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さよならGoodbye

第一章  一人暮らし

彼の東京での生活は、杉並区 新高円寺で始まった。

田島 晃 22才 関西の大学を何とか留年する事もなく卒業出来る事になったのは良かったのだが、あいにくの就職氷河期にあたり、就職先はなかなか決まらなかった。40社を超える会社を受けまくり、そして落とされまくった。
やっと旅行用品を販売する会社から内定をもらった時は、もう桜が咲く季節になっていた、、、

「はい、アパートは新高円寺に見つけました。来週からお世話になります。どうぞ宜しくお願いします。」

「新高円寺ですか?住みやすい良い町ですよ」

「そうなんですか?ありがとうございます。」

それが、旅行用品販売会社 『トリップ ワン』の人事部 安野由美との最初の会話だった。

安野由美の優しい声が忘れられず、それから彼は、人事部になんやらかんやら用事を作っては彼女との接点を作ろうと試みた。彼にとってのマドンナだった。寝ても覚めても彼女の事が頭から離れなかった。

そんな彼のアパートは、丸の内線の新高円寺駅を降り、青梅街道を新宿方面に少し歩き五日市街道を永福町方面に少し下った、華徳院と言うお寺の隣にあった。

そのアパートの名前は『すみれ荘』と言い築年数は
かなり経っていると思われた、、、
そう典型的な昭和のアパートだった。

家賃は、当時4万円弱で非常にお手軽な物件だった。すみれ荘は、二階建てのアパートで、背中合わせにA棟とB棟があったのだが、彼の部屋は、A棟の一階の一番奥の部屋だった。

「うん、やっと片付いた。まぁそんなに荷物がある訳やないから、電話またするわ」

彼の母親からの電話だった。一人息子の晃から初めて別々に暮らす事になって彼の母親もこれまでに感じた事のない寂しさを感じていたのだろう。

電話を切った後、彼はベッドに背中をつけ天井を見上げた。彼の部屋は6畳もなかったんじゃないか思われベッドが部屋の大部分を占めていた。
ベッドの横には出窓があって、彼はそこに当時最新鋭のステレオを置いていた。レコードプレーヤーがボタン一つで飛び出してくると言う斬新な作りになっていた、そのステレオの両側には、お気に入りのLPレコードがぎっしり並んでいた。

そして部屋の真ん中には、縦横50センチ位のガラスのテーブルを置いていた。

彼はテーブルの上のゴロワーズ( ハードボイルドに憧れる彼は、この両切りのフランスタバコを無理無理吸っていたのだ。)に火をつけ深く吸い込んだ。頭がクラクラしたが、彼はこの感覚が好きだった。

そして、次になにやら独り言を言いながら出窓に並ぶLPレコードを物色し始めた。ジャンル別に分けられたレコードは、左から環境音楽、プログレッシブロック、ハードロック、フォークロックと大まかに分けられていた。

そして彼は、一番左端のブライアンイーノのアンビエント1を取り出しボタン一つで自動的に迫り出してくるレコードプレーヤーにかけた。

深い深い海の底を浮遊している様な独特の音楽を聴いていると魂が体を抜け出してしまった様な感じがした。彼はベッド横のジャックダニエルを手に取ると、一気にラッパ飲みした。

さらに彼はより高みに登る為に、ビニール袋にボンドを大量に入れてそれを深く吸い込んだ。
一瞬、意識が飛んで危険な領域に自分が自分を追いやっていると明確に身体が反応した。

部屋にはゴロワーズの匂いとボンドの匂いが混じり合ってイーノの音楽と融合していた。
時計は、深夜1時を回っていた。

第二章 営業会議にて

「田島君、例の阪和交通社で5月に催行されると言う500名のシンガポールツアーの件だが、どんな感じだ?うちに貰えそうか?」

毎週の定例会議では、各営業マンが担当する、旅行会社のツアー毎の確認が定例になっていた。
すなわち、一本一本のツアー毎にどこの旅行用品店を使うかどうかを旅行会社側が、それぞれの業者の貢献度合いによって振り分けているのだ、貢献度合いとは、簡単に言うとキックバックすなわち広告費という名前の金銭供与だった。

彼の上司の井上課長は、何がなんでもこのビッグツアーを獲得したかった。

「はい、このツアーの獲得合戦には、当社とライバルのライオン堂の2社の広告費合戦になっているのですが、ライオン堂が幾ら広告費を出すのか全く見当が付かず、阪和交通社の担当者の渡辺課長からも
早くトリップワンさんも広告費の提示をしてくれないとライオン堂さんに自然と決まるからと言われているんですが、、」

「で、お前は、まだライオン堂の広告費の情報をつかんで無いんだな?」

「はい、すみません」

「何としても早く情報をつかんで、ギリギリのところでうちに決めてもらえるようにライオン堂の広告費情報を取ってこい! 何でもやるつもりで渡辺さんに当たって来い!わかったな?」

「はい、わかりました。」

何でもやるつもりってなんだよ?彼は、戸惑いながらも阪和交通社に向かった。

阪和交通社は、新橋から5分ほど赤坂方面に歩いた場所にあった。旅行会社としては、俗に言う当時の大手5社に次ぐ6番手の旅行会社だった。

特にタレントを使った大規模なツアーが得意で毎日の様に新聞広告を出していた。その広告費は、莫大な額になるのは、当然の事であり、業者に負担を要求していたのは、協力会社として会社名をそのツアーの募集広告に小さく掲載する時の広告費用協力金だった。

業者はそんな名前を出して貰っても大した宣伝効果が無いのは百も承知だったのだが...

第三章  阪和交通社にて

「あっトリップワンの田島さん!奇遇ですね?」
声をかけて来たのは、ライオン堂の矢崎だった。」

何が奇遇だよ?毎日会ってるだろ?彼は、この
同い年の矢崎のわざとらしさが、大嫌いだった。

「そう言えば、今度のシンガツアー どんな感じですか?」

「シンガ?ツアー?」

「嫌だなぁとぼけちゃって、うちはね、協力金は青天井で行きますからね!今も渡辺さんからもほぼライオン堂で決まりだね!って言われたんですがね、、まぁトリップワンさんもせいぜい頑張ってくださいね!」

吐き捨てるようにライオン堂の矢崎は、それだけ言うと新橋方面に消えて行った。

彼は気を取り直して阪和交通社のビルに入った。
海外ツアーセンターは、ビルの2階にあった。
お客さんのツアー参加申し込みの電話がひっきりなしに鳴り響き、ピリピリした空気に満ち満ちていた。

彼はそんな空気に押しつぶされそうになったが、
自分に気合いを入れ、渡辺課長の席まで足を進めた。

「渡辺課長! お疲れ様です。相変わらずご盛況の様で! さすがですね!」

「あぁトリップ田島君か?トリップしてる?」

「トリップって、、、渡辺課長!何か薬でもやってる様に聞こえるじゃないですか!」

「あっごめん ごめん ライオン堂の矢崎くんが、田島君は、何か薬やってますよ!とか言うもんだから」

「ライオン堂さんもひどいなぁ... それは、横に置いて今日は、渡辺課長にプレゼントがあるんですよ!」

「何?何?たまには、気の利いた事言うじゃない!」

「たまには、言わせてもらいますよ!」

そう言うと彼は封筒を渡辺課長に手渡した。

「おっ?なんだ、、なんだ、、」

渡辺課長は、封筒の中身を取り出すと顔色が変わった。

「馬鹿か?お前?」

封筒の中身は、1万円札だった。

渡辺課長は、封筒を彼に投げつけ、吐き捨てる様に

言った。

「お前の会社は、こんな営業をするのか?出直して来い!」

「す...すみません」彼は小さな声で謝ると投げつけられた封筒を持って逃げる様に海外ツアーセンターを後にした。

阪和交通社のビルの2階から駆け降りて来た彼は、息を切らしながらビルの前のガードレールを蹴飛ばした。

「馬鹿野郎!いつもいつも、たかるくせに何なんだよ!かっこつけやがって!」

心の中で彼はそう叫ぶのだった。

その後、トリップワンには、渡辺課長から苦情が入っており、しばらく彼は、出入り禁止になったのは
当然の報いだった。

第四章  新橋の居酒屋にて

「晃先輩!すみません遅くなりました。井上のオヤジに説教くらってたんですよ!くそ!あのオヤジ頭にきますよね?」

井上のオヤジとは、あのトリップワンの営業課長の事だった。

「まぁまあ、落ち着いて!座んなよ!」

「あっ紹介しますね、彼女、有島陽子 二十歳!
ぶさかわいいでしょ?」

さっきから後輩の副島孝司の後ろで変な踊り?をしているおかしな女がいたので見ないようにしていたのだが、まさか彼女が、副島の連れだとは思わなかった。

「あつどうも、、、田島です。」

彼は動揺している自分を隠すのが精一杯で言葉が出てこなかった。

「孝司君から聞いてるんですけど、田島さんって
ブライアン イーノ聴きながらトリップしてるって本当ですか?」

「えっ?まぁイーノはよく聴くけど、、トリップって?」

「晃先輩!大丈夫ですよ!コイツ、全部やってますから!」

孝司は彼の耳元でそう、ささやくのだった。

「何?全部って?」

「全部って全部ですよ。つまりそう言う事ですよ、、、」

それは、大麻から覚醒剤までのフルコースを指しているらしい事は彼にも分かった。

「だ、大丈夫なのか?」

と、彼が小声でそう言ったのとほぼ同時に彼の
 耳元に、、、彼女がフーっと息を吹きかけた!

「何! な! なに?!」

彼女は平然と何もなかった様に

「大丈夫だよー!私は自由!私は風!」

そう叫ぶのだった。変な踊りをしながら、、

そして彼女は、彼にある物を手渡した。

「何?何?」

「晃先輩! それ鳥の餌!と、り、の、え、さ、、」

有島陽子と言うその女は、ニワトリのまね?をして
テーブルの周りを一周するのだった。

周りのお客さんも「?」って感じで呆然としていた。

それを見てるのか?見てないのか?平然として孝司が耳打ちして来た。

「麻の実ですよ。その中のいくつかは生きていて
大麻草になるんですよ!」

確かにその当時は、麻の実の処理が弱かったのか
はたまた、単なる都市伝説なのか?その様な話が
若者の間で噂になっていた。

彼は、周りを気にしながらもその鳥の餌なるもの
を自分のカバンに素早くしまった。

「で、話ってなに?」

そう、今日彼は後輩の副島から相談があると言う事で呼び出されたのだった。

「まぁまぁ、晃先輩!まずはビールで乾杯といきましょうよ」

相変わらず自己中野郎だなと思いながらも変わり者の3人の飲み会は始まった。

「俺、会社辞めますよ!」唐突に副島孝司は、話を切り出した。

「辞めてどうするんだよ?」

「本当だよ! 孝司くんが会社辞めたら私、生きていけないよ!」

有島陽子は、副島孝司の寄生虫だったのだ。

「陽子は、うるさいんだよ!お前も働けよ!バーカ!」

「何がバーカだよ!このすっとこどっこい!」
 
「すっとこどっこい?って いつの時代に生きてるんだよ?全く、お前はしばらく黙っとけ!」

「わかったよ、、、ちぇ、、」

そう言うと有島陽子は、またまたニワトリのまねをするのだった。

「辞めてどうするんだよ?」

「全然、決めてないんですよ!でも相談したい事は、その事では無いんですよ。」

「なんだよ?」

「あの井上ですよ!」

「井上課長がどうしたんだよ?」

「俺、決めたんですよ!あいつをぶちのめしてから会社辞めようと!」

「なに言ってるんだよ!それにそれが俺にどう関係するんだよ?」

「晃先輩もあいつには恨みがあるでしょ?あいつへの復讐を手伝って貰いたいんですよ!」

「嫌だよ!俺はまだ犯罪者にはなりたく無いよ!」

「びびってる! びびってる?」

「陽子は、うるさいよ!」

「先輩、まぁ俺の計画を聞いくださいよ」

それから副島孝司の計画を延々と聞かされる彼だった。

30分後、、、

「わかったよ、、、協力するよ」

孝司の説得に根気負けした彼は、孝司の申し出を承諾してしまったのだ、それがどう言う結果を招くか
その時の彼に知る由はなかった。
  
第五章  隣の女

社会人になってからのバイクデビュー!
彼の愛車は、カワサキのGPZ400!
何故、バイクの免許を取りたいと思ったのか?
特に大きな理由は無かったのだが、何となく親から離れての開放感からバイクを乗るようになったのだろう。休みの日には奥多摩までバイクを飛ばしたり、夜の歌舞伎町までバイクを飛ばしてデンジャラスな歌舞伎町の雰囲気を楽しんでいた。

その日も彼は歌舞伎町を夜中の3時頃まで徘徊していた。

彼は新宿の廃退した雰囲気を感じるのが週末の日課になっていた。

ぼったくりバーでぼったくりされた客が、ヤクザ紛いの店員に殴られそうになっている光景!

えげつないオカマが、男をナンパしている光景!

中学生と思われる家出少女が茶髪のヤンキーにナンパされている光景!

全てが現実離れした現実だった!

そして、ひとしきり退廃感を満喫した彼は、家路に向かう。

甲州街道を走る車は深夜タクシー位で新高円寺のアパートまではあっという間だった。

彼はアパート(例のすみれ荘) の数百メートル手前で
バイクのエンジンを切りカワサキGPZ400(彼の愛車)
を押してすみれ荘に向かった。何故なら、彼は以前、近所のうるさいおばさんからバイクの音がうるさいとえらい剣幕で怒られた事があったからだった。
彼の部屋は、すみれ荘と言うアパートのA棟の奥の部屋だったのだが、すみれ荘の入り口には、鉄の門扉があって部屋までは、30メートル程、幅1.5メートルほどの通路をバイクを押して行かなくては行けなかった。
途中には、部屋が3つあり洗濯機や自転車、そして彼の部屋の1つ手前の部屋には、ホンダの250ccのバイクV T250FCが停めてあった。

「ふぅーくそ重いぞ!GPZ400!」

時刻は、午前4時、体力も限界だった彼は、GPZ400を支えきれずVT250 FCのタンクにGPZのハンドルをぶつけてしまった。

「やばっ!」と思った瞬間、目の前が、パッと明るくなった。V T250FCの持ち主の部屋の明かりがついたのだ。

そして通路に面している窓(窓と言ってもその部屋の
通路に面している側面は、一面が、窓だった) が開いてスウェット姿の女性が顔を出した。

「あれーあれれ?君!やっちゃった?」

「すみません!隣の部屋の田島って言います。自分、保険入ってますので、タンクちゃんと直しますんで!本当すみません。」

「いいよ!タンクの凹み位、全然気にしないんで、どっちみちそのうちコケるだろうし、、」

「いえいえ、自分もバイク乗るんで良く分かりますよ!ちゃんと直しますんで、、本当すみません!」

「あっそ?じゃよろしくお願いね!私、夜勤から今帰って来たところなんで、寝るわ、、」

部屋に戻った彼は、ベッドに横たわり、ボーっと天井を仰いでいた。変な女だったな、、、でも可愛かった、、、彼は隣の部屋の彼女が気になってなかなか寝つけなかった。

「おっヤモリ?」三方が窓と言う彼の部屋は、湿気が高くヤモリが良く出現していた。

「ヤモリ 可愛いなぁ、、彼女も可愛いなぁ、、」
  
彼にとって大変な一日は、こうして終わった。

第6章  安野由美

「おはようございます」

彼の出社時刻は、8時55分、、いつも始業時間のギリギリの出社だった。営業部のドアを開けた彼の目に飛び込んで来たのは、人事部の安野由美!あの憧れの安野さんだった。

「えっえっ安野由美さん?」

「おい、田島!心の声が出てるぞ!」

井上課長の鋭い指摘で真っ赤になる彼だった。

「はい、皆んな揃ったので、安野君に挨拶をしてもらうぞ、、、では安野君!よろしく!」

「みなさん!おはようございます!4月1日付で
人事課から異動になりました。安野由美です。
どうぞ宜しくお願いします。」

「そう言うことだから、皆んなもしっかり仕事をしないと人事部にマルっと筒抜けだからな!」

井上課長の発言に一瞬、皆固まった。

「なに固まってるんだよ!まぁとにかく田島が安野君の教育係だから!頼むぞ」

「えっ僕がですか?」

「そう、僕がだ!変な気を起こすなよ!」
  
ちょっと何言ってるんだよこのおっさん!
彼は、心の声が漏れない様に細心の注意を
して、つぶやいた。

安野さんの席は、なんと彼の席の隣だった。
彼の心臓は、口から飛び出しそうだった。
安野さんの甘い香水の匂いで彼の精神は崩壊寸前だった。

「田島先輩!よろしくお願いしますね!」

「せ、先輩だなんてやめてくださいよ!」

彼は自分の顔が真っ赤になっているのが自分でもわかった。そんな彼に彼女はささやいた。

「私、田島さんと仕事するの楽しみですよ、、なんてね、、」

彼の息子は、安野由美の大胆なその言葉に直立不動状態だった。

「田島!何もじもじしてるんだよ?今日は、お前の担当店に安野君を紹介して回って来い!」

「は、はいわかりました。」

「返事だけは一人前だな」

井上課長の嫌味は慣れっこだったが、安野さんには、いいところを見せたい彼だった。

「じゃ落ち着いたら出発しましょう!9時半までには、会社を出ないとまたカミナリが落ちますので、、」

「はい、よろしくお願いしますね」

安野さんがニッコリとそう言うだけで彼は天にも登る気持ちになった。

「じゃ行きましょうか?今日は、かなり歩きますが大丈夫ですか?」

「はい、私これでも大学時代は、体育会系だったんですよ」

「へぇそうなんですか?何部だったんですか?」

「ラクロス部に4年いたんですよ。」

「田島さんは、何部だったんですか?」

「田島さんって、俺、後輩なんで田島君で良いですよ。」

「じゃ田島君!田島君は、何部だったんですか?」

「俺は、軽音楽部でバンド活動してました。」

「へぇーすごいですね?ロックですか?」

「ええ、ロックでも静かなロックです。」

「静かなロックってあるんですね?勉強になります。」
 
「また、安野さんは持ち上げるのがうまいですね?
もう着きますよ!あの交差点の角のビルが阪和交通社のビルですよ。」

「本当だ!派手な看板ですね?」

そう阪和交通社のビルの屋上には高さが5メートル位はありそうな広告塔が立っていた。

相変わらず海外ツアーセンターは、電話が鳴り響き、さながら戦場状態だった。

その迫力に押し潰されそうになりながらも彼は
気合いを入れ、渡辺課長に挨拶をするのだった。

「渡辺課長!おはようございます!ご挨拶よろしいでしょうか?」

「おートリップ田島君じゃないか?久しぶりだな
出禁は解除してもらったのか、、と言うか、、
おいおい、ついに担当者が変わるのか?」

「いえいえ、担当が変わる訳ではなくて新人のご挨拶で今、お得意先を回らしてもらってるんです。」

「なんだよーこっちは、期待しちゃったじゃない!
こんな美人さんの担当者だったらツアー全部トリップワンさんにお願いしちゃうよ!」

「また、また、渡辺課長勘弁してくださいよ!」
「いや、マジだから!なんでも良いから紹介しろよ!」
「じゃ安野さんお願いします。」

彼は小声で安野さんに耳打ちをした。安野さんの
甘い香りにまたまたクラクラする彼だった。

「はじめまして安野由美と申します。渡辺課長のお噂はかねがねお伺いしていました。どうぞ宜しくお願いします。」

「何なに?どんな噂?」

「阪和交通社さんの一番のやり手ってもっぱらの噂ですよ!」

「やり手って!またまたうまいね!君の方がよっぽどやり手なんじゃない?もっと話したいだけど、会議始まってしまうので、またゆっくり話しましょうね!」

「はい!ありがとうございます!」

その後も、一通りの挨拶を終えて、二人は次のクライアントの青山ツーリストに向かうのだった。

「なんか雨降りそうですね?」

「本当ですね?あれ?雨降るとか天気予報言ってましたっけ?」

「とにかく、新橋駅まで急ぎましょう!」

彼がそう言った瞬間!とてつもない雷の音が!

そして突然の雷雨!

「やばい!やばい!安野さん!あのビルの軒下までダッシュです!」

「はい!走りましょう!」

やっとの事で雨宿りができた二人だったが、二人ともバケツで水を頭からかぶった状態だった。

安野さんを横目で見る彼!
すっかり下着が透けている安野さんを見て思わず
自分の位置を直す彼!

「ハンカチ使いますか?」安野さんの声も彼には届かなかった。

第7章 香山里佳子

「えっ保険金出ないんですか?保険を勧められた時には、対物事故も補償しますって言われたので加入したんですよ!」

「申し訳ございません。バイクの運転中に対物事故を万一起こしてしまった場合には、保険金のお支払いの対象になるんですが、今回の事故は、バイクの運転中の事故では無いので補償の対象外となります。」
 
保険会社の担当者の突き放した様な話し方に愕然とする彼だった。

「そ、そうなんですか、、、わかりました。」

電話を切った後もボー然とする彼、、

「困ったな、、、タンクの修理っていくらかかるんだろ、、トホホだな」

そして翌日の夜、彼はお隣さんの香山里佳子を訪ねるのだった。

時刻は、夜の11時過ぎ、、お隣さんの帰宅は、いつもこの時間だった。

お隣さんのドアをノックする彼、、ドアが開く、、
キャミソール姿の香山里佳子の第一声!
   
「あっ隣の彼さんじゃない?どーしました?」

「夜分すみません。あのバイクの修理費の件なんですが、修理の見積もりは、もう取りましたか?」

「あーそうそう! 修理の件ね? 見積もり取ってないよ! どっちみち、そのうち凹むから、、あはは、、気にしないでよ!」

「いえいえ、そんな訳には行けませんよ!
ちゃんと責任は取りますから!」

「おー律儀な人だねー?じゃ修理費の代わりにさ、
一回ツーリングに付き合ってよ!それでチャラという事で!」

「えっツーリングですか?えっ、、はい。」

「はい、じゃ決まりという事で!来週の日曜日、朝6時出発ね!」

香山里佳子に一方的に捲し立てられ彼はうなづくしか無かった、、それでも彼は悪い気はしなかった。

そして日曜日、、、彼は玄関ドアを叩く音で目が覚めた。

「おーい彼! 行くよー」 、、ドンドン

玄関ドアを開ける彼、、

「あっ、、おはようございます。すぐ支度しますんで、、」

ドアを閉めて独り言を言う彼、、

「彼って?なんだ?全く、、」

ドアの向こうで彼女の声!

「早く!早く!行くよー!」

「はい!はい! 今すぐ行きますよ!」

全くせっかちだな!そうつぶやきながらやっと支度を終えて玄関を出ると、何と彼女はアパートの前でエンジンをかけ、しかもバリバリっとエンジンを吹かしている

やべー何やってんだ?急いでGPZを押しながら彼女
に追いつく彼!

「ダメっすよ!怒られますよ!」

「えっそうなの?」エンジンを切る彼女

「朝、6時ですよ!ここのおばさん 怖いですよ!」

そう言ってアパートの前の家を指差す彼!
その先には、怖い顔で睨んでいるおばさん!
やばっ!彼は凄みのあるおばさんの顔にすっかりびびってしまっていた。

しかし、香山里佳子は、平然と
「すみません!」っとあっけらかんに謝るのだった。

「えっ大丈夫ですか?」と彼が聞くと

「は?何が?」と彼女の返事、、、

「と、とにかくこの道を抜け出し死角になるお寺の前の道路まで速攻で押していきましょう!」

お寺の前の道路まで約10メートル!彼は途中、後ろを振り返ると、あのおばさんが道路の真ん中で仁王立ちをして、こちらを睨んでいた。

嫌な汗が噴き出すのを感じながらもお寺の前の道路まで来るといきなり彼女が笑い出した。

「彼は、ビビリーなんだ?あんなおばさん睨み返せば良いのに!」

「彼って?田島です!田島って呼んでくださいよ!」

「ごめん、ごめん、田島?何?」

「晃、、田島アキラです」

「アキラ君ね?了解 了解!私は里佳子!リカコでもリカでもお好きな方で!」

「オッケー!じゃアキラ君!レッツゴー!」

そうして二人は、奥多摩に向かった。

第8章 付き合う?

「外、もう真っ暗だよ!」と安野由美、、
「本当ですね?もう9時ですね」
彼と由美は阪和交通社のシンガポールツアーの準備でここ数日は、残業続きだった。
「やっと準備も整ったね!」
「そうですね!お手伝いありがとうございました。」
「いえいえ、楽しかったですよ!準備も出来たので、今日は、田島君のおごりかな?」

「あっごめんなさい!そうですね!夜おごります!」慌てる彼、、、

そしてそんな彼を見て微笑む安野由美、、

「冗談ですよ!冗談!割り勘でオッケーですよ!良い店知ってますから行きましょうか?」

二人は、仕事を片付けると、トリップワンの入っている有楽町の交通会館を出て銀座に向かった。

「安野さん?そのお店って銀座にあるんですか?」

「そうですが、、何か問題有りますか?」

「いえ、いえ、銀座の夜の店って行った事無いので
お高いのかと、、、」

「そんな高い店は行きませんよ!それに会社を出たら安野さんってやめませんか?」

「えっなんて呼べば良いんですか?」

「由美さんとか?由美ちゃんとか?」

「そんな、先輩をちゃんづけで呼べないですよ!」

「じゃ由美さんでどうかな?」

「はい、わかりました。由美さん」

その店は銀座の裏通りにあった、レンガ造りの外壁に蔦が絡まる洋食店だった。

「由美さんは、ここによく来るんですか?」

「ううん、たまに来る位ですよ、、ここのオムライスは絶品!ですよ!」

「オ、オムライスですか?」

何かロマンスが無いなと思いながら彼は安野さんの為に店のドアを開けた。

「田島君ありがとう!」

安野さんの長い髪の毛が
ふわっと揺れ、甘い香りが、、、

彼は一瞬冷静さを失いかけたが、気を取り直し

「うわっお洒落な雰囲気ですね?」と当たり障りのない発言で自分をごまかした。

その店は、テーブル席が6つほどの非常にこじんまりとした造りで、それぞれのテーブル席には、小さなランプが置いてあり店内の明かりは、そのランプだけだった。

二人は、いかにも銀座の歴史ある洋食店の言った服装の女性店員に案内され一番奥のテーブルに座った。
 
「えーと何食べます?」

「そうですね、、まずは飲み物ですか?」

「良いですね、、じゃあ自分は生で」

「生ですか?じゃあ私も生で、、」

何故か顔を、赤らめる安野さん、、

「でも生ビールにオムライスは合いませんよね?」

「そうですね、、オムライスはデザートって事で最後に一つ頼んで分け分けしましょう!」

「了解です。じゃあ自分のメインディッシュは、、
えーっとこのポークチャップを、、」

「良いですね!私は、このハンバーグにしますね」

彼は憧れの安野さんを前にして何を話して良いのか分からなかったが、気がつけば二人の会話は自然と盛り上がっていた。

「何か田島君とは話が合うね?いっそのこと付き合っちゃう?」

「えっ、、えっ、、由美さん?また、、また、、」

「あれれ?田島君?照れてる?」

「茶化さないでくださいよ! 由美さんって意外と
お茶目なんですね?もっと真面目、真面目な人かと思ってました。」

「えっ田島君は、真面目、真面目な人が好きなの?」

「いえ、そう言う訳じゃ無いんですが、、」

「ごめんね、、ちょっと私、酔っちゃったかも、、」

「そうですね、もうかれこれ2時間位話してますよね?そろそろこの店もラストオーダーみたいですから、、オムライス本当に頼みますか?」

「うん、頼も!頼も!」

「じゃ頼みますね、、すみません!注文良いですか?」

「はい、ご注文ですね?何になされますか?」

彼は開かなくても良いのにわざわざ、メニューを開いてオムライスを指差し、

「これを一つお願いします。」と精一杯、品良く注文するのだった。
 
「申し訳ございません。オムライスは売り切れなんです。」

「売り切れってそんな事があるんですか?」

「申し訳ございません。1日にご提供できる数が決まっているんです。」と言って彼女は、メニューの注意書きを指さした。

そこには、オムライス1日限定 100食と記載されていた。

「あっそうなんですね!残念!由美さんどうしましょう?」

「仕方ないですね、、帰りますか?」

「帰りますか?」

彼はもっと安野さんと話したかったが、そこは、ぐっと我慢し平然を装った。

そして、二人は、店を出て新橋駅に向かった。

銀座から有楽町へ向かう道中、夜の銀座のロマンチックな雰囲気にすっかり彼は酔いしれていた。

「何かロマンチックですね?」

「本当だね、、デートしてるみたい、、そうそう
オムライスにハートマークが書けなくて残念だったよ、、」

「何すか、それ?じゃまた行きましょうよ!」

「そうだね、田島君さえ良かったらいつでもOKだよ」

そんな安野由美の言葉に真っ赤になる彼だった。

第9章  二股?

「晃先輩!何か隣りの部屋の看護婦さんとツーリング行ったって自慢のメールが来てましたけど、詳しく教えて下さいよ!もうやっちゃった?」

「ばっ、ばか!声でかいよ!」

「あっすみません。ちょっと調子に乗ってしまいました。」と珍しく謝る副島孝司、、

すかさず、後ろから、、例のアホ声が、、、

「あい、スイマテーン!」

その声の主は有島陽子だった。

「何で?いつも後ろから突然現れるかなぁ?」

呆れる彼!

「前も言いましたよねー私は風!カゼなのよ!」

「何かわからんけど、そこに座んなよ!」と孝司

「あい、スイマテーン!」またまたふざける陽子

「何?それ?訳わかんない!」

陽子のおふざけについていけない彼だった。

「最近のマイブームっす。」

「店員さーん!ここに生追加!」陽子には、彼の言葉は、耳に入って来ない様だった。

陽子は、生ビールが届くと一気にガブガブ飲み干した。

「あっ乾杯忘れた。テヘテヘってね」

「はいはいカンパーイ アゲイン!」と有島陽子!

「晃先輩!コイツの事は、忘れてさっきの話しの続きですよ!向こうから誘ってきたんでしょ?それに
部屋も隣りなんて!もう、最高のシチュエーションじゃないすか!」

「シチュエーションって?そんな言葉は孝司には似合わないぞ!」

「まぁまぁ、、そんな事はどうでも良いんですよ!
で、やっちゃった?」

「品の無い奴だなぁ!それがさ、、俺もいい雰囲気かな?と思ったんだけど彼女も夜勤明けで疲れてたみたいで、目的地の奥多摩に着いたら、もう彼女、体力を使い果たしたようで、向こうで死んだようになっていて、ほとんど話す事もなく、そのまま帰っただけだったんだよね。」

「オーマイガー!」またまた有島陽子だった。

「陽子はうるさい!」

孝司に怒られて有島陽子は、また例のニワトリの真似をして何処かに消えて行った。

「バカチン陽子め!!、、でも晃先輩は安野さんにアプローチするって言ってたじゃ無いですか?二股するんすか?」

「二股はダメー!」また陽子が気づかれない様に
彼の後ろに隠れていた。

「うっせー お前は黙ってろ!」孝司に怒られ、またニワトリに戻る陽子だった。

「晃先輩、、すみませんね、、で、、どうするんですか?」

「どーしよー?どうしたらいいと思う?あくまで本命は、由美さんなんだけど、隣の里佳子さんも捨てがたいんだよなぁ、、」

「晃先輩!羨ましっす!どっちか決めたら残りは譲って下さいよー」

「どっちか決められないよ!」

「それは、そうとあの井上の件!俺の計画聞いて下さいよ」

「なにそれ?」

「またまた、前に晃先輩の協力してくれるって言ったじゃないですか?」

「そんな事言った?」

「えー頼みますよー」

「ごめん、ごめん で、何をすれば良い?」

「晃先輩って赤坂見附の旅行会社担当してるじゃないですか?確か旅行会社の名前は、TTIでしたっけ?で、TTIの隣に日枝神社がありますよね?井上課長にTTIの同行営業を頼んで貰えますか?それで、その後に、日枝神社の境内まで、井上課長を連れ出してもらいたいんです。」

「えっそれだけ?それだけでいいのか?」

「はい、それだけです。」

「それでお前は、井上課長に何するんだ?」

「ボコボコにしてやるんですよ」そう言うと孝司は、ニヤッと笑うのだった。

彼は、その時孝司の本当の目的を全く理解出来ていなかった。

後ろで陽子が歌いながら踊っていた。

「晃 ピーンチ! ヤバ ヤバ! 晃!」

第10章  里佳子

土曜日の夜の11時、彼はベッドに横になりながら
隣の香山里佳子の部屋に明かりがつくのをカーテンの隙間からボーっと見ていた。

部屋には、当時流行っていたU2のFireが流れていた。U2の最初のヒット曲だ!そしてFire終わり次の
曲 Tomorrowが始まった頃に香山里佳子の部屋の明かりがついた。

それからの、30分間、、彼は、里佳子の部屋に行こうかどうか?立ったり座ったり落ち着かなかった。

「何やってるんだろ?俺?何を期待してるんだ、、」独り言を呟きながら彼はベッドに横になった。何分位経ったんだろうか?彼はすっかり夢の中だったが、ドアを、ノックする音で目が覚めた。

「おーい彼君!起きとる?」

彼は小さくガッツポーズして呟いた。「やった!」
でも、そんな感じをひた隠しドアを開ける。

「あっこんばんわ、、どうしました?」

「どうしましたって?女の子が訪ねてきたんだから
優しく迎え入れていただけないすか?」

「す、すみません。汚いとこですがどうぞ上がってください。」

「じゃ遠慮なく、、」

「何、聞いてるの?かっこいい曲だね?」

「U2って言うイギリスのバンドですよ」

「ブー!!アイルランドのバンドでした!」

「えー何だよく知ってるじゃないすか!」

「あはは、ごめんごめん。たまたまだよ」

彼は里佳子をベッドに腰掛けてもらうように勧めた。狭い彼の部屋では、それしか他に方法は無かったからだ。

「やっぱりうちと同じか?狭いよね?」

「まぁ寝に帰るだけですからね、、」

「何か飲みますか?」

「ビールある?」

「ありますよ、バドワイザーですが、、」
「お、良いね!ピザ取ろうか?」

「そうですね、、分かりました。」

彼は、休みの日に良くピザの宅配を頼んでいたので
注文にも慣れたものだった。

「30分位、かかるみたいですよ」

「オッケー!なんかおつまみ持ってこようか?
ちょっと待ってて!」

そう言って里佳子は、自分の部屋に戻って行った。

ソワソワする彼!、ベッドの脇の本棚の裏に隠し持っていた例の物を確認!期待はマックス状態!
そして、里佳子が戻って来た。

「良いのあったよ。チーズとセサミのセット!」

「わぁー豪勢ですね?」

「じゃ乾杯!」「乾杯!」

「香山さんって、看護師さんなんですよね?夜勤も多いんですか?」

「月に8日位かな?なんか法律で決まってるんだって、、、あっ香山さんって里佳子でいいよ!」

「じゃ里佳子さん、僕も彼君じゃなくて名前で呼んでくださいよ!」

「名前なんていうんだっけ?」

「晃、田島晃です!」

「晃君か・・・里佳子&晃か?」

「なんすか?それ?」

「姓名判断から見て2人はどうかな?って」

「晃君は好きな子とかいるわけ?」

どぎまぎする彼・・・

ちょうどその時、ピザの宅配が届いた。ピザの宅配に助けられた彼・・・

「ピザ食べましょうよ!」大きな声でごまかす彼・・・

「なんか、ごまかしてない?・・・まぁいいか・・・食べよ食べよ!」

「あらためて乾杯!!」

第11章  怪しい雰囲気

「ねぇねぇ、あの本棚にあるビデオってエロいやつでしょ?」

「違いますよ!何言ってるんですか!」

「マドンナって書いてあるからエロビデオかと思ったよ!」

里佳子はすでにバドワイザーを何缶も飲んでおり相当出来上がっていた。

「里佳子さんはマドンナ知らないんですか?アメリカの女性アーティストですよ!」

「知ってるよ!来年アルバムも出るらしいよ!」

「またまた、無茶苦茶詳しいじゃないですか!」

「まぁねオタクだからね!そのビデオ見せてよ!」

「良いですよ、ちょっと待ってくださいね」

彼が本棚からマドンナのビデオを取り出しベッドに座る里佳子の右手にあったビデオデッキにビデオを入れようとした時、里佳子はいきなりベッドに仰向けに横になったので
彼と里佳子は重なる様な状態になった。

彼の首に腕を回し目を閉じる彼女・・・
明らかに求めている彼女の態度・・・
彼は体が熱くなり、心臓の鼓動が激しくなっていくのを感じた。
彼女がつぶやく・・・「キス・・・して」 
とまどう彼・・・
そんな彼にしびれを切らし里佳子は強引にキスをするのだった。
絡んでくる彼女の舌・・・
彼の心臓の高鳴りはますます大きくなるばかり・・・
そして彼の思考回路は完全に停止し、里佳子のブラウスの上から豊かに盛り上がった乳房を激しく揉みまくる・・・
里佳子の口からは「あっ・・・あっ」っと言う吐息が漏れてくる・・・
もう彼を止めるものは何もなかった。

第12章  作戦実行の日

「おい、田島!お前、髪の毛ボザボサじゃないか!」
出勤と同時に井上課長に怒鳴られる彼・・・
「すみません・・・時間がなかったもので・・」
「今日は、赤坂見付のTTI社に同行営業する日だぞ!ちゃんと段取り取ってるのか?」
「はい、そちらは準備万端です。来月の団体旅行用へのセールスプロポーザルもすでに印刷済です。」

「OK!いつになく計画的じゃないか!どういう風の吹き回しだよ?」
「課長!今日は自分の勝負の日ですからね!」
「なんの勝負だよ?相変わらず訳わかんない奴だな!まぁいいや、とにかく時間に遅れるから出発だ!」

TTI社は、学校の修学旅行を中心に集客をしている旅行会社で社長をはじめ役員も教職あがりの人ばかりだった。

無事にTTI社へのプレゼンもうまく終わり、井上課長は上機嫌だった。

「おい、田島!今日のお前はいつになく冴えてたな!俺はびっくりしたぞ!」

「ありがとうございます。これが本当の実力ですよ!」

「ばか言ってるんじゃないぞ!まぁいいや・・・おっとまだこんな時間か?帰社するにも早いんでお茶でも飲むか?」

「課長、お茶も良いのですが、トリップワンの今後の成長を神頼みすると言う事でそこの日枝神社にお参りしませんか?」

「お前ってそんな信心深かったのか?意外だな・・」
「自分は、赤坂に来たら必ず日枝神社にお参りする事にしてるんでよ!」

永田町から山王坂を下った角を左に上ると、日枝神社の山の形をした大きな石の鳥居がありそこにある古い急な52段の階段が山王男坂。
階段の先には日枝神社の正面、いわゆるこれが表参道である。

お参りが終わり、山王男坂の最上段から見る景色は絶景だった。

「都会の喧騒とは無縁の世界だな!田島もなかなかいい場所を知っているじゃないか!」

その時だった、山王男坂の大きな木の陰の身を隠していた副島孝司が人のいない事を確認するといきなり飛び出て井上課長を後ろから
突き飛ばした。それは一瞬の出来事だった。

「うあー」と言う大きな声と共に52段の階段を転げ落ちる井上課長!あっと言う間に最下段の鳥居まで転げ落ち石で出来た鳥居に激しく
ぶつかった。

それを見ていた彼は思わずつぶやいた「やばいぞ・・これは・・・」
呆然と立ち尽くす彼・・・・そこには、孝司の姿はなかった。
「救急車!救急車!」一人の年配の参拝者と思われる男性が叫ぶ!
すでに、最下段の鳥居の周りには人だかりの山ができていた。
数人の男女が頭から血を流している井上課長の頭にタオルをかぶせて圧迫止血をしているのが見えた。
彼もふらつきながらも最下段の鳥居の前まで下りてきて遠巻きに井上課長の様子を伺っていた。
すぐに救急車とパトカーが数台、大きなサイレンの音を鳴り響かせて到着すると一瞬で辺りは緊迫した空気に包まれた。

救急隊員が叫ぶ
「この方の関係者の方はおられますか!」
「あっはい!」手をあげる彼・・・
「会社関係の方ですか?」彼の耳元で叫ぶ救急隊員・・・
「あっはい・・・」か細い声で返事をするや否や救急隊員に引っ張られて救急車に乗せられる彼・・・
ストレッチャーで運び込まれる課長・・・
 救急隊員が叫ぶ! 「聞こえますか!」「聞こえますか!」 
「だめだ意識がない!気道確保!人工呼吸!胸骨圧迫!」通常救急車には3名の救急隊員が乗車している、彼らの迫力に圧倒される彼だった。
「虎ノ門病院、山王病院対応不可!聖路加病院で受入れ!!」
救急隊員の応急処置は、病院に到着するまで続いた。
そして聖路加病院に到着、あわただしく運び込まれるストレッチャー!
「あなたは、ここで待っていてください!」若い看護師さんの指示で彼は、指定されたベンチで待機する事になった。

ベンチでうなだれる彼・・・そしてボソッとつぶやく
「疲れた・・・もう嫌だ」

第13章  そして1か月が経った

山王男坂の事件から1か月が経った。井上課長は、未だに意識不明の状態だった。
副島孝司は、事件の後、会社にも出社しておらず、警察も彼の行方を追っていた。
そして何故か安野由美も会社をずっと無断欠勤していた。
「田島君!田島君!何?ボーっとしてるの?」
その声は、 井上課長の後任の吉森課長だった。
「あっ!吉森課長・・・」
「田島君は、安野さんと仲が良かったんでしょ?なんか聞いてないの?」
「いえ、自分は何も聞いてないです・・・」
「そうか?そうなんだ・・・なんか情報があったら教えてね・・・彼女やばいよ・・・」
「やばいって?なにがですか?」
「聞いてないの?」
「いえ、何も・・・」
「聞いてないんだったら良いけど・・・」

彼は、何か言いようのない不安を払拭する事ができなかった。

そしてその夜・・・

「ピンポーン」
「え?何?」夜も11時を過ぎようとしている時にドアの向こう側から変な声が・・・
「え?誰?ピンポーンって何?」
そしてまた、「ピンポーン」
「誰だよ!」彼が、玄関のドアを開けると、そこには有島洋子が・・・

「ピンポーン!」何故かニコニコ顔の有島洋子・・・
「何?何?何で俺の住所知ってるんだよ?誰にも言ってないのに!」
「わては、なんでも知っておま!」変な関西弁を話す有馬洋子・・・
「分かった!分かった!とにかく中に入ってくれよ」彼は、隣の部屋の里佳子に悟られないように慌てて洋子を部屋にあげるのだった。

「で?なんの用なの?」
ベッドに勝手に横になっている洋子に彼は尋ねた。
「晃君さぁ、、、孝司から聞いたんだけど、共犯者なんだよね?孝司怒ってるよ!」
「な・なに言っちゃってるんだよ」

「えっ違うの?えっ?えっ?えっ?」洋子は週刊誌を読みながら素っ頓狂な声を上げるのだった。
「おい、勝手に読むなよ!」彼は、洋子が読んでいた週刊プレイボーイを取り上げた。
「なにすんだよ!晃っち!」
「誰が、晃っち!なんだよ!ふざけやがって!出て行けよ!」

「晃君、やばいよ!大麻草植えてるのバレてるから!」
彼は、あせった。なんでこいつは、そんな事知っているのか?確かに彼のアパ―トと隣家の間の1メートルほどの隙間に有島洋子から
もらった鳥の餌を撒いたら大麻草がいつの間にか生えていたのは事実だった。
しかし、誰の目にもつかない場所に生息している大麻草を何故、こいつが知っているのか?

「何いってるんだよ!どこにそんなの生えてるんだよ!」彼は苦し紛れに、そう返すしか言い返すしかなかった。
「そんな事言うなら良いよ!孝司がそのことも警察にチクる様に私に言ってたからね!」

「そんじゃそういう事で!バイチャ!」

「おい、待てよ!」有島洋子は、彼の呼びかけを無視し足早に帰って行った。

呆然とする彼がひとり残った。

第14章  安野さん 行方不明!

昨夜の有島洋子の話が頭から離れず、不安いっぱいの中で、翌日会社に出社した彼は、廊下に貼られた人事メモに
数人の人が集まって何か話合っている光景を見るのだった。

掲示板の前の人と人の肩越しから、人事メモを見た彼は息を飲んだ。
そこには、営業部 安野由美 6月1日付退社 と記載されていた。

「え?え?どうして・・・」掲示板の前で戸惑う彼
隣で掲示板を見ていた、社内事情通のAさんが彼に声をかけた・・・
「なんでも、安野さんから突然、会社をやめたいって電話があったらしいのよ・・・あの真面目な安野さんがねぇ?びっくりよ」
「うそでしょ?」思わず心の声がでる彼・・・

自分のデスクに戻った後も彼は頭をかかえて考え込んでいた。とても仕事ができる状況ではなかった。

「課長・・・吉森課長、すみません気分がすぐれないので今日は早退させてください。」
「大丈夫なの?顔が真っ青よ、病院に行った方が良いんじゃない?」
「ありがとうございます。一旦家に帰って様子を見てみます。」

アパートまでの帰り道、彼は夢遊病者の様にフラフラの状態だった。有島洋子からの脅しと由美さんの突然の退社・・・
どこをどう帰ったのか?彼はほとんど覚えていなかったが、気が付けば自分の部屋のベッドの上で横になっている自分がいた・・・
自分でもどうすれば良いのか分からず、レッドゼッペリンのファーストアルバムを大音量でかけ、そしてベッド脇のジャックダニエルに手を伸ばし一気飲みをした。
2階にいる大学生がうるさいと言わんばかりに床をドンドンとしてきたが、そんなのは無視してステレオの音量をさらに上げる彼だった。

「ドン ドン ドン」ドアをたたく音で目が覚める彼・・・
どうも知らないうちに寝てしまっていた様で時計を見ると夜中の11時をまわっていた。
「誰だよ?こんな時間に?まさか、有島洋子?」ドキドキしながら、すっかり酔いもさめた彼はドアの横の窓のカーテンの隙間から訪問者を確認するのだった。
そこに立っていたのは香山里佳子だった。ホッとしてドアを開ける彼・・

「里佳子さん?こんばんは・・・」
「何よ何度もノックしたんだから!こんな時間にもう寝てるの?信じられない!」
「えっだってもう11時ですよ!」
「何言ってんの彼君は!おこちゃま?」
「彼君って?晃ですよ!とにかく部屋に入ってくださいよ」

ほんの数週間前に一線を越えた二人だったが、香山里佳子には、そんな事は大した
 事ではないのだろうか?以前と何ら変わらない感じに彼も違和感を覚えるのだった。

そしてその夜、全てを香山里佳子に打ち明けた彼は、香山里佳子から思いもよらない
 提案を受けるのだった。

第15章 里佳子との約束

「問題は2つね?一つは彼君の同僚の女性の問題、一つは大麻草の件で脅かされている問題」

「まぁそうですね・・・」

「簡単な話よ、まず、彼君の同僚の女性は間違いなく課長と不倫関係ね まさか彼君が彼女の事を好きとかないでしょうね・・・まぁそれは後でゆっくり聞かしてもらうから良いとして・・・大麻草の件、こっちはもっと簡単!証拠隠滅と逆チクりね!」

「どういうことですか?」

「まず、彼君が種を落として生えてきたという大麻草を捨てる!そう明日は生ごみの日だから明日捨てる!そしてその有島とかいう女は間違いなくやばい奴だから、私がその女の居場所を突き止めてあげる・・・そしてその女の秘密を暴いて警察にチクる」

「警察にチクる?」

「そう、その女は副島だっけ?とつながってるんでしょ?警察も情報欲しいでしょ!」

「大麻草でパクられたその女は、副島の行方を簡単に警察に言っちゃうんじゃない?」

「そうですね、あの女はバカだから、副島の行方を警察に言えば自分の罪を許してもらえるとかきっと思いますね!」

「まちがいないね!じゃその有島とか言う女の知っている事を全部教えてよ!」
彼は、有島洋子の写真(洋子が彼の部屋に突然来た昨日、彼のスマホで勝手に自撮りしていた写真があった)を里佳子に送った。あと彼が知っていた事は洋子が新橋のガールズバーで働いているという副島から聞いた話だけだった。

「それだけの情報があれば大丈夫!私はこういうの大得意だから!その代わり・・・」

「えっなんですか?」

「その代わり、彼君の会社の同僚の女、安野さんだっけ?彼女とは別れて!」

「えっ付き合ってなんかないですよ!」

「なんでのいいから・・・彼女のことは忘れて!」
 
 里佳子の目は真剣だった・・・

第16章 有言実行

1か月位たっただろうか・・・ある日曜の朝、テレビをつけた彼はニュース番組にくぎ付けになった。
そこには副島孝司の顔がアップで映っていた。

そしてTVのニュースキャスターは、興奮した声で実況中継をしていた。

「こちら埼玉県の富士見市から中継しております。犯人の副島孝司20歳は、会社同僚の安野由美さん23歳を人質として民家に立てこもっています。」
現場はヘリコプターの音や副島孝司の怒鳴り声、警察官の説得のマイクの音で騒然としていた。
副島孝司は由美さんの首にナイフを突きつけて警察官に向かって近づいたら彼女を殺して自分も自殺すると言う様な事を叫んでいた。
現場のニュースキャスターは強風の中、スカートを押さえながら実況中継を続けていた。

「副島孝司は、東京新橋にあります、旅行用品会社の株式会社トリップワンの社員で今年の5月に起こりました、同株式会社トリップワンの井上達夫さん52歳
を山王男坂にて殺害しようとした疑いで全国指名手配されております。

そして人質になっている安野由美さんは、この山王男坂の事件の後、行方不明となりご家族から捜索願いが出ていました。
2人の関係は現時点ではまったくわかりませんが、副島孝司がここ2か月ばかり、今、立てこもっている民家に安野由美さんを幽閉していたものと思われます。」

彼はあまりの衝撃的なニュースに頭が真っ白になってTVの前で固まってしまった。

その時、ドアの向こうから香山里佳子の声が・・・
「おーい彼君!見てる?」
彼が呆然としながらもドアを開けと香山里佳子が「ニッ」と笑って立っていた。

「里佳子さん!笑ってる場合じゃないですよ!どうなってるんですか?」
「だから私に任せておいてって言ったわよね!まぁゆっくり説明するわよ!お邪魔しま~す。」
ベッドに腰をかけた里佳子は、両手に持っていたマグカップの一つを彼に渡した。
「サービス満点でしょ!」また「ニッ」と笑いながら彼女は、おもむろに、事の経緯を説明するのだった。

香山里佳子の説明はこうだった・・・

第17章 香山里佳子の闇

「有島洋子は有名人なのね!びっくりしたわ!新橋のAと言うガールズバーで彼女の写真を見せたら一発だったわよ」

「それでね・・・」と彼女が言いかけた時、TVのアナウンサーが叫んだ!

「警官隊が今、民家に突入しました。犯人副島孝司20歳を確保した模様です!」

TVの画面に大きく副島が取り押さえられる姿が映し出されていた。
そして同時に安野さんが、救急隊員に毛布で包まれて救助される姿も映し出されていた。

「彼女は無事だったね?安心したでしょ?」

彼には、その言葉も届いていなかった。

「えっ大丈夫?ショックで声も出ない感じ?まぁコーヒーでも飲んで落ち着いてよ!」
「彼女、この2か月位、あの男と一緒だったんでしょ?もうお嫁にいけないんじゃない?!」

「えっ!そんなことは・・・」そう言いかけて彼は言葉に詰まった。確かに副島のことだ!何をしでかすか分かったものじゃない!

・・・が何故、由美さんを誘拐?したのか?二人はどんな関係だったのか?

彼はあまりの突然の出来事で震えが止まらなかった。「何故?何故?」

「何言ってるのよ!簡単な事よ、あの男と彼女、そして課長さん?は三角関係だったのよ!」

「なんでそんな事が分かるんですか?」

「あー有島洋子?あのバカ女が言ってたわよ!あのバカ女は、あれでも女の子なのね?副島が自分の方を向かないで、あの由美さん?を追いかけていたので
ずっと嫉妬していたんだって!でも由美さんは、同じ部署の課長さんと出来ていたので、彼女は副島をずっと拒絶し続けていたそうよ!」

「由美さんと井上課長がそんな関係だったなんて!僕は信じないですよ!」彼は思わず声を張り上げた。

「でも、それは事実よ!あのバカ女から、二人の不倫現場のスパイショットをいくつも見せられたもの・・」

「嘘だ・・・・」彼は大きく肩を落として小さくつぶやいた・・・

事実、それは香山里佳子の作り話だったのだが・・・その時は彼はその言葉を信じてしまった。

第18章 忘れられない・・・

あの事件から1週間が経った。
彼の頭から由美さんのことが離れる事はなかった。
そして、彼は思い切って由美さんの実家に電話をする。
「もしもし、突然の電話すみません。トリップワンの田島と言います。由美さんとは親しくさせて頂いていました、、、」
「田島さんですか?話しは、由美から聞いてますよ。」
想定外に由美さんのお父さんが電話に出られたので
彼の緊張はマックス状態だった。
「由美からは、田島さんから電話があったら、伝えてほしいと言われたんですよ」
「な・なんて言われていたんですか?」
「今回の事件の事で田島さんには迷惑をかけたくない・・・だから『ごめんなさい』って伝えて欲しいと言われてたんですよ・・・」

「えっ?、、、そうですか?、、、ありがとうございます。」
彼は、その言葉の意味するところが、全く納得できなかったが、お礼を言って電話を切るしかなかった。
「なんで、、、なんで、、、」頭の中が真っ白になる彼、、、

「くそ、、」

彼は、大して強くないのに、ジャックダニエルをガブ飲みした。
そしてベッドの中で大泣きをした。
ひとしきり大泣きした後・・・彼は意識を失った。

夢の中で、彼は由美さんと南の島の白い砂浜で二人きりの夢を見た。
「見て見て、いまイルカがジャンプしたよ!」
「どこどこ?」
「ほら、あそこ!」
「えっ見えないけど?」
「田島君?目悪い?」
「視力2.0ですけど・・・」
「駄目だよ、ちゃんと見てよ・・・・私の事も・・・」恥じらいながら彼を押しのける彼女・・・

夢の中の反動で、彼はベッドから落ちて目が覚めるのだった。

「いてぇ・・・夢か・・・やっぱり忘れられないよ!」

第19章 有島洋子の脅迫!

「おーい、彼君起きてる?」

ドンドン・・・ドアをたたく音・・・

それは、里佳子さんだった・・・

「あっ!里佳子さん・・・まだ朝の4時なんですが・・・」と、言いながらもドアを開ける彼

「あぁ疲れた、夜勤明けなのよ!君の部屋の明かりがついてたから、からかってあげようかと思ってね・・・あれれ寝てたんだ?」

「当たり前ですよ、電気は消し忘れただけですし、そんなしょっちゅう来られても・・・」

「えっ迷惑なの?二人はもう良い仲なのに・・・」彼女はそう言いながら彼にハグをする。

「や、やめてくださいよ!」と言いながらもなぜか、まんざらでもない彼・・・

「うれしいくせに」里佳子は、さらに彼の耳たぶを噛む・・・

「痛っ!」

「ごめんごめん、あっ血が出てる!」

「もう勘弁してくださいよ!で何の用なんですか?」彼はティッシュで耳の血をふきながら少し怪訝な顔をした。

「えー!用がなくちゃ来ちゃいけないの?」里佳子は新しいティッシュを彼に渡しながら頬っぺたを膨らましてブリッコの真似をするのだった。

「まぁ良いですけど・・・本当なんでした?今日、会社なんですけど・・・」

「そうそう、重大な話なのよ!あの有島洋子のバカ女が、私の勤めている病院をどうして見つけ出したのか?昨日、乗り込んで来たのよ!」

「ほ・本当ですか?」

「本当よ!それでね、あのバカ女が言うには」

「有島洋子が言うには?」

「絶対、君も私も許さない!いつも後ろを注意しておきなさい!って、それだけ言いにわざわざ来たのよ!」

「やばいじゃないですか?彼女!本当のジャンキーですよ!」

「大丈夫よ!私も地元ではちょっとしたものだったんだから!」

「か・勘弁してくださいよ!自分はひ弱なんですから!」
 
第20章 そして由美さんと・・・

その日は朝から雨が激しく降っていた。
「せっかくの休みの日なのに・・・」彼は、そうつぶやきながら、ベッドから起き上がった。
玄関ドアの隣の窓を少し開けて隣の香山里佳子の部屋の様子を伺う彼・・・

その時、ガラステーブルの上に置いていた携帯電話が、着メロのメロディを流した。
当時、流行っていたU2のSundayBloodySundayと言う曲だった。

「はい、もしもし・・・」

しばらくの無言・・・

「もしもし」かよわい声での返事があった。それは由美さんだった・・・

「由美さん?由美さんでしょ?ずっと心配してたんですよ!でも連絡はしないで欲しいと
ご家族の方から言われていたので・・・」

「ごめんなさい・・・もう会わない方が良いかなと思っていたの・・・でも・・・」

「でも、本当の気持ちを伝えたくて・・・」

「本当の気持ち?・・・」

「うん、会えないかな?」

「もちろん、今から行きますよ!どこに行けば良いですか?」

携帯から激しい雨の音・・・

「今ね・・・晃君のアパートの前・・なの」

「えっ?」

あわてて、外に出る彼、、傘もささず、、

「由美さん、、、」

「晃君、、、私、、、突然ごめんなさい」

「とにかく、こんなところじゃ何なので、、、」

「うん・・・」今にも泣きだしそうな彼女の肩を抱く彼・・・

雨は一段と激しくなっていく・・・

第21章 告白

「由美さん、風呂沸かしますよ、、、風邪ひきますよ!」
ベッドに腰をかけ、うなだれる彼女・・・
そして、小さくうなずく・・・
彼は、バスタオルを彼女に渡し、風呂を沸かしにいく

「由美さん、はいあったかいココア飲んでください」
「ありがとう・・・突然ごめんなさい・・・」

「ずっと心配していたんですよ・・・電話をしても出てもらえないし・・・」

「ごめん・・・晃君には迷惑をかけたくなかった・・・」

「会社での噂は知ってるの・・・みんな私と課長が不倫していると噂している事も・・・」

うなだれる彼女・・・
「でも信じて欲しいの! ずっと井上課長からは言い寄られていて、断り続けていたんだけど、人事異動で営業部に異動になって・・・
ますます課長からのアプローチが強くなって・・・もう他の同僚からもそんな関係なんじゃないか?と思われるようになってしまったの・・・」

「そうなんですか?全然知らなかったです・・・」

「そう、副島君のことなんだけど・・・彼は最初は、私に同情してくれていて、井上課長からのパワハラ、セクハラを止めてくれると言ってくれていたんだけど・・・」

「それで、あの事件になったんですね?」

「そうなの・・・そしてあの事件以降、副島君の態度が急変して・・・言うことを聞かないと暴力を振るうようになったの・・・本当に怖かった・・・でも信じてもらえないかもしれないけど・・・二人の間には何もなかったの・・・」

何も言わず由美さんの肩を抱く彼・・
そして唇を合わせる二人・・・
激しく降る雨の音が二人の気持ちを高ぶらせていった・・・

第22章 有島洋子からの電話

あの日から、そう由美さんと一夜をともにしたあの日から彼は、仕事も手につかない状態で
寝ても覚めても由美さんの事を考えていた。
そんな彼に突然、不幸が訪れる。それは有島洋子からの電話だった。

プルルルル  プルルルル

「はい、トリップワン 田島です。」
「おい、田島晃!」有島洋子だった・・・
「あっ・・・いつもお世話になっております。」彼は仕事の電話を装って返答する・・
「なんかお前だけ幸せそうだな?二股か?」
「はい、伊藤は今、外出しております。戻りましたら電話をさせますので・・」
 
 そう言って電話を切ろうとする彼・・・
「何言ってんだよ!お前も二股の女も三人とも階段から突き落としてやるからな・・・」
「そ・それでは失礼いたします。」

ガチャ切りをする彼・・・・不穏な空気を感じたのか、吉森課長が彼に声をかける

「田島君!顔が真っ青だよ!大丈夫なの?」
「す・すみません。気分が悪いので・・・今日はもう・・・退社させていただきます。」
「えっ・・本当に大丈夫なの?病院行った方が良いよ!」
「ありがとうございます。いったん、家に帰ってから考えます・・・」

やばいぞ・・・やばいぞ・・・あいつ警察に捕まったと思ってた・・・
なんだよ・・・捕まらなったのか?・・・釈放されたのか?・・・
とにかく、あいつなら何をやらかすか分からないぞ、本当に階段から突き落とすくらいは
平気でやりそうだ!

ぶつぶつ 独り言を地下鉄の中で繰り返す彼に周りの乗客は危ない奴だと感じたのか?
彼から距離を置くように遠ざかって行った。

第23章 最初の犠牲者

そんな不安の中、彼は眠れない日が続いた・・・
そして突然の携帯電話が鳴る
「もしもし・・・」
しばらく無言が続く電話口からは激しい雨音だけが聞こえてくる
「もしもし・・・やられた・・・あいつの仕業だよ」
「里佳子さん?」
「バイクで事故った、山王病院まで迎えに来て・・・」
里佳子はそれだけ言って電話を切った。

えっ何?やられたってどういうこと?朝の4時だよ電車もないよ!
ただならぬ雰囲気に気が動転するもタクシーを飛ばして山王病院に向かう彼・・・
雨に赤坂のネオンがにじむ よく知った赤坂の町もタクシーの窓越しに見る
景色は何か異国に来た様な感じがした。

彼は、里佳子から聞いていた病室402号室に向かう
病室には数名の警察官もいて彼女は事情聴取をまさに受けているところだった。
彼は病室の外の廊下の長椅子に座り、ボーっとその光景を眺めていた。
事情聴取は30分ほど続いた・・・
あまりに長い時間だったので、彼は眠気に勝てず長椅子で寝てしまっていた。
何人かの警察官のうち一番若い警察官が気を利かして彼に小声でをかけた・・・

「お待ちどうさま・・・終わりましたよ・・・」
「あっはい・・・」まだ夢から覚めない彼・・・そんな彼にその若い警察官はこう続けた・・・
「彼女も全治3か月程度のケガで済んで奇跡ですよ!下手すれば大惨事につながる事故でしたから・・・」
「そうなんですか?ありがとうございました。」
警察官にお礼を言って病室に入る彼・・・
そこには包帯でぐるぐる巻きになった足を専用の器具で吊り下げている彼女の姿があった。

「大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ!左足が複雑骨折!全治3か月!バイクは全損!」
「いったいどうしたんですか?」
「警察が調査してくれるそうなんだけど、どうもバイクに細工されていたみたい・・」
「細工?」
「そう、ブレーキに細工がされてた様で止まれなくなって見付の交差点でバスに突っ込んだのよ!死ぬかと思ったよ!」

「明らかに、有島洋子の仕業ですよね?警察には言ったんですか?」

「言った、言った、あと、君と君の愛しの彼女の件も言っといたよ」

「ありがとう!何か警察は言っていました?」

「保護観察をつけてくれるらしいよ、後で確認しておくと良いよ
赤坂警察署の田中さんって言う人が担当してくれるって・・・」

「ありがとうございます。」

彼は、里佳子さんに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

第24章 絶望・・・

その日は、朝から彼は、いやな予感で落ち着かなかった。
「何かそわそわしてるんじゃない?」吉森課長だった。
「いえ、そん風に見えますか?」
「見える見える!いつもの田島君じゃないよ!」
「いつも通りのつもりなんですけどね・・・」
彼は、そう言うと壁にかかった時計を見上げた。
9時5分前・・・由美さんはまだ出社していなかった。

「由美さん、今日は遅いわね?いつもならとっくに出社している時間なのに・・・」と吉森課長がつぶやく・・・

9時の始業時間になっても由美さんは出社してこなかった。

「どうしたのかしら?田島君、由美さんの家に電話してみてくれる?」

「はい、わかりました。」

彼は、何度も由美さんの携帯電話や由美さんの実家に電話をしたが、どちらも
つながらなかった。

その時、吉森課長の席の電話が鳴った・・・

「はい、トリップワン 吉森です・・・」

「はい・・・はい・・・そうです・・・うちの社員です・・・」

吉森課長の顔がみるみる青ざめていくのが分かった。

「はい、わかりました・・・」そう言って電話を切る吉森課長・・・

しばらく、天を仰いでいた吉森課長だったが、小さな声でこうつぶやく

「田島君、由美さんが亡くなった・・・」

第25章 由美さんとの別れ

激しい雨が降っていた・・・
由美さんの葬式には、トリップワンの社員をはじめ多くの親族が参列していた・・・
受付には30人ほどの行列ができていた。彼の前には親族と思われる50代位の女性が
二人、小声で話をしていた。
「自殺ですって?」
「電車に飛び込んだらしいわよ・・・」
「やっぱりあの事件が原因なんでしょうね・・・」
「そりゃそうよね・・・あんな事があれば、私でも耐えられないわよ・・・」

そして・・・彼は、つぶやく
「自殺じゃないです・・・」
「えっ?」と二人の女性が振り向く・・・・

「彼女は、自殺なんてする人じゃないです!」

「絶対に!」思わず大きな声を出してしまった彼に30人ほどの人が一斉に振り返った!

振り返った30人ほどの人と人の間に・・・・彼は見た・・・

間違いなく有島洋子だった!

「有島洋子・・・」

激しい雨の中、傘を捨て洋子に向かって叫ぶ!

「有島洋子!!」

彼にはもう理性はなかった・・・

「有島洋子!!」と叫びながら洋子に走り寄る・・・

30人ほどの受付に並んでいた人々は思わず道を開けるが、何事が起っているのか理解できないでいた・・・

「お前だけは許さない!」彼は洋子の胸ぐらをつかんで今にも殴りかかりそうな勢いだった。

勇敢な男性が彼を後ろから羽交い絞めにして止めに入る・・・

「おい!やめなさい!」

羽交い絞めにされながらも、なお洋子に手をあげようとする彼・・・

「放せ!放してくれ!」

「ちくしょう!ちくしょう!」

「全部、洋子お前の仕業だろ!分かってるんだ!」

洋子も彼も雨に打たれびしょ濡れだった・・・

そして、洋子はつぶやく「ばーか!つぎはお前だ!」

第26章 最終章

やられる前にやってしまえ!
彼の心の中に住む悪魔がそうつぶやく・・・
彼は、里佳子さんから聞いていた有島洋子が務めるガールズバーを探し当て
有島洋子の監視を続けた・・・
そして、ついに有島洋子の住むマンションまで突き止めることができた。

有島洋子は月島のタワーマンションに住んでいた。

「洋子の奴!なんでこんな高級マンションに住めるんだよ!」
そうつぶやきながら彼は有島洋子が出てくるのを待っていた。

有島洋子が新橋のガールズバーまでの経路は、すでに把握していた。
月島から有楽町までは地下鉄の有楽町線を利用、そして有楽町から新橋はJRを利用、それが有島洋子の通勤経路だった。

夕方の18時を回った時間に有島洋子はマンションから出てきた。男と一緒だった。
一目でヤクザと分かる、その男はマンションから出るとマンションの前で有島洋子と濃厚なキスをした後、反対方向に歩いて行き、止めてあった、黒塗りのアメ車に乗り込んでいった。

「助かった」ホッとした彼は思わず、こうつぶやく・・・「よし計画実行・・・」
彼は洋子の後を気づかれないように尾行した。
有楽町線の和光市行きの地下鉄に乗り込む洋子、この夕方の時間帯は人もまばらだったので
彼は、洋子の乗り込んだ車両から3車両ほど離れた車両に乗り込んだ。

洋子は全くこちらには気づいていない・・・

有楽町についた地下鉄を降り洋子は、JRに乗り換える・・
山手線は、帰宅するサラリーマンでかなり混雑していた・・・
洋子は、プラットフォームの一番後ろまで歩いて行き、一列車見送った後にホームの先頭に並んだ。

静かに背後に回る彼・・・電車が入ってくる。かなりのスピードだ!
ここだと言う時に彼は洋子の背中を押し線路に洋子を突き落とそうとした。

その瞬間!

何者かが彼の手をつかんだ!
彼は、「あっ!」っと声にならない声をあげる・・・
彼の手をつかんだのは、先ほど月島のマンションで見たあのヤクザ者だった。

「はい、終わり!バレバレだよ!田島 晃!」

洋子の満面の笑顔で彼の人生は終わった。

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