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アウトロードハンター(外道狩り) 第七話

(5)騒ぎ乱して静けさ保つ その1

 雑然と散らかった市長の執務室のソファーに空になった紙コップを持ったまま、保は力なく座り込んでいた。
 境警隊員が、事後処理を行う中、主人を亡くした市警SP達はなす術もなく立ち竦んでいたが、事情聴取の為一人また一人と別々に連行されていった。
 市警SPが全て消えた頃、座り込んだままの保に声が掛かった。
「猿力曹長。君の反乱の嫌疑は晴れた。よくやった」
 山際少尉が保の肩に手を掛けて言った。
「少尉、他の犬共は?」
「お前の流した映像を見たら素直に手を引いたよ、そして全員しょっぴいた」
 そう言って山際が明るく笑った。
「正式な査問会議が後日行われると思うが、査問会に今日の報告書を出しておくから心配すんな」
 上官が気持ちをほぐそうとしているのが保にも伝わっている。
 しかし今の保は、何とも言えない無力感と自責の念に駆られていた。
 それを察した山際が素直に詫びた。
「済まない。お前の気持ちも考えず、はしゃいでしまって」
「いえ、こちらこそお気遣いありがとうございます」
 そう言ってソファーから保が立ち上がった時、境警隊員の一人が血相変えて走り込んできた。
「大変です。少尉!又電波ジャックです。しかも今度は市内全域です!」

 報告を受けた山際が執務室の通信モニターのスイッチを入れさせると、部屋の壁一面がモニターに変わり、その巨大モニターに黒い戦闘服を着た金髪の女が映し出された。
「・・かえす。我々はエインヘリヤル。元W.28市境警備隊の生き残りだ。 私は、リーダーのオジャルカ・E・カーライル。現在我々は、この機動攻城兵器、ジャガーノートの火力と、こいつに内蔵されたホスゲンガスで貴様らの命脈を握っている。20年間にわたる屈辱の日々に対し、貴様らにもツケを払ってもらうつもりだ」
 ゆっくりと彼女の口元が吊り上った。
「まず貴様ら全員の値段について打ち合わせたい。市長の岩村!出て来てもらおうか。それともう一人。我々の仲間を殺した市境警備隊第九部隊の猿力保を我々に差し出せ」
 金髪の女はそこで言葉を句切り、モニター越しに刃物の目で嗤いかけた。
「もう気付いているだろうが、衛星からの情報、地上管制レーダー等、全て無力化している。もし貴様らがおかしな行動をすれば、直ちに生活区に液化ホスゲンを流し込み、この攻城兵器で攻撃をかける。一時間待ってやる。一時間以内に二人を差し出すのだ」

『あいつらだ! 静が言っていた攻城兵器が動き出したのか……』

「最後に我々の真の目的は金ではない。貴様ら全員をこの腐った穴蔵から追い出し、全ての都市の城壁を取り払い、再び地上に人間の楽園を築く事だ。ぬるま湯に浸かった豚共!覚悟してもらおう」
 そこで映像が切れ、モニターが元の壁に戻った。

 それが合図の様に保を含め隊員全員のマルチセンサーに、W29市境警備隊最高司令官鴻上准将の顔が映し出された。
「全員、今の映像を見たと思う。状況を伝える。現在奴等の機動攻城兵器は、堂々と正門前500メートルの所に陣取っている。この都市丸ごと奴等が握っている状態で今すぐ我々が打って出る訳にもいかない状況だ。それと市長の岩村についての報告は聞いた」
 そこで保のマルチセンサーが双方向通信に切り替わった。
「猿力曹長!正当防衛とはいえ、市長殺しは重罪だ。このまま無罪放免と言う訳にもいかん。そこで貴官に聞きたい。現在さる筋より貴官にチャンスを与えろとの圧力がかかって来ている……」
『静だ!』保は黙って准将の言葉を待った。

「貴官一人でこの場を収める自信はあるか?今、伝えた様に街全体が人質に取られている為、即座に我々が応戦出来ない状況だ。それに市長はお前が殺してしまった。今動けるのは、お前だけだ」
 准将は一呼吸おいてLCD画面越しに保の目を見て続けた。
「私に圧力をかけてきた奴は、お前一人で解決できると言っていた。いや確信していると言った方がいい。もう一度聞く。貴官一人で事を収められるか?」
 准将の目に更に力が籠もり、保の目を見ている。
『馬鹿……言うんじゃないぞ』
 そんな言葉が保の頭に響く。 
 気が付くと全員の目が保に集中していた。
『言うんじゃないぞ!』更に強く響いた。
「解りました、何とか解決してみせます」
 とうとう保は言った。
『馬鹿!言うんじゃないよ、あーあ、勢いで言っちまった……』
 そんな言葉が次々と保の頭の中をよぎっていった 

『おかしなもんだ。傷付いた女一人守る事が出来なかったこの俺が、17300人の人質を助ける為に一日に2回も戦う事になるとはな……』

 保は覚悟を決めた。

            ⚫️

 大騒ぎしている正面ゲートより離れること30㎞。第8部隊担当エリア、東の森の中にエインヘリヤルの別働隊が居た。
「ここだ。山本とか言う境警隊員が言っていた場所だ」
 エインヘリヤルのホスゲンチームの一人が、小型の杭打ち機の様な車両と巨大タンクローリーの前で言った。
「間違いない。ここが地表から地下までもっとも近いポイントだそうだ。ここだとこいつ一発で穴が空けられる」
 指揮官の男がそれに応え指示を出した。
「これよりホスゲンインジェクションの準備に入る。十名でインジェクター設営、残る十六名はガードにあたれ。我々の動きが気付かれる事は無いだろうが、全員気を抜くな。それでは各自持ち場に着け!」
 十人がかりで杭打ち機の様な車のアウトリガーを引き出し、車両を固定した後、その特殊車両のマストを立てはじめた。
 周りは十六名の武装した連中が固めている。
 全員腰にハロゲン吸収缶付きのガスマスクを携帯していた。
「マストのホロチャージ弾のコード結線後、ホスゲン配管を接続しろ」
 地表に突き立てられた杭打ち機のマストに、ホスゲンローリーから引き延ばした配管とフレキシブルチューブが接続された。
 地上35mのマスト頂上内部には、円錐コーン弾頭を持つロケット弾が吊り下げられており、そこから延びるコードが少し離れたスイッチパネルに接続され、装置が完成した。

 彼等の装置は次の様になっている。
 地面に突き立てられた杭打ち機の様な機械のマストの中には成形炸薬弾がセットされ、これが地面に発射され弾頭が地面に接触すると、モンロー(又はノイマン)効果によりメタルジェットガスが地面を穿ち、地表から地下都市へ一気に穴を空ける。そこへ液化ホスゲンを流し込むという代物だ。

「どうした?」
 ガードしているエインヘリヤルの一人が、隣に居た相棒の男に聞いた
「いや、何か動いた様な気がしてな」
 銃を構え、二人で茂みの先を緊張して注視した。
 その茂みの先から1羽の烏が飛び立った。
「なんだ、脅かしやがって。只のカラスじゃねーか、この野郎!」
 緊張が解け、照れ笑いしながら、始めに声を掛けた男が言った。
「すまん。あいつら全員ジャガーノートの方に釘付けだから、こっちはノーマークの筈だったな」警戒していた男も苦笑いしながら応えた。

 そんな連中を緑ベースの迷彩服を着てフェイスペイントをほどこした六名の男達が、スコープ越しに監視していた。
 エインヘリヤルの連中を互いの射線が重ならない様、二人一組で三方から囲んでいる。
「大佐、情報通り奴等二十八名を捕捉しました。これより排除に移ります」
 静の護衛特殊部隊、別働隊リーダーの守屋(かみや)大尉が、静かにスロートマイクを通して赤城大佐に連絡した。

 守屋他、五名は口径10㎜のサイレンサー付きSMG(サブマシンガン)で武装しているが、守屋の前にいる男の持つ武器は違っていた。

 電動コンパウンドクロスボウ
 コッキング時に大きな動作をしなければならないというクロスボウの欠点を静音ギアと強力静音モーターに弦を引かせる事で克服し、600ポンドの弓に付けられた滑車と極限まで摩擦抵抗を無くしたローラーが矢を乗せ、レールの上を閃り抜ける
 静音兵器としての威力と集弾性はサイレンサーを付けたハンドガンの比ではない
 三方向に張り出した矢羽根は正確にローラーにセットされ、レーザーサイトと光学12倍可変スコープ及び、バイポットにより300m以内の目標を的確に射抜く
 しかも任務によりブローヘッド(鏃)が選べるという利点があった。

「まず大崎が、あの爆弾の発射コードを切断する。それを合図にAチームが攻撃。奴等がこちらに気付き応戦しだしたらBチーム攻撃開始。後は時計回りに移動しながら殲滅しろ。その間、俺達が中の連中を排除する。万一に備え各員マスク装着」
 腹話術師の様にほとんど口を動かさず、スロートマイクを通して守屋が全員に指示を出した。
 その指示は耳の裏に取り付けられた骨動スピーカーにより各自に伝えられる。
 その後、守屋は腰に付けたマスクを取り出し大きく息を吸い込むとマスクを装着した。
 彼等のマスクは、不明のガスにも対応出来る様に、閉鎖型の呼気循環式だった。吐き出される息は二酸化炭素のみでは無く、15~16%の酸素が含まれている。これを循環させ吸収缶で二酸化炭素を除去し、小型の酸素ボンベにより酸素を補給し、21%にして肺に供給するというタイプだ。

 クロスボウ・スナイパーの大崎が狙撃体制に入った。ブローヘッドは燕尾と呼ばれるU字型の刃の付いた物がセットされている。
 大崎がトリガーを絞ると、小さな風切り音がして文字通り矢は放たれた。
 杭打ち機のマストから延びたコードが地表すれすれで音も無く切れたが、気付く者はいなかった。
 直後に警戒にあたっていた男の一人が、ふいに倒れた。
「おい、どうした?」
 先程茂みを気にしていた男が急に倒れた仲間に声を掛け近づいて行った。
「何やってんだよ」
 笑いながら仲間の身体を起こしかけた時、何が起こったか気付いたが遅かった。
 亜音速で飛んできた10㎜の銅に包まれた無数の鉛が彼の身体を突き抜けていった
「敵しゅ・・」
 その光景を見ていた別の男が叫ぼうとしたが、最後まで叫ぶことは出来なかった
 だが、その目論見は成功した。敵襲に気付いた残り全員が伏せながら見えない相手に向かって牽制射撃を始めていた。
 戦闘指示が出ない事にいらついた男の一人が振り向いた時、目に映った物は、喉を射抜かれ立ったまま杭打ち機のマストに釘付けにされた指揮官の姿だった。
「ちっくしょうがっ!」逆上したその男が、発射スイッチに向かって走り出した。
 その時、目の端で動く物を捉えた。
「そこか」そこへ銃を向けようとしたが、後ろから撃たれ事切れた。
 トリガーにかかった指が反射で引かれ、フルオートで銃を暴発させながら男が地面に倒れた。
 そして男の放った一弾が、マストに接続したホスゲン配管のバルブを破壊した。

 そのバルブから噴出した液化ホスゲンが急速に気化し、空気中の水分と反応して辺りは白煙に包まれた。

「うわっ!息が出来ない」
「目が痛い!」
 よくホスゲンの匂いは干し草の様な匂いだというが、高濃度の場合、まず先に目の水分と反応し、目の中で塩酸を生じる。
(COCl2+H2O=2HCl+CO2)
 これが眼を刺激し、それと同時に生体反応として気管が閉塞し呼吸困難に陥る。
 更にホスゲンガスは空気より重い為、流れ出た液化ホスゲンが気化し、見る見る内に地表を這って広がってゆく……。
 そして襲撃され、まだ生き残っている連中は全員地面に伏せていた。

「全員マスク装着!」
 エインヘリヤルの一人がそう叫んで立ち上がり、腰のマスクを取ろうとしたが、正面から胸を撃たれて敢え無く倒れた。
 残りの連中も反撃する力もなく数秒後に全て排除されていた。

「オールクリア。榊原、佐野はホスゲンタンクのメインバルブを閉止後、接続解除。大崎と三上は除害作業。植村はデッドカウントだ」

 各自に指示を伝えた後、守屋は無線の周波数を変えた。
「大佐、こちらは全て片付きました。そちらの騒ぎが済み次第、このデカブツ回収のヘリを回して下さい」
「ご苦労だった。こちらは静様の野点(のだて)の準備が終わった所だ。もうすぐパーティーが始まりそうだ。悪いがそれまでお留守番を頼む」
 守屋の連絡を受けた赤城が応えた。 
                                                   
          ⚫️

「何だそれは?」
 最下層から地表に向かう小さな要人専用エレベーターに乗り込んだ保が、先に乗っていた二人の境警隊員を見て言った。
 二人ともシールド付きのヘルメットを被り、ボディーアーマーを着込み、おまけに透明なポリカーボネイトの大楯を携えていた。
「気にするな。じきに解るさ」右側にいた男が軽く保の肩をたたいた。
 やがてエレベーターが停まり、ドアが開いた。
「‼︎」日の光が眩しかった。
 エレベーターから正門に続く道はフェンスで仕切られ、真っ直ぐ続いていた。
 その両脇に街中の人々が集まり境警隊員と市警の連中が伴に整理にあたっていた
「珍しい事もあるもんだ」
 その時まで、保は大きな勘違いをしていた。
 それはエレベータを出てからすぐに思い知らされる事となった。

「この人殺し!」
「俺達の生活をどうしてくれるんだ?」
「屑野郎!」
 様々な罵声と伴に、色んな物が保に向かって一斉に投げつけられてきた。
 大楯を持った二人がそれを受ける。
 透明な楯に投げつけられた生卵がぶつかって割れ、黄色く視界を塞いでゆく。
 始め保は、市民全ての為に大きな敵に向かって行く自分への声援に集まってくれたものと思っていたが、まったくその逆だった。
 彼等は保の所為で自分達の暮らしが脅かされる様になったと思い、集団で抗議に来ていたのだ。
 今の状況が解っていない。自分達さえ良ければそれでいい。
 義務を果たそうとせず権利のみを声高らかに主張する人々……。
 あの金髪の女、オジャルカは言っていた。
『ぬるま湯に浸かった豚共』と。
『こいつらと引き替えに御里千鶴は俺の目の前で殺され、俺はそれを阻止出来なかった』
 保は、やるせない気持ちで胸がいっぱいになった。

 もはや門までの道程はリングに向かう花道と言うより、かつてネイティブアメリカンが裏切り者の足抜けの際に行っていたという制裁【ガントレット】の様相を呈していた。

「保さん。俺、信じていますから!頑張って下さい」
「保ちゃん、無事に帰ってくるんだよ!」
 汚物にまみれた両脇の大楯に庇われながら、やっとの思いで門にたどり着いた保の耳にその声が届いた。
 そこには、バイト君と食堂のおばちゃんが保の方を見ながら手を振っていた。
「ありがと……」
 二人に振り返り礼を言おうとしたが、その時の光景は更に保をナーバスにさせる物だった。
「こいつら、あいつの知り合いだ!」
 そう言うなり数人の男が二人を押し倒し、殴る蹴るの暴行を加えだした。
 保はあまりの怒りに声もなく飛び出そうとしたが、護衛の二人に押さえられた。
「やめろ。あの人達は俺達で守る」
 左の男がそう言うと、民衆を押さえていた境警隊員四人が暴行を加えていた連中を排除し、バイト君とおばちゃんを避難させて行った。

「決心が付いたらこれを押してくれ。門を開けるから」
 第三ゲートが閉まりかけた時、右側の男がそう言って、小さなスイッチBOXを保に渡した。

 大きな音をたてて背後で第三ゲートが閉じ、うって変わって静寂が辺りを包み込んだ。
 各ゲートの間は50m間隔で、本来侵入して来た敵をここで隔離し、叩き潰す物だったが、現在ではヘリや特殊車両の置き場として使われていた。
 だが今は襲撃に備えて全ての車両やヘリは安全な所へ移され、薄暗い空間があるのみだった。

『お笑い草だ。うまく乗せられ、勢いで来てしまったが俺に何が出来るというんだ?』
 保のアサルトライフル(LANS)は連中に奪われた為、銃は無し、マルチセンサーも外された。
 保の武装はナイフ一つに禍流磨のみ。
 機動攻城兵器と戦うにしてはあまりにも役不足だった。
 風車に立ち向かうドンキホーテより分が悪い。
『これでは単なる生け贄だ』しかも戦う理由は保の中で消えかけている

『このままフケちまおうか?』保がなかば本気で考えていた時だった。
 背後から声がかかった。
「何、落ち込んでんだよ。保」
 振り向くと後ろに騒と乱が立っていた。
 二人して柱の陰に隠れていた様だ。
「タモッちゃん、タモッちゃん、早く行こうよ」
 乱は遊びに行こうとする子供の様にはしゃいでいる。
『こいつらにしても武装は、せいぜい刀と小火器程度だ。(あれ)相手には焼け石に水だなのに何故笑っていられるんだ?』

「騒、乱、俺達は何故戦うんだ?」
 保が二人に問うた。
「もう俺は何だかやる気が無くなったよ。ついさっき俺は傷付いた女一人守れずに目の前で殺された。しかもこの後ろで騒いでいるあの豚共を助けるのと引き替えにだ。 そして今度は又、あいつらの為に自殺行為に近い武装で戦おうとしている。 俺はあのエインヘリヤルの連中の気持ちが良く判るんだ。同じ境警隊員だったからな。 あのオジャルカが言っていた地上に楽園を創るという思想にも共感できる」
 そこまで言った時だった。
 乱が滑る様に近付いて、いきなり保の左頬を張り飛ばした。
「なに甘い事言ってんのよ!」
 普段の子供っぽい表情は消え、たれ目で上目づかいに保を睨んでいる
『こいつ怒った時の表情も可愛いな……』
 頬の痛みより、そんな事が頭に浮かんだ。
「あいつらに共感できる?ああそうですか?だったら本気で殺しに来る奴等にそう言ってみなさいよ。奴等に虫けら同然に殺された人達も浮かばれないわ! 何の為に戦うか?ですって?決まってるじゃない、姉様の為よ! 目の前で女が殺された?だったらもっと強くなりなさいよ!死んだ者は生き返らないわ。 なら、生き延びたあなたが、誰でも助けられる程、強くなるしかないでしょ‼︎ あなたが戦い守ろうとしている女は、おそらく世界最強の女よ。だから誰にも負けない位に、早く、早く強くなってよ……」
 そう言いながら乱は泣いていた。
「本当は、姉様に負けないくらい、タモッちゃんの事が好きなんだよ」
 そう言うと乱は、泣きながら抱きつき、赤くはれた保の左頬に優しくキスした。
 思わず乱を抱きしめようとしたが優しい静の瞳が目に浮かび、動きが止まった。
「こいつの言う通りだ。敵の言葉に惑わされてどうするよ。お前はいっつも甘すぎるんだ!」雰囲気を察して騒が言った。
「以前、アウターでお前達を狙っていたスナイパー共を始末したが、奴等を雇ったのは誰だか判るか」
 言葉を句切り保を見つめた。
 乱は保の真横に寄り添っている。
「お前が見逃してやった、あの女子供だぞ。あいつらが身体を使って連中を雇ったんだ。あの子供(ガキ)までが身体を売ってな……。反吐が出るぜ、まったく!」
 吐き捨てるように騒が言った。
「お前……あいつらを殺したのか?」
 妙な憤りを感じて騒に聞いた。
「まさか!お前が助けた連中を俺達が勝手に殺す訳無いだろ。なんだかんだ言っても、俺達はお前のそんな甘ちゃんな所も気に入ってんだよ」そう言って騒が笑った

「すまん。騒、乱、おかげで吹っ切れたよ。だが、この装備でどう戦うんだ?」
 保は左の親指を立て左肩に吊った禍流磨を指さし、騒と乱に聞いた。
 本気で戦う以上は勝ちに行くつもりだ。
「心配するな奴等は機銃用の弾しか持っていない」
 騒が自信たっぷりに言った。
「なんで判るんだ?」半信半疑で騒に聞いた。
「奴等の中にいるスリーパーからの情報だ」
「スリーパー?」呆けた様に聞き返す。
「ああ、20年前、奴等が各都市から閉め出しをくらった時から中央政府が送り込んだ男だ。その男からの情報だから間違いない」
 ニッと笑って騒が続けた。
「考えてみろよ。大火力で圧倒できるのなら、わざわざホスゲンなんてオプション必要ねーだろ?それにだ、この装備で戦える様に姉様が手を打ってくれるから安心しろ」
 騒の表情には何の迷いも無かった。
「全て姉様の采配よ。だから心配しないで」
 乱もにこやかに言った。
「了解した。それじゃ出撃しようか」
 最早なんの迷いも無くなった。
 我ながら現金な奴だと保は思った。
 静の名前を聞くだけでここまで立ち直れるとは。
 そんな保を騒と乱が笑っている。
『こいつらには飾らない、ありのままの自分が出せる』
 その事も保の救いになっていた。

 第二ゲートを開けるスィッチを押すと、大きな軋み音をたててゲートが開いた。
「山本の馬鹿野郎が……」
 保を嵌める為に山本が壊したゲートセンサーの残骸を見て呟いた。
 続けて第一ゲートを開くスイッチを押した。同じ響きをたてゲートが開き、保達が出ると直ぐに閉まった。
 目の前を跳ね上げられた橋が塞いでいた。
 跳ね橋のスイッチを押す。
 ジャラジャラとチェーンの音が鳴り響き、橋が地面に触れ、それと同時に大きな地響きと砂煙が舞い上がった。

 砂煙がはれると、橋の向こうに巨大な黒い山が表れた。
 重い金属音をたて、全ての砲門と銃口がこちらに向かって一斉に動いた。
 保達が橋を渡りきると大急ぎで跳ね橋が揚げられ城門は固く閉じられた。
 保は手にしたスイッチBOXを堀の中に投げ捨てた。

            ⚫️

 正門から西に3㎞。西日を背に大きな岩が二つ並んでいた。
 その後ろに隠れ、3機の攻撃ヘリが待機している
そのヘリに囲まれる様に現実味の無い物が広がっていた。

 十畳はあろうかという緋毛氈に巨大な赤い大名傘
 野点の情景だった。
 だが、その敷物の上に茶器は無く
 黒く長い物体と白装束に赤い襷をした静が伏射姿勢で横たわっていた。
【ボスコーンATW―84:25㎜アンチマテリアルライフル】
 フローティングバレルに125倍光学可変スコープ、バイポットの付いたその銃は対人用に設計された物ではない。
 ライフルと名が付いているが、正確には砲と呼ぶべきだろう。
 大昔であれば、対戦車ライフルと呼ばれていた代物だ。
 戦車の装甲が発展し対戦車としての役割はミサイルに譲ったものの、遠距離から正確に敵の要所を狙撃する為に蘇った兵器だ。
 だが、通常であれば特大口径による反動はすさまじく、例え静といえど、生身の女に耐えられる物では無い。
 しかし、ストックに内蔵された油圧式リコイルアブソーバーが大幅にその反動を殺す事に成功していた。

「大佐、これが例の弾ですね」
 静が赤城から渡された5発入りマガジンに入った25㎜の弾を見て言った。
 金色の弾頭だが、銅を被せたフルメタルジャケットとはどこか違う輝きだった。
「はい、乱様の計算通りにベリリュームを配合しましたので、貫通性能を犠牲にせず、火花がでる心配もありません」赤城が応えた。

【ベリリュームジャケット徹甲弾】
 コアに強化タングステン、その廻りをチタン合金で囲み、更に外側を分厚くベリリューム合金で被った非着火タイプの特殊徹甲弾だ。
「それよりも静様、こんなに手の込んだ事をしなくても、攻城兵器が出てきた以上、我々が出動した方が良いのではないでしょうか?」
 マガジンをセットし、伏射姿勢で狙撃体制になった静に赤城が聞いた
「それにはおよびませんよ、大佐。あの程度の戦力、火力さえ封じれば、騒と乱、それに私の夫となる保さんなら難なく押さえられるでしょう。私は妻として、そのサポートをしているだけです」
 スコープを覗いたまま静が赤城に応え、コッキングハンドルを引いた
「はっ、失礼しました!静様」
 赤城は静に敬礼し、静の狙う先に視線を移した。
 内心、静がスコープを覗いたままだった事を喜んだ。
 あの眼で見つめられるのは苦手だった。
『とんでもない女に惚れられたもんだな……』
 同時に赤城は保に対して、いいようのない憐れみを感じていた。

 フィールドスコープにデジタルカメラを取り付け光学倍率を上げ写真を撮るコメリート法を利用した物をデジスコと呼ぶが、静の覗くそれはその原理をライフルスコープに応用したものだった。接眼レンズの代わりに液晶が破壊する物を映し出してくれる。
静は左の親指でハンドガードに付けられたスコープのズームスイッチを操作し、スコープの倍率をゆっくりと上げていった。
 岩の間を通し、初めは小さな黒い塊だった物が徐々に歪な攻城兵器の形を成し何とかターゲットマークである赤い点が視認できる処まできたが、それ以上のズームは出来なかった。
 クロスヘアに攻城兵器の下部装甲板に貼られた赤い逆三角のマークが小さく浮かび、呼吸に合わせ小刻みに上下左右に動いている。
 静は弾道を予測し赤い逆三角形の10メートル程右上に照準を合わせた。
 右の親指でスコープに内蔵された弾道統制装置を作動させる。
 スコープの液晶が一瞬サーモグラフィーに変わると即座に元の画像に戻り、10メートル程上だった照準がピタリと赤い逆三角形に合わされた。
 サーマルセンサーが気流を読み、弾道統制装置が装弾された弾頭の落下位置を表示したのだ。
 静の読み通りだ。

 スコープの中で小刻みに赤い逆三角形が動き回る

 横では赤城が三脚にセットされた高倍率双眼鏡で観測していた。

 残りの隊員は攻撃ヘリの中で出撃待機している。

 静が、ゆっくりと息を吸い込み呼吸を止めた。

 逆三角形の動きが静止した。


 その巨大な黒い鉄の塊から放たれる異様なオーラ
 目の前で見ると途轍もなくでかい。
 砲弾は無いと判っていてもその威圧感は拭えない

『かっ、帰ろうかな?』保がそう思った時だった。
「保」保の心を読んだかの様に騒が保に声をかけた
「そろそろだ!」と騒。
「そろそろね!」と乱。
『何がそろそろなんだ?』と保。


 静がゆっくりとトリガーを絞った。
 轟音と伴にアンチマテリアルライフルが吼えた。
 マズルブレーキが硝煙を分散させ、緋毛氈が砂煙の発生を押さえた。
 リコイルアブソーバーが反動を吸収する。
 大きな空薬莢が煙を吐き出しながら右後方に落ち次弾が装填された。
 超音速で発射された25㎜の特殊弾頭が目標に向かって一直線に地表を閃り抜けた
「ビンゴ!ど真ん中です‼︎」
 興奮気味に着弾観測していた赤城が叫んだ。
 静は素早くマガジンを抜きチェンバー内の弾を抜いて空撃ちした後、セフティを掛けた。
「大佐。{水面之桜}(みなものさくら)を 私も出ます」
 顔色一つ変えずに静が立ち上がり赤城に言った。
「はっ、ただ今」
 そう言うと赤城は紫色の刀袋から緋塗りの小太刀を取り出して静に渡した。
 緋塗りの鞘、水流に浮かぶ桜の花びらをあしらった黒金(くろがね)の透かし鍔、黒柄頭(くろつかがしら)、黒鮫革を緋色の革糸で巻いている半太刀拵えの小太刀だ。
 緋塗りの小太刀を受け取った静は、保のいる方へ足早に歩き出した。 


            ⚫️



『そろそろ』の意味が解った!
 ゴンッという音と伴に攻城兵器の右舷、保から見て左側に孔が空き、大量の液体が噴き出した。
 そして、その後から遠雷の様に大きな銃声が鳴り響いた。
「燃料のガソリンが吹き出してるのさ。これで奴等の火力は封じた」
 眼の前の光景を騒が保に説明した。
「ホスゲンはどうするんだ?」
 あの中には300m3の液化ホスゲンが入っている……。
「ハンッ!そいつもブラフだ。別働隊がホスゲンをまき散らすつもりだったが、姉様護衛の特殊部隊がそっちを排除した。あいつらにもう打つ手はないのさ!」
 騒は鋭い目付きで前方を見据えながらも、その口元は嗤っていた。


「今の衝撃は何だ?」
 ジャガーノートのブリッジの中でモニター越しに保達三人の動向を見ていたオジャルカが、今しがた艦内に響いた衝撃についてクルーに向かって問いただした。
 その直後強烈なガソリン臭がブリッジ内部に充満してきた。
「燃料ポンプライン被弾!外部からの攻撃です!現在燃料ポンプが停止せず、吹き上げたガソリンがダクトを通じて、全艦内に流れ込んでいます!」
 クルーの一人が答え、続けた。
「エンジン及び動力用バッテリー停止!ブリッジ用予備バッテリー始動します」
「車両庫もガソリン漬けです!」
 別のクルーが言った。
「搭載車両も使えんのか……」
 オジャルカが唸る用に吐き捨てた。
 無理もない。強奪したタンクローリー2台分のガソリン全てが艦内に流出しているのだブリッジにも流れ込んできた。
「艦内全てに消火剤を散布しろ!」
「了解しました」
 オジャルカの指示にクルーが応えると同時に白い泡が、天井から降り注ぎだしたが、それはすぐに停まった。
「消火剤が足りません」
 悲痛な声でクルーが言った。
「クソッ、艦内の全員に告げろ。銃は使うな、近接戦闘装備しろ!」
 そう言うとオジャルカは椅子の背に掛けてあった大剣を手にした。
 艦内放送が指令を流す。
「こちらが本気と言う事を教えてやる。ホスゲンチームに連絡しろ」
 オジャルカは椅子から立ち上がり怒鳴った。
「駄目です。応答がありません」通信担当はそう言いながら呼び出しを続けている
「しかたないジャガーノートを接近、城塞に突入する」
「無理です、オジャルカ様。今、動力を起動すれば爆発します!それにもう燃料が尽きかけています」
 泣きそうな顔をして、40代前半のクルーが娘代わりの女に報告した。
「なんだと‼︎」オジャルカはヒステリー状態になりかけていた。
 その時、保達を迎え撃つ為にブリッジを離れていた互作・フォン・アルベルトが、後ろ手に縛られた男を連れてブリッジへの階段を上ってきた。
「どうした、互作?」
 互作に気付いたオジャルカが少し落ち着いて声をかけた。
 彼女にとって互作は信頼できる父であり、精神安定剤となっていた。
「内通者を捕らえました」暗い表情で互作が言った。
「内通者?まさか、煉蔵が……」
 差し出された男……煉蔵の事はよく知っていた。
「敵はこのジャガーノートのアキレス腱に正確に撃ち込んできよった。こやつが取り付けた目印のど真ん中に」
 そう言うと、互作は煉蔵の膝の裏を蹴って跪かせた。
「しかも燃料ポンプを停止出来ない様に細工までした後、逃げ出そうとしていた所を捕らえました」
 跪いた男の髪を掴んで、オジャルカの方に顔をむけさせた。
「しかし互作、煉蔵は昔からいる仲間だぞ。それが何故?」
 まだ信じられない顔でオジャルカは二人の男の顔を交互に見つめた。
「俺で三人目なんだよ」
 後ろ手に縛られた男が吐き捨てる様に言った。
 その声にもはや呑気者の影は無かった。
「何がだ?」オジャルカが聞き返す。
「この煉蔵がだよ!20年前から、この男に成り代わって、お前達の事を逐一報告していたんだ。俺が三人目の煉蔵なんだ。クソッ、俺の時にこんな事をしやがって……」
 開き直った男が言った。
「ホスゲンチームはどうした?小平達をどうしたんだ?」
 刃物の眼でオジャルカが煉蔵と呼ばれていた男に詰め寄った。
「冥土の土産に教えてやろう。奴等はもう始末された。もうお前らに勝ち目は無い。あきらめて投降っ!」 
 三人目の煉蔵が言い終わらない内にオジャルカが蹴り倒した。
「このダニ野郎が!殺してやる!」
 そう言いながら失神している男を蹴り続けていた
「オジャルカ!今はそんな場合じゃない」
 互作がオジャルカの顔を平手打ちし、正気に戻した。刃物の様な彼女の眼から涙が流れていた。
「すまない、互作……」
 そう答えると倒れている男に最後に一蹴り入れた後、ブリッジマイクを手にし艦内の全員に指令を出した。
「艦内の全ての者に伝える。これより総員突入リフトに集合、手動にて油圧作動させよ!艦を棄て、強行突入を試みる。その際、我々に立ち向かってくるあの三人を必ず殺せ。以上だ」 

 ジャガーノートの先端上部が外れ油圧式突入リフトがゆっくりと迫り上がった。

  第八話 https://note.com/1911archangel/n/n8f50a802751d

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