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第十九回「新巨人の星」(その3)(2016年8月号より本文のみ再録)

長嶋監督就任3年目のシーズンとなる1977年のペナントレースは巨人の独走だった。開幕後の4月に首位に立つと、その座を一度もゆずることなく9月にはそのままリーグ2連覇を達成する。しかも対戦チームすべてに勝ち越しという完璧な優勝である。この結果に梶原は安堵で胸をなで下ろしたことだろう。これで1年分のストーリー展開が作りやすくなった...と。
 『巨人の星』『侍ジャイアンツ』『おれとカネやん』(※)などの梶原野球マンガでは、特別な場合を除いて物語の時間軸はほぼ1年遅れで描かれることが多かった。主人公が所属する球団がその年にどのように戦い、どんなドラマがあり、どのような結果となったのかを見定める。そしてそれを上手くストーリーに織り交ぜることで、読者により作品の世界観をリアルに感じさせるのが梶原お得意の原作手法である。『新巨人の星』も連載2年目を迎え、掲載誌では長嶋巨人の悲願のV1達成や飛雄馬の右投手としての活躍が始まったばかりだから、梶原にとって史実の巨人優勝は好ましい結果となった。優勝が決まっていればこそ、飛雄馬の右投手としての成長過程を描く一方で、前号でも述べた本作のメインテーマである“野球を通じての飛雄馬の青春模様”を余裕を持って描くことができるからだ。
 この巨人セ・リーグ2連覇に加え、テレビアニメ放送開始という追い風も受けて、梶原が満を持して取り組んだのが、飛雄馬再びの恋であった。その展開のために重要なキャラクターとして再登場させたのが牧場春彦である。

※ 1973〜75年に週刊少年キングにて連載。画/古城武司

※『新巨人の星』の作品データとあらすじ


飛雄馬の人生に常に災いを呼んできた男

 世の中にはさしたる理由もなく、なぜか相性の悪い人物というのが存在する。その人と関わり合うだけで自分が災難に巻き込まれてしまう人物。飛雄馬にとってそれが牧場春彦であった。彼と飛雄馬の因縁をさかのぼれば。青雲高校時代に牧場が起こしたPTA会長闇討ち事件での身代わり退学に始まり、巨人2軍時代にはうかつなおしゃべりから速球投手としての致命的欠点を左門に知られてしまう。さらに花形・左門との座談会を企画すれば、消える魔球の秘密をスクープされ、伴との決別も余儀なくされたりと、牧場が物語に登場するだけで飛雄馬には波乱の展開が付きまとってきた。
 本作においては、売れっ子の人気熱血マンガ家として再登場する(ちなみに『巨人の星』で人気作家となった梶原自身を投影させたキャラクターではないかと筆者は推測する)が、ここでも飛雄馬との相性の悪さは徹底していた。巨人復帰後に彼が初めて試合観戦に訪れただけで、勝ち星を重ね絶好調だった飛雄馬が左門にメッタ打ちにされたばかりか、2軍へ降格となってしまう。このように常に物語の節目節目に現れては主人公に災厄を呼び翻弄する牧場が、飛雄馬の新たな恋の相手を連れてくるのだから、人生はわからない。

恋にもがく飛雄馬と伴の青春ドラマの展開の可否

 その相手の名は鷹ノ羽圭子。牧場が描いたマンガが原作の映画で主演を務める女優である。牧場の紹介で知り合ったのがなれそめで、以来彼女の存在は飛雄馬の心の中で次第に大きくなっていく...。
 と、ここまでならば、牧場は厄病神から転じて恋のキューピッドになれたはずだが、どっこい彼の持つ災いのパワーは決して飛雄馬に幸運を与えたりはしなかった。なんと彼女との初対面に同席した伴宙太もまた彼女に一目惚れしてしまったのだ。飛雄馬再びの恋のドラマは、無二の親友との三角関係という試練となって始まったのである。
 その後、物語は彼女にまつわるささいなことで一喜一憂し、試合での投球にまで影響が出てしまう飛雄馬と、はたから見れば滑稽なほど果敢にアタックを続ける伴が描かれていくのだが、こうした展開は読者の目にはどう映ったのだろうか?かつての熱血キャラクターたちが、ひとりの男として恋に悩み苦しむ姿には格好よさはない。もしかすると、前作とのギャップにがっかりしたという読者もいたかもしれない。実は筆者も連載当時はそのように感じていた。
 だが今あらためて読み直してみると、この飛雄馬と伴の心情や振る舞いは妙にリアルでとても共感できる展開となっている。思えば、本作の執筆と同時期に梶原は映画製作事業にも進出しており、女優との交流も盛んだったと推測される。その実体験を飛雄馬や伴に振り分けて反映させていたのかもしれない。
 旧作で描かれたような、1試合1試合の勝敗に大滝の涙で歓喜したり、絶望のどん底に落ち込むようなオール・オア・ナッシングの野球人生もひとつの理想として憧れもするが、現実には、それでやっていけるはずもない。野球もすれば恋もする。友とのケンカに戸惑い、迷った挙句に父の元を訪ねて胸の内を相談する、そうした人間臭さや弱さは旧作でも描かれてはいたが、掲載が少年誌ゆえにリアルすぎる表現には自制もあったのか、深くは踏み込んでいなかった。だから梶原は主人公たちのその後の成長を描く本作で、そして青年誌という発表の場で、その部分に踏み込んでいきたかったのではないかと筆者は考えている。
 練習に没頭できず、自身の想いや親友との三角関係の板挟みに苦しむ飛雄馬の独白「愛が人間を強くするというのは、かならずしも....真実ではない! 」は、本作だからこそ書けた本音の台詞だろう。しかし、梶原がそうした意欲を持って挑んだ青春ドラマは、この年(78年)に巨人が3連覇を達成できなかった現実によって方向転換を余儀なくされてしまう。青春群像劇としての『新巨人の星』から、旧作を思わせる展開。新魔球の登場と、それをめぐるライバルとの戦い。再び立ち上がる父・一徹。数々のテコ入れを図るも、ほどなく連載は終了となってしまうのであった。
 次号は『新巨人の星』編の最終回!乞うご期待。

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【ミニコラム・その19】

プロトタイプになったかも?『悪役天使』
 
皆さんは『悪役天使』をご存知だろうか?1976年初頭に『週間少年キング』で連載されたのみで、以降単行本化されていない幻の梶原作品である。実は、この冒頭シーンおよび主人公の設定や試合で使う得意技が『新巨人の星』に酷似している。グランドにふらりと現れた主人公は2万円の請負料金でチームを勝たせる助っ人稼業を営み、ひとたび塁に出ればスクリュースライディングで相手を恐怖のどん底に叩き落とす...。過去幾多のスポーツを原作素材に手掛けた梶原が、草野球という新ジャンルに挑戦した意欲作だったが、読者の支持を得られずに1年も経たず連載終了となる。その打ち切りの無念を晴らすべく、設定を再活用したのが『新巨人の星』だったのではないかと筆者は推測している。

第十七回「新巨人の星」(その1)を読む

第十八回「新巨人の星」(その2)を読む

第二十回「新巨人の星」(その4)を読む