー』伊藤計劃
・『宇宙消失』グレッグ・イーガン
・『あなたの人生の物語』テッド・チャン
 という謎の時期があって、当時のラインナップが地味に謎。とりあえず虐殺器官は本屋さんで見つけて「ア!表紙が黒くて格好いい!」となって手を取って、宇宙消失は当時の知人から勧められたのは覚えているのですが、そういう限りなく無教養な状態でテッド・チャンに手を出したの地味に謎なんだよな……(タイトルが格好良かったからかな……?)

 で、そういう限りなく徒手空拳気味な当時のステイタスでも『あなたの人生の物語』はだいぶ面白く読めて、表題作は元よりキリスト教思想に視座を置いてそこから生じる神威の容赦なさとかある種のグロテスクさを物語った『地獄とは神の不在なり』はかなりガツン!とくる感じで揺さぶられたのですが、ちょっと今回はそこまではパンチ力は感じなかったかな……?というのが率直な感触。
 いや、ふつうにイーガンの『ひとりっ子』くらいは面白かったんですけどね。というか自分はだいぶイーガンの短編みを感じた(要するにハードSF的な枠組みの中でけっこうヒューマニズ重点の話をやっていく感じというか……)。まぁ、要するに並みの本以上には普通に面白かったです。

以下、気になった掌編についてつらつらと。

◆「商人と錬金術師の門/息吹/予期される未来」の開幕三作が私的にあんましピンとこない話が続いてすこし不安になる。いや、面白いんですけど、前作は開幕から「バビロンの塔」とか「理解」とかが飛んできていたので、若干の食い足りなさが……。

◆「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」
 とかうだうだしてた矢先にかなり強い中篇がエントリーしてきて即座に掌を返すことに。あまり見ない類型の話だったので最後まで話がどう転がっていくのかまったく予想できずいい具合に翻弄され続けた。
 仮想空間上で愛玩動物にするために造られたペットAIの知性が独自の発達を見せ始めて……という滑り出しからあれよあれよという間に事態が斜め「下」へと滑り落ちてゆく怪作。
「子育て」という行為が持つ本質(将来性というものはまるで担保されないが、それでも親は子の発達に対して資金や時間を惜しみなく投じてしまう)に迫り過ぎていて普通にキツめの子育て小説を読んでいる気持ちになるし、明確に描写されてるわけではないけどふわっと「障害を持つ子どもを持った親」についても意識されてるんじゃないかな~?とも感じた。
 そうなんだよ、こういうどこか苦みを持つラストを書く作家がぼくたちのテッド・チャンなんだよ(腕組み後方彼氏面で)。

◆「デイシー式全自動ナニー」
 笑うが(これ、めちゃめちゃ好きです)。
 全自動乳母(ナニー)が全世界を覆い尽くすことを夢見る完全に人間の心がない科学者と機械に育てられてしまった子どもたちが奮闘するトンチキ枠。「大いなる沈黙」とあわせて短編集にひとつかふたつ箸休め的にこの手の笑える話があるととても嬉しくなりますね。

◆「偽りのない事実、偽りのない気持ち」
 ふたつの挿話を通して語られるテクノロジーや叡智によって齎される「真実」が人生の仄暗い一面を暴き出すイヤ~~~な話(必ずしもそれらはヒトを幸福にはしないという話)
 ぼく個人はこれから割と伊藤計劃みを感じて、なんなら計劃アンソロジーに入ってても違和感がないような、要するにそういうべしょっとした質感の話です(謎の掘り下げ方をすると、ご本尊の「The Indifference Engine」と伴名練の「美亜羽へ送る拳銃」を合わせたような読み味)。
 というか三割くらいはハーモニーみたいな話ですね。この世界、絶対めちゃめちゃになりそう(確信)。

◆「オムファロス」
 SFマガジンにも収録されていましたが、「地獄とは神の不在なり」と同じくキリスト教的史観の上に成り立つ宇宙的恐怖の話。
 実際語られている恐怖の質は「地獄とは~」と同根なのだけど、前と比べれるとかなり前向きというか救いのある話になっているので、十ン年の間にそういうイーガンのヒューマニズSFっぽいほうに作家性が遷移してきたのかな、と思った(なんのかんのいって、どちらかといえばテッド・チャンは容赦なく作中人物を突き放すイメージがあったので)
 ところで同様にSFマガジンに掲載されていた小……説?(コラム?)「2059年なのに、金持ちの子(リッチ・キッズ)にはやっぱり勝てない(貧困層の子どもたちに対する支援として政府が知能指数を上げる処置を施したあと十年くらい経って追跡調査をする話)」もだいぶエッジが効いて面白かったのですが、こっちは収録されなかったのですね……。

◆「不安は自由のめまい」
 なぜか直近でイーガンの「ボーダー・ガード」の量子サッカー(波動的謎スポーツ)をうんうん唸りながら読み返す機会があったので(どうして……?)波動関数周りは比較的心穏やかに読むことができた(あと昔に比べてちょっとだけ量子サッカーを理解することができた)。
 テクノロジーによってパラレルワールドを可視化出来るようになったことで自己が選び取った「選択」に思い悩む人々を描いたお話。並行世界を覗き見る市販マシンの名称が〈プリズム〉なので事実上の〈プリズム・シリーズ〉でもある(え……?)。
 自分は何故かアメリカ映画で頻出するグループディスカッションを見るのが大好きなので(ちなみに中でも最高峰なのは『俺たちフィギュアスケーター』で登場するセックス依存症患者たちによるグループセラピー/「セックス依存症はれっきとした病気なんだ!」は映画史に残る名言)、本作ではこれでもかというほど登場人物たちが円を囲んで挙手してお互いの悩みを開示し合い、最後には「ありがとう。話を聞かせてくれて。みんな、彼に拍手を」で結ぶという例のお決まりの遣り取りをしてくれるので本当にうれしかった。何の話だ?
 閑話休題。比較的穏当だった本書籍内のこれまでのややクリーンぽかった紙面を払拭するように続々と素行の悪い人間や犯罪者が本作には登場する。彼ら彼女らは並行世界の自分を横に自らの現状や過去の行いを責め苛んだり悲劇を回避した自分自身に対する嫉妬に咽んだりパラレルな自分と結託して更なる犯罪を目論んだりと「確立され台頭したテクノロジーが生み出す不幸」がかなり強めに出力されている。そういう人々の悲しい人生に対する本作なりのエクスキューズが齎す解放感とラストのやさしさは確かな爽快感を読者に預け、ここまで再三引き合いに出してきたけど良い意味でイーガンの「幸せの理由」に肉薄する人間が持つ「より善い未来を切り拓いてゆく力」感じさせた。
 こういう話を読んだときが一番「SF読んでて良かったな~」と感じるときなので、やっぱり大御所はこういうの絶対に外してこないな~という素朴な気持ちがあります。

だいたいそんな感じです。

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