課長への手紙 #12

この盃を受けてくれ
どうぞなみなみ注がしておくれ
花に嵐の喩えもあるぞ
サヨナラだけが人生だ

「勧酒」于武陵/井伏鱒二訳

前略

3月はお別れの季節ですね——春から高校生になる姪っ子も中学を卒業します。

私自身は「卒業」にこれといった思い出も思い入れもないのですが、というのも、「卒業」などよりはるかに多くの「お別れ」を乗り越えてきたからに他なりません。

卒業ではなく、お別れが悲しいのです。

そういえば、課長が以前、お手紙で仰っていました。異動が苦手だと。

この場合、お別れが悲しいのはもちろんのこと、新しい環境に飛び込むことへの不安もあったかと思います。

あれから半年以上が過ぎ、課長は今、いかがお過ごしでしょうか?

——先月あたりから、群衆の中に課長を探さなくなりました。

以前は、はい、ありました。街中で課長に似たお姿を拝見すると、この時間この場所にいるはずがないと分かっていても、運命の再会を期待してしまうという。そういうことが確かにありました。

 (お姿を拝見もなにも、実際は別人なので。全然知らない赤の他人なので。誰だおまえって感じなのですけれど。

 いや向こうからしたらおまえこそ誰だって感じでしょうけど。まあ、言葉を交わすこともなく、ただすれ違うのみですけれど)

今は少し別のフェーズにいます。

そういう意味では、課長を失った悲しみや苦しみ、心理的な依存、執着を、今やっと「卒業」出来たのかもしれません。

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