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沈思黙読会⑫から。再び、「猫の集会」の楽しさについて

2024年10月19日(土曜日)、神保町expressionで行われた沈思黙読会、第12回目=最終回に参加された方々のご感想を公開します!(順不同です) 

●Aさん
1年ちょっとの間、稀有な場をどうもありがとうございました。

今回は人数も最多で、最後ということもあって、熱量があった気がしましたが、私は最初のうちの、みんなが手探りで様子見で、どうなるんだろうとじっと距離をはかりながらも読書をしてるのが、今思えば訳がわからなくて楽しかったです。なんだかよくわからないぞ?? これはなんだ? 私にとって何かになるのか? どんな人が来るのか?? という興味も湧いて、続けて通ってしまいました。

あと思い出すと、脳内音読とか、全部シーンを思い起こしてる人がいるとか、一語一句逃したくないから遅読とか、思いもよらない読み方を人はしているんだというのが、多分ここにきて話さなかったら、わからなかったし、目の前で話されると迫力があるので、びっくり度が増してよかったです。

その時々でゆる〜くテーマが被っていたり、前の月のを受けた選書がされていたりというのもこの会らしくて好きでした。ほんとに、参加者同士の距離感も齋藤さんへの距離感もみなさん品があって、とても良い場でした。

新しい発見というより、自分のことが炙り出された気がします。読書って、私にとって今はそういうことなのかもしれないです。程よい熱量でまたいつか“集会”が開かれたら、その場に居合わすことができたらなーと思います。

猫は一体どうやって集会してるんですかね? 彼らは約束とかできるのでしょうか。。。

●Bさん
スマホを切るという制約が、かえって自由をもたらすということを感じた体験だったなあと振り返っています。

ここでの読書は“自分で好きなだけ時間をかけていい読書”で、ふだんわりと読むのが速い方なのですが、なかなか読みとけない一文を反すうしたり、時にはノートに書き写してみたりしながら、ゆっくりかんで味わう読書になっていた気がします。

“本を読む場所”というか“本を読んでさえいればいい場所”で、さまざまなことを求められる日常から一歩脇道にそれてすごせる、とても良い時間でした。再開をたのしみにしています!

●海野礼子さん
今回2回目の参加でした。(前回はアンケートを提出せずごめんなさい)私は斎藤真理子さんをキーワードに色々と調べているうちに、偶然「沈思黙読会」を知りました。三宅香帆さんの「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を読んだばかりだったので、読書に関していつも以上にアンテナが敏感になっていたこともあります。会費を見たときは正直「本と向き合う時間をお金で買う……高いなぁ」と思ったのですが、思い切って参加してみました。

読書会は初めてでした。「同じ本を読み、感想を伝え合う会」という印象があるので、「いいこと言わないとだめだよね」、「変だと思われないようにしないと」などと、そういうことばかり考えてしまうので、「沈思黙読会」の趣旨は私にピッタリでした。今思うと……私は猫の会議に誘われたんだと思います。

最初はスマホの電源の切り方すらわからず慌てました。でも、読み始めると時間があっという間に過ぎて行ったこと、ちょっと居眠りしてしまったこと、本の世界に沈んでいったこと、このすべてが驚きであり発見でした。

スマホは「依存してるかも、、」と思うくらい便利に使っています。家にお財布を忘れるよりスマホを忘れるほうがその日1日大変だったりします。そのスマホの悪口を言うつもりはなくて、自分の脳がそちらに逃げているのかなぁと考えたりしています。

私にとって読書は「読めば賢くなる」「読まないといけない」という幼いころの刷り込みから、今や好きな物を探すツールになっています。それなのにじっくり読めないなんておかしいですが、これからは自分でスマホを遠ざけて「ひとり沈思黙読会」をやってみます。でも、また「沈思黙読会」が開催されることを楽しみに楽しみに待っています。

●Cさん
チョン・イヒョン「優しい暴力の時代」
ハン・ガン「別れを告げない」
奥泉光「虚史のリズム」

普段は1冊ずつ読み切るスタイルですが、今回は並行読みに挑戦してみました。うまくモードを切り替えられるかなと思いましたが、それぞれの作家性が強い小説だったので、混乱することなく楽しむことができました。

「優しい暴力の時代」は、ままならぬ人生の耐えがたさが描かれていて、哀しみと苦しみと共に生きる市井の人々の姿に胸が締め付けられました。

「別れを告げない」は、ヤン・ヨンヒ監督の「スープとイデオロギー」を頭によぎらせながら読みました。あの映画の中で、済州島四・三事件の記憶の蓋を開けてしまったオモニは、辛い過去を忘却するため認知症が進行していったように感じました。ハン・ガンさんの小説は体と心の痛みが並列に描かれますが、身体的な痛みの描写が苦手な私でも、筆致が冷静かつ誌的なので読み進めることができます。今日は第一部を読み終えたところまで。

沈思黙読会の最終回は、一番好きな日本の現役作家で締めようと思い、「虚史のリズム」を選びました。結局読めたのは20ページほどでしたが、冒頭からユーモアとアイロニーに満ちた奥泉節が炸裂。奥泉光さんの文体は何故か声に出して読みたくなります。

配信を含めて4回参加しました。本を読むことを自分の人生の糧として大切にしている方々と読書する時間を持つことができた有意義な時間でした。その安心感の核には、中心にいらっしゃる斎藤さんへの信頼があったと思います。この会をきっかけに新たに手にした本も多かったです。本当にありがとうございました。

●umimiさん
ゲラも本も読みたくない病だった頃に始まった沈思黙読会に救われていった1年でした。コンタクトにしたりめがねにしたり個室に行ったりオープンスペースに行ったりして、結局メガネと照明の明るさが重要だと痛感した1年でしたもありました。ラウンジっぽいソファの席には行かなかったのでそれだけが心残りです。

ハン・ガンさんがノーベル賞をとった後、延世大学の語学堂で教えている知人が、書店に行ってものきなみ売切で図書館のウェイティングもすさまじいとLINEしてきましたが、もう一人の知人に「おめでとう」と送ったら「誰? ハン・ガン」という返答で、「僕は理系の研究者だから……」と言っていまして、本国でも、まあこういう差はあるよね思ったりしていた昨今です。

もう一冊『「好き」を言語化する技術』を読んだのですが、「感情を言語化する前にSNSで他人の感想を見るな」と書いてあり、この会でSNS断ちに体が慣れたので、できる私にはできる! と思っています。またお会いできるのを楽しみにしております。ありがとうございました!

●Dさん
最終回ということで、そして、直前の嬉しい受賞のお話もあり、満を持してハン・ガンを読みたかったのですが、どうにもコンディションが整わず、あわてて読む本を買いに行ったのですが、ジャケ買いに近い形で買った本がまさかの斎藤さんにご縁のある本だったので、読書のすべてはつながっていくことを改めて強く感じる素晴らしい読書会でした。ありがとうございました。

●Eさん
はじめて参加させていただきました。「読書」ということに対して、今では立派な趣味、と言るような人たちしか行わないことのように感じています。SNSをみるとお金を払ってでもなにかを書きたい人であふれている。一方で本は売れず出版業界は書籍だけでは未来はないように思えます。

出版に関わる仕事をしていますが、いったいどんな人たちが読書会に来るのだろうと興味がありました。読書をするためには自分で読みたい本を選ぶ必要があって、みなさん当たり前ですが、しっかり自分で読みたい本を選んでいる。そういう人たちがたくさんいらっしゃることがわかっただけでもうれしく思いました。『厄除け詩集』には読むためには目を動かして想像のなかで読んでリズムを感じる身体性があります。その豊かさを見開きで受け取れるお気に入りの本です。

●Fさん
今日は育児中で中々とれない読書時間をわざわざとれて嬉しかったです。そして、自分が韓国語を仕事で使っているので斎藤真理子さんとお会いできて楽しかったです。

スマホを切って、読むことはふだん中々なく、今日は集中して読むことができました。何かと触ってしまうスマホがなくて1時間なら1時間丸々本を読めて、いつもの1時間よりずっとたくさん読めた気がして充実感がすごいです。またあれば参加したいです。

●Gさん
1年間おつかれさまでした。とても楽しく読書できました。

集中が増すわけでもないけど読むことをやめずよそ見せず読書できました。同じように読む人たちへの、無言の圧と無言のエールを感じたのもよかったです。無理に読まなくてもいいけど背中を押される感じもあって家で読むより格段に読めました。

そして最後に合わせるようにハン・ガンさんのノーベル賞受賞も嬉しかったです。斎藤さんますます忙しくなってしまいそうですがまたこういう集まりができることを願っています。きっとあると思っています。スタッフの人もおつかれ様でした。会を開いてくれてありがとうございました。形は違えどまたお会いする機会があることを願っています。

●川延富士子さん
松本清張「ゼロの焦点」は20代の私に再び社会への関心を向けさせてくれた1冊である。テレビでたまたま目にした本作の映画を見てこの世にはこんな理不尽なことが起きていたのだと知った。これ以降松本清張の本は当時出版されていたものはほとんど読んだ。小説とはいえ社会の暗部、戦争の傷あとを記した内容は怒りと共に胸に刻み込んだ。

開高健「ベスト・エッセイ」は以前にこの会でも読んだ。「こんがりパン」というパンにまつわるエッセイの中にあった氏の話がたいへん印象に残ったためだ。流れるように進むエピソードに自分の未知の世界があり自分がいかに生活に追われ考えるということを放棄してきたかを思い知らされた。「山内マリコの美術館は一人で行く派展 ART COLUMN EXHIBITION 2013-2019」できるだけ出かける時はひとりで身軽にを心がけている私はこの本の題名に魅かれた。好き嫌いの激しい自分にとって知らない画家や作家が多く登場して楽しむことができた。

●Hさん
今回、3回目の参加です。いつも、本を選ぶ段階から楽しい時間を過ごせました。本を読んでいる時間がいつもより長く、スマホを切っている状態なので、より深く本の世界に浸ることが出来ました。参加されている皆さんの感想や、私が知らない本のお話しなど、いずれも興味深く得難い時間だったと思います。また開催されることを期待しつつ、ご連絡お待ちしています。

●Iさん
最終回ということで、なんだか寂しいと思いつつ、斎藤さんの新刊「隣の国の人々と出会う」と、斎藤さんの翻訳「別れを告げない」(ハン・ガン著)を読みました。改めて、斎藤さんがいる空間で読めることは贅沢だと感じました。

6回ほど参加してみて、集中できるというよりは『周りの人が本を読んでいる空間』に自分がいる、という居心地の良さの中で読書ができたなと思います。読んでいる本や、皆さんの感想の中から偶然の繋がりを見つける楽しさも参加する前は想像していませんでした。

運営スタッフさんがいつもテーマを決めてセレクトされている本コーナーも楽しみでした。今回は『猫特集』で、偶然手に取った絵本「ねこのねえ」(坂本千明著)が、私が最近飼い猫の夜鳴きに悩まされていることと繋がる内容で驚きました。こういった偶然の瞬間がこの読書会の楽しさの一つであったと思います。

また近いうちにこの『猫の集会』が開催されることを願いつつ、自分でも本を読む空間づくりを意識したいと思います。1年間運営お疲れ様でした。ありがとうございました。

坂本千明「ねこのねえ」(発行元:坂本千明)

●Tさん
3回目の参加となる今回は、前日から「早く読みたい」とそわそわしていて、「家でも電車でも、読めばいいのに」と自分に呆れながらも、「あの場所で読みたいのだ」と強く感じるその理由について考え続けました。

静かで邪魔の入らない環境を整えていただいた上で、「安心して自由に読める」「互いにジャッジをしない読書仲間がいる」「始まりがあって終わりがあるから、達成感がある」「一日を自分の好きなようにデザインできる」。そして今回は「その場所に行こうとする」ことにもヒントがあると感じました。電車に揺られて行く前から始まっている、何か。

行きたいと思う場所、お話が聞きたいと思う会を企画し、作ってくださり、ありがとうございました。とても貴重な時間でした。また皆さんとどこかでお会いできることを心より楽しみにしております。

またいつの日か、このような会が開かれることを楽しみにしています!

●Jさん
「スマートフォンの電源は切って下さい。または機内モードにして下さい」というアナウンスを聞きながら、飛行機が離陸する時のようなちょっとした緊張感を感じて第一回の沈思黙読会が始まったのは去年の11月です。今日は一日ずっと本を読むぞと気合いだけは十分だったことを覚えています。

参加する度に実感していたのは「読む」ことの多様さです。

この会で何を読もうか本棚の前で考えることが既にワクワクする読書だと話す人。
一字一句を目で追いながらでないと読み進められない人。
脳内で音読が始まる人。
その脳内で再生される声が好きな俳優の声だという人。
付箋をいっぱい本に貼り付けながら読み進めて、しまいにはこの付箋はなぜ貼ったのかわからなくなる人。
家では編み物をしながら本を読むという人。(これはマネしようと試しましたが全く編むことができませんでした!)
1日で一冊読み終えたことに謎の達成感を感じて、でもバリバリに肩が凝ってしまった人。

本当に色々な「読む」がありました。
沈思黙読会ではどんな本をどれだけゆっくり読んでも、「ちょっとよく分からなかった」と感想を言っても居心地が悪くなることはありません。ゆるい関心と無関心が同じ空間に漂う不思議な場所でした。

個人的には、2月の会で読んだ『密航のち洗濯 ときどき作家』(宋恵媛・望月優大 柏書房)に出てくる尹紫遠さんが、最終回の10月に読んだ『朝鮮詩集』(金素雲訳編 岩波文庫)の解説で再登場したことに驚き、一年間の読書体験が無事に着陸できたなという充実感で満たされています。


1年余り、ボス猫が見守る中、ほんとうに質の高い本好きの方々に支えられて(これまでのnoteを読めば一目瞭然です)、猫の集会=沈思黙読会を続けてこられて、とても楽しく、幸せでした。運営をやりながら、私らも本を読んでいて、それを列挙してみれば、まるでロードムービーのように劇場でかけがえのない映画を連続して見続けているようでした。それはかけがえのない時間でした。ありがとうございました。

※トップ画像は、ハン・ガン「すべての、白いものたちの」(河出書房新社)の原著カバーより。この1年余り、沈思黙読会でもっとも読まれた本が、ハン・ガンの小説でした。


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