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【小説】水族館オリジン  2

chapter II: 月の夜

 図書館の書庫室を整理しました。書庫室には書架にならばない古い本や寄贈資料が保管されています。寄贈された本や資料は整理して保存するものと廃棄するものを分けます。そして保存・貸出するものの目録を作ります。この作業のために、一時的に書庫室に積み上げられた本がたくさんあります。私はずっとそれが気になっていました。昨日ようやくそれに手をつけることができました。一度選別した本の最後の確認です。だいたいが古くて貸出し出来ないくらい傷んでいたり、状態はよくても最新の版が出版されたりしていて不要なものでしたが、そのなかに新聞紙に包まれた和紙の束をみつけました。もろくなって今にもバラバラと崩れそうになってしまった新聞紙。それをそおっとはがすと、表紙に太い筆でかかれた表紙がみえます。和本です。とても古いものみたいです。でも快活なその文字は私でも読むことができました。本は全部で四冊。どうやら日々の記録のようです。ひとまとめにして古い新聞で包んでいたため前任者があまり確認しないで、廃棄に回したのでしょう。捨てるつもりだったのだからいいと思って、私はその本をお借りすることにしました。

 本に呼ばれた経験はありませんか? 図書館や本屋さんの何百何千という本があるというのに、なぜ一冊を選び出すことができるのでしょう? 本が呼んだとは思いませんか? この日の私は、あの村の記録に呼ばれたのだと思います。

 きんぴら用の人参と牛蒡をかかえてバスを降りたとき、オレンジ色の夕日が海辺の家並みをシルエットにしていました。今夜のごはんは岩ガキです。崇くんが、仕事場近くの岩場でとってきたものです。養殖用の稚貝がなにかの拍子に棚から外れ、岩場に流れ着き繁殖したのだと説明してくれました。大きな牡蛎はふっくらとしていて、うまみのかたまりです。あの得体のしれないやわらかさ、それに曇天の空をうつしたようなの牡蛎の身ときたら、なんてエロティックなのでしょう。生牡蠣は恋人同士の食べ物だとおもいます。だれもいないことを確認して、私たちは庭にテーブルを出しました。見渡す限りの海と海岸はわたしたちだけです。プライベートビーチのつもりになって、牡蛎の身を口の中に放り込み、はみながら空になった貝を砂の上にほおりなげます。

 ポーン、
 ポーン

 すると海岸づたいに猫達がやってきます。卓上の海の幸はつぎつぎに砂の上で猫たちのディナーになり、満腹になったいろとりどりの猫達に愛をささやく場を提供するのです。

 ひとしきり騒動がくりひろげられ、それがおわる頃、月の光は海に長い光の道を作り、彼岸の偉人たちがつたっておりてきました。それがみえないだけで、月光のあの発光体にはきっとそれができるのです。土に還ると同じく、人間は水蒸気になって天にのぼり、雨になって海に降り、一塊の生命の片端をささえる元素になるんでしょう。私のまぶたの上に結露する湿度はその昔アインシュタインの涙だったのかもしれません。そう思うと、名もない水滴になってしまったことを嘆いているかしらと心配になりました。でも、アルベルトさんの発見したことはアルベルトさんが水滴になっても、かわらずすごいことのまま、なのがもっとすごいと思いました。

 崇くんが、こんなのがあるよ、といって仕事場用のBabourのゴムびきコートのポケットからマヨネーズの瓶をとりだしました。指をすんと伸ばした手首から指先までの長さぐらいの瓶には白い金属のキャップがしっかりと締まっています。ネジ式で三段の溝が切ってあるずいぶんしっかりしたふたでした。それなのに、瓶の中には透明な水が入っているだけで中には何もありません。

 「深海魚をいれてきたんだ」

 崇くんがいいました。
 言われてもう一度瓶の中をみましたが、やはり何もいません。お月さまの光が中をてらしてくれるように目の高さに瓶を持ち上げ、お月さまへの捧げ物のようにしてみましたが、銀色の小船のように月光が水の表面に光るだけで、生き物のかけらもありません。

 「今朝はね、500メートルのえびひきに乗せてもらったんだ。たくさん深海魚がはいっていてね、賑やかだったんだ。とても面白かったよ。
みたことないのを一匹、調査用にここに入れたんだけど水族館で見てみたらいなかった。溶けちゃっていた。
新種だったかもしれないのに・・・。
残念」

 それから崇くんは深海魚の不思議な生態をおしえてくれました。
あの柔らかい体は特殊なたんぱく質で出来ていて、人の細胞がつぶれてしまうような深海でもつぶれない。体内と外の気圧を同じにする事ができる。やわらかいのに強い、その理論は陸の上とは反対。
陽の光の届かない真っ暗な深海では、まるで一人ぼっちみたいで寂しいでしょうね、というと崇くんは、そうかなぁと少し遠い目をしてから笑い、

「反対に、みんな仲間って感じじゃないかな」

 といいました。

 体全体を水が取り囲み、敏感なセンサーは数十キロ先のエビの触角の動きまでわかるとしたら、そうかもしれません。騒がしい隣人と「袖すりあって」、いいえ肌すりあって「スキン トゥ スキン」で暮らしている感じかな。
 そのスキンはとても敏感なものなのでしょうねぇ、と博士風をふかせている崇くんに鼻息荒く吹っかけてみました。すると、みるみる顔が曇りました。

 「そうなの、すっごく繊細だったんだ。
 実は、瓶に入れるときちょっと触っちゃったんだよね。
 大丈夫かと思ったけど、やっぱり僕の手の脂がついたんだね。
 皮からとけて跡かたもなくなってしまった」

 私はもう一度マヨネーズの瓶を覗きました。魚の溶けた水を凝視したらもしかしたら、内臓のあった場所にほんのわずかな濃淡ができているかもしれない。そう思ったから。
 でも瓶の底にも上ずみにも、水の色によどみはありませんでした。どう見ても均一濃度の液体になっています。私はとたんに興味がなくなって、崇くんに向かってぽおーんと瓶を高く放り投げ、どうして捨ててこなかったの?と訊きました。

 「蓋はねぎゅうっとしっかり閉めた。
 つまりその瓶の中から何にも出ていないの。
 だから見えなくてもあの新種・・・う〜ん新種かもしれない魚はそこに居るの」

 崇くんも私とおんなじように考えていました。私は見えないからあきらめちゃったけれど、崇くんは見えなくてもすてなかったのです。

 「溶けてしまってばらっばらで元素の状態になったけど、そこから一ミリもでていないの。
 捨ててしまえばそれはさ、他のトイレの汚水や、君の食べ残しや、どこかの子供の泥汚れと一緒くたになってしまう」

 私はお水になった深海魚が、下水に合流しいろんな物と合体してゆく感じを想像しました。

 「開けなければこのマヨネーズの瓶はまるごと深海魚なんだよ」

 不思議な理論でした。崇くんの言葉にとても後悔を感じられました。だからもう何かを言うのはやめました。

 満月の晩の時間は特別速く流れるらしい。月は西にまわってきていました。反対側には夜空のシンクに穴が開いたように丸い小さなオレンジ色の太陽が上っています。小さな穴はどんどん濃紺の闇を吸い込み、みるみるうちに空を温かい明るさで満してゆきました。
 わたしと崇くんは、自分たちがちらかした砂の上の狂騒のあとにおどろきました。アパートまでの砂の上を、牡蛎だの、ワインボトルだの、空のネコ缶だの、乱痴気さわぎの残骸を拾いながら、森で迷ったヘンゼルとグレーテルみたいに、よろよろ部屋に帰りました。

 窓から、あけっぱなしの居間に上がると、玄関でカタリと音がしました。
新聞配達が新聞を入れていったのです。
もう朝です。新聞にはさまった分厚いチラシが週末を知らせていました。
そうだ!図書館はおやすみだった。
 村の和本を持って帰ってきたことを思い出しました。
 今晩、崇くんとこの本のことを話そう。そう決めました。

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