人間らしさとしての虚構
先ほど、つぶやきを上げて今日の投稿に替えようとしましたが、なんだか物足りないので、これ、書いてます。
https://note.com/19821222/n/ne5b4061a490f
やばい、note依存症か…
私がとても人間臭いと思う瞬間は、人と接していて、”恥ずかしさ”が見えた時です。その多くが、ちょっと威張っていたり、偉そうだったり、そんな人が見せる恥ずかしさです。
人間は、他の生物と違って、”虚構”を頭の中に作り出せるようになったことが進化に大きく関わったのではないかという説があります。
確かに、そうかもしれません。
【虚構】実際にはない、作り上げたこと。作り事を仕組むこと。フィクション。
我々の生きる毎日は、大小、深い浅いの差こそあれ、この虚構で形作られていると言っても過言ではないでしょう。
そして、その虚構は、頑丈であることもあれば脆くある場合もある。
虚構が虚構であるとわかるためには、それが崩れる瞬間を目撃する事だと思うのです。
つまり、見栄っ張りの化けの皮がはがれる瞬間、「ああ、これ虚構だったのね。われわれって、やっぱり人間だよね」って確認できる。
虚構って大事
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