ブラック企業の話

大学4年の10月まで陸上部に所属していた。
丁度1年前に地元の大会を最後に10年以上続けた陸上を辞め、それ以来は運動は自重の筋トレ程度しかしていない。
実家に帰ったときや友達に会ったとき、時々「もう走りたいと思わないのか」と聞かれるが、もう走る気はさらさらない。これからも起きる余地はないだろう。なぜなら、頑張ったからだ。
陸上人生の中で僕は、日の丸を背負ったこともなければインターハイで優勝したこともない。もっと頑張ってる人は山程いるだろう。だが、23年間で一番頑張ったことは何かと聞かれたら、迷わず陸上だと答える。

"短距離"という分野に括られる競技は一通り経験したが、特に400mハードルには最も精を出した。
(ここで、400mは短距離なのか?と問われることがお決まりなのだが、400mは短距離である。これ以上言うことはない。)
400mハードル勝つためには、当たり前だが400mを走り切らなければならない。走り切るためには、当たり前だが体力が必要である。普通に考えれば400mを何本も走る練習をすれば体力も付いてくるのだが、1日に400mを何本もこなすのは実はリスキーである。怪我をするリスク、パフォーマンスが段々落ちることのリスク、体力は付くがトップスピードが落ちてしまうリスク等々。監督の考え方にもよるが、僕のチームでは400mを練習で走ることはあまりせず、300mの距離を全力で何本も走る練習が多かった。300mだと、体力的な部分もスピードの部分のどちらも鍛えられ、400mよりも距離が短い分、本数もこなしやすかった。

それでも「300mを全力で走る」というのはやっぱり疲れる。はじめたての頃は最後の20mで限界がきてジョギングした。監督からは怒られた。
それが悔しいと思い、また練習し、300mを全力で走ってみた。次の練習では走り切れた。
前の限界を突破できた。

しばらくたち監督が、300mを2本全力で走るメニューを考えてきた。休憩は20分。
1本でもきつかったのに、2本も走るのかと思ったらそれだけで吐き気がした。
もちろん全力で走り切ることはできなかった。
2本目のことを考え、1本目から全力で走ることができなかった。監督はそのことを一番怒った。
後先のことは考えるな、と言った。
そして案の定2本目で吐いた。
それが悔しくて次の日から練習し、また同じメニューがきたら全力で走ってやろうと思った。
そして、次の週に全く同じ練習をしたとき、300m2本を全力で走りきれた。先週の限界を突破できた。
こんな風に、前回の限界が今回のマックスになり、今回の限界は次回のマックスに変わっていった。まあそんな順調に進まない時期もあったが、基本的に上に上に空が広がっていく感覚を実感できた。限界突破できたことが嬉しくて次の突破を目指した。前までは雲で見えなかった空をどんどんかき分けていく感じ。上には上がいたが、僕も負けずに上を目指した。
最終的には300mを全力で6本走れるようになった。

これだけ走ったのだから、もう今さら走ってもなんか萎えるだけな気がする。あのときかき分け続けた空はもうとっくに雲で覆われている。そして僕はもうその空の下にはいない。
それでも、あれだけ限界突破できた経験は忘れていない。完全に感覚を忘れる前に、違うことに活かしたいと思った。今ではそれが会社になるのか。
でも、"限界突破する仕事"と聞くと、今の時代ちょっと聞こえは悪い。すぐにブラック企業や労働組合に引っかかってしまいそうだ。僕だってそんな会社はネットで調べて、できるだけ避けて就活していた。
それでも僕は学生時代の部活を、"ブラック部活"だなんて思ったことはなかった。むしろ練習が沢山できる学校を選んだ。
そうか、ブラックかどうかは自分自身が決めるのか?いくら帰宅時間が遅くなったって朝が早くたって、本人が充実してると感じたらそれはブラックではないのかもしれない。また、給料が良くても休みが沢山あっても本人が楽しくなければそれはブラックなのかもしれない。
まだ答えはわからないので、今の仕事で一つ目の限界を突破する機会があったらまた考えてみたいと思う。果たして限界を突破できたとき、次の空を目指したいと思うのか。そもそも突破すらできないのか。

前に、会社員の友達が「もう結構残業してるけど今のところ楽しい」と言っていた。
僕はそれを聞いて、ブラック企業だなと思ってしまったので、とりあえずそれは反省したい。

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