サドル狂騒曲(番外編)~青葉と恭平のオフィスラブ~⑥衝撃の異動、衝撃の贈り物


人事異動 ( 本社付 )

営業部 営業1課 係長 如月恭平 6月1日付で秘書室勤務を命ずる。同日付で課長補佐に昇進させる。


全社一斉に回ったこの異動通知メールにオフィスはかなり騒然とした。

「 秘書室とかありえないでしょ、どういうこと?」

「 しかも本社課長補佐だって… 3段飛びの栄進すごくない?」

「 あーあ、もうこのフロアにいる意味なし…明日から係長ロス半端ない…」

SNSのグループチャットに溢れる叫びを無視して私は一人業務に励む。この話は一昨日、もう彼から聞いて知っていた。珍しく平日に食事のお誘いで喜んでいたらこんな爆弾が待っていたなんて…

「 秘書室って、なんで男性の係長があんな女の園に行くんですか?」

「 僕もよくわからないけど、命令だから仕方ないよ。2日で引き継ぎを済ませなきゃいけないから明日から残業だ」

新橋駅の近くにあるスペイン料理店で魚料理を食べながら話す係長は少し疲れている。私はオレンジジュースのグラスを持ったまま軽くフリーズして、いつもなら真っ先に食べるパエリアにも手がいかない。

「 でも週末には会えますよね。アパートのカーテン新しくしたんですよ。係長に見てほしくて」

「 それが、言いづらいんだけど、土日は接待の会合やゴルフにお供しなきゃいけないらしくて休みが平日になるんだ」

ええええええええっつ? それってもう会えないってこと?

「 係長、あの、例の女専務の直属ってことですか?」

「 さあ、直属の秘書以外にもアシスタントがいるからね。」

「 絶対あの人が係長をハンティングしたんですよ 」

間違いない… 久美子情報ではあの専務バツ2で今は独身らしい。無理やり引っこ抜いて部下にするなんて、職権乱用もいいとこだ。

「 月に一度は日曜を休みにするから、しばらくはそれで我慢して。ね?」

嫌とは言えない。係長だって大変なんだ。でもこんなの寂しすぎる。毎週会っていたのに30日に1日、しかも、もう社内で顔を合わせるチャンスもない。だって、係長の仕事場は最上階の16階、重役専用フロアだもの…

「 係長は、会えなくても平気なんですか ?」

グラスを置いて顔を上げると、まっすぐ私を見る係長と目が合った。優しい目が、笑っている。

「 寂しいよ。でも、体は離れてても、心はいつも一緒と思っているから俺はやっていけると思う 」

心は一緒… 胸が、キューンと震える。 そうだ、耐えよう。いじわるな神様とバツ2専務がどんなに私たちを試そうとも、乗り越えるんだ。

「 そうですね… 私も会えない間頑張ります。早くに教えてくれてありがとうございます 」

私は笑った。係長は手を伸ばして頬を撫でてくれる。やだ、そんなことされたら、涙がでちゃう。

「 明日は同期会で夜が塞がってたから、今日会えてよかった。進藤がどうしても来いってうるさいから出席にしたけど、まさか異動のサプライズ発表会になるとはねえ」

進藤… 嫌な名前を思い出した。あのセクハラ野郎が係長と仲良しなんて絶対におかしい。

「 係長は、進藤係長とどうして仲がいいんですか?」

「 別に… 入社してすぐの研修合宿で同じ部屋になったのがきっかけかな。偶然だけどお互い煙草吸うから休憩時間も一緒になることが多かったし」

「 あの人、すぐに怒鳴るから女子に嫌われてますよ」

「 あいつ誤解されやすいけど、すごく地頭がいいんだ。進藤が先に課長補佐になると思ってたのに、管財課なんかに置いとくのは勿体ないよ 」

私は今日のシュレッダー事件を話そうかと迷ったけど、やめた。感情的になって、せっかくの和やかムードに水を差したくない。それに、係長にとっては大切な友達なんだ。好きな人の友達を悪く言うなんて、失礼だもの…

「 そうだ、青葉にプレゼントがあるんだ 」

係長はカバンからブルーのラッピングに包まれた箱を取り出した。

「 うわ、可愛い。何ですか ?」

「 これは家に帰って開けて 」

頬づえをついてニッコリ笑う係長は、眩しいくらいに美しい。さっきからお店のウェイトレス達がチラチラ係長を見てる。3回に1回くらい、私を険悪な眼差しで睨むけど気にしない。お前たち、せいぜい悔しがるがいい。係長の心も体(主に下半身)も私のものだ。ざまーみろ。

「 さ、食べよう、冷めちゃうよ 」

係長に促されて私はフォークを手に取った。平気、同じ会社にいて、その気になればアパートに会いにいけるんだ。私はパエリアを一口食べて笑った。



「 本日より秘書室勤務になる、如月課長補佐です。業務は主に三条専務のスケジュール管理、出張の随行、渉外などです」

「 如月です。よろしくお願いします」

秘書室の大半を占める女性社員が一斉に恭平に熱い視線を送る。ここの部署は制服がないので、女たちはそれぞれのセンスで選んだスーツを戦闘服に日々勝負にいそしんでいる。地べたの近くで雑用をこなす平民OLとは違い、格上の男たちの集まる最上階フロアに身を置くことを許された勝ち組アマゾネスだが、突如現れた黒髪長髪美青年にほぼノックアウト状態で打ち負かされた。陶酔しきった表情を浮かべ、王子様の次のお言葉を待ち構えている。しかしその甘い空気に塩水をぶっかけるような一撃が突如天から落ちてきた。

「 そろいも揃って、何呆けた顔をしているの!挨拶はもう済んだんだから、とっとと仕事を始めなさいよ、このメス豚ども!」

緋呂子の険しい顔を避けるように、女達はそれぞれのデスクに散っていった。室長は引きつった顔を見られまいと、咳払いをしながら下を向いている。

「 室長、私は9時半に彼を連れて出掛けるわ。何かあったら電話をして 」

「 わかりました 」

緋呂子は恭平に目配せして専務室へ入っていった。恭平は衝撃の展開に戸惑いながら後を急ぐ。

中は応接セットに執務デスクが窓の前に置かれ、右手奥にミニキッチンや更衣室がある。緋呂子はシガーケースから煙草を抜くと、視線を恭平に向けた。

「 火、つけて頂戴 」

恭平はポケットからジッポーを出すと火をつけゆっくり緋呂子に差し出した。紫煙を吐き出し笑う緋呂子は国一つ征服した戦国武将を感じさせる残酷さを漂わせていた。

「これから行きつけのゴルフショップへ行ってあなた用のウェアと道具を揃えるわ。その後は青山の料亭であなたの歓迎会をして3時前にここに戻るつもりよ 」

「 私はゴルフの心得はありません」

「 私が一から教えてあげるわ。来週の土日はアメリカの上院議員がお忍びで来日しているから一緒にラウンドを回るの。あなたも着いてらっしゃい」

恭平は何と言っていいかわからず、とりあえずライターをしまってネクタイを少し緩めた。

「 緊張してるの?」

「 ええ、少々 」

「 心配しないで。私が一流の男に育ててあげる。心も、体も 」

電話が鳴った。咄嗟に恭平は受話器を取った。

「 専務室です。 …… はい、わかりました。すぐお連れします」

受話器を置いて恭平は緋呂子の指からシガーを取った。

「 車の準備が出来ました。1階へ降りて下さい 」

灰皿に煙草を入れ、ハンガーにかけてあるジャケットを取ると後ろからそっと着せかけた。緋呂子が袖を通すと、両手で髪を整えてやる。振り返って恭平を見る緋呂子の顔は、女の表情をしていた。

「 あなた、最高の秘書になれるわ 」

机の上の黒いバッグを恭平に渡すと緋呂子は歩き出した。

こいつは、手強いな……

心の中でつぶやくと、恭平は青葉の笑った顔を思い浮かべた。会えるのはいつの日やら… 青葉、すまない…しばらく一人で頑張れよ。

重厚な絨毯を踏み分けて、恭平は緋呂子の後を追った。



昼休みがあと5分で終わる。私はトイレの個室にこもってスマホを握りしめている。ずっと朝から係長、いや課長補佐のメッセージを待っているけど何も来ない。彼のいないフロアはまるで活気がなく、見るものすべてが灰色に映る。彼がいた席には静岡から転勤してきたメガネのデブが張り切って座っている。全員に富士山饅頭を配ってたけど、もう私の脳内ではフォーマットしてしまって透明人間状態だ。

どうして連絡くれないんだろう、そんなに秘書室って忙しいの?それとも美女軍団の秘書に囲まれてハーレム気分?それなら私の事なんて忘れちゃうの?

私はスマホのフォトアルバムを開いた。最後に食事した夜にくれたプレゼント。思わず写真を撮ってしまった。

紫のスケスケレースの、ブラとパンティのセット。しかもブラのカップの中央とパンティのクロッチの部分は割れ目が入って、俗に言う触り放題仕様。私は見た瞬間、恥ずかしくて悲鳴を出してしまった。

課長補佐、こんなものを私に送っといてノーリプライって、どういう事ですかああああああああ!







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