見出し画像

かつては「観潮楼」と呼ばれた、団子坂上の「森鴎外記念館」

仕事場近くの「団子坂」を上ったところに、欧風建築とレンガの外壁がおしゃれな佇まいを醸し出している「文京区立森鴎外記念館」があります。ここは文豪として知られる森鴎外が30 歳で文京区千駄木に居を構えた場所です。

2 階からは品川沖が見えたことから『観潮楼』と名付けられました。観潮楼には家族とともに約30 年間、1922(大正11)年7月9日に60歳で亡くなるまで暮らしました。

森鴎外生誕150年を記念し、平成24年11月1日に開館しました

森鴎外には軍医、小説家、翻訳家、評論家、教育者といった多彩な顔がありました。陸軍軍医としてドイツに留学。軍医として昇進する一方、翻訳・評論・創作・文芸誌刊行などの多彩な文学活動を展開したのです。

そんな鴎外を慕って観潮楼には多くの文人が訪れたとか。鴎外が開いた歌会には、佐佐木信綱、与謝野鉄幹、伊藤左千夫、石川啄木、斎藤茂吉、木下杢太郎なども来会、鴎外から西洋の最新の文学事情が伝えられたといいます。

初めて訪問したのは、2年前の「鴎外の生誕誕生160年、没後100年の企画展」のときでした。文京区に会社があるので何と入場料は無料。広くはないのですが、天井が高いすっきりとした空間で、鴎外の世界を堪能しました。

展示会を観終わり、会場を出て、現在も正門が位置している薮下通り入口に向かうと、観潮楼時代の門石跡の礎石と敷石が残されていました。ここから鴎外が出入りしたんでしょうね。もちろん、いまでは品川沖は見えません。

鴎外が座り、幸田露伴、斎藤緑雨とともに写った写真で知られる「三人冗語の石」です

正直いって、森鴎外はあまり馴染みがなかったのです。しかし、鴎外記念館を訪れ、俄然興味が湧き、読んでみようと思い『青年』を購入。文体に馴染めず、なかなか進んでいませんが、ぼちぼちと読んでいます。

まあ、これからも定期的に企画展は見逃さずに行ってみようと思います。クエストリーにお越しの節は記念館に足をお運びください。それ以外の谷根千の見所もご案内いたします。

こちらの谷根千情報もお読みください


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?