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連載小説【夢幻世界へ】 4−2 世界の鍵

【4−2】



 会話は言葉だけでなく、意識や感情、五感を触発できるさまざまな刺激を使って行われる。思い違い、というものが、この中には入り込む余地がなさそうであった。言葉の裏側、表側、記憶、精緻なイメージ、それらを全部まとめて交換し合い、そのなかで物事を進めていく。重層的で膨大な情報をやり取りすることで、誤謬などというものは存在できない。

「いかがですか。では、もう少し意識レベルの幅を広げたところへ、行ってみましょう」

 街の中央に、白亜のビルが建立している。エントランスに入り、エスカレータで二階のホールに上がり、そこからエレベータで七階のフロアへ。そこは細き部屋が多存していてそのひとつに通される。会議の模様だ。

 役人と思しき背広族がグループで都市計画を話し合っている。防衛・交通・医療・BCP・教育・産業振興・文化振興・観光…情報量はさらに増加の一途をたどり、俺は目眩がする。


「それでは、この計画におけるPWについてだが…」

「それは上部組織送りということで」

「異議なし」「異議なし」


「コンシェルジュさん、あの『計画におけるPW』というのはなんですか。その発言のときだけ、急に皆さんが発する思念・情報量が下がり、なにかブロックが発生したように感じたのですが」

「いまでは儀礼的なやり取りになってますが、この世界の鍵となる仕組みですわ。つまり、コミュニケーションの保存のため、ある特定のイマージュを鍵・パスワードの代わりに使っているのです。記憶と感情で作られたイマージュは、ブラックボックス化して当事者たちが確認することは出来ませんが、発出場所は昔からある限定された個人であり、そのイマージュを毎回取り寄せて使用しているのです」

「その限定された個人とは、誰ですか」

「この世界、このシステムの創造者のひとりですよ。彼の脳波から抽出した、夢の思念DNAをもとに、何世代に渡ってコピーし続けているイマージュが固定化しています。この場合の夢は、夜眠っているときに見る夢のことです。レム睡眠時に現れる脳波を言語化したものに、ゲノム変換をした夢幻世界の構造素子、世界の最小単位。これで無限の電脳空間を作り上げた奇跡の人、それがこの世界の創造主です。男性であったと聞いていますわ」

「ではわたしたちは、その男の夢の中で弄ばれているというわけか」

「そのような不躾な物言いはいかがなものでしょう?この場所に存在しているということは、正当な手続きを経て、かつ自身の納得・承認の後に来られているものと思われます。その言い方は、いわば天に向かって唾を吐きかけているようなものではないですか」

「皮肉ですよ、皮肉。少し言い過ぎました」

 冷静さを取り戻し、コンシェルジュは微笑む。

「ひとは感情の動物です。ささいなことでも情操は波打ち、自らが望まぬ方向へ突き進むこともしばしばです。ここでは、そうした感情の波打ちが実体化する光景もよく見られるのですよ」

 暗い廊下を曲がり、煤けたトイレの前に来た。

「わたしもこのように皆様のホストをしていますが、たまにはそれが辛く、苦しく、飽きが来て逃げ出してしまいたい、などという感情が前頭葉を通り過ぎることもあるのです。その時は、ここに来て、思いっきり殴るのですよ、目の前の誰かを」


 コンシェルジュが化けた。能面で美しかった薄氷の顔から充血した眼球を飛び立たせ、左右に大きく口は割れ、そう、デビルマンの女性版とでも言うような顔面と、手には手帳だったかつてものを引きちぎり、それを鷲掴みにしたまま、襲いかかってきた。


 バン!


 デビルマンが倒れる。顳かみの小さな穴から煙が出ている。イマージュでありながらやはり赤い血が流れ、ピクピク痙攣していたかと思うと、そのうちすうっと消滅していった。


「大丈夫でしたか、そこのひと?」

 小銃を手にした、背の高い若い女性が壁にもたれて立っていた。

「ああ、ありがとう。助かった。しかし一体これは何なんだ?コンシェルジュは公共の管理物ではないのか?どうしたらあのように凶暴化するのだ?」

「あまりお役所を信用しないことね。彼女が悪いわけではなく、最近流行りのハッキングイマージュにやられたの。悪意のある第三者が、凶悪なイマージュを外挿してきて、シールドの弱く平均的な構造物に当てて楽しんでいるのよ、悪趣味ね」

「そうなのか。なにはともあれ、助かったよ。あなたは警察の方?」

 にやり、と、背の高い若い女性は、笑った。


「そうね、そうとも言うわ。そしてわかってはいるかと思うけど、次の獲物はあなたよ


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