「諦めることを、諦める。」笠川真一朗(スポーツライター)

 「諦めなければ何でもやれるって、本気で思ってるんで」——笠川真一朗さん(26)の言葉には、熱がある。真剣な表情で、言いよどむことなく言葉を口にする。関西弁を交えた勢いのある語りには、笠川さんの真っ直ぐな人柄が滲(にじ)み出ているようだった。
 笠川さんは異色の経歴の持ち主である。龍谷大平安高校野球部でマネージャーを務め、3年夏に甲子園に出場。その後は立正大学へ進み、野球部のマネージャーを続けた。大学卒業後は東京・銀座の百貨店で2年間勤務し、退職。お笑い芸人に転身し、人気バラエティ番組の高校野球企画にも出演した。現在はスポーツライターとして、大学野球を中心に取材を続けている。
 ここでは笠川さんの情熱に溢(あふ)れた講義を5つの項目に分けて綴(つづ)る。

1.信頼されるスポーツライターであるために 

 野球を続けている人は純粋にすごい。そのすごさを伝えたい。私はその想いから、スポーツライターになりました。野球は9割が苦しいことだと思います。たった4打席、たった100球。あるいは、たった1打席、たった1球。一握りのチャンスの中で、「この選手はすごい」「この選手はダメ」と評価が下されます。それでも、選手はバットを振り続け、ボールを投げ続けています。そうした選手からライターとしての信頼を得るためには、選手に「この人、頑張ってるな」と思ってもらえるような人間でなければなりません。そのために、私は走ることを自分に課しています。疲れている日も、お酒を飲んだ日も、出来る限り毎日走ります。なぜなら、選手は毎日、必死に練習に打ち込んでいるからです。私も同じように、苦しいことを継続することで、選手の気持ちにより近づくことができると思います。
 スポーツライターは、野球や選手という存在がなければ、仕事が成立しません。選手を尊敬し、ライター自身もまた苦しいことに取り組むことで、初めて信頼が得られると考えています。

2.他人が見ない場面を観る

 私は「何を観るのか」にこだわりを持っています。
 選手のプレーだけでなく、そのプレーが生み出されるまでの過程や選手の人柄を伝えたいという想いがあります。そのためには、バットやボールに触れていない時の選手を観ることが欠かせません。
 1つ目の例として、試合前のアップを挙げます。ランニングやダッシュの様子を観ると、一言も話さずに黙々と取り組む選手もいれば、率先してチームを盛り上げる選手もいます。アップの様子から、選手の人柄に触れることで、試合の見方や原稿の内容は変わります。
 もう1つの例として、プレー以外の場面での選手の表情を挙げます。私が特に注目するのは、上手くいかなかった後の表情です。降板した後の表情。チャンスで凡退した後の表情。一つひとつの表情を捉えることで、選手の想いに迫ることができます。
 このように、スポーツライターとして他と差がつく分かれ目は、「何を観るのか」だと思います。球場外でのアップ。試合前のシートノック。ベンチでの表情。他の人があまり観ていない場面にも目を向けることで、原稿の内容は変わるのです。


3.原稿は選手への手紙

 「女の子の言う大丈夫は、だいたい大丈夫じゃない。それでも加藤さんの大丈夫は本当に大丈夫な気がした」 ——これは中京大中京高校・野球部の女子マネージャーを取材した原稿の一節です。私が書く原稿には、このように「私が感じたこと」が織り交ぜられています。それは意図的にそうしているわけではなく、自然とそうなってしまうのです。
 私は「選手への手紙」を書くつもりで原稿を書きます。一人ひとりの選手は、家族や両親や仲間に支えられています。だからこそ、選手を支える方々が「この子、頑張ってるな」「応援したいな」と感動する原稿を書きたい。選手や周囲の方々にとって、忘れられない原稿にしたい。私にはそうした願いがあります。そのため、原稿には自然と私なりの想いが溢(あふ)れてしまいます。
 選手はたった1打席や、たった1球で野球人生が決まってしまいます。そうした選手や周囲の方々に宛(あ)てる手紙だからこそ、私は自分が感じた想いを原稿に滲(にじ)ませます。

※「中京大中京高マネージャーの最後の夏 胸打たれる思いやりと強さ」朝日新聞 4years.2020年09月10日 https://4years.asahi.com/article/13705569


4.5分に込めた想い

 5分。これは私が人気番組の「アメトーーク!」出演を果たすために、予(あらかじ)め与えられていた時間です。高校野球に関する企画があり、私は運よく番組制作者と話をする機会を頂きました。番組制作者と顔を合わせる時点で、既に他に出演者が決定しており、マネージャーからは「5分で顔を覚えてもらって来なさい」と言われていました。しかし、何としてでも番組に出演したかった私は、その5分で絶対に結果を残そうと腹を括(くく)っていました。高校時代の野球ノートを机に並べ、「私はこういうことができます」「この番組に出たくて芸人になったんです」と熱く語りました。それだけでなく、私を起用する利点を説明し、今後は番組外のイベントに出演できることまで伝えました。熱を込めて語り続けた結果、予定されていた5分は、2時間にまで延びていました。そうして、番組への出演が決まりました。
 私は最初から5分で終わらせる気など微塵(みじん)もありませんでした。相手の興味を惹く物を持ち込み、自分が番組に必要である理由をプレゼンテーションすれば、5分で終わるはずがないと考えたのです。
 これは私のこれまでの経験が活きた場面でもありました。マネージャーとして書き続けた野球ノート。商談や取引を任せられた会社員時代。そうした経験を積んできたからこそ、私は恐れることなく飛び込むことができました。
 いつでも最高のパフォーマンスが出来るよう、準備を絶やさないこと。そして、「ガンガンいけばいいんや」という気持ちさえあれば、航路はきっと拓けると思います。


5.極端に、トップスピードで挑戦を

 マネージャー、甲子園出場、銀座の百貨店、お笑い芸人、スポーツライター。
 この経歴から、私を怖いもの知らずかのように思うかもしれませんが、実はそうではありません。「失敗したらどうしよう」「周りからどう思われるだろう」。そんなことばかりが頭に浮かびます。今は新たな挑戦をしても、批判を浴びることもある時代です。私も親や友人から「お前、就職したら?」「それで生活できるの?」と厳しい声をかけられました。その言葉に反骨心を覚えることもありますし、失敗することも考えます。それでも私は、諦めなければ何でもやれると本気で思っています。困難な挑戦であっても、それを一度乗り越え、成功を収めさえすれば、臆病な自分から離れることができます。
 極端にトップスピードで突き進む。これは私の信条の一つです。
 私はお笑い芸人になる時、決めていたことがあります。それは、誰もが知っている番組に出演することです。私はその目標を、芸歴2か月で叶え、「アメトーーク!」に出演することができました。ライターになると決めた時も、野球の本を書くという目標を立てました。
 トップスピードで挑戦を続けていれば、諦めることを諦められるようになります。たとえ踏み出すまでに時間がかかっても、一度歩み始めれば、あとはトップスピードで突き進むだけです。挑戦を躊躇(ためら)いそうになる時、「死なないから」とよく言われますが、私は本当にそう信じています。何か挑戦したいことがあるのであれば、「何とかなる」と思って、まずはやってみることが大切です。


講演者の紹介
笠川真一朗(かさかわ・しんいちろう)さん。1994年生まれ。奈良県出身。スポーツライター。
龍谷大平安高校野球部でマネージャーを務め、3年夏に甲子園出場。記録員としてベンチ入り。高校卒業後は立正大学へ進学し、野球部マネージャーを務める。その後は、東京・銀座の百貨店で2年間勤務し、お笑い芸人(ワタナベエンターテインメント)となる。現在はスポーツライターとして、大学スポーツ総合サイトの「4years.」(朝日新聞)で応援団長を務め、大学野球を中心に取材を続けている。

※講義情報:「スポーツライティング講座 第7回」として2020年09月25日(金)19:00~21:45に開催(「カフェ・ミヤマ」渋谷東口駅前店 5号室にて)


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