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会社のアイドル

「ワタシ達、デザインチームは本部長を男として認めなぁい!おすすめしなぁーい!」

もうだいぶ前、8年くらい前。
ある会社に派遣で就業して4、5ヶ月経った頃、私がいたチームから作業依頼をしているWeb系デザイン担当チームの女性たちと就業後に食事をした。

一緒に食事をした女性は全員派遣で、本部長の話を振ってきた人はその会社で3年目くらいと言っていた。他にふたり、私の半年前に就業を開始した女性と、私よりひと月遅く同じチームに入ったが、親会社の方で数年派遣就業をしていた女性で「社歴」的なものが長い。既婚未婚は様々だったが、全員が40歳近辺、お互い業務での関わりも薄く、食事をしたり個人的な会話、おしゃべりするのもほぼ初めてという間柄だった。

そのはじめての食事の席で唐突に「本部長が女に弱い」という話をされ、冒頭の言葉を聞いた。

本部長をしている男性は社内で有名らしく(部長陣の統括なのだから有名で当たり前だが)、そこかしこで誰かが何かと名前を口にしているのは知っていた。
派遣も参加する会社の四半期報告、全体集会の導入部担当の人で、会社の方向性を説明するムード醸造役のエライ人が本部長、そんな程度の認識で話題に出てくるなんて思ってもいなかった。
そんな唐突な話の持ち出し方にもかかわらず、同席していた他の女性たちもその話に乗ってきたので「みんな本部長さんの話がしたいのか」と理解した。

私は正社員、派遣を問わず、色々な会社で就業経験があるが、派遣同士で初めて外で食事をするときの話題として、業務で直接関わらない相手、特に幹部管理職とかの色恋系方面のネタを突然持ち出される経験がなかったので少し戸惑った。
食事をしているお互いの間柄やゴシップネタ元の管理職の人とも、もっと『近い』感じで業務をしていたり、社員で働いている会社幹部の恋愛ゴシップなら興味津々だが、大きいグループに属しているなかなかの規模の会社の本部長と末端の一派遣という立場レイヤーの遠さでは、まず、相手を話題にする事すら頭になかった。

それに、たとえそこで長く働いていて色々知っていたとしても、管理職の方のゴシップネタ、とくに男女関係の噂は、噂が一人歩きしてクリティカル問題に発展しやすいので、本当に仲のよい人でなければ話しないものでもある。

その本部長さんのキャラクターも話題にされやすい人のような印象はあった。
「なんか行動が目立つ人」で、いつも同じ女性が側にいて、大声で会話しながらフロアやビルのロビーや通路を歩いていた。入った当初は、いつもなんか怒りながらせわしなく、競歩してる感じの男女ペアだなぁ…と遠目で後姿をみていた。

傍らにいる女性は、床につくほどの長い髪を揺らしながら歩いており、この人も声がかなり大きく、派手な雰囲気の言動で目立つ人だった。本部長に寄り添うような感じで常にぴったり体を張り付けている距離感なので、男性の方を「本部長!あの人えらい人!」と認識した後は、彼女は秘書かなんかであって、社内公認のカップルの類だとも思っていた。

話題にされるゴシップ対象が距離の近い人であれば、「一緒にあいつの文句言おうぜ!」って気持ちを感じたりするのだが、まったく関わりがない、かなり上層幹部の個人的な話題、男女問題を出される場合は「知らん偉い人への攻撃」に加担することになる可能性もあるので、幅を広げて話題をかわしていくスタイルをとる。

話を持ち出した女性の意図がわからないが、女性問題の話をしたいのはわかるので、私は「いつも女性と一緒に居る人だよね?夫婦か何かじゃないの?」的なことを聞いてみた。

「ちがーう。独身。でも、みんなあの二人できてるって言ってるー!みんな言っているー!」

というのが返答だった。

「仕事的にはいいけど、男としてあいつはおすすめできない!」

「でも金持ってる!キャー!」

というコメントもついてきて、冒頭の言葉が繰り返された。


どうでもいいー・・・・。

正直、「どうでもいい」と本気で思ったのを覚えている。

いい大人の男性が、しかも独身で、女に弱かろうが、どこの女とできてようが、好きに遊ぼうが、何してようが、私達に何の関係があるのだ?私の彼氏でも夫でもなんでもないのだ。
妻と子がいる結婚している男性が、社内の女性にちょっかいだしまくり、あっちゃこっちゃで喧嘩勃発で問題作りまくり!とかいうなら、派遣女性集団がアラートだしても納得がいくが。
独身で金持っている男で女遊びをしない男性、ホモセクシャルか、二次元系くらいで。

「距離感の近い女性がいますよね?」という返しに対しても、「みんなできてる言っている」という具体性に欠ける内容に展開していったので、何か女性問題の話をしたいのではなく、「本部長は男としておすすめできない」という事をとにかく、デザインチームの女性の総意としたいらしい方向を察した。

私は実利主義的なところがあるのか、私に興味を持つことがないであろう人、アイドルとか俳優の類の距離の遠い男性に憧れて、他の女性とファン同士的な話をするということがほとんどない。若い頃はアイドルっぽいバンドっぽいグループが好きでファンの人とも集ったりしたこともあったけど。

派遣という雇用形態に限った事じゃないかもしれないが、大きい会社で働いている時に感じるその会社の管理職、幹部、偉い人というのは、本当に距離が遠い。

大きい会社では普通に依頼されてる業務だけをしていたら、関連部署やその会社の事を知ることもできないので、全体集会的なときに「どんなことをしてるのか?」とその会社の顔を観察する。こちらは壇上の相手の顔や名前を知っていても、壇上の偉い人たちは末端派遣の存在なんて知らない。彼らに派遣である自分の存在を知らしめたいなら、とんでもないくらいの業績をあげるか、または、何かとんでもない問題を起こすか、くらいだろう。

アイドルは、生年月日、血液型、好きな食べ物、尊敬するミュージシャン、というプロフィールを知れる分、まだ距離が近い・・・と錯覚してハマることもできる。アイドルも大企業の管理職の人たちと同じように、ファンであるこちらの存在など知らないが。

仕事の末端にいる人間、裾野のファン、こちらはこちらでアイドルの事実や、本音、本心に気を使うこともなく、好き勝手な推測で、噂ばかりをつくり続ける。

裾野の人、ファンがどのように自分を見て話題にしているのか、どのような扱いをしているかを知ったら、心を痛めて病んでしまい、仕事になんてならないかもしれない。
会社の代表、管理職だったり、アイドルだったり、そんな役回りをするには、余計な声を耳に入れないほうがいい。

会社の印象や商品などで作りたい「イメージ」の発信者として、そのイメージに合う振る舞いをして、裾野の人たち、社会、の意識を自分たちの目的の場所に向ける。他人の利益も背負って、自分の心身をつくるというのはプレッシャーやストレスが高いだろう。

アイドル、偶像。
神仏とか、物質的に表現できない何かを模した姿。

別に距離感が遠い相手だけはなく、会社やどこかでの姿はその場での役回りを演じている事もある。その相手の傍らで、どのような人かを自分で感じて確かめるまでは、周囲からの情報だけで決めないほうがいい。
件の本部長がどのような男性かは最後まで知ることはなかったが、女に弱いという役を与えられた、というか、回りがそのような役を与えたがった「会社のアイドル」だったんだろう。

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