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第十一回「天下一大物伝」(前編)(2015年4月号より本文のみ再録)

 昭和40年男読者諸君のなかで、今回取り上げる『天下一大物伝』を覚えている人はどれくらいいるだろうか?
 『週刊少年サンデー』にて大島やすいち(※1)の作画で1975年から77年まで連載され、テレビドラマ化もされたが、掲載誌の発行部数を伸ばすでもなく、世間に一大ブームを巻き起こすこともなく連載は終了。安定した人気はあったが大ヒット作品とは言えず、野球でたとえればシブい当たりの内野安打レベルだろうか。であれば、この作品に語るべき価値はあるのか?と読者諸君は不思議に思われるだろう。
 梶原一騎作品をこよなく愛するファンの一人として言おう。「『天下一大物伝』を読まずして梶原一騎を語るなかれ!」
 
ここに繰り広げられる物語は単なる原作者の創作物にあらず、この時期の梶原の経験や願望(妄想?)などが主人公の姿を借りて清々しい程ストレートに展開されている。立身出世マンガという少年マンガの一ジャンルとしてではなく、原作者の当時の状況を理解して読めば何倍も楽しめる作品、それが『天下一大物伝』なのだ!

※『天下一大物伝』作品データとあらすじ


劇画原作者としての頂点と異業種への進出

 まず『天下一大物伝』が連載された75年に、梶原が抱えていた仕事をざっと連ねていく。ちなみにこの年、梶原一騎39歳(!)だ。
週刊少年マガジン『愛と誠』(画・ながやす巧)『紅の挑戦者』(画・中城健)『空手バカ一代』(画・影丸譲也)
月刊少年マガジン『世界ケンカ旅行 空手戦争』(画・守谷哲巳)
週刊少年ジャンプ『花も嵐も』(画・川崎のぼる)
週刊少年キング『おれとカネやん』(画・古城武司)
漫画ゴラク『若い貴族たち』(画・佐藤まさあき)
週刊サンケイ『新ボディガード牙 カラテ地獄変』(画・中城健)
中三コース『朝焼けの祈り』(画・かざま鋭二)
いやはや、すさまじいまでの仕事量である。週刊少年誌を中心に月刊誌だけでなく青年誌や学習研究誌などの連載も掛け持ち、最も多忙な時期を迎えていた。加えてこの年『愛と誠』で第6回講談社出版文化賞児童まんが部門を受賞(※2)、劇画原作者として梶原はまさに栄光の頂点を迎えていたのである。
 富と名声は一度手にすれば誰もが離すまいと思うし、それをもっと大きくしたいと考えるのは自然な成り行きと言えよう。自らの立身出世の次の足がかりとして梶原は映画の興行界へ進出を決意する。兼ねてから親交のあった人物(※3)と協力して“三協映画”という会社を設立。以降、映画興行ビジネスでの成功と地位の確立にのめり込んでいった。
 華やかな芸能界との交流や、自らのステータスの上昇。まさに順風満帆な日々のなかで『天下一大物伝』は執筆されていたのだ。
 ここに掲載されている画を見てもおわかりのように、主人公・無双大介は、これまでの少年マンガや梶原作品に登場するような一見してスマートで格好いいキャラクターではない。タイプで言えば『巨人の星』の伴宙太のような主人公を影で支える脇役キャラだ。それがなぜ主人公となりえたのか?その疑問の答えは彼が九州出身で柔道の猛者の巨漢という人物設定だと知れば、梶原ファンには容易に理解できてしまう。つまり無双大介とは梶原一騎自身をモデルに創造したキャラクターなのだ。実際梶原は柔道の有段者であり、当時のプロフィールとして九州出身と語っていたこともある。(※4)
 物語は、大介が憧れる大人気アイドル歌手・明日香ルミが訪れた巡業公演先で、彼女から受けた屈辱に大介は一世一代の大発奮!公衆の面前で3年以内にルミと結婚すると宣言して幕が上がる。
 先ほど主人公が作者の分身であると述べたが、前記のような出来事があったわけではない。『天下一大物伝』はあくまでもマンガであり、ノンフィクションの自伝マンガの類でもない。しかし、展開される物語の裏側を深読みしていくと、冒頭でも述べた原作者の抱える願望や妄想が浮かび上がってくる。私の解釈では、本作の序章ともいえる明日香ルミ編のポイントは“主人公とアイドルとの関係性”なのである!

梶原作品とアイドル、自らの願望の到達点

「今にオレだって天下の美女スターと対等に付き合える男になって見せるッ かならず!」
 
これは梶原の遺作であり自伝的作品『男の星座』(画・原田久仁信)の一場面である。高校中退後コック見習いとして働く梶一太(=梶原一騎)が、店内の階段を這いつくばって磨くそばを通った大スター・岸恵子を見上げての台詞だ。まだ自分が何者でもなかった頃の熱い想いは、後に劇画原作者として大ブレイクした『巨人の星』以降から物語の展開のなかで散見されるようになる。星飛雄馬とアイドルグループ・オーロラ3人娘の橘ルミの恋。『夕日の恋人』(画・かざま鋭二)では、ヒロインの天地真理がアイドル歌手になる展開だけでなく、彼女の名を気に入り芸名にした歌手が実際に登場。そして74年、『愛と誠』が映画化やテレビドラマ化されるにあたり、ヒロイン役選出に絶対の権限を持つようになった梶原の鶴の一声で早乙女愛や池上季実子はデビューを果たし、大女優として成長してゆく...。
 こうして虚像のキャラクターによる妄想シュチエーションが現実に自身の手で作り出せるようになった梶原が積年の想いを果たすべく、ついに自身(の分身)を主人公に据えてアイドルとの恋愛を見事成就させる話を書いたのが『天下一大物伝』なのである。
 昭和40年男読者諸君には、暴走や失敗を重ね滑稽ながらもひたむきにルミへの愛にかける大介の姿に、梶原一騎という人物の姿を重ねて読んでいただきたい。
 物語はこの後、とある事情からルミを支える力を失った大介が自ら身を引いてしまう。そしてひとつの失恋は新たな恋を生み、実業家として躍進を続ける大介は格闘興行への進出を決意する。数年後の梶原一騎の姿を自らが予言するような本章、水の江洋子&マリリン・グレース編は次号で語るとしよう!乞うご期待!

『天下一大物伝』を読んでみよう!(Amazon kindleへのリンク)

※1 代表作は『おやこ刑事』『バツ&テリー』『一撃伝』など。
※2 67年に『巨人の星』で第8回講談社児童まんが賞を受賞しているが、対象となったのは画を担当した川崎のぼるのみであった。
※3 東京ムービー社長・藤岡豊と映画プロデューサー・川野泰彦の二人。
※4 実際は東京都出身、幼少時に疎開先として九州にいたというのが真相らしい。“肥後もっこす”で自身の強面イメージをアピールしたかったのだろうか。

【ミニコラム・その11】

幻の実写テレビドラマ版
本作は連載開始の翌年10月から半年間、東京12チャンネル(現:テレビ東京)系で実写ドラマ化された。当時さしたる話題にもならず、またマンガが連載中に放送終了となり、結末はドラマオリジナルの展開となった。その後再放送の機会にも恵まれないばかりか“懐かし番組”でも取り上げられないファンの間では幻のドラマとなっている。もちろん未ソフト化で、当時に観たきりの筆者も“死ぬまでにもう一度観たい!”と切にソフト化を熱望する作品だ。なお主役を演じた無双大介は、本作でのデビューを機に役名と同じ芸名を梶原先生より与えられた(映画『愛と誠』でデビューした早乙女愛と同じパターン)。その後、映画『ドカベン』(1977年/東映)の賀間剛介役やテレビ映画『ウルトラマン80』(80年/TBS系)の地球防衛チーム・UGMのメンバー、ハラダ隊員を演じた。

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