見出し画像

ストリートでモタとたたかう 運転免許保有者へ

     ストリートの話をしたい。ぼくは23区内をよく車で走る。人口稠密地帯で鉄の塊を操作するということは、ノールックで車の前に飛び出してくるノーヘル自転車といった危険に間断なく対処するということでもある。だから、都心を運転をするときは輪をかけて注意深く先を読んで運転することが求められる。ぼくは道路交通法規を心得ているつもりだから、ハンドルに両手をもたげつつ、かなりの頻度で首を振りながら四方を確認することで操作にそなえ、道路の流れに乗ることを心がけている。道路交通法が目的とする交通の安全と円滑を意識しながら。(同法第1条)

 あなたが運転をする人であるならば、夫名義であろうと推測される、大きな外車に乗るマダムに起因する「もたつき」を感じたことはないだろうか。平日昼間にスーパーの駐車場などで頻繁に感じることができるそれである。別に例示するのであれば、実勢速度80km/h くらいで円滑に流れている、深夜の片側三車線道路(平日午前1時甲州街道杉並区付近のイメージ)を運転しているケースを考えてほしい。

 そのような幹線道路を走っているときに、コンビニエンスストアの前に停車し、都市生活者の食糧を納品しているトラックの影から、ナナフシのような軽車両に生身むき出しでおっ立っている同胞が、重心の高さゆえに電動キックボードが披露しがちな緩慢な動作で飛び出してくるのを認め、数mの車両間隔で後続する現場からの帰り道を急ぐ職人が繰るハイエースにもかまわず、急ブレーキをかけたことはあるだろうか。

 このような調子で個別のケースを挙げていると際限がないのでやめておく。とにかく、道路には危険がたくさんある。ぼくの主張は、これらの危険が生じている原因、あるいは放置されている原因のうちいくつかは、世間一般でひろく持たれている交通に対する誤った認識に求められるというものだ。

 むろん、事実誤認を改めていくことは必要であるとの立場をとるが、運転する者が気をつけさえすれば交通の危険は回避できるといったたぐいの、所謂ペーパードライバー(教習所だけの素人童貞)や普通免許にさえ縁遠い人(バキバキ童貞)がしがちな主張に加わるつもりはない。というのも、道路交通法の法文や関連する判例は少なくない問題を含んでいることが気になるし、警察がおこなっている、同法に定められた目的から逸脱している取り締まりも、アスファルトに暗い影を落としているからだ。

 さまざまな要因が複雑に絡み合って道路の危険が生じていることを認めたうえでなお、ぼくは道路交通法体系とでもいうべき、道路、交通に対して巷間持たれている、誤った認識に問題提起をせずにはいられない。社会一般に広がっている誤認が克服されないのであれば、民主的な手続きを経て行われる施策が正統性を持つことはない。費用対効果や、危険の防止のための最適な手段か否かといった問いを乗り越えられないからである。

 道路、交通に対する誤認をただすことが未完の理想であることの例示として、「交通事故の原因は交通違反である」または「交通事故を起こすのは交通違反者である」という言説が社会で広範な支持を得ている(少なくとも表立って異議を唱えられていない)ことを挙げる。警察庁から引用した表を見てほしい。年度ごとの死亡事故を、事故原因となった法令違反ごとに集計したものだ。

警察庁公式HP『令和5年中における交通死亡事故の発生状況及び道路交通法違反取締り状況等について』から引用 2024年4月15日閲覧

 とても見づらい表ではあるのだが、最も死亡事故を引き起こしている違反を見つけるつもりで、傑出している数字を探してほしい。すると、安全運転義務違反(道路交通法第70条)という項目に目がいくのではないか。運転操作不適(換言すればヘタクソ)や漫然運転などに細分化されている違反であるが、ひとまず合算して考えたい。さて、2023年度に発生した死亡事故全体の57.8%が、この安全運転義務違反に起因していることは指摘しておきたい。2022年度と2021年度を見ても、前者は54.8% 後者は56.4%といずれも過半数を占めている。2023年度における死亡事故原因TOP3は、安全注意義務違反(57.8%) 歩行者妨害等(8.2%, 道路交通法第38条) 交差点安全進行(5.7%, 同法第36条4項) だった。

 「交通事故の原因は交通違反である」「交通事故を起こすのは交通違反者である」という、先に挙げた主張を字面通りまじめに解釈するならば、それは正しい。ただし、少なくとも死亡事故に関しては、「違反なし」の交通事故など1件も存在しない(上記表)という意味での正しさに留まる。当然、上のような主張をする者が意味せんとしている内容は異なっていて、彼らが「交通違反」という言葉を用いるとき、「警察官に取り締まりを受けるような違反」という内容を黙示的に含む。

 「交通違反」ではあるが「道路交通法違反」ではないそれを、ここでは便宜的に<括弧付きの交通違反>としておこう。交通事故が起こる主たる原因を括弧付きのそれに求める、上のような主張が論理的に成立するためには、警察がヘタクソや脇見運転といった安全運転義務違反を積極的に取り締まっていなければならない。各都道府県ごとに設置されている公安委員会は運転免許証の更新をおこなう処分権を有しているのだから、実技試験などでヘタクソを排除することは容易である。しかし、よく知られているように警察がそのような取り締まりを実行している事実はない。

  安全注意義務違反が死亡交通事故の主原因であることは、先に引いた警察統計から明白であるといえる。安全注意義務違反こそが真っ先に対処されるべきであることは明らかであるし、取り締まりに投下できるリソースに制約があるならなおさらである。

 ヘタクソやモタといった運転者が死亡事故のうち過半数を起こしているという認識さえ、共通のものとなっていないようである。対照的ともいえる、<括弧付きの交通違反>を批判する風潮は、交通事故や交通の危険に対する嫌悪の裏返しであろう。その動機自体は正しい。ただし、動機が正しくとも原因を正しく特定する時点でつまづいているのだから、正しい解決策が導きだされることは基本的にはない。ゴールド免許に対する信仰もそれと同根で、それこそ現代で金本位制を採用するようなものである。

 各種テレビ局が放送している所謂「警察24時」系の番組※の責任も無視できない。番組内でしばしば取り上げられる飲酒運転のような違反は、たしかに問題が多いし、ぼくも飲酒運転には反対だ。しかし、ズレている。引用した表にて独立した項目さえ作られていないことから明らかであるが、酒気帯び運転はほとんど死亡事故につながっていない。(付記参照)

 死者や負傷者を最大限減らすことを第一の目的として追求するような制度をうちたて、渋滞による不経済などがなるべく解消された、政治的にも経済的にも正統性(警察やそれを追認している手合いが主張する「正当」性とは質的に異なる)が担保された安全な交通社会を目指すのであれば、技倆不足なドライバーや、漫然と運転している「モタ」なドライバーこそが、指弾されるべきだ。ぼく含めそれを怠ったために、普通免許すら縁遠いひとたちが、電動キックボードで公道に出ることが合法化されてしまった。きょうは2024年4月15日、春の交通安全運動最終日だ。警察はいつまで<括弧付きの交通違反>を産みだし続けるのだろうか。

※ テレビ朝日系『列島警察捜査網 THE追跡』 TBS系『最前線!密着警察24時』テレビ東京系『激録 警察密着24時』 フジテレビ系『逮捕の瞬間!警察24時』 など。取材費が格安で済むのみならず、日々記者クラブなどを通じて便宜を図ってくれている警察に恩を売れるうえ、たいへん人気があるため、ジャーナリズムの精神に目をつぶって作られ続ける。

付記
 表にある「酒酔い運転」は「酒気帯び運転」(いわゆる飲酒運転)とは異なる。酒気帯び運転とは、基準値以上のアルコールを呼気などに含んだ状態で運転することである。酒酔い運転には基準値が存在せず、まっすぐ歩けないなど、第三者の目線から見て明らかに正常な運転ができない状態で運転することである。後者は呼気内アルコールが基準値以下でも、アルコールにより正常な運転が困難である状態と考えられれば適用されうる。後者のほうが刑事・行政上の処分は重い。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?