ジョースター家の呪い

 こんにちわ。片山順一です。今回は、ジョジョの奇妙な冒険に登場する、ジョースター家のお話について。

ジョースター家とは

 このジョースター家とは、ジョジョの奇妙な冒険第一部主人公である、ジョナサン・ジョースターを含む血統のことです。

 ジョジョの奇妙な冒険において、各部の主人公たちの多くが、このジョースター家の血統に連なっています。

 初代ジョナサン・ジョースターは、由緒正しいイギリス貴族の長男。

 二部主人公ジョセフ・ジョースターはジョナサンの孫。
 三部主人公、空条承太郎は、ジョセフの孫。
 四部主人公、空条仗助はジョセフの息子(ただし四部の時間軸では、当時の承太郎(28歳)より若い(17歳)のですが)。
 五部主人公、ジョルノ・ジョバーナは、一部でジョナサンが戦って相討ちになったDIOの息子です。が、吸血鬼として数百年を経て蘇ったDIOは、首から上だけが本来のDIOで、首から下の肉体はジョナサンのものでした。だからジョナサンの息子とも呼べるわけです。(余談ですが、ファンの間では、DIOのスタンド『ザ・ワールド』は、ジョナサンの肉体から生まれたのではないかという説もあるようです)

 そして、六部主人公空条徐倫は、空条承太郎の娘です。

 ついでに言うなら、一巡後の世界である、七部スチール・ボール・ランの主人公であるジョニィ・ジョースターは、世界が変わった後のジョースター家といえるでしょう。

ジョースター家はその血統ゆえに

 六部まで、ジョースター家の者達は、どこの国や文化に生まれようと、あることが共通していたと私は思います。

 それはジョジョファンのいう、『黄金の精神』というものです。

 黄金の精神とはなにか。それは、私の解釈では、他人のために怒れること。そして命を賭けられることです。

 新婚旅行を襲撃してきたディオと相討ちになり、新妻のエリナに対して、船に同乗していた誰とも知れない赤ちゃんを助けて逃げるよう伝えた一部ジョナサンは、言わずもがな。
 『嫌いな言葉は一位が努力で二位がガンバル』なんて言っていた二部のジョセフは、いけすかないやつだったはずのシーザーのために、大声で泣きます。
 凄まじすぎる不良のはずの三部承太郎が本当に怒ったのは、ジョセフがDIOにミイラにされたときでした。
 同じ不良であるはずの四部の仗助は、誰よりも優しく、しかし同じくらい、他者を平気で貪る吉良のような悪を許さない力強いスタンド能力、つまり精神を持っています。

 最終的にマフィアの大ボスとなった五部のジョルノは、少々評価に困る気がします。しかし、彼もチョコラータをめちゃくちゃに惨殺するほどの悪への怒りと、亡骸になったナランチャを故郷へ連れて行くという慈悲をもっています。

 そして六部、徐倫は、神父によって、せっかく和解できた承太郎を失った直後、自らもエンポリオを助けるため、メイド・イン・ヘブンに挑んで散っていくのです。

 まことにジョジョの魅力の一旦は、この主人公たち、ジョースター家に脈々と受け継がれてきた黄金の精神にあるといっていいでしょう。

風向きが変わった七部

 なんですが、さすがに十数年も連載が続くと、変化が出たのでしょうか。”一巡”後の世界である、七部スチール・ボール・ランにおいて、主人公のジョニィはこの黄金の精神をもっていないと思われます。

 ジョニィが持っているのは、漆黒の意志という、自分の思いをなにがあっても絶対に貫くという決意です。

 スチール・ボール・ランは、手に入れればこの世の全てが思い通りになるという、聖人の遺体をめぐる争いでした。無敵ともいえるスタンド『D4C』を持つアメリカ大統領との戦いになるのですが、そこで光明となったのは、絶対に相手を倒すというジョニィの強い意志でした。

 そもそも、この遺体を手に入れたいというジョニィの意志も、他人のためではありません。ただ自分が自分の人生のためにこの争奪戦を制し、遺体を手に入れたいという強い想い、それだけなのです。
 しかし、ジョニィはその自分のための意志だけで、ほぼ全員スタンド使いである殺し屋、テロリスト、大統領の部下、さらに大統領本人とまで戦い抜いていくのです。

 もっとも、ジョニィもタスクがアクト4に成長したとき、ジャイロに感謝していますから、他人を自分のために利用するという、吐き気を催す邪悪ではないことは確かですがね。

 何が起こっても、これだけは絶対にやる。誰がどんな目に遭おうと、それで社会や世界がどうなろうと、とにかく絶対に目的を遂げてやる。そう強く思い行動することが、何も持っていない若者が生き抜くために必要なことだ、と荒木飛呂彦は考えているのかも知れませんね。

 ただ、このジョニィの時点でジョースター家の黄金の精神はだいぶ後退したように思います。

ジョジョリオンにおけるジョースター家

 そして、まだ連載が終わっていないジョジョリオンです。

 作中には、ジョニィから派生したジョースター家の一員といえる登場人物が出てきます。それが、ジョジョリオンの主人公である、東方定助が身を寄せる東方家の面々です。

 血縁上、ジョニィの孫にあたる、東方家の家長、東方憲助。その長男、東方常敏。長女、東方鳩。次男、東方常秀、などなど。全員がスタンド使いの個性的な面々が登場します。

 作中、東方家は、杜王町における有数の名家となっており、一家が営む東方フルーツパーラーは、かなり繁盛しているようです

 上のメンツでは、憲助が経営者。常敏が同社のバイヤー、鳩はモデルであり、常秀も懐の豊かな大学生と、なかなか裕福です。

 名ジョッキーだったのが半身不随になり、全て失ってしまっていた、スチール・ボール・ランのジョニィの境遇とはまったく違います。

 ジョジョリオンにおける、ジョースター家は、持っている側の名家なのでしょう。
 これと共通するのは、一部においてディオを引き取った頃のジョースター家ですかね。こちらも典型的なイギリス貴族の名家です。家もきれいで大きく、ジョナサンとディオを二人とも大学にやる経済的余裕がありました。

呪いとは

 この作品の一巻前書きで、作者の荒木飛呂彦氏は、この作品は呪いを解く物語、と明言しています。

 なんの呪いかは、言ってないんですが。私は勝手にジョースター家の血統、もしくは黄金の精神のことなのかな、と思っています。

 これはメタ的なことですが、ジョジョを長く読み続けている読者の側からすると、今度の主人公はどんな黄金の精神を見せてくれるんだと期待してしまいます。

 ヒットした長期シリーズはどうしても、読者や顧客を惹きつけた特徴というのを引っ張ってしまいます。一度虜になってくれた人は、同じ楽しみが欲しくて続編を買うからです。

 ジョジョもそうで、どの時代、どんな者達の争いを描いたとしても、他者を平気で利用する『吐き気を催す邪悪』が現れ、それに気高く強い『黄金の精神』を持った主人公が立ち向かうというのが特徴だと私は考えます。

 しかし、アーティストは常に新しいものが作りたいのでしょう。ヒットしたものと同じ売りの作品を作り続けるというのは、商売としては手堅くとも、作り手としてはあまり魅力的ではないのだと思います。

作品の売りか、呪いか

 ここまで書いてきて思ったのですが、黄金の精神が強く意識されていた一部から五部までは、週刊少年ジャンプでの連載時代と重なりますね。

 ジョジョの奇妙な冒険の一部から五部までは、1988年から2004年の期間、週刊少年ジャンプで連載していました。

 ジャンプ黄金期といわれたこの時代、『北斗の拳』『ドラゴンボール』『スラムダンク』『ダイの大冒険』『るろうに剣心』『ワンピース』など、すさまじい競合連載陣がひしめいていました。とにかく人気とペースを保ち続けなければならなかった中では、黄金の精神を評価してくれるリピーターを決して離さない必要があったのでしょう。

 この素晴らしい作品の売りを『呪い』と言われたら、古参ファンは裏切られた思いになりますが、おそらく荒木飛呂彦はデザイナーやアーティストと呼ばれる芸術家に近いのではないでしょうか。とにかく面白い漫画が描きたい、というよりは、自分の心や表現を追求したい、といったような。

 岸辺露伴は、『読んでもらうために漫画を描いている』と言っていましたが、そこは氏のあくまで一面なのかもしれません。思えばあのときは第三部で、ドラゴンボールやスラムダンクと同じ誌面で連載していた頃でした。『読んでもらうこと』に全精力を傾けたからこそ、連載を維持できたのかもしれません。

呪いの解き方

 ジョースター家の黄金の精神に関する呪いはどう解くのか。コミックス最新刊(2021年2月時点で25巻)では、ひとつ解けたと思いました。

それは、ヒロイン広瀬保穂に対する、東方家の次男、東方常秀の行動です。

 この巻では、新たなロカカカの実が再び実り、常秀はそれを食べ、自分の右腕を負傷した康穂の右腕として与えます。

 そこまでは、歪んだとはいえ好意を持った女性に対する自己犠牲と捉えられなくもありません。ジョースター家伝統の自己犠牲というか。

 ですが、問題はこの後。ワンダー・オブ・Uの攻撃によるものなのか、自分の腕が失われたショックに思った常秀は、せっかく回復させた康穂に激昂して襲い掛かるのです。

 康穂が想っているのは、主人公の東方定助。力を取り戻した康穂は、彼のために行動しようとします。常秀はそのことが我慢できませんでした。
 余談ですが、このときの常秀の心理は私に強い共感があります。死んだんだから俺のことに縛り付けられろよ。というね。だから、私はいい年の童貞なんですが。

 それはさておき、この出来事の前、ワンダー・オブ・Uによって東方家は壊滅の危機でした。憲助を手にかけた常敏はなすすべもなく死亡し、常秀にとっては、頼れるものが全て失われていました。追い詰められた末に、愛する人を守るという行動に出たのなら、最後の最後で黄金の精神が発揮されたとなるのですが。常秀はそうならなかったのです。

 ジョースター家に連なった者が、最後の最後で取る行動が、自分の犠牲で他者を縛り付けることだったのです。

 自分を傷つけて他人を縛ろうとするという、最低の悪。
 まるで、五部に出てきた、『ハイウェイ・トゥ・ヘル』の使い手、サンダー・マックイーンです。神父に散々言われていました。

 家を守ろうとするあまり、自らの独善を強行、ついに父親を手にかけ、ワンダー・オブ・Uに成す術もなく敗れた常敏。
 追い詰められて自分のエゴにすがった常秀。

 これが、当代の代表的なジョースター家であった今、もう黄金の精神という呪いは解けたといっていいでしょう。

 かわって、複雑な生まれながらも、その血統と全く関係のない東方定助が自分の恩人である吉良吉影の母、ホリーのために黄金の精神を発揮するのです。

 血統という呪いは、断ち斬れたのではないでしょうか。

現代における血統主義

 ジョジョ本編ばかり見ていると、その連なりについつい感動させられますが、血統主義には負の側面もあります。

 現実を見渡してみましょう。無能なのに血統ゆえちやほやされる二世、三世。そして有能なのに血統ゆえ自由を発揮させてもらえない二世、三世。

 個人が血統に抑圧されて力を発揮できなくなり、漂う社会の閉塞感。

 『だれだれは、なになに家だから』などという考え方は、どこの家に生まれた誰であろうと、好きなことをしていいという現代では、本来そぐはないはずです。かつて、まだジョジョが知る人ぞ知る作品扱いだった頃、サブカルのひとつとして、血のつながりの肯定的な見直しは価値を持ったのかも知れません。

 しかし、何度もアニメ化され、若者たちの知名度が上がった今、れっきとしたメインカルチャーです。であればこそ、今をどう生きていくかと向き合わねばならないでしょう。

 恐らく、それは、かつての血統主義を復活させることでは解決しないのです。ジョースター家の血統がいくら素晴らしくても、その一員しか、頼ることはできないのです。

 ジョジョはどこに行くのでしょうか。あらゆる場所で吐き気を催す邪悪がはびこり、生きるためには自分もその一員にならざるおえないような世の中にあって、もう黄金の精神にすら頼れないのでしょうか。

 いったい、いかに生きるべきか。その答えは、一読者である私もまた、自分で探さなければならないのでしょう。

 家や血を、頼ることなく。

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