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[小説]水族館オリジン

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わたしは日本の海べりの小さな町にすんでいる図書館員。一緒に住んでいる彼氏は岬の水族館につとめている。ない音を拾う耳と見えないものを敏感に感じてしまう感覚が日々わたしをなやませるけ…
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#洞窟

【小説】水族館オリジン 1

 釣った魚にえさはやらない、って言葉があるけれど、釣ったお魚を生かしておくのって、すごく大変らしいです。水質管理はもちろん、水流や光の当たりかた、温度、魚ごとに生態や生育環境が違うので、生まれた環境にして生かしてやることはとても難しい。崇くんがいうのだから本当です。  私は水族館のまちに住んでいます。湾に沿った海岸のはずれにポツンと立っています。何年か前の市町村合併の補助金で建てられた水族館に、崇くんは呼ばれて来ました。  小さいですが、山を二つ越えたところには県で二番目

【小説】水族館オリジン 7-I

chapter VII: 翁撫村① 翁撫(オーブ)という名前、珍しいでしょ? 小学校の総合の時間で村の歴史を勉強しました。そのときポルトガル語のオーヴォからきたのだとならいました。 オーヴォは楕円、つまり卵のことです。でも、なぜ何百年も前からポルトガル語でよばれていたのか、それはわかりません。少し飛び出した村の西端の半島にむかしむかしポルトガルからの船が来て、そんな名前をこの土地につけたのかもしれません。昔から『おうぶ』と呼んでいるところに漢字をあてたみたいです。おうぶなら

【小説】水族館オリジン 7-II

chapter VII: 翁撫村 ② ところが夏休みのある日、 南の方で台風が発生して海はとても荒れました。 わたしはラジオ体操がおわっても家に帰らず 本を持って海岸にでました。 あの人達はもう来ています。 いつもの様に頭のてっぺんだけをみせて 地下の洞窟へ下りていきました。 ときおり強い風が吹いていました。 でも台風はさほど近くにいなくて 威力もそれほど強くなくて、海の水の上澄みをかき混ぜるだけ。 わたしのところからは 泡立った海水が沖のほうから風にながされてくるのが見

【小説】水族館オリジン 7-III

chapter VII: 翁撫村 ③ 過去の出来事は、よほどのことがない限り思い出したり、あのときはどうだったのかと心を悩ましたりしないものです。 でも翁撫村の名前の由来を崇くんに話したら、男の子のその後が気になって仕方なくなりました。お正月休みが近いからでしょうか。 一年の行事は仏様と共にありますから。 わたしは、崇くんと二人、一年のお礼をいいにご先祖様の眠っている場所に行くことにしました。いつもなら大晦日に行くんですけどね。そのまえにお掃除もしてさっぱりしていただきまし

【小説】水族館オリジン 7-IV

chapter VII: 翁撫村 ④ その晩、私はまた音をつれて帰ってきてしまいました。 小さな子供の寝息です。私は十七年まえ、いなくなったあの男の子だと思っています。確かめようはありませんが、きっとそうです。 布団だらけの寝室の、大きな鳩時計の下に銀行からもらった名画のカレンダーがはってあります。1月はルノアールの『少女イレーヌ』です。 朝、お魚シフトの崇くんは朝早く出勤してゆきました。 私は、お休みをもらっていました。それに不可解な出来事を忘れようと前の晩たくさんお