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マック技報_21TR07

マックエンジニアリング株式会社・技報担当
《マイクロリアクター専用ウェブサイト》

 久し振りの技報アップです。コロナ禍の中、しぶとく、装置改良や実験に取り組んでおりますが、なかなか公開できませんでした。今回、速報ベースではありますが、興味深いデータが得られましたので報告させて頂きます。
 今回のテーマは、「CSTRによる連続接触水素化」です。当社のマイクロスケールCSTRの活用範囲を広げるべく、試作品を組み合わせるなどの工夫を凝らして実現しました。
 既報(マック技報_20TR04の4-3-3)で「固体の移送方法の検討が必要」と報告しましたが、今回の実験で解答のひとつが得られたと考えています。ただし、詳細な検討がまだまだ不足していますので、事実のみ淡々とお知らせします。

1. 反応

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 実施した反応は、上記の芳香族ニトロ化合物の接触水素化(還元)です。大学・学部生の練習実験レベルですので、イメージしやすいと思います。

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 練習実験がてらに、他のニトロベンゼン誘導体を出発物質として、同様の接触水素化をバッチ式にて行ったところ、室温、反応時間1時間で、ほぼ定量的に反応が進行しました(上記写真)。なお、水素の供給は風船からの微加圧で行いました。

2. 器具等一式

2-1. 全体イメージ
 ※水素ガス使用のため、必ずドラフト内で実験する必要あり。

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 反応装置は上の写真のとおりです。CSTR(マイクロスケールCSTR)以外の主な器具としては、スターラー、シリンジポンプ、チューブポンプといったマック技報では「お馴染みのもの」ばかりですが、これらに、水素ガスを吹き込むための工夫を加えました。
 この装置は閉じた状態になっています。チューブポンプが反応液受器から気体(反応中は水素)を吸い込み、6方ジョイントを経由してCSTR内へ送ります。水素は、反応液受器に繋がる(重しを乗せた)テドラーバッグから供給されます。なお、水素の供給圧は、(CSTRが常圧用のため)前述のバッチ式の練習実験に使われた「水素風船による微加圧」と同程度です。

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 上の写真のとおり、6方ジョイントに接続した外形1/16インチPFAチューブは、CSTRの5箇所(第1から第5の槽の真上)へ繋がっています。ただし、撹拌子の回転を妨げないように反応液には浸かっていません。つまり、バブリング無しです。

2-2. 器具
2-2-1. マイクロスケールCSTR(1セット)

・マックエンジニアリング製 ※CSTR本体のみ試作品です。
ガラスジョイント:TS15/25 撹拌羽根:第1槽から第5槽まで(計5個) CSTR本体(試作品)材質:ポリカーボネート 槽間流路:(スリットと斜め穴を交互に配置した)ハイブリッド型

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2-2-2. ホットスターラー(1セット)
・東京理化器械・型式:RCH-1000
2-2-3. シリンジポンプ(2セット)
・ワイエムシイ・型式:YSP-101
2-2-4. チューブポンプ(1セット)
・東京理化器械・型式:MP-4000
2-2-5. 6方ジョイント(1個)
・東京理化器械・型式:JYF-620

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2-2-6. オリジナル・ジョイント(1個) ※試作品です。
・マックエンジニアリング製 材質:ポリカーボネート 1/4-28UNFメネジ2箇所とTS15/25摺合せ(オス)1箇所あり

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2-2-7. 反応液受器一式
・広口メジュームびん(100mL) アズワン品番:61-9717-12
・GL45 PP穴あきスクリューキャップ アイシス・コード番号:BL99945
・GL45スクリューキャップ用PTFE張りシリコンガスケット アイシス・コード番号:BL97345

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2-2-8. その他の主な部品
・テドラーバッグ(1L) アズワン品番:1-2709-01
・ルアー接続3方バルブ フロンケミカル型番:NR1130-001
・シリコンチューブ 外形5mm、内径3mm アズワン品番:9-869-06
・シリコンチューブ用アース(DIY) 静電気対策 ステンレス製針金の一方をチューブに巻き、他方をドラフトのアースへ接続したもの
・外形1/16インチPFAチューブ 内径0.5mm アズワン品番:2-9421-01
・外形1/8インチPFAチューブ 内径2.17mm フロンケミカル型番:NR7032-013
・ナット&フェルール(外形1/16インチチューブ用)推奨品 エムエス機器(IDEX製品)型番:LT-115X&P-260X
・ナット&フェルール(外形1/8インチチューブ用)推奨品 エムエス機器(IDEX製品)型番:LT-215X&P-360X
・フランジレスナットタイトニングツール 推奨品 エムエス機器(IDEX製品)型番:P-399

2-3. 試薬
2-3-1. 1-tert-ブチル-4-ニトロベンゼン
(以下、BNBと略す)
 CAS RN: 3282-56-2 bp.267℃
2-3-2. 水素
 CAS RN: 12385-13-6 bp.-253℃
2-3-3. パラジウム-活性炭素(Pd 10%)(以下、Pd/Cと略す)
 CAS RN: 7440-05-3(Pd) ※富士フイルム和光純薬/和光一級
2-3-4. グリセロール(グリセリン)
 CAS RN: bp.290℃ mp.18-20℃
2-3-5. エタノール(以下、EtOHと略す)
 CAS RN: bp.78℃ mp.-130℃
2-3-6. ジフェニルエーテル(以下、DPEと略す)
 CAS RN: 140-11-4 bp.257℃ mp.25-27℃
 ※GC測定による収率算出のための内部標準物質として使用
【参考:目的物】4-tert-ブチルアニリン(以下、BANと略す)
 CAS RN: 769-92-6 bp.230℃ mp.15℃

3. 操作

3-1. 試薬調整 A液としてBNBおよびDPEEtOH溶液を、B液としてPd/CおよびEtOHのグリセロール溶液を調整した。
3-1-1. A液
 BNB
 1mmol
 DPE 0.4mmol
 EtOH 25.2mL
3-1-2. B液
 Pd/C
 10mg
 EtOH 0.5g
 グリセロール 5g

3-2. 非定常運転(立ち上げ)
3-2-1. 運転条件

・設定温度(内温):室温
・圧力:常圧に限りなく近い微加圧
・撹拌回転数:1000rpm
3-2-2. 液張り量確認
・実測値:14mL
 確認方法は、マック技報_20TR04に記載された方法に限定されない。例えば、蓋をいつでも開けられる(固定しない)状態で、CSTR本体に撹拌子5個をセットし、EtOH15mL程度を注入後、1000rpmで数秒撹拌すると、EtOHが第1槽から第6槽に分配される。この状態で第6槽に溜まったEtOH量を測定し、注入量と差し引きすれば、液張り量が算出できる。
3-2-3. 立ち上げ操作
 マイクロスケールCSTRにEtOH14mLを注入した後、チューブポンプを動かしながら反応装置内を窒素置換し、続いて水素置換した。次に、テドラーバッグに水素を入れ、重し(300g程度)を乗せて微加圧した。その後、運転条件に従い反応装置を運転開始した。

3-3. 定常運転
3-3-1. 運転条件(反応条件)

・設定温度(内温):室温
・圧力:常圧に限りなく近い微加圧
・撹拌回転数:1000rpm
・送液量 ※目標滞留時間:1h
  A液:12.6mL/h B液:1.4mL/h

・流量:5mL/min.
  チューブポンプが反応液受器からCSTR内へ送る気体の流量(6方ジョイントに接続したPFAチューブ5本によって送られる気体の合計)

3-4. 非定常運転(反応停止操作)
 反応を停止するために、まず、反応液をチューブやCSTR本体から追い出し、その後、反応装置全体を停止した。
3-4-1. 運転条件(追い出し条件 ≒ 反応条件)
・設定温度(内温):室温
・圧力:常圧に限りなく近い微加圧
・撹拌回転数:1000rpm
・送液量
  A液用ポンプからのEtOH:12.6mL/h B液用ポンプからのEtOH:1.4mL/h
3-4-2. 反応停止操作
 A液およびB液を送るシリンジポンプに、それぞれEtOHを20mL程度注入したシリンジをセットし、定常状態と同じ送液量でEtOHを1時間以上送液して、A液、B液、ならびに、反応液をチューブやCSTR本体から追い出した。
 反応装置全体を停止させた後、水素ガスに注意を払いながら開放した。

3-5. GC-FID測定

 測定データをもとに、内部標準法により収率を算出した。
 内部標準物質:DPE(ジフェニルエーテル)

4. 結果

4-1. 収率について
・収率:96%
・GC-FID測定(内部標準法)

4-2. 運転(反応)条件について

 今回の条件では、反応液中の目的物濃度を1wt%程度に設定しました。この濃度を上げると、収率が低下する傾向が見られました。恐らく、微加圧では反応に必要な量の水素がEtOHないしPd/Cへ(タイムリーには)供給されていない(反応速度に追いついていない)のではないかと考えています。

4-3. バッチ合成から連続フロー合成へ移行するにあたり、工夫が必要な点
4-3-1. 固体触媒(Pd/C)の連続投入

 今回の実験では、Pd/Cをグリセロール(EtOH添加)に分散することにより、一般的なシリンジポンプを使用してCSTRに連続投入することができました。まだまだ改良の余地が残っていますが、その方向性も見えてきました。
 重要な点は、固体を適切な溶媒に分散すれば、シリンジポンプで連続投入可能だという事実が確認できたことです。なお、この方法は、バッチ式主体の有機合成実験室では見かけませんが、工場ではよくある方法だそうです。私は知りませんでしたが、今回色々と調べてみると、その事実が明確になりました。
4-3-2. 固体触媒(Pd/C)の連続抜き出し

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 上の写真のとおり、反応後、蓋を開けてCSTR本体の中を見てみると、多少残ってはいるものの、大部分のPd/Cを連続的に抜き出せました。

 上の動画のとおり、槽間流路を(スリットと斜め穴を交互に配置した)ハイブリッド型試作品を使用しました。
《スリット(3箇所)の配置》第1から第2の槽間、第3から第4の槽間、第5から第6の槽間 ※スリットの深さは、順々に深くなります。
《斜め穴(2箇所)の配置》第2から第3の槽間、第4から第5の槽間 ※斜め穴の位置は、同じ高さにあります。
 この様な設計により、次の効果も得られたと考えています。
・スリット(3箇所)の効果による、液や固体の「逆流低減
・斜め穴(2箇所)の効果による、液や固体の「上滑り(短絡)防止

5. 備考

 今回紹介した「CSTRによる連続接触水素化」は、接触水素化の一例に過ぎませんが、固体触媒を連続投入・連続抜き出しする(気液固相)反応へ応用できる可能性が大きく広がる第一歩と考えています。
 上述の繰り返しになりますが、「実験室では馴染みが無いが、工場では珍しくない」手段がたくさんあります。「道はひとつしかない」という訳ではないので、化学工学系の書籍にも目を通して、効果的な手段があれば積極的に実験に取り入れることも必要ではないかと思います。

今回はこれまで。次回もお楽しみに。

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