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読書ノート イーガンと夢枕獏の2冊

「しあわせの理由」 グレッグ・イーガン ハヤカワ文庫
「上弦の月を喰べる獅子 (上・下)」 夢枕獏 ハヤカワ文庫

 ブックオフでどちらも100円で売られていた。新刊でも普通に書店に並んでいるものであり、ほんと、書籍の価格破壊が進んでいる。 


 イーガン「しあわせの理由」は日本オリジナル短編集。ハードSFの騎手であり、この人以上の書き手は当分現れないような気がする。科学的アイディアをストーリーに仕上げる手腕は天下一品。

 表題「しあわせの理由」は、難病で脳内に幸福因子が拡散し、死が眼の前にあるのにも関わらず、なんとなく幸福な気持ちでいる主人公の主観的感情と外的事象との間を描く意欲作。両親が離婚してしまうところなど、主人公を取り巻く環境は絶望的で悲壮感漂うなか、当の本人がそれを理性と感情でうまく受け止めきれないように読者には映る。しかしちぐはぐになってしまうのは、普段のわれわれの世界でも、認識の違い、見解の相違はどこにでもある。日常茶飯事な認識の誤謬の根源的な差異を拡張して見せ、最後はすこし救いのようなものもあり、ほっとするのも、うまいなあ、と思わせる。


 「上弦の月を喰べる獅子」は夢枕獏の本筋に位置する重要な物語。作者があとがきでも言っているように、もう書きたくて書きたくて書いた、魂の叫びが込められている。これで第10回SF大賞を受賞している。

 野阿梓の解説はグダグダだが、巽孝之の解説で、この小説の日本SFにおける意味を明示してもらうことで作品の価値も向上したのではないか。仏教SFであるが、その一言で解説終了するのはもったいない。ただ、仏教観や原典への目配せを、もっとしても良いかもしれないと感じた。さすれば更に良くなる(などとお前が言うな)。どちらにせよ、当時も今も、画期的な作品であることには変わりない。宮沢賢治と主人公の人格融合二重表現(わたし・わたくし)など、エクリチュールに対する冒険的なところはさすが筒井康隆門下生といった感じか。

 仏教SFの要素として輪廻転生があるが、できればもっと意識の問題にも注目したい。私としては、「意識と無意識は明確に峻別できるものではない」ということを、表現してみたいと思う。

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