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山梨の話

なぜ私は山梨にまで来て人の首を締めなければならないのだろうか。
VIPルームのラブホの外ジャグジーに沈む相手は、首を締められてるのに変に整った顔をしてる。
揺れる髪がやけに柔らかい。



炒めつける残暑に、Tinderで会った。
携帯を変えたばかりの私はiPhoneケース探しに付き合わせ、カフェでケーキを食べながら音楽の話をした。
ピアノ教室に行くらしく、夕方で解散をした。
私にしては珍しく健全なデートだった上に、ピアノ教室に同い年で通う姿は少し興味が沸いた。


後日遊びの予定をすり合わせたところ、誕生日に1人旅行に行くのでついてこないかと誘われた。
山梨に行くらしい。
イエスマンの映画に感化され、断り知らずな私は勿論と答えた。
その人はラブホのVIPルームを予約していたが、誕生日。VIPルームいいじゃないか。ピアノ教室に通う人がセックスする訳ないと謎の自信を持っていた私。アホのイエスマンがここにいる。詐欺バチコイ。
お互い仕事終わりに新宿駅で合流した。



特急列車に乗り、夜に山梨駅に到着しベトナム料理屋に行った。ほうとうもフォーも変わらんだろう。
予約していたラブホに到着し、誕生日と聞いていたのでサプライズでトップスのケーキにロウソクを差してお祝いした。
沖縄からお祝い電話をかけていたおばあさん、あなたの孫はTinder女に祝われてます。あなたの孫はラブホのVIP予約をしてます。



お風呂に入って寝ようと思ったが、一緒に入ろうと誘われ気づけばセックスに至っていた。
誕生日ということや帰郷のおばあさんに電話をしたのも影響があるのか、家庭事情の話をその人がした。
父親からは暴力を振るわれており、親が離婚したあと高校を出てすぐ上京をして自由に生きているらしい。DVの影響からか、首を絞められるのと噛みつかれるのが性癖と告白をしてきた。
首絞めはしたこともされたこともあるから引かないが、DV話の後に首を締めてくれは重荷すぎる。
トラウマを引き出さないか冷つきながら、イエスマンは首に手をかけた。
両手の親指と人差し指に力を入れ、喉仏少し上をじわりと締める。
ゆっくり、5秒、かぞえた。




首絞めセックスをした翌日は、昼にほうとうを食べ、山梨県立美術館に行き『種をまく人』を観たあと昼寝をし、夜はワインを飲んで帰った。
観光的な内容に関して記憶が薄くなるのは何故だろう。
帰りの山梨駅前で力勝負としてその人をおんぶしてはしゃいだことは覚えてるのに。
「また会おう」ではなく「また会いたい」と2人で新宿駅で分かれた。


後日「うちにくる?」と連絡が来たので、着ていく服に悩みながら行くことにした。
蒲田駅の商店街を通り、防音対策がしてあるマンションでは一緒にシチューを作った。
風呂上がりにタオル一枚でピアノを弾く音楽家志望のその人の姿たるや、神々しい。布一枚とピアノの相性は良い。
本棚には『獣の奏者』があった。



「音楽かけながらじゃなきゃ寝れないんだ、大丈夫?」
イエスマンは断らないので、万遍の笑みでOKサインを出す。むしろ、ヒーリングミュージックは大好きだ。
おやすみなさい。
暗くして流れたのは爆音の浜崎あゆみ。音楽って言うなよ、浜崎あゆみかけるって言えよ。
誤解を生むだろ。
本当に秒速で寝てやがる。音楽家志望なのに耳が悪いのか。
一晩中流れた浜崎あゆみでノイローゼになった私は一睡もできず、アラームが鳴った瞬間家を出た。




ラブホの時には何も音楽かけなかったじゃないか。
浜崎あゆみ詐欺だ。イエスマンを改めなければ。

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