投げられたお題で短編書く試み:2(1)

 断れば良かった。ここに来て、また後悔している。俺の人生は、いつもこうだった。昨日の夜から半日をかけて空港に降り立った俺は、10日分の大きなキャリーバッグを引きずるように外に出た。
「っっつ!!」
 予想を遥かに超える強い日差しと、地面から上がる熱波に思わず声を上げる。半袖は逆に肌が焼けて辛いと聞いていたが、こういう事か。納得しながら日陰に逃げ込む。
「おうおう、来たな来たな~!」
 連絡を取る前に羽織る物をとキャリーバッグを開封している俺に、ハイテンションでかかる声があった。振り返って見ると友がハワイ系のお土産屋さんでしか見たことのないアロハシャツを身に纏い、なぜかカウボーイハットを被って立っていた。
「久しぶり、なんだその帽子」
「4年ぶりに会ったんだからこまけーこと言うなよ、久しぶり!」
 俺は胸の前に差し出された彼の拳に、自分の拳をぶつける事で返事をした。

「日本と比べてやっぱ暑い?俺もう慣れちゃって」
 友の運転する車で、友の家に向かう。日本が梅雨の頃、久しぶりに連絡を寄越してきた友は「見せたいものがあるから長期休暇の時こっちに遊びに来い」と言ってきた。こっちというのは、俺が今いるオーストラリアだ。ここ数年独り身の俺は、誰に許可を取る必要も無く二つ返事で承諾した。承諾してしまった。
 何を後悔していたかと言うと、知識なく安易にOKを出してしまった事にだった。
 知識がないと言うより、忘れていたの方が正しい気もする。「じゃあ冬にいくわ」と返事をしたあの時の俺は「オーストラリアって温かい所」とだけ考えていた。地理と寒さにめっぽう弱い俺は「冬のオーストラリアって寒くないんだろうな~」と、今思えば馬鹿みたいな事を考えていた。
「にしてもお前、なんで冬に来なかったんだよ。てっきり夏季休暇で来ると思ってたのに」
 運転しながら友は言った。その通りだ。オーストラリアは日本と気温がほぼ逆転する。完全に失念していた俺がその事を思い出したのは、飛行機の予約も会社の休みも完全に確定し、持っていくものをバッグに詰め始めた3日前の事だ。
「まあ、ほら、寒いの苦手だし」
「いやお前暑いのも得意ではなかっただろ…」
 うるさいよ。
「いや懐かしいな、サークルで温泉行った時お前さあ―」
 友の運転する車は、友の家のある海辺の街へとひた走った。

 友の家は、街の中心部から少し東に進んだ海の見える家だった。街と言うよりは村に近い集落は、一軒一軒の敷地が広く開放的だった。
「滅茶苦茶いいところだろ」
 玄関先で家の周りを見渡す俺に、友は得意げに笑いかけた。
「正直、羨ましいよ」
 素直な感想を伝え、友の家の中へ案内される。
「ただいまー!ん~どこだ~?」
 家に入るやいなや、何かを探し始める友。俺はと言うと、靴を履いたまま入る家なのか、と久々の感覚にどぎまぎしていた。
「いたいた、おい!紹介するよ!」
 玄関先で伸びをしていた俺に、戻ってきた友が紹介する。
「俺の彼女だ!」
「コンニチハ」
 友の隣で、色の濃い茶髪で目の堀りが深い美しい女性が、小さな口ではにかんでお辞儀をした。
「こんにちは。え、もしかして見せたいのって、この彼女!?」
 嘘だろ、どんだけの時間とお金かかってると…。
「ちげぇちげぇ。彼女と付き合い始めたのはお前を誘った後だよ」
「?」
 焦りながら否定する友と、その横で日本語がわからないのであろう彼女が小首をかしげながらにこにこと笑っているのを見ていると、微笑ましくて羨ましくて。
「はぁー、美人さんだなぁ。とりあえず、結婚式は日本で上げてくれ、もう飛行機はうんざりだから」
 嫌味っぽく俺は言った。

 その日の夜は、友の家でご馳走になり、酒を飲んで寝てしまった。彼女が作ったという料理は、日本ではあまり見ない肉料理がメインで、それはもう美味しかった。なぜか得意げな友に通訳してもらいながら、3人で楽しめたと思う。
 次の日、目が覚めると、ゲストルームのベッドの中だった。サイドテーブルにはミネラルウォーターが置いてあり、キャップに付箋が貼ってあった。
『起きたらシャワー キッチンの奥』
 ミネラルウォーターを三口程飲んで、ベッドから降りる。部屋から出ると、廊下に見覚えは無かった。
「あ、二階か」
 窓から見える景色から、一階ではないことがわかり、階段を探す。下った先がちょうどキッチンの横だった。ここの奥…、そう考えながらキッチンを横切ろうとすると、流しの前に椅子を置いて本を読んでいる彼女を見つけた。
「あ~…」
 一応声をかけようと思ったが、日本語は挨拶程度しか伝わらない。英語が出来ない訳ではないが、気恥ずかしくなってしまった。
「おはよう」
 声をかけられた彼女は、一瞬ピクっと驚いて、こちらに顔を向けた。
「オハヨウゴザイマス」
 にこりと笑って頭を下げてくれた。こちらも思わずお辞儀をする。
「あっと、お風呂、借りるね」
「?」
 やはり伝わらなかった。俺は右手でシャワーを掴み、左手で身体を洗うジェスチャーをした。彼女は「あ~あ~あ~」といい、右手の親指と人差し指で丸を作って、口でウーの形を作った。
「ありがとう」
 めっちゃ可愛かった。

「アヒル口、あざとくて嫌いだったけど…」
 あれだけ造形の整った人がすると、様になって最早美しかった。俺はシャワーを浴びながら排水溝に話しかける。
「昨日海でたまたま出会ったとか言ってたけど、運良すぎだろ…そういや友、どこいったんだろ」
 昨晩の馴れ初めの会話を思い出してやっと、友がいなかった事に気付く。
「まあいいか」
 まあ良かった。

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提供者:なーし
お題:???????

まさかの3部編成になりました。続きは後日。

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