『雲の塔とディペンドラ』  作/森下オーク

 むかしむかしあるところに、それはそれは美しい塔がありました。青空に白く輝くその塔を、村人たちは雲の塔とよんでいました。雲の塔のもと、村では麦や野菜を作り、願いを捧げ、歌を歌い、村人たちは幸せに暮らしていました。

 そんなある日、村の外れに、戦いの国から戦いに敗れた王子が、辿り着きました。ボロボロの身体で痩せこけた王子の目に生気はありません。よろよろと草むらに倒れ込んだ王子は、そのまま息絶えてしまいました。王子の骸からは、黒々とした煙が立ち上り、黒々とした煙は空を覆いました。辺りは夜が来たように暗く沈み、激しく雨が降りつけました。

 雨はいつやむことなく降り続け、草木を枯らし、作物を流し、幸せだった村の暮らしを奪いました。村人たちは恐怖と不安に打ちひしがれました。ちょうどその頃、雲の塔の広場で、毎日のように歌っては村人を喜ばせていた、歌歌いのビディアが家で産気づきました。ビディアはもだえるように苦しみ、その声は雨音を越えるほど、村に響きました。昼夜を問わず聞こえてくるビディアの声に、村人は、この雨はビディアがもたらしたものではないかと疑うようになりました。

 恐怖と不安に囚われた村人は、各々にビディアの家の前に集まりました。そうして激しくその戸を叩きました。中からビディアの夫、ラビが出てきました。村人は激しくラビを責めたてました。始めは口々に罵り、やがては足元にあった石をなげつけ、とうとう最後には手にこん棒や鉈をとり、ラビに襲いかかりました。

  男が振り下ろした鉈は、ラビの肩口を裂き後ろの戸に刺さり、ラビと男は戸もろとも、家の中になだれ込みました。その刹那、激しいビディアの声が上がり、次の瞬間、今までにない新たな声が、凄まじく辺りに響きました。新しい命の誕生です。ビディアの子が生まれたのでした。

 その声は黒々とした雲を裂き、そこから差し込んだ光は、雲の塔へ集まりました。雲の塔は、その光を反射し、まばゆく世界を照らしました。雲は晴れ、雨は止みました。村は優しい光に包まれ、もとの幸せな村に戻りました。

 ラビとビディアは、生まれてきた子に、ディペンドラと名づけました。ディペンドラはやがて、この国を治める王となり、人々から光の王・ディペンドラと親しみをもって呼ばれるようになりました。 
                           (おしまい)

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