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風物詩

燃えるゴミの日だった。

各部屋のゴミをまとめて詰め込んで結ぶ。
1週間分の自分が詰まっていて、ああこんなもの食べたなあ届いたなあ開けたなあと他人事のように思う。
家からゴミ置き場までは徒歩1分ほど、何かのついでじゃなく、わざわざ行くこの時間が嫌いではない。イヤホンをポケットに押し込み、ついでに散歩もすることにした。

赤い金属質のヒンヤリとしたドアをギギギと開けると、蝉が羽ばたく音がした。近い..!!!
咄嗟に周りを見渡すと上の階から蛇行飛行しながら降りてくる蝉!
わわわ、多分声に出ていたと思う。急いで部屋の中に一時撤退を決め込もうとドアを閉める。その少しの隙間に蝉がギリギリで滑り込んでくる。

は????????

アクション映画で閉じ込められそうな主人公がギリギリでスライディングして抜け出すアレの如く。如く、じゃない待って、部屋の中に蝉が入った?!頭の中の記号が「&lmwpat#gt"pam'」のようにバグりながらゴミ袋を投げ出してサンダルを雑に脱ぎ部屋に走った。

騒ぎを聞いて自分の部屋から出てきた同居人がニヤニヤしながら
「蝉、入ってきてるやん笑」
「...蝉、入ってきちゃった泣」

昔は手でさわれた蝉も23歳になればこわいのだ。だってキモい。ごめんけどキモい。羽がついてる癖に飛行能力が低いやつマジでキモいじゃん。なんでなの練習しろよ。そんなんじゃ夏の大会地区予選落ち...じゃなくて!

同居人と緊急作戦会議を開き、同居人がドア付近の傘を手に取り追い出す係、僕がドアをあける係に決まった。

僕のミッションとしてはドアをあければいい。それだけなのだ。しかし、ドアノブのすぐ斜め下には今は大人しく地面にしがみついている蝉。近づけばまた大きな音で羽ばたくことだろう。

よし、走り込むから。走ってドア開けて外出てドア押さえとくから。と同居人に告げ、躊躇したらその分こわくなると僕はすぐに走り出した。
サンダルを履く時間も危ない、裸足で外に出てドアを押さえる。蝉は僕の瞬足に気づかなかったようでピクリともしなかった。コーナーで差をつけた。セーフ。ありがとう。

しかしここで僕は衝撃の事実に直面する。
?!?!待ってください。同居人さん!

よく考えたらこの状態で外に貴方が蝉を追いやったら、外でドアを押さえてる私の方に蝉が飛んでくるってことでは???役割分担間違えた!泣

そう嘆くももう遅い。同居人は無慈悲にも傘を手に持ち、こちら側に蝉を追いやり始めた。

飛ぶ蝉。蝉が部屋を出た瞬間に開けたドアの後ろ側に逃げる私。一瞬の隙をついて部屋に入る私。ふぅ。。。

ふぅ。。。じゃない。。ゴミ。。捨てれてない。
部屋にはスタート位置に戻ったゴミの袋、同居人は一仕事終えた顔をしている。
僕は役割分担をミスった八つ当たりに同居人を睨み、ゴミ捨て、、いかなきゃと呟く。

おそるおそるドアをあけると進行方向、下に降りる階段の上から2段目の床にしがみついている。

「いるわ。」
「いるね。」

「ゆっくりバレないように蝉の横通って行ってくる。」
「オッケー」

謎のゴミ捨て使命感に突き動かされている私は、もう止まれなかった。ゴミ袋を掴んでサンダルを履く、ドアをゆっくり音がしないように開け(蝉って音って概念あるの?聞こえてる?)、そろりと出る。蝉の横をゆっくりと反対の壁に沿うように通るときに視界に同居人が入る。ニヤニヤしている。

ナンデオマエドアのソトにデテキテル??
ソレデナンデ傘モッテル??

同居人は私が蝉の段を通り過ぎる瞬間に、傘で蝉を刺激した。
チョッッットマテオマエエエエ!!!
思わず叫んだ僕は全速力で階段を降りる。後ろから聞こえる羽音、近い近い近い近い近い。

なんとか一階エントランスに辿り着き、LINEで「オマエユルサナイ」と送って、無事ゴミ置き場のネットの中に袋をおさめた。

ふぅぅ、、散歩しよう。少し長めにしよう。今帰っても階段にヤツがいるし、傘を持ったヤツもいるかもしれない。とんでもない。

なんじゃこれ。と思いながらイヤホンをして、1時間ほど考え事をしながら歩いて帰宅。

一階から階段を登る。些細な音も逃さないようにイヤホンを外して耳を澄ませ、目を凝らして、急にくる襲撃に備える。
遅くなったが僕らの部屋は3階だ。

大丈夫、一階にはいない。2階との間の階段にも、いない。よしよし、2階にも、3階との間にもいない。よーしよし、これはこの1時間の間にどっかにいったんだよかった〜〜!
.......ドアの前の宅配ボックスの上にいるわ。.....終わった。

1時間経ってお前の移動距離はそれだけなのか。大丈夫か。元気にしてる?ご飯とかちゃんと食べてる?熱中症とかも最近は多いらしいよ。そう、水分だけじゃなくて、塩分も摂らないとなんだって。なんだってーー!もー!!!

部屋に入りたい。ドアの前には蝉。
もうやめてよ。勘弁してよ。ポケットから鍵を取り出しスタンバイ、心の準備をしたい。

一階のエントランスから音、誰か帰ってきたんだ。上に上がってくるぞ。その場合その人が通った時にどっちみちコイツが羽ばたいてゲームオーバー。時間制限あと20秒。こわい、ちかい、ああもう!今日何回目かももうわからない意を決して、ドアノブに近づく、それより早く階段を小走りで走ってきたお隣さん。

「あ、どうも!」
「あ、はぃぃ、(変な声出た)(ちょっと走らないでもらっていいですか、彼を今刺激しないで、羽ばたいちゃうから!羽ばたいちゃうから!!)」

お隣さんに変な返事と目線キョロキョロをお見舞いし、素早くドアに鍵を挿して部屋に入れた。
は、入れた。

そんな大人しいのに、なんで最初そんなアクティブだったのーー。蝉さん。

つ、疲れた。

次出る時にはもういませんように。

またね。

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