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第三回「タイガーマスク」(前編)(2013年12月号より本文のみ再録)

 今回取り上げる『タイガーマスク』は、本連載第1回で提示した梶原マンガ世代別分類でいう“第三世代”(※1)の初期作品である。昭和40年男にとって雑誌の連載(※2)が3〜6歳、テレビアニメ放送(※3)が4〜6歳だから、リアルタイムの記憶はおぼろげなものでしかない。むしろ、後に繰り返されるアニメの再放送に関する記憶がほとんどだろう。
 ちなみに筆者の、最も古い記憶は、保育園の友達宅にあった当時の大ヒット商品・タイガーマスクと悪役レスラー達のソフトビニール人形だ。物語も曖昧なまま、人形同士を戦わせる遊びを楽しんでいたのを覚えている。思えばこれが筆者の梶原作品との最初の出会いだったのだ。そう、飛雄馬でも丈でもない、筆者が出会った最初の梶原ヒーロー・タイガーマスクについて今回は語っていこう!

※『タイガーマスク』作品データとあらすじ


幼い子供たちに贈る、梶原一騎のメッセージ

 『タイガーマスク』は67年末に月刊誌『ぼくら』で連載が開始された。当時プロレスが再びブームの兆しを見せるなかで、編集部サイドから作画担当の辻なおきに執筆を依頼。虎の覆面をしたプロレスラーという設定を元にストーリーを作る過程でプロレスに精通した梶原を加えたという流れだ。この目論みは当たり、同誌の看板作品となるが、その要因の一つとして単なる“プロレス根性マンガ”にしなかったことがあげられる。主人公・伊達直人が人間として自身の弱さに苦悩しながらも、守るべき孤児たちの幸せのために懸命に闘う姿を通じて、人が正しく生きることの厳しさや苦しさを伝える“人間ドラマ”として描かれているからだ。たとえばそれは、初期のエピソードに表れている。
 虎の穴の第2の刺客・獣人ゴリラーマンとの対決で、あまりの怪物ぶりに敵前逃亡を図ろうとした直人。彼の元に心の拠り所である孤児院から知らせが入る。タイガーに憧れる少年が、勝利を願って行なった水行で肺炎になったというのだ。もしも少年がタイガーの逃亡を知れば偶像は壊れ、心に傷を負わせてしまう。少年の憧れに応える崇高な存在であり続けるために、直人は硝酸のないまま試合に挑み、苦戦の末にフェアプレイを貫いて見事勝利を収める。その懸命な姿に少年は感動する。劇中の少年たちは読者の分身であり、タイガーの台詞や行動は梶原からのメッセージだろう。これは筆者の推測だが、当時父親となった梶原が、連載誌『ぼくら』の読者層である幼い子供たちへ贈る寓話として執筆していたのではないだろうか。
 序文でも述べたが、多くの昭和40年男にとって本作は再放送が原体験だろう。筆者の場合は中学2〜3年生の頃がそれに当たる。調べたら79年頃に当時大ヒットしたソフトビニール人形が再発売されていたので、それに合わせたテレビアニメの再放送だったのかもしれない。14〜15歳という多感な時期に再び触れた『タイガーマスク』。この年齢になれば流石に必殺技を真似して遊ぶとか、プロレスラーを夢見るといった影響を受けることはない。それよりももっと物語の内面的なこと、他人のために自己を犠牲にする主人公・伊達直人の大いなる“人間愛”について考えさせられた。
 自分と家族・友人と言う狭い関係性の世界しか知らない少年にはハイレベルなテーマだが、自分なりに伊達直人が行なう献身の数々から、今の自分の弱さ・小ささを思い知らされるばかり。そして物語が進むにつれ、主人公は理想とも憧れとも言えない崇高な存在となっていくのだが、マンガ版の唐突な結末には読んだことのある人なら皆、衝撃を受けたはずだ。
 見ず知らずの少年を救っての事故死(※4)。しかも、死の間際持っていたマスクを川に捨てたために、誰もタイガーだとは気づかないという二重の悲劇。
 梶原作品は主人公が死や破滅を迎えて話を終える場合も多いが、それぞれに華やかな舞台やストーリーがある。しかし『タイガーマスク』の場合、不条理ともいえる幕切れが逆にトラウマとなって深く記憶に残る結果となった。

約40年の歳月を経て蘇った虎の魂!

 2010年の暮れ。群馬県の児童相談所へ伊達直人名義でランドセルが寄付されたことが報道され、以降同様の寄付が続いたことから“タイガーマスク運動”として話題になったのを覚えているだろうか。このニュースがきっかけとなり『タイガーマスク』が一躍脚光を浴びることになった。
 この頃コミックスは絶版状態だったが、全国から出版社への問い合わせが殺到して増刷が決定されている。往時を知るオールドファンのみならず、名前しか知らなかった若い人が手に取って読んでくれたこの現象に、一梶原ファンとして筆者はうれしくもあり誇らしげでもあった。多くの人々に、これまで書いてきたようなさまざまな魅力について触れてもらえるキッカケとなったこの一件は非常に思い出深い出来事であった。
 思い出深いといえば、昭和40年男にとって『タイガーマスク』にはまだ語るネタがあるが、それは次号にて。昔読んだきりでストーリーもおぼろげなアナタ!本棚にコミックスを眠らせているアナタ!そして、折に触れ読み返しているアナタ!これを機会に『タイガーマスク』を一騎に読め!

『タイガーマスク』を読んでみよう!(Amazon Kindleへリンク)

※1 再放送+現行連載マンガのメディアミクスを体感した我々昭和40年男の世代
※2 1967〜71年にかけて『ぼくら』(69年休刊)→『ぼくらマガジン』(71年休刊)→『週刊少年マガジン』と移行しながら連載された。
※3 1969〜71年に日本テレビ系列で全105話が放送された。
※4 アニメ版では正体が知られて海外に去ってしまう結末だ。

【ミニコラム・その3】

単行本では読めない!もう一つのタイガーマスク
 テレビアニメ放送終了直後の71年秋に創刊された児童誌『テレビマガジン』。その連載ラインナップに『タイガーマスク』があったのをご存知だろうか。こうしたコミカライズ版は、別のマンガ家のペンにより描かれることが多いが、こちらはオリジナルの辻なおきによるものだ。ストーリーは1話10頁にも満たないが、伊達直人が虎の穴を卒業する際に虎の覆面を託され、タイガーマスクのリングネームを授かるという貴重なエピソードが描かれている。連載は翌年3月号まで続いた(全4回)が、残念なことに単行本未収録。ぜひ復刻してほしい作品だ。

第四回「タイガーマスク」(後編)を読む!

「梶原一騎とタイガーマスク」を読む!