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2023年を振り返って

今頃ですかw   でも昨年は色んなことが確信に変わった年でもありました。

女に執着がある一見情の熱い男は実はその執着は自分の気持ちにあること。  つまり所有物と扱い 体裁のエクスキューズが愛の言葉だということ。

それともう一つわかったこと。
【自分を全否定する者とは距離を置いた方が良い】
意味もなく肯定して来る者もあまり信じきれないけど ではその否定する者の話をよく聞くと

実はこれも意味がない。 否定する材料も乏しいのです。
そりゃ誤解や無知なこともあるけどその説明すら聞かずにただ自分の美意識や常識のみで否定して来るということは相手を認めてもいないし圧倒的な不寛容なのです。

熱狂的なイスラム教の人たちもキリストの像や日本の神社を躊躇なく破壊できるのはそれ。
圧倒的な不寛容。
自分の常識倫理観に染まらない者はポアしてあげるのが善と考えているからです。

んな大袈裟なw  と思うでしょうけれど よく考えてみると 自分はそんなことはしないでしょう? 
たとえ相手が違う宗教感や好み家風が異なっていたとしても自分の日常生活に害が及ばない限りは尊重するでしょう。

おなじ思考なのです その周りで否定ばかりする人は。

あの映画 面白かった と言うと(そんなん駄作 それなら〇〇の方がいい)と言われると話も終わってしまいますよねw    
いやあ 私が好きて言ってるんですからそんな全否定しないで下さいよ と遠回しに避けてもまだ否定調で絡んで来る人は要注意。

議論にもならない(例えばゴリゴリの共産党員を説得して転向させるなんて不可能だから互いの妥協点を見つけるのが議論)

昨年の暮れにそれが思い浮かんで来ました。
で 考えてみると自分は無意識のうちにそんなひとを遠ざけて来たのはそんな理由だったのかと納得。
【了】




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