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自己紹介!!

広島県広島市生まれ
三人兄弟の長男

小学校3年生からバレーボールを開始。きっかけは先輩にスポーツ少年団に入るとお菓子をたくさんもらえるからと(笑) 入ってからは毎日練習漬け。365日中360日練習していました。(お盆と正月の休みが嬉しかった。)

中学1年生のときに大好きな父を胃がんで亡くした。

そこからがんとはどんな病気なのか、なぜ若くしてお父さんは亡くならないといけないのかと強く思い、医師を志す。

志半ばで国立医学部に不合格となり地元大学の理学部へ進学。

小学校、中学校、高等学校、大学、大学院、就職とすべて広島県というとても箱入り男子です笑。ちなみに兄弟もみんな広島県を出たことありません(*^-^*) 今となっては、県外に出て知見、人脈を広げたかったと思っています。

塾や家庭教師のバイトが楽しく、また生徒さんも慕ってくれることがきっかけで遅ればせながら大学ではなく、大学院で急いで教職課程を取得。

太陽光発電に興味をもったきっかけ

修学旅行東北で東日本大震災の被害の最も多かった陸前高田市を訪れました。福島原子力発電所事故のお話も伺いました。原子力発電は莫大なエネルギーを生み出し、化石燃料を出さないから安心だと信じていたが、資源も少なく、地震大国の日本で原子力発電所の普及は望ましくないと痛感しました。

原子力発電に代わる代替エネルギーとして太陽光等発電等の再生可能エネルギーの普及が国策となり、FIT制度が始まった。

次世代を担う子どもたちにクリーンなエネルギーを残そうと私も太陽光発電を推進しようと太陽光発電事業を開始しました。

離婚を経験(子どもあり)

20代後半くらいからマイホームの検討を始める。私も妻もマイホームへのあこがれが強く、2人で力を合わせたら払えるだろうと高額な注文住宅(諸費用込みで4500万円)を共有名義で契約。これが後々大変なことになるとは。。

子どものことや金銭感覚等のもはや到底埋められない価値観の違いで離婚することに。これがなかなか条件面で折り合わずに調停離婚にまで発展。申し立てから成立まで1年近く、「離婚ってこんないエネルギーがいるんだ」と痛感。私は弁護士に依頼できなかったので、仕事しながら、調停の資料作りや出廷に心身は疲弊しきった。
詳しいことはまた別で記載させて下さい。

人生リスタート

共有名義だったので住宅を貸すにも売るにも何をするにも双方の同意がいるので調整が難航。残債がなくなるという条件で不動産会社に依頼をした。その結果、住宅もなんとか売れた。
また、財産分与も終わり、未就学の子どもとも月に1回の面会交流を重ねるなど人生をリスタートさせている。今では新しい人にも恵まれて、気持ちに整理もついてこうしてnoteにつづらせてもらっています。

こんな私ですがどうぞよろしくお願いします。最後まで読んでくれてありがとうございます!!

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