嫌がられる
「サンデージャポン UberEats」で検索した。
Uber Eatsの配達人が出したラブレターが波紋を広げている。受け取った女はストーカー被害を連想してSNSで文面を拡散した。しかし、テレビ画面で見た限り脅迫性のある文面ではなかった。バラエティー番組で配達人に批判が殺到した。雇い主から注意され配置転換になり、女は転居したらしい。おかしな世の中になった。
言い寄ってくる男はすべてストーカーだと思う自意識過剰な女が増えた。女に手紙を出すのがストーカーなら、私は若いころ随分なストーカー行為を繰り広げたことになる。若いきれいな女に言い寄るのは男の本能なのに、それをストーカーだと断じられては男の立つ瀬がない。言い寄れば言葉を交わすことになる。言葉を交わすうちに人と人のつながりができ、友情や尊敬が生まれ、愛情に発展することもある。嫌われることもある。最近は流行らないが、手紙は男女のキッカケづくりの古典的手法である。顔も合わせず転居すれば手紙を出した男がかわいそうだとは思わないらしい。短絡的な思考しかできない女のようである。もう一つ教えたいことがある。昔から特別な場合を除き恋文をもらう女はそれを世間に公表しなかった。現在でもSNSに個人の秘密を暴露するのはご法度だ。最近の若者はネット・モラルを知らないらしい。ネットを介する場合も一般生活も基本は同じである。
「他人の嫌がるようなことはしない。」
これだけのことである。
人を殺そうとすれば嫌がられる。
体に触れようとすれば嫌がられる。
写真を撮れば嫌がられる。
写真をネットに上げれば嫌がられる。
ネット・モラルも社会道徳も変わりはない。
その男から手紙をもらうことが嫌だから、相手が悪いと反論するかもしれないが、見ず知らずの人に話しかける行為や手紙を出す行為までは許されている。さもなければ社会は成り立たない。口から出る言葉と手紙がなければコミュニケーションが成立しない。
ネットで調べたが、私のように女の行為を非難したテレビ番組はなかった。コメンテータは何のためにいる。やはり、バラエティー番組など見るものではない。
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