筆者お薦め!梶原一騎作品10選・後編【2020年3月「昭和マンガから学ぶ男の生き様大全」より】
主人公に投影して語られる少年読者へのメッセージと、世相批判
Select6 『夕やけ番長(画:荘司としお)』
スポ根ではないですが、男の生きざまを学ぶ意味でオススメしたいのが本作です。学園を舞台に真の男らしさとか、友情の尊さとか、学生生活を通じて学ぶ大切な要素が詰まってます。主人公はケンカの天才でスポーツも万能。だけど夕焼けを見ると涙ぐむというキャラクター設定も人間味があって好感が持てました。梶原先生は自身の少年時代がモデルだと語っていたようで、主人公のセリフや行動を通じて当時の子供たちにメッセージを送ろうとしていたのかもしれませんね。その傾向は物語の中盤以降、当時の世相を反映エピソードなどで強まっています。でもその対象は子供たちのみならず大人たちにも向けられていて、梶原先生が世間に一言ものを申してやろうという雰囲気が感じられるんです。人気劇画原作者として知名度も上がってきてテレビ出演なども多かったので、ちょっと文化人みたいな自分を演出したかったのかなと分析しています。
青年誌の分野に進出した意欲作。表現の制約から解放された梶原マンガの新境地
Select7 『斬殺者(画:小島剛夕)』
本作は少年誌を中心に名を馳せていた梶原先生が青年誌の分野に進出して作り上げた初のオリジナル作品となります。ジャンルでいうと宮本武蔵マンガですね。ただ、主人公は宮本武蔵ではなく、武蔵を倒そうとする無門鬼千代という架空の若者。いろんな策を凝らして武蔵に挑むのですが相手にもされず、歯牙にもかけてもらえない。武蔵の桁外れの強さに対する憧れと、それに相反する憎しみを抱える無門は、功名心や物欲の塊で異色のアンチヒーローだが不思議と憎めない。それは大半の若者なら誰もが心の中に潜ませている願望の姿でもあるからだと気づいたのは、大人になって読み返してからですね。少年誌では制限されていた性や暴力描写をありのまま描けたことは、後の梶原作品に多大なる影響を及ぼしたと考えます。また一部の梶原一騎マニアの間では宮本武蔵と無門鬼千代の関係性を、当時の大山倍達と梶原一騎のソレに重ね合わせて読み解けるとの分析もあります。
思春期の男子が抱える心理描写と独特のモノローグが魅力
Select8 『初恋物語(画:小野新二)』
ファンの間でも語られることの少ない地味な作品だけど、自分にとっては思い出深く大切な作品です。初めて読んだのは思春期ど真ん中の中学2年生で、当時の少年誌では「翔んだカップル」や「みゆき」などの学園を舞台にした恋愛マンガが大人気でした。梶原先生もそうした“ラブコメブーム”の流れで書いた「初恋物語」は、他の作品とは違う独特な雰囲気が印象に残ってます。故意に兄を事故死させたヒロインを憎んでいたはずの主人公が、実は好きになっていて、素直にその感情が表現できず苦悩するというストーリーだ。非モテ系の自分には気軽に付き合えてしまうラブコメよりも、うまくいかず悶々とする主人公に深く共感して読んでいたんだと思います。作品全体を通して感じるのは、梶原先生の持つ繊細な部分がよく出ているんじゃないかということです。この当時先生は40代前半なのに、よく14歳男子の好きな子に対するこじらせた感情をかけたなぁと思いますね。
最期に手がけた未完の遺作にして、自身の半生を原作にした自伝的マンガ
Select9 『一騎人生劇場 男の星座(画:原田久仁信)』
これは梶原先生の遺作なので絶対にハズすことはできません。そして劇画作家引退作品として自分の半生を原作とした自伝「的」マンガであることもファンには重要です。梶原先生の半生というのはあくまでも素材で、本作は梶一太という主人公を通じて描かれたエンタティンメント作品。全てが事実なのではなく、梶原の心の中にあった真実の物語ですね。梶原作品を読んだことのない人にお薦めしたい、まず最初に読むべき作品だと思います。無名の若者がひとかどの大物になろうと志し、力道山や大山倍達などと幾多の運命的な出会いの中で成長していくサクセスストーリーは、このムック本のテーマである男の生き様を最も熱く、そして美しく描かれている作品ではないでしょうか。梶原先生の死によって物語は途中で終わっているのですが、不思議とそれが感じられず、最後の見開きに登場した星飛雄馬、矢吹丈、太賀誠誠、紅闘志也などのヒーローたちの姿には胸が熱くなります。
スポ根作家からの脱却と、少年誌と青年誌で磨いた原作テクニックが冴えた名作
Select10 『愛と誠(画:ながやす巧)』
「あなたが一番好きな梶原作品は何ですか?」と聞かれたら、迷わず答えるのが『愛と誠』です。本作の魅力は、梶原の少年誌で積み上げた原作テクニックと新たに加わった青年誌の原作テクニックの結合が見事です。これは僕の分析ですが、有名な『巨人の星』や『あしたのジョー』も無論名作ではあるけれど、連載が当時の少年誌ゆえに勧善懲悪だったり、表現の制約もあって若干青さが残る気がするんです。しかし、本作の連載数年前から青年誌を手がけたことで、一気に開花した梶原流原作テクニックが本作で存分に発揮されてます。読んだら続きが気になって止まらない次週への“ヒキ”の巧さも秀逸。少年誌連載で学園を舞台にした純愛がテーマですけど、青年誌で培った性と暴力の描写が随所に盛り込まれていて、ほのかにエロチックな雰囲気も感じますね。そうした少年誌ギリギリの原作を、繊細なタッチで表現した、ながやす巧先生とのコンビも奇跡的な出会いだったといえるでしょう。
筆者お薦め!梶原一騎作品10選・前編 を読む!