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連載小説【夢幻世界へ】 3−4 絶対矛盾的自己同一

【3‐4】


「大爺、ニンファ、そして、宗玄さんていったっけ、ここにいるのは四人だけれど、私たちはここに存在しているって言えると思うの。それだけは確かよね?」

「それは貞子さんはそう思うのだね」

「ええ、こうやってお話しできるし、皆さんの姿も私は見えるわ。これは存在していると言えるのではなくて」

「そうじゃのう、そうとも言えるし、そうでないとも言えると儂は思うな。その存在を証明できるのは、誰じゃ」

「それは、そう私」

「その私の存在を証明できるのは、誰じゃ」

「ううーん、そうねえ、皆さん、かしら」

「私が証明してあげてもよくってよ」ニンファが笑って言う。

「互いにできない存在証明をできる、とみなしてしまうことは可能だが、それは互いの信頼や契約が前提になっている。その信頼を確実に証明できるためには、人間は言葉を使うことを考えた。言葉が存在を証明することで、なんとかやってきているのが、人間の感覚だ。動物は、互いの存在証明などは求めないだろう?」

「ええっと、別段私も証明したいとは思っていませんよ。難しく考えるからそんな問いかけが出てくるのではなくて?」

「ははは、そうだなあ。今、ここにあるということは、そのような、ふわふわしたものだということを、覚えていればいいのじゃ」

「主客分離前の、存在の状態が、この場です。それぐらいはお話ししてもいいのでは、バシュラール先生?」宗玄が進言した。

「そうさのう。貞子さん、お気付きの通りここは、あなたがいた世界とは違うところであるのはうすうす感じているじゃろう。ここのことについてはおいおい話すが、世界の成り立ちとは、実はこのように大変心もとないものなのだというのが、わかればよろしい」

「あの、そんなレベルでいいのでしょうか」

「じゃあ、『存在』を見せてあげるわ」

 といってニンファはその大きな羽を広げた。


鱗粉が巻き散る。

紫と黄色、薄いピンクが混じる鱗粉が、貞子を包む。

めくるめく鱗粉が舞い、その渦が消える中に、一瞬の光と風景、あっと思うその「手前」が、そこにあった。それはただそこにあるのだが、ある、という認識がついていかない(ついていかないことすら思いつかない)。


水滴がひとつ、滴る。


貞子は主客混合状態にある自分を、おずおずと見つけた。

「そうか」

「絶対矛盾的自己同一、という概念を幾多郎は提唱した。自分の中にある矛盾を見つけ、それがある状態がひとまとまりとしてある、それが自分であり実存である、というものじゃ。まあそれだけではないのだが、その経験や理解を持ち続けて生きるのもなかなか億劫らしくて(儂はそうでもないが)、皆あまり気にして暮らしてはいないがの」

「レアリテ(実在)というものを己れのように存在するものとみてはならぬ、これ、エリュアールって人が言ってたの。でもそんなこと言われたら、自分って何?って思うわよね」ニンファは笑った。

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