タフティングから考える“ミームアート”の現在地

日記です。

今年のはじめにタフティングをはじめた。
タフティングとは、タフティングガンと呼ばれる手持ちの電動工具で毛糸を布に打ち込み、ラグ(カーペット)やタペストリーなどを作る技術だ。

タフティングに興味を持ったきっかけは、YouTubeか何かの動画を見て、「ラグって自分で作れるの…?」という衝撃を受けたことだった。
その後紆余曲折あって、都内にタフティングを試すためのアトリエを構えるに至った。

タフティングの魅力は、なんといってもその手軽さだ。一通りの道具さえ揃えてしまえば(金銭的なハードルはあるにしろ)数時間の練習で、製品としてギリギリ成り立つレベルのものが作れてしまう。

そもそもDIYやものづくりが好きだったため、入り口こそ目新しい技法として興味を持った、というものだが実際にタフティングを知り、制作に関わるようになって興味深いことに気がつく。
それは、タフティングによる制作行為が極めてインターネットミーム的な広がり方をしているということだ。
そして、そこにはミームの2重構造が見出せるのではないか、というのが、この文章の趣旨だ。

“ミーム”と“タフティング”

ある振る舞いや態度がインターネットの波に乗り、独自の解釈や改変が加えられながら伝播していくことをインターネットミーム化というらしい。
インターネットミームが成立するために必要な条件を反射神経で思い浮かべると下記の3点が思いつく。

①手軽に真似ができる(できそうな)こと
②見た目にポップさがあること
③振る舞いや態度の中に自分らしさを書き込む余地があること

既存の“単なる製法”としての“タフティング”とわたしの元に(あるいはみなさんの元に)たどり着いた“タフティング”は何か異なっているように思う。
動作として同じなのは確かだが、ぼんやりと何かが違うように感じる。
これらを区別する観点は、そこにインターネットミームが絡んでいるかどうかだと考えている。

ミームによる“技法”の再発見

のちに調べてわかったことだが、タフティングは技術としては特段新しいものではない。
日本にも1950年代から産業として取り入れられていたし、呼称こそ異なるが同じ製法でカーペットを生産している会社が現在も複数存在する。
タフティングを扱うテキスタイル学科を持つ美術大学もあるようだ。

アメリカ フィラデルフィアのデザイナーTim Eads氏は、2018年3月16日に、Instagramに“新しいおもちゃを手に入れてめっちゃハマってる”というコメントと共に1本の動画を投稿した。
タフティングガンを使用して、布に毛糸を打ち込む様子を収めた動画だ。
Eads氏はそのわずか数ヶ月後にTuft The World(tuftinggun.com)を開業する。

Tuft The Worldは、タフティング専門のECサイト“tuftinggun.com”の運営を軸に、タフティング用品や材料の販売、ワークショップの運営を行う。
また、ユーザーコミュニティの形成にも積極的で、運営するオンラインコミュニティ“TTW community”の会員数は7,000名を超える。(2021年11月現在)

プロモーションにおいては、InstagramやYouTube、TiktokなどのSNSを活用し、“制作のプロセス”にスポットを当ててた広報戦略が採られている。
広報材料として使用されるクリエイティブの多くが、タフティングの作業風景・道具を主なモチーフとしており、小気味の良いグラフィックデザインや、音楽が添えられた構成になっている。

Eads氏の驚異的なスピードでのビジネス化を可能にしたのは、タフティングという技術自体の、手軽さ・作業風景の華やかさ(目新しさ)・自己表現ができる、といった特徴だ。
その後、2019年末からの巣篭もり需要の後押しも受けるかたちとなり、Tuft The Worldの成長とともにタフティングに関するSNS投稿も急激に増加しはじめる。
その多くが、Tuft The Worldに影響を受けたもの、つまり“制作のプロセス”にスポットを当てたものになっている。

これは、前項①〜③の条件を満たした、インターネットミーム化のプロセスそのものと言えるのではないだろうか。
そして、インターネットミームというプラットフォームに載ることで、目新しい技術として多くの人から認識され、再発見された。それが、既存の“単なる製法”としての“タフティング”とわたしたちの元へとたどり着いた“タフティング”の差異の正体ではないかと考える。

ミームの2重構造

タフティングはインターネットミームというプラットフォームに乗ることで、多くの人から再発見された、という仮説はおおよそ納得できるのではないかと思う。
しかし、ここでさらに興味深いことに気がつく。それはタフティングをはじめた人の振る舞いや態度が似通っていく、ということだ。

・タフティングにより作品を制作・販売する
・“制作のプロセス”をSNS経由などで積極的に配信する
・制作の手ほどきなどを通してユーザーコミュニケーションを行う

こういった、制作行為を起点とした一連の所作がひとつのパッケージとなって伝染していっているように感じる。そして、その影響は、“タフティングを皮切りに人生で初めて表現活動をする”と言う人ほど顕著に現れているように思う。

ここから、タフティングは制作行為自体もミームだが、その手軽さゆえに、アーティスト・デザイナーとしての振る舞い・態度までもがミーム化しているのではないか、という仮説が浮かんだ。

ミームが生み出す“アーティスト”の作品は誰の作品?

そしてここで一つの疑問が浮かぶ。もしも、このタフティングという一連の制作行為の中にアートという観点でのユニークさや、オリジナリティを見出すとすれば、それはいったいどこにあるのだろうか。

確かに個々のユーザーが制作した作品は、個々の権利を主張できる制作物ではあるだろう。

しかし、もしもミームアートと言うプラットフォームが定義できたとする。
そのプラットフォームが生成した“インスタンス”としてのアーティスト・デザイナーが制作した作品における“アートとしての価値・意味”は、いったいどこに還元されるのだろうか。
Tuft The World、あるいはその創始者のTim Eads氏なのだろうか。それとももっと大きなものか。

おわりに

タフティングは手軽な割に得られる対価が大きな表現手段だ。
手軽だからこそ、Tim Eads氏は驚異的なスピードでビジネス化ができ、手軽だからこそ、インターネットミーム的な側面でわたしを含む多くの人に再認識され、手軽だからこそ、わたしのように軽い気持ちでアトリエを構えるといった愚行に踏み切る人も現れ始めた。
 
さらにその手軽さは、制作行為そのもののミーム化にとどまらず、アーティスト・デザイナーとしての振る舞いや態度についてもミーム化しているのではないか、という仮説が浮かんだ。

そして、例えばここからタフティングという枠を外して“ミームアート”という定義ができたとする。その際、ミームによって生み出された“インスタンス”としてのアーティスト・デザイナーが生み出す作品のオリジナリティやユニークさはいったいどこに還元されるのだろうか、という疑問がこの文章全体の趣旨だ。

この現象が昨今のタフティング特有のものなのか、それとも何かしら既存の理論に接続・包含できるものなのか、その解答を現時点で持ち合わせていない。
もしも、芸術学や社会学に精通して、これらを説明できるフレームワークをご存知の方がいれば参考図書や記事を教えていただけると幸いです。

参考

タフティング・マシンの変遷と今後の開発課題
丸山 孝雄

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