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実録ICT支援員「理想は遠い」

 成績をつける時期になると色んな依頼がICT支援員に舞い込む。定期テストの素点を入力して順位や偏差値を計算して個表などを印刷する処理ソフトは全国で統一されたものはなく、学校によって違う。EXCELなどの表計算ソフトかACCESSなどのデータベースソフトで教員が自作したものを使っている。その使い方が分からずに質問をうける。ソフトは改良を重ねて不具合が生じてマクロなどの修理を依頼されたり、新しい機能を付け加え欲しいと頼まれたりする。定期テスト処理ばかりではなく、教科ごと先生ごとに評定を算出する表計算ソフトに関する質問や依頼も多く舞い込む。自作ではなく、関数やマクロを使った以前からその学校にあったシートや他人の作ったマクロや関数を使っている。マクロの修正や関数の使えない先生も多いから間違って関数を消してしまったシートの修理依頼が舞い込む。このような仕事は修理が成功すると大いに喜んでもらえるから気に入っている。
 多くの中学校は評定入力と通知表印刷でC4thというデータベースソフトを使っている。現役時代はACCESSで自作したものを使っていたのでICT支援員になって突然このソフトの使い方の質問を受けて戸惑ったけれども、今では大方の質問には答えられるようになった。
 特別支援学級の通知表もC4thで対応できるけれども勤務校では独自のEXCELで作成した通知表印刷システムを使っていて、毎年上手く印刷できないからお手伝いをお願いされる。普通学級の通知表は裏表同時印刷で特別支援学級のそれは表と裏を別々に行う。どちらも手のかかる仕事で手伝った後は大いに感謝される。
 通知(票)表印刷はとても手間のかかる仕事である。昔は厚手の用紙に 54321のゴム印と担任が手書きした所見と共に1学期に渡して2学期に保護者の押印したものを回収して、2学期末に2学期の成績を入れて家庭に渡り3学期始業式で回収された。年度末、通知票裏面にある学年修了証に校長印を押して渡したあの頃、綺麗な字の書けない私は所見を書くのが嫌で仕方がなかった。それが今はコンピュータ入力した文章を毎学期印刷して渡す。通知表が家庭と往復することはなくなり回収する手間はなくなったけれども、昔の通知票の様式で印刷するのは手書き以上に手間のかかる作業となった。
 印刷するのを止めてメールで送ればいいと思う。学校が成績のメール送信に踏み込めないのは誤送信や情報流出を恐れているからである。それならば、立派な厚紙に仰々しく学校名や校長名など入れずに片面印刷の半紙で十分なのだが、これも採用する学校はない。技術は進歩しても古い考え方がはびこっている。子供の成長記録はプリントされた写真ではなくハードディスクに保存され必要な時に表示したり印刷したりする時代になったのだから、通知表もメールで送ればいい。あるいは、クラウドドライブ上にパスワードで守られた生徒だけの「マイドライブ」を持っている。このドライブに成績を送ればいい。あるいは、学校のクラウド上に成績を上げ、生徒が自分のアカウントで自分の成績だけが見えダウンロードもできるようにすればいい。ゴム印と手書き以上に手間のかかる印刷は止めるべき時に来ている。通知表誤送信や情報流出防止の手立てを考えようとしない学校は内側が硬直化している。
 保護者の電話番号ですらクラウド・ドライブに上げないで家庭連絡のたびに鍵付きキャビネットに入れてある紙媒体の家庭環境調査票を取り出している。クラウドドライブに情報を入れてタブレットで読めば随分教員の仕事が軽減される。タブレットから直接メールでも電話でも出来るのに使わない。
 そればかりではない。授業中生徒の活動をチェックする場合、紙の名簿は使ってもいいけれどネット上に名簿を置いて使ってはいけないことになっている。例えば、英語の短いスピーチ発表を発音・イントネーション・内容などの観点で評価する場合、それぞれ生徒のABCを紙の名簿に記入して職員室に戻って成績関係のサーバ上にある表計算のシート(閻魔帳)に点数に変えて入力する方法をとっている。けれども、もしクラウド上の名簿(閻魔帳)を使えば、タブレットで直接観点別ABCをプルダウンメニューで入力することができ、関数を使って点数化が容易になる。明らかにクラウドドライブを使う方が成績処理については合理的である。しかし、成績物や個人情報をクラウド上に上げてはいけないことになっている。定期テストの成績でも評定でもない、唯の授業中チェックする場合でもクラウドドライブを使ってはいけないことになっている。中間的な方法としては成績などの個人情報をタブレットのストレージに入れて利用する方法もあるが、タブレットのストレージに入れるためにはクラウドドライブを経由するから誰もやらない。要するに便利な情報通信機器を手にしていても、情報通信機能は使わないことになっている。
「もし私が現役だったら、この規則を守るだろうか?」
私がタブレットを購入したのは10年前、定年した後だった。再任用でiPadを使った。セキュリティポリシーなんて口やかましく言われなかったからiCloud上に名簿を置いて成績もネット上に記録していた。
「これは教員の仕事を楽にしてくれる。」
こう直感した。しかし、10年経っても理想は遠い。
 もう一つ思い出したことがある。入学すればトコロテン式・エスカレーター式に進級・卒業ができる今の小学校・中学校に修了証、卒業証書は存在意味を持たない。

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