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ねじれた魔法を解く方法 10

  3日経ってもサキの様子は変わらなかった。朝食での顔色は悪く、無表情だった。私は多分、サキの一番の不安を聞いていない。
「樋口さん、サキちゃんがなにか言ってたりしてない?」
 私が樋口さんに尋ねても、樋口さんは首を横に振った。
「私も何も聞いてないの…。でも、表情暗いというか、強張ってるっていうか、いつもと違うよね…」
 でも答えてくれない…。樋口さんは悩んでるみたいだった。ダイチもサキの表情が違うことはすごく心配している。


「それで、私に電話してるの?」
「うーん…頭の中がごちゃごちゃで…」
 今日たまたま仕事が休みだったユリに電話した。普通は個人情報だから、外部の人にこんなことを話しちゃいけない。サキの名前は伏せて、こういう子がいるっていうことはユリには時々話してて、女子としての気持ちを教えてもらったりしている。体が男だとやっぱり女の子の成長のこととか分からなくて、ユリはいつも丁寧に偏見を持たずに教えてくれる。
「ええ…。ユキはその子のその日の様子をなにか見落としてたりしてない?」
「見落としてる………」
 首を傾げて考えた。あの時は初め、ダイチだったけど、途中から私になって話をした。あのとき、サキ、何かに怒ってた…?
 何に…?
 何で怒ってるって思った…?



「あの子、ホワイトボードを捨てた…」


「ホワイトボード?」
「いつも話す時、声が出せないから百均のホワイトボードで話すの。でも、あの日、ホワイトボードが使えなくて…」
 何で使えなかった?
「ホワイトボード…洗ったみたいで、ボコボコで…マーカーも…………………」
 施設に来たての頃のサキを思い出した。
 あの子、いつも手を洗ってた。体もシャワーでしょっちゅう洗ってた。汚れてるのを落とすみたいにシャワータオルでゴシゴシ擦って真っ赤になるくらい…。
「触られた…?」
「何を?」
「ホワイトボード」
「何で?」
「何かを、書かれた…?」
「それだけで?」
「違う、きっと、サキの嫌いなこと。を、書かれた。」
 サキの嫌いなことは。うちのクソオヤジがしそうなことは。

「何か言われた……?」
「ん?」
「何かで脅されたから、あの子の嫌なことをしなきゃいけない?」
「どういうこと?」
「叩かれて帰ってきた…」
「うん、」
「何か怒って反抗したから、叩かれた。下の子もいた。下の子を守ろうとしたからか、弱みを握られたからか、何かをホワイトボードに書かれた。」
「その子は…」
「性虐待を受けて声を出せない。うるさくない。叫びもしない。うちのクソオヤジがしそうなこと、分かる?」
「分かる。」
「いつ、どこで…」
 本当にサキは誰にも言わずに行くだろうか。何か、何か、知らせようとするはず。でも、知られたら怖い。でも、助けて欲しい。出来ることは…。
「何かに書く」
 私はユリと電話するために出てたベランダから転がるように部屋に入った。
「北原くん?」
 カズマの世話をしていた樋口さんが、私が駆けるように部屋に入って、女子室に行くのを不思議そうに見る。
 女子室のサキの机。
 何か書いてた。
 何かをしまってた。
 机の引き出しに。


「今日の夕方………うちの最寄り駅…」


 ポストイットがあった。
「今…何時…?」
 手と声が震えてしまう。あの子一人ぼっちでここに行くのだろうか。
 ダイイングメッセージみたいなポストイットを遺して。
「え?午後5時…」
「サキが学校から帰ってきてない!いつもならもう帰ってくる!今日の5時のうちの最寄り!メモが…ある」
「え?今日?ダイチの家の方?」
「来れたら来て!私何するか分からない!」
 一方的に電話を切った。




「北原くん?」
 リビングを急いで横切る私に樋口さんが尋ねたけど、私は「ちょっと出てくる!」と言っただけで自室の貴重品カバンを掴んで靴を履いて駆け出した。
「どうしたの!」
 樋口さんが叫んだから、「サキのところ行ってくる!」とだけ答えて施設の園庭に出る。
 走って、走って、走って…。
 走って、走って、走って…。
 とにかく足を動かし続けた。



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