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第十二回「天下一大物伝」(後編)(2015年6月号より本文のみ再録)

 劇画原作者としての頂点に立ち、映画製作や格闘技興行など新たな活躍の場を広げた梶原一騎の順風満帆な心情と秘めた願望(妄想)を清々しいほどストレートに反映させた『天下一大物伝』。物語は憧れのアイドル歌手・明日香ルミとの恋愛成就の奮闘ドラマを経て、いよいよ大物実業家としての才能を発揮してゆく本章へと突入する。次なる恋の相手、白衣の天使・水の江洋子の夢である医大進学の資金援助のため、主人公・大介は運輸会社設立を経て商事会社を新設。飲食業界へ進出すると世界各国の料理を格安で提供する食堂ビル・くいまくり会館をオープンさせる。一方、医大に入学した洋子の前に好意を寄せる財閥の助教授が出現。その妹との“飲食商法”をめぐり両陣営の攻防が二転三転するまでの展開には、全盛期を迎えてノリにノる梶原原作の筆の冴えが感じられる。しかし彼女との別離の後に物語は意外な方向に展開していく。梶原ファンの間でも物議を呼んだ“格闘技オリンピック編”である。
 実業家として成功を収めた大介が手がけたさらなるビジネス、それは世界の格闘技の強者を一堂に集めた異種格闘技大会の興行だった。これまでならこの興行開催の経緯に惚れた女性の存在があり、興行成功に向けて明るくコミカルに展開していくはず。しかし大介の表情はシリアスの度合いを深め、魅力に乏しい出場選手たちの戦いが続くなど、展開に違和感のある印象を受けてしまうのだ。
 前回、本作を梶原の身辺状況の反映や願望と妄想の作品であると書いた。梶原に何が起こったのだろうか?

※『天下一大物伝』作品データとあらすじ


作品上で実現させた幻に終わった男の浪漫

 この異種格闘技対決は、梶原の創作ではなく発想元がある。当時(76年5月)、梶原が設立した三協映画による作品『地上最強のカラテ』が公開された。極真カラテが主催した『第一回 オープントーナメント 全世界空手道選手権大会』を撮影したドキュメンタリーで、『週刊少年マガジン』で連載中だった『空手バカ一代』(画・影丸譲也 ※1)の人気もあり映画は大ヒットするのだが、実は遡ること1年前(75年)の大会開催発表当時、さまざまな格闘技(プロレス、相撲、ボクシング、柔道など)からの参加を呼びかけていた。ところが同時期、異種格闘技戦を行なっていたアントニオ猪木率いる新日本プロレスとの一悶着(※2)もあり、極真道場の選手のみで開催されて異種格闘技対決の構想は幻となっていたのだ。
 極真カラテ創始者・大山倍達と古くからの知り合いである梶原は名誉会長という立場で大会開催にも深く関わっていた。当初の構想が果たせなかった無念と実現への想い、劇作家としての格闘技No.1は何かという探究心の反映が梶原を格闘技オリンピック編の執筆へと駆り立てたのではないか...というのが筆者の推測である。
 なお、本編ストーリーでは作者の分身である大介は、試合のレフリーをやったり謎のマスクマン・へのへのもへじ仮面(笑)として出場したりで、今読み返してみても、梶原が何としても異種格闘技対決を実現して加わりたかった心情を察することができる。余談であるが、異種格闘技戦によほど捨てがたい魅力があったようで、数年の準備期間を経た80年、梶原は立会人として『アントニオ猪木VSウィリーウィリアムズ戦』をプロモートしている。当時“最強”のイメージがあった両者のドリームマッチを見事に実現させたのである。
 こうして始まった格闘技オリンピック編だったが、読者の支持を得られなかったのか、出場者たちの重傷でカードが組めず途中中断という展開でフェードアウトし、出場者の一人だった女子レスラー・マリリンに惚れた大介が彼女の夢である世界王座獲得のために奮闘する従来のパターンに戻る。しかし、現チャンピオン側の興行主として冷酷非道なマフィアと登場させ、タイトルマッチ実現の展開に大介とマリリンの死の危険を匂わせてる。さらに試合承認の条件である八百長の約束を反古にされた報復の描写では、大介をコンクリート詰めにしたり、マリリンを鞭でいたぶる残忍なシーンも描かれた。この後に続く最終章・清田由美子編も、事故により余命が幾ばくもない彼女の弟の残された日々と不条理な死がメインとなる。もちろん少年誌の範疇での表現や作品のカラーとしての明るさは挿入されてはいるものの、読んでいてダークな印象はぬぐい去れない。
 数多く存在する梶原作品群を時系列の一本の線として考えた場合、後年評される“狂気の時代”の分岐点が『天下一大物伝』の中間にあったと筆者は考えている。劇画原作者としての成功から新たな分野に手を広げすぎたことで自身の多忙を増大させ、作品の質の低下を招く悪循環を作ってしまったこと。その萌芽をマリリン編以降に感じるのだ。その意味でも、ファンにとって必読に値する一作であると筆者は断言する。

主人公の恋愛遍歴の結末に見る梶原の本音

 物語終盤には実業家として見事大成する大介。その最後の相手は、意外にも一般女性だった。アイドル歌手・看護師・女子レスラーとたどった大介の恋愛遍歴を考えれば、財閥の令嬢でも資産家の娘でも世紀の大女優でも、物語の創造主として、梶原は結末を飾るに相応しい女性を出せたはずだが、なぜ一般人だったのか。
 晩年の発言になるが、猪瀬直樹のインタビュー(※3)を受けて「(全盛期の遊び場は)銀座と芸能界だな。それしかねえもの。俺だってたまには、漁村かなんかのピチピチした女のコと恋でもしたいけど、行ってる暇がねえよ」と語っている。劇画界の頂点を極め富と名声を掴み、華やかな交友関係を深めるほど反動として普通の女性への憧れが募ったということだろうか。思い返せば星明子(巨人の星)や若月ルリ子(タイガーマスク)など梶原作品のヒロインには市井の生活に生きる芯の強い女性が少なくない。
 大介の妻となる清田由美子は、幼い頃に両親を亡くし弟の一彦との二人暮らしの小学校教師という設定だ。弟が大介の経営する運送会社の不良運転手が起こした交通事故の被害者となったことがキッカケで二人は知り合う。ある事情から初めは大介に対して激しい憎悪を抱く由美子。二人の恋と物語の結末は...ぜひ作品を手に取って読んでほしい。それが梶原ファンの心からの願いだ!
 昔読んだきりでストーリーもおぼろげなアナタ!本棚にコミックスを眠らせているアナタ!そして折に触れ読み返しているアナタ!これを機会に『天下一大物伝』を一騎に読め!

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※1 連載当初は、つのだじろうが担当。1973年暮れに影丸に交代。 
※2 プロレスこそ最強の格闘技であることを自負していた新日本プロレスは当然参加を決意する。しかし、極真側の決めた大会ルール(つかみ技の禁止等)がプロレス側に不利な点を指摘するも改定されないことに不服を感じルール無視の反則負け覚悟で挑むと公言してきた。これに対し、初の世界大会という大掛かりなイベント成功のためのトップ同士が会談を行ない和解が成立。新日本プロレス側が参加を取り下げる形で事態は治まった、両者の遺恨は深まった。
※3 新潮文庫『日本凡人伝 二度目の仕事』(84年)。

【ミニコラム・その12】

マンガの世界から飛び出た人々
 
前号でも紹介したが、梶原作品に関わった経緯から、登場人物の役名をそのまま与えられた人物は本作の主人公以外にも数多くいた。有名なのは『愛と誠』の早乙女愛、『朝日の恋人』の天地真理、主役以外でも『純愛山河 愛と誠』の高原由紀。スポーツ界では何と言ってもタイガーマスク(タイガーマスク二世)が有名だが、変わり種として『紅の挑戦者』の主人公・紅闘志也をリングネームにした選手も実在した!もっともこちらは、マンガのような活躍ができずにすぐに消えた幻の実在キャラとなってしまった。

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