見出し画像

アウトロードハンター(外道狩り)三話

 (2)国発のゆくえ その2


 W.29城砦都市:南西に位置する人口17300人程の辺境の小さな街だ。
 三方を海に囲まれ発電と漁業を主な産業にしている。
 エネルギープラントを持っている為、都市としては小規模ながら経済的には、かなり潤っているし、海水を電気分解する電解プラントで精製した化学薬品を他の都市に供給している。
 その為に襲ってくるアウトロードも数知れず、市境警備隊に安息の日は無い。
 それを裏付ける様に多くの作業員が作業を続ける中、保の同僚達が重装備で警備にあたっていた。
 そのゲートに向かって、二人してよろよろと近付いて行った。

「保!」
「曹長無事だったんですね!」
 同僚達の中には頭に大きな絆創膏を貼った山本の姿もあった。
「猿力先任曹長、民間人一名と伴にただいま帰還いたしました!」
 と言って保は右の口元だけ少し吊り上げた作り笑顔で敬礼した。
「猿力さん。ありがとう」
 彼女は保に一言そう言った後、入市手続きを終えると、他に言葉なく保から離れそそくさと消えていった。
「どうやらデートはキャンセルの様だな」
 自嘲気味に保が呟いた。
『かなり疲れているな』
 疲れている時にどんどん自虐的になっていく自分に気付いていた。

 その日残った半日と翌日は、本部での事情聴取と報告書作成で潰れた。

 本部での事情聴取には湾岸警備の第一~第三部隊、地下鉄道網警備の第四部隊、地下交通網警備の第五部隊、空港警備の第六部隊、そして城砦の外を警備する第七~第九部隊の各指揮官、それに加えて総司令官の鴻上准将という蒼々たるメンバーで行われ、無罪放免になったものの、この二日間で保の体重は5㎏も落ちた。
 事後報告書を書きながら
『[脅威の吊し上げダイエット]という題で本でも書こうか?』と、
 その時は半分本気で思っていた様だ。
 唯一の救いは形式的とはいえ、瀬崎洋子伍長が自分の顔を見に来てくれた事だけだった 。

                ⚫️

 けたたましい電話の音で目が覚めたのは、二日後の朝だった。
「クソッ、折角の休みの朝を」
 受話スイッチを押すと、そこには保の悪友で、第四部隊所属の入市管理官、剛阪優治のデカイ顔が映っていた。
「よう、保」
「休みの朝一番で見たのが、このデカ面か」
 保はわざと必要以上にがっかりした顔で応えた。
「何がっかりした面してんだ。聞いたぞ可愛いネーチャンとアウターで一晩過ごしたんだって?」
 画面越しに剛坂がにやにやと笑いかけてくる。
『相変わらず、こいつは耳が早い』
「お前が期待してる様な事は何もねーよ」
「でもよ、デートの約束ぐらいは、したんじゃねーのか?」
『うっ鋭い奴。もう振られたなんて言ったら何を言われるか解ったもんじゃない』
 保は顔に出さず、話を別方向に切り替える工作をし始めた。
「あのな、彼女は国発手形を持ちだったんだぞ。そんな女にちょっかい出せるかよ! それに本物の国発手形なんて初めて見たぜ。お前見たこと無えだろう?」
 得意顔で保が言うと剛坂はデカイ面満面に笑みを浮かべ、勝ち誇った様に言った。
「へっ勝ったぜ。五日前に見たぜ。しかも二つ、いっぺんに」
「どう言う事だ?」
 モニター前に身を乗り出した保に対し、剛坂が詳しく語りだした。

 五日前の事だった。   
 その日、入市管理官の剛坂優治はいつもの様に、きらびやかな地下ステーションの入市ゲート内で入市してくる人々の手形を専用チェッカーゲートの映像モニターで確認していた。
 この僻地にわざわざ物見遊山に来る者などあまりなく、そのほとんどが小綺麗なスーツを着た融合企業のビジネスマンばかりで手形に問題のある者はまずいない。
 一度の到着で十数人捌けば終わってしまう。
 なんという事もない、平凡な毎日。
 空調が効き、ゴミひとつ無い地下の駅構内で、プレスされたブルーの制服に身を包み、勤務している剛坂にとって、砂埃の中、生命の危険をさらしてまで城壁の外を警備する保達の気が知れなかった。

 新たな車両の到着アナウンスが流れ出した。
「なんだ?ありゃ……」剛坂は我が目を疑った。
 メタルブルーに塗られた流線型の特急車両から降り立ったのは二人だけだった。
 一人は大きなギターケースを持ち黒革のロングコートを着た男だった。短めの銀髪を逆立て、黒いサングラスをかけている。
 もう一人はバイオリンケースを持って、赤い革ジャケットを着た女だった。
 歌舞伎の獅子頭を思わせる金髪のボンバーヘア、ジャケットと同じ真っ赤なリボンの蝶々結びが頭の上で揺れていた。

 ゆっくりと二人が入市ゲートに歩いてくる。
 優雅なその歩みは、剛坂にファッションショーの舞台を連想させた。
 その時ゲートのモニターが警告を発した。
《武器所持の疑いあり要注意》の表示が出る。
「失礼!」
 二人がゲート前に来た時、我に返った剛坂が2人を制止した。
「なーに?」
 赤い革ジャケットの女が恰好に似合わぬ甘ったるい声で聞き返してきた。
「手形を確認の為ゆっくりとセンサーゲートを通って下さい」
 女の声に態度を軟化させながらもさりげなく剛坂は腰のホルスターに手をかけた。
「ハイ、ハイいいわよ」
 そう言いながら女がニッコリと微笑んでセンサーゲートを通り抜ける。
 ロングコートの男も無言でそれに続いた。

「馬鹿な……」
 剛坂は始めて見るその表示に目を疑った。
 そこには《国家公務発行手形》とモニターに表示されており同時に自動的に通過ゲートが開いていた
「もういいわよね?」
 女の問いかけに剛坂は呆けた様に黙って二人に頷いた。
「じゃーねー」
 そう言って、はしゃぎながら通過してゆく女と、黙って目の前を過ぎてゆく男に対し、好奇心を抑えきれなくなった剛坂が声をかけた。
「あんた達、いったい何者なんだ……名前は?」
 すると男が振り返り低い声で一言。
「メタルゴッド」
 その後、すぐに女が甘く甲高い声で、
「パンクエンジェル」
 そう言い放ち、二人は剛坂の前から去っていった


「何者なんだ?そいつら」
 話を聞き終えた保が剛坂に聞いた。
「さあな。いにしえのロックンロラーって、やつじゃないのか?」
 その二人の雰囲気から剛坂は本気でそう思っている様だ。
「バカな、ハンターじゃないのか?」
「それこそバカな話だ!この街にはハンター拒否条例があるし、たかがハンター風情に国発手形なんて出すかよ」
『たかがロッカー風情に国発手形を出すバカもいないと思うが』
 という突っ込みを押さえ、保は次の疑問をぶつけてみた。
「しかし、何故こんな辺境に国発手形を持った連中が集まって来ているんだ?」
 剛坂は一瞬考える様な仕草をした後、投げやりに答えた。
「集まってるったって、まだ三人だぜ。考え過ぎだよ、保」
『こいつに答えを期待した俺がバカだった。こいつは昔から考える事をしない奴だった』
 がっかりとしながらも、その後とりとめもない話をして通話スイッチをOFFにした。


「腹が減ったな」
 朝飯になる物は何か無いかと冷蔵庫を開けて見たが缶ビールが一つとハラペーニョソースの瓶が一つあるだけだった。
 保はシャワーを浴び、身支度を整えると朝飯を喰うため部屋を出た。

 ドアの鍵を掛けた時、電話の留守電スイッチを入れてなかった事に気が付いた。
「まあいいか、何か急ぎの用があれば携帯の方に連絡がはいるだろうし、携帯のリモートスイッチで入れる必要も無いか」
 自分を納得させるように呟き飯屋へ急いだ。

 保の家は地下4階層にある3階建ての安アパートの2階の一室だ。
 広さは2LDK。部屋の中は御想像通りに散らかり、正しい男の一人暮らしの様相を呈している。
 市境警備隊の独身寮も有るのだが、プライベートも仕事の延長になるのが厭で、少し離れた静かなこの場所に住んでいる。
 地下と言っても一つの一つの階層は地面から天井まで約30mあり、天井には全域を覆うようなイメージパネルがあって空が映し出され、朝昼夜の移り変わりが再現される。又、ウエザーコントロールセンターにより雨、風等も再現され、生活者の生体リズムを狂わさない様に配慮されている。
 内部の建物は高層建築は無いものの、その昔の地上施設とあまり変わりが無い様に造られている。閉鎖ストレスに対処した形だそうだ。
 城壁を含む地上施設と地下施設は防震構造となっており地震の影響を受けない。
 この防震構造の発達が現在の地下施設の発展を現実のものにした。

 W29城砦都市の階層は8階層構造で、以下の様になっている。
 地上と地下1・2階層及び7・8階層の広さは、各72平方km程だ。
 地上には海水を電気分解する電解プラント及び、そこから発生する水素ガスを燃料にしてタービンを回し発電する電解発電所や、漁業センター、空港、市境警備隊地上施設、それに上下水道処理施設とゴミ処理施設等。
 地下1階層は、各企業の地上プラントのコントロール・ルームとオフィス街。
 地下2階層は、市境警備隊と市警のオフィス、入出市管理局、鉄道等各交通ターミナル及び管理センターとなっている。
 地下3~6階層の広さは各180平方km。
 地下3~5階層は、一般居住区とそれらに付随する学校、市役所、デパート、商店街等があり、生活区域に指定されている。
 地下6階層は予備居住区で現在使われていない。
 地下7階層は市境警備隊及び市警の本部中枢指令センターと重火器倉庫がある。
 地下8階層は市議会場とVIP居住区となっている。
 以上がW.29城砦都市の内部構造だ。


 近所の食堂に行く為、近道しようと人通りの少ない裏路地を歩いている時だった
 一台の黒塗りの高級車が保の前に停まると同時に助手席側のドアとその後ろのドアが開き、そこから二人の男が駆けだして来て保の前に立ちはだかった。
「猿力さんですね?」
 男達は二人とも黒いスリーピースにエンジ色のネクタイをしていた。
 一人は20代前半、もう一人は40代前半だ。その年嵩の男が保を確認してきた。
『市警SPの連中か……』保の中で驚きと伴に敵愾心が沸き上がる。
「ああそうだが、宗教の勧誘なら間に合っている」
 保はわざとふざけて言った。
「おふざけは無しだ。我々について来てもらおう!」
 保の言葉に反応し、若い黒服が顔を真っ赤にしながら市警のバッチを振りかざして怒鳴った。その高圧的な態度がますます保の神経を逆撫でした。
「あんたらも公僕なら公務員法くらいは知っているだろう?俺は市境警備隊員だ。何が知りたいのか知らんが守秘義務ってやつがあってね。あんたらがなんだろうとべらべら喋る訳にはいかないんだ何か知りたいなら正式な手続きを踏んでくれ」
 すると今度は年嵩の黒服が言った。
「イヤー、あくまでも任意で御協力をお願いしているのですが……」
『いまにも拉致するぞといった態度で出てきながら、ぬけぬけとよく言う』
 その態度がいちいち保の鼻に付いた。
「誰が好き好んで市警の犬共について行くかよ!」
「人が下手にでてりゃ、調子に乗りやがって!この野良猫野郎が!」
 境警は市警を飼い犬と呼び、市警は境警を野良猫と呼んでいる。
 保の言葉に反応し、若い黒服はスタンバトンを抜いて殴りかかって来た。 
 威嚇する目的もあり、スタンバトンのスイッチをいれ、バトンの表面に青い雷光を走らせながらバトンを持った右手を頭の上まで振りかざした。
 それが彼の命取りだった。
「モーションが大きすぎるんだよ!」
 保は振りかぶった男の右手首を右手外腕で受けながら擦らせて、右手の小指、薬指、親指の3本で下から右手首を掴んで固定し、左手をすくう形で下から男の右肘に添え、左手の中指を引っかける様に男の肘の内側に入れ、左手を引き右手を前に押し出した。
 こうする事で男の肘は内側に曲がり、スイッチが入ったままのスタンバトンが男の顔面を直撃する。
「うわーっわっ!!!」
 若い黒服は自分が握ったバトンが左耳辺りに接触し、情けない悲鳴をあげて失神し地面に崩れ落ちた
「元気がいいのはなによりだが、あまり利口とはいえんな」
 振り向くと3m程距離をとり年嵩の黒服男がハンドガンを構えていた。
 ダグヤM65:45口径、装弾数9+1発。
 ストッピングパワー重視のSP用だ。
「回りくどいほめ方はやめて、素直に拍手してくれない?」
 保が肩の力を抜いて気楽に言う。
「別にほめちゃいないよ。それに悪いが、いま手が離せなくてな。拍手はできそうにないんだ」
 年の功か、保の言葉を受け流しながらしっかりと保を狙っている。
 保は銃を構えた男の弾道を計算していた。
「落ち着いてくれ。若い者の非礼はあやまる。こいつ先週飲み屋でな、お前さん達、境警に三人がかりでやられて、気が立ってたんだ。まあ、こいつにはいい薬にはなったがな」
 男は更に続けて言った。
「本題に入ろう。私ら共通の飼い主が、君に聞きたい事があるそうなんだ」

 銃を構えた男の後ろに停止している黒い車の後部スモークウインドウが、ゆっくりと下がる……。
 そこにはW.29城砦都市市長岩村秀光が座っていた
「噂(おと)に聞こえし天響印流か、流石だな」
 張りのない青白い肌にだらしなく突き出た腹、豚の様な目をした50 男。
 それがこの街の市長だ。
 保はこの男が大嫌いだった。
 この男は発電プラントを持つ企業出身で、こいつに替わって市政は全て企業優先安全快適だけを追求した結果、一般市民は、ぬるま湯に浸かった様に危機感が希薄になり、自分達が飼い殺し状態になっている事にも気が付いていない。
 市警も境警も半地方半国家特別公務員だが、境警は元々国軍に属している為、任務に対する優先比率は国5対市5で、任務上、国の利益か市の利益かどちらを取るかといった選択を迫られた場合、その選択権は指揮官 又は指揮官がいない時は当事者の隊員に委ねられる。
 だが、市警の場合任務に対する優先比率は国2対市8で、前記の選択を迫られた場合、即、市益を優先させる。
 その違いがお互いの間に確執を生み、いがみあう原因になっている。

 それに今の岩村に替わって、市警が完全に岩村の私兵になり下がっている事が保には許せなかった。

 保が揉み手して近づいて来るとでも思っていたのか、何も言わない保を心外そうに見た後、岩村が言った。
「君の報告書は読んだ。ところで、報告書にあった生存者の女性から連絡はなかったかね?」訝しげに保の目をみつめた。
「いいえ、ありません。彼女がなにか?」
 岩村は、ふーと息を吐き出すと言った。
「入市してから、その彼女の足取りが途絶えてね。調査内容の件やトラウマカウンセリングの案内をしたいのだが連絡がつかなくて、市警を挙げて捜しているんだ」
「彼女が行方不明?そんな」
 返す言葉が無かった。一体何故?
「本当に知らない様だな……。もし彼女から連絡があれば私に直接連絡をくれ」
 そう言って、岩村は名刺を保に渡した。
「解りました。もしそちらで先に見つけた場合は、その旨を私に伝えてください。これが協力の条件です。彼女とは生死を伴にした仲ですから」
 今度は保が岩村の目を見据えて言った。
「了解した。猿力くんだったね、覚えておくよ」
「もう行っていいですか?こうやって話しているのは腰が疲れるので」
 保が嬉しそうに尻尾を振るものと思っていたのか、保の返事に一瞬水をかけられた様な顔をしたが、すぐに取り繕って言った。
「いやー、こんな方法をとってすまなかった。なにぶん忙しい身なんでこういう会見方法をとらざるをえなかった」
 そう言ったあとスモークウインドウが閉まり、それと同時に銃を構えていた男が失神したままの若い男を助手席に放り込んだ。そしてその男が後部座席に乗り込むと黒塗りの車は走り去った。

「あの女どこに隠れているんだ?それにあの天響印流の男も所詮は野良猫、市警と違って使う事はできんな。その内、又いつもの様に纏めて始末するか」
 車の中で言った岩村の言葉が保に届くはずもなかった。

 行きつけの食堂で定食を注文した保だったが味がどうこう言う問題ではなかった
 食事中も頭の中は失踪した御里千鶴の事でいっぱいだった。

 何らかの事件に巻き込まれたか、何かの理由で姿を隠しているのだろうか?

 それに何故、市長が直々に彼女を捜しているのか?

 岩村の言い分にはかなり矛盾があった。

 国発手形を持つ彼女の調査報告が必要なのだろうか?

 あの男にそれを知る権利はあるのか?

 市長がカウンセリングの案内だ?
 何故?
 なぜ?
 何故???

 疑問符ばかりだが、確実な事が一つだけある。
『彼女を先に見つけた場合あの男に連絡しない事。奴は信用出来ない』
 それが保の達した結論だった。
『だが、奴より先に彼女を見つけられるのか?』
 今となっては恋愛感情などでは無く、ただ一度助けた彼女を最後まで守ってやりたい……その想いが強かった。



                ⚫️


 その頃地上では空港の隅に国軍マーク付きのヘリコプター5機が着陸していた。
 AAUH(武装装甲汎用ヘリ)を中心に それを護衛する形で4機の攻撃ヘリが前後左右を囲んでいる。

 市境警備隊第六部隊付き入市管理官が、オープントップの4WDで駆けつけた。その後ろに4台の黒いリムジンが続く。

 入市管理官が車から降りた時、汎用ヘリの昇降口前に整列していた攻撃ヘリのパイロットとガナー(射手)八名が管理官に敬礼した。
 全員オリーブドラブの戦闘服上下に黒いベレー帽を斜めに被っていた
 管理官が敬礼を返し、手を降ろしたのと同時に汎用ヘリの昇降口が開き中から指揮官と思われる男が飛び降りた。
 管理官を含めそこにいた全員が敬礼すると男は敬礼を返し管理官に書類を渡した。
「センターシティー国軍第七部隊 赤城大佐以下一二名ですね?任務内容はVIPの護衛とサポートですか?」
 軍人達の手形はヘリからの情報通信で確認が済んでいるので、その他の書類をチェックしながら管理官が質問する。
 その頃には汎用ヘリのクルーも整列に加わっていた。
「そうだ、それと、このヘリはそのVIPの持ち物という事になっている」
 指揮官が答えると管理官は怪訝そうな顔をした。
 無理も無い。
 こんな物、個人で所有できる代物では無い。 
 それに護衛任務に特殊部隊を使うVIPとは?

「確かにセンターシティーからの連絡は受けてますし、書類も手形も問題は無いのですがそのVIPって、何者なんです?」
「ちょっと待ってな!」

 管理官の疑問を解く為、指揮官が部下の一人に指示するとその部下が完全にローターの停止した汎用ヘリの昇降口に走って行き、ヘリのタラップを引き下ろした。タラップが地面に降りると昇降口が全開になった。

 中から降り立ったのは、若い女だった。
 白い女だった。
 薄手だが上質の白い着物姿に白足袋、女物の白下駄、白い着物の胸元には、うっすらと透けた白い晒が見え隠れしている。
 そして透き通る様な白い肌。
 白くない物といえば、赤い鼻緒と赤い唇
 黒く癖の無い真っ直ぐな髪、
 ほっそりとした腰に巻かれた黒い袋帯
 それに黒い瞳……。
 その瞳が印象的だった。
『白い女神』
 管理官の頭をそんな言葉がよぎった。
「失礼します」
 そう言って管理官が女の首元に手形のチェックセンサーを近付けた。
 管理官はその時、意識しすぎてまともに女の顔を見ていなかったが、即座にチェックセンサーの画面に菊の紋章が表示された。
「これっ国発手形!、まさか・・」
 管理官は初めて直に目にしたその手形に驚いた。
「そういう事だよ」うろたえる管理官に指揮官の男が言った。
「あなたは、いったい……」
 管理官は興味に駆られて、つい思っていた事が口をついて出た。
 その拍子に女と目が合った。
 吸い込まれる様な美しい瞳だった。
 邪気の全くないその瞳は、相手の心の中を全て見透かすが、その瞳に女の感情はまったく表れず、そこには心の中を裸にされた矮小で卑しい自分の姿が映しだされていた。
 目の前の女に抱いた邪心や過去のトラウマその他が、女の瞳を通して彼を包み込んだ。
 管理官は激しい自己嫌悪に陥っていた。
 指揮官は心得たもので、眼が合ったまま固まっている管理官の肩を軽く叩いて声をかけた。
「手続きは終わったんだろ?もう行ってもいいかな?」
 管理官が我に返った時、その眼には涙が浮かんでいた。
「えっ?ええ、どうぞ」
 泣き顔を書類で誤魔化す様に隠しながら管理官が言った。

 司令官によりドアが開かれた真ん中のリムジンの後部座席に乗り込む途中の女に向かい、すがるような気持ちで管理官が声をかけた。
 そうする事で救われる。
 そんな思いが彼をつき動かしていた。
「教えて下さい、あなたの御名前は?」
 その問いを遮る為、管理官の方に向き直ろうとした指揮官を白い女が右手を挙げて制すと、振り返って言った。
「エンカ・クイーン!」
 表情を変える事もなく女はそう言い放ち、リムジンに乗り込んだ。
 その後に苦笑いしながら指揮官はドアを閉めると助手席に乗り込み、残りの隊員がそれぞれに3台のリムジンに分乗した。

 3台のリムジンが発進し一人残った管理官は、ただ呆然と立ち尽くしていた。 

                
            ⚫️

「保ちゃん、どうかしたのかい?」
 食堂のおばちゃんが、心配そうにレジの前に立つ保の顔を覗き込んで言った。
「あっ、いやちょっと口の中を切っててね」
 誤魔化す様に答えると、おばちゃんは納得した様にうなずいた後、言った。
「仕事で何があったかは聞かないけど、危ない仕事なんだから気を付けなよ。あんたもそろそろ嫁さん見つけて、あまり無茶しない事だよ。なんならあたしがいい人紹介してあげようか」
『又、その話か……』
 保は、見合いを勧め様としてくる、おばちゃんに丁重に断りを言い食堂を後にした。


 保は取り敢えず家に戻った。
 しかし、部屋に入ると何かが違っていた。
 違和感がある。
『まさか!』
 注意深く部屋の中を見回す。
 ドアに髪の毛でも張り付けておけばよかった。
 なんて冗談が頭の中で閃った。
 ドアに細工なしOK、キッチン周りOK、ベッドOK、電話……
 この時、気が付いた。
 電話の留守電スイッチが入っている。
 誰かが一度電話の電源を落として細工した様だ。
 隠しカメラ(盗聴盗撮器)だ。
『市長の犬共か』保は少し考えてから占いサービスに電話した。
 別に天気予報やニュースでも何でもよかったが、ただ何となく間が持ちそうだったのだ。
「はい、こちらはマダム・モルガンのホロスコープルームです」
 電話の画面には、実物と見分けが付かない様な西洋巫女のコスプレをした可愛いCGの女の子が映っているマダムという感じはしないが、けっこう保の好みだった
「あなたの生年月日とデーターを打ち込んで下さい」
 言われた通りにデーターを打ち込み終えると、そっと左腕のマルチセンサーに触れた。境警隊員は、マルチセンサーの常時装着を義務づけられている。
 キーを操作し探電波モードにする。
 どうやらカメラとマイクは2カ所、電話の中と玄関口ににセットしている様だ。
 地下都市の中は、あまり遠くまで電波は届かない。それに携帯電話の様に中継アンテナを介して便乗受信される危険を冒すとは思えない。
『こいつを仕掛け、モニターしている奴は、この近くに必ずいる』
 保はそう読んだ。
「うお座の貴方の今日の運勢は……」
 保はもう聞いていなかった。ビールでも取りにいく振りをして電話の前を離れると、押入から買い置きしていた靴を取り出して履き、トイレの窓から外に出て、急いでセンサーの示す方に駆け出して行った。

 受信している周りには微弱な電波障害が起こる事がある。
 センサーは、そいつを探し当ててくれた。
 アパートの裏手からワンブロック離れた人気の無い公園の駐車場にその車は停まっていた。
 グリーンのワンボックスカーだった。
 ルーフキャリアーに偽装したアンテナが付いており、後部の窓はスモークフィルムが張られて中が見えない様になっている。
『間違いない、こいつだ』保は確信した。
 中にいる者に見付からない様に迂回し公園の方からその車の後部に取り付いた。
『さてどうしたものか?』バカでなければドアはロックされているはずだ。
 保はズボンのポケットにクリップで留められた、黒い大型のフォールディングナイフを引き出した。
 【MERCY アグレッサーMK4・タクティカルフォルダー】
 これも官給品ではなく、バックアップ用に街の刃物屋で手に入れたクラッシック・ナイフのレプリカ品だ。
 右手の親指を折り畳まれたナイフの付け根に付いた、サムスタッド(刃を起こす為の凸器)にあてて刃を起こした。
 カチッという小さな音がして、内部のライナーが確実にブレードをロックする。
 ブラック・テフロンコートが施された刃の形状はタントースタイル。
 スウェッジ(裏刃)が付いたクリップポイント(刃先が中心より少し上になっている)で、刃の根元三分の一はロープセレーション(ロープ切断様の片刃の波刃)になっている。
 それを右後部のタイヤのサイドウオールに突き立てた。
 ほとんど抵抗も無くするりと根本まで入っていく。そこから一度下に切り下ろした後、引き抜いてナイフを納めた。
 タイヤはシュウシュウ音をたてて、みるみる潰れていった。
 車が傾いてゆく。
「何だどうしたんだ?」
 観音開きの後部ドアが開いて中から縁なし眼鏡を掛けた30半ばの男が顔を出し、保と目が合うとそのまま石化した。
 開いたドアの中にあったモニターからマダム・モルガンが、にこやかに御神託を述べている。
「うお座の貴方の今週末の恋愛運は、思いがけない運命の人と再会するでしょう。
 でも気を付けてね。その前に色んな障害が貴方の前に立ちはだかりそう。ラッキーカラーはホワイト、ブラック、レッド、の三色。でも赤い書類には注意が必要。次に貴方・」
「どうした?思いがけない出会いって顔してるけど、あんたも魚座か?」
 保が口元だけで笑いかけながら、固まっている眼鏡の男に聞いた。
「い、いや、乙女座だ……」
 蛇に睨まれたカエルの様に硬直して脂汗を流している。
 その時だった、開いたドアの陰から警棒を持った大男が殴りかかって来た。
 どうやら運転席にもう一人いたらしい。こっそりと降りて攻撃のタイミングを窺っていた様だ。
 大男が振り下ろしてきた警棒を半身になり、右腕を外旋させ捌いて、右肘に添えた左手で下に降りた男の右腕を制し、がら空きになったその首を刈る様に、躰を返しラリアートぎみに右手首を男の左首あたりにぶち当てた。
 そのまま更に、接触させた右手首を突き出す様に伸ばしながら内旋させた。右足は男の後ろ足に掛けている。
 後頭部から落ちていく大男の顔面に向かって保は内側に巻き込んだ右手を解く様にして裏拳を叩き込んだ。
「げっ」妙な声を出して男は崩れ落ちた。
 それと同時に眼鏡の男が、懐に手を入れ飛び出そうとしているのが眼に入った。
 その動きを制する為、保は右足をスイッチさせて開いた後部ドアに前蹴りを喰らわせた
 猛烈な勢いで閉まりだしたドアが飛び出そうとしていた眼鏡の男の頭に当たり、スモーク処理のされた後部ドアのリアガラスが粉砕された。
 反動で男は後ろに吹っ飛び、モニターの前で大の字にのびた。
「・・の今週のギャンブル運は・・」
 相変わらずマダム・モルガンは御神託を続けている。
「悪いね、マダム。俺はギャンブルはやらないんだ」
 そう言って保は携帯電話を取り出しリモートスイッチで電話を切った。 
モニターには白く消えた保の部屋の電話のモニター画面と、もう一つには誰もいない玄関が映っている。

 車中に置かれたモニターのコードを引き千切った後、左のレンズが無くなって口の前に右レンズを垂らしている男を揺り起こした。片方だけの眼鏡も落ちた。
 額を切って血だらけになっていたが、死ぬ事はないだろう。
「う、ううっ」眼鏡を掛けていた男が気が付いた。
 もう一人の男はまだ当分気が付く事は無いはずだ。
「気が付いたか?俺の質問に答えてもらうぞ」
「ああ、」胸ぐらを掴んで起こすと眼鏡の男が答えた。
「誰に頼まれた?お前らは何者だ?」
 言わずとも解っていたが、保は彼等の口から聞き出したかった。
「我々は……市警SPだ。上司に言われてお前をモニターしていたんだ」
 震える手でポケットから出したハンカチで血を拭いながら、絞り出すような声で眼鏡の男が答えた
「もう一つの質問だ。マイクとカメラを何処に仕掛けた?」
 その目を見据える。
「2セット、電話の中と、玄関に仕掛けた」
 ー 嘘は無い様だ ー
「最後の質問だ。お前達は何故あの女を捜しているんだ?」
「女?何の事だ?俺達は只お前を見張って、接触してきた人間を照会し報告する様に言われているだけだ」
 男の反応を見ていたが、どうやら本当に知らされて無い様だ。
「カメラとマイクは証拠として没収させてもらう。それとお前達の飼い主に伝えておけ今度こんなマネしやがったらこの件での協力は無かった事にさせてもらうと」
 保は始めから協力する気など無かったが向こうもそれを見越している様だ。
「解ったらさっさとここから失せろ!」
 そう言って車を降りた時、警棒で殴りかかってきた男が息を吹き返し保と眼が合った。その男は弱々しく両手を挙げて見せ、降参の意思表示をした。
「2度とその面見せるんじゃないぞ!さっさと消えろ!」
 その男はふらふらと立ち上がり、ガラスの無くなった後部ドアを閉めると、よたよたと歩いて運転席に乗り込んで右後部がパンクしたままの車を発進させた。
 ズルズルとゴムの軋る音をさせながらSPの車は保の前から消えていった。


 再び部屋に戻ると、保は隠しカメラ2セットを取り外した。
 調べてみると周波数変換出来るタイプだった。
 これなら強力なブースターがあれば電波ジャックも出来るとんでも無い代物だ。
『こんな物仕掛けやがって……』
 電話を組み直した後、時計を見るともう昼過ぎだった。昼飯を喰いに出るか、買いに行こうかと思ったが、アウター以外で午前中に二度も戦っていたので保はこれ以上のトラブルは避けたかった。

 そこで腹の虫達の円卓会議により、昼飯は宅配ピザを取る事に決定した。

 激辛ピザを注文して待つ間、御里千鶴の事を考えていたが出た答えは昼飯を食った後当ても無く街中をうろつき廻ろう、といった消極案しか浮かばなかった。

 そうこうしている間に玄関のチャイムが鳴った。
「ちわーすっ!激辛ピザお持ちしました」
 玄関を開けると顔見知りのバイト君(保が勝手にそう呼んでいる)が、にやにや笑って立っていた。
 以前不良共に絡まれていた彼を行きがかりで助けて以来、保の家のピザは必ず彼が持って来る様になった。
「保さんも、隅に置けないねー」
「何の事だよ?」
 怪訝がる保を見ながら相変わらずにやにや笑ってバイト君は続けた。
「今ね、ここに来る前、下で女の人から猿力さんの所へ行くんですか?って聞かれて、そうですって答えたら、これを渡してくれって預かったんっすよ!」
 そう言ってバイト君はピザと一緒にデジタルボイスチップを保に渡した。
『まさか……』
「これを預けた女ってどんな人だった?」
 保の顔色が変わったのに驚いたバイト君は、たじろきながらも答えた。
「え、ええ。セミロングの可愛い女でした」
『間違いない彼女だ!』
「で、彼女は何処にいる?」
 もう掴みかからんばかりにバイト君ににじり寄っている自分に気が付いた。
「すまん。つい興奮して」
「いえ、女の人はすぐに行っちまいました」
 バイト君にピザの金を払うと口止め料を握らせて言った。
「この事は絶対に誰にも喋るんじゃ無い。もし誰かに話せば、お前は市警の連中につけ狙われる事になるぞ」
「やだなー保さん冗談はなしですよ」と言いながらバイト君は保の目を見ていた。
「それ、マジっすか……」
 目を合わせたまま黙って頷いた。
「だったら絶対に誰にも喋りません。それとこいつは受け取れません」
 バイト君は口止め料として渡した大枚一枚を保に返し、頑として受け取ろうとしなかった。
「俺、保さんにはスッゲー恩があるんすっ。だからこの事は絶対言いませんし、こんな事されても受け取れる訳ありませんよ!」
 そう言うとバイト君は帰っていった。
『たぶん大丈夫だろう。バイト君は約束を守ってくれる』
 それは彼の為でもある。
 無駄に人が傷付くのは避けたかった。
 ピザを一枚口に放り込みながら、バイト君が持ってきたデジタルボイスチップをマルチセンサーのスロットに差し込んだ。
 デジタルボイスチップとはICレコーダーの様な物で、電磁障害下でも使えるように、磁気では無く光センサーによって録音再生するメディアだ。切手大の大きさでで最大100時間の音声及び映像データを入れる事が出来る。

「猿力さん、御里です。ごめんなさい私あなたに嘘を付いていました。私、地質学者なんかじゃ無く本当は元老院の指示で派遣された国税局の特別調査官なんです」
 突然の告白に保はピザを喉に詰まらせそうになった。大量のレッドペッパーが喉を刺激し、咳き込んだ。涙と鼻水が噴出した。
 救いのヒーローがこんな死に方をしては死んでも死にきれない。身の安全を考慮してピザを食べるのを一時中断した。

 元老院とは政府中枢の最上級組織。分断化したこの国を国家として纏める為の政府機関であり国税局はその下部組織だ。

「市長は潜入捜査中に撮られた監視カメラの映像から私達の正体を知り、私達6人がヘリで地下ケーブルの電力供給量を調べに出た時、取引したアウトロードに武器と金を渡して私を襲わせたのです。そこであなたに会って助けて貰った。だから御願いです。もう一度私を助けて下さい。今、私は市長の脱税と公金着服の証拠を掴みかけているのですが、市長の私兵の警察が厳しくて……」
 突然、マルチセンサーが振動し閉鎖通信を知らせる受信信号が入った。
 デジタルボイスチップを一時停止させ、マルチセンサーを通話状態にした。

 そこには始めて会った時と同じ、追いつめられた眼をした彼女が映っていた。
「良かったメッセージが届いたのですね、これでやっと、あなたと連絡がとれます」
 きっちりとした女性物のスーツを着た彼女が
少し安心した様に言った。
「デジタルボイスチップを使うとリンクする様に細工していました。ハッキングする様な真似をしてごめんなさい。通信回線を彼等に押さえられているので、こんな手段でしかお話しが出来なかった……」
「何も気にしてはいませんよ、無事で何よりです、それよりメシでも食べに行きませんか?」
 安全させる為、保が悪戯っぽく笑いかけた。
「相変わらずですね。あなたを見ていると安心して、何だか危機感が薄れてゆく気がします」
 かなり疲れている様だ。メイクで隠しているが目の下に隈が出来ているのが解る。

「安心して下さい。俺はあなたの敵じゃありません。今でもね!」
 彼女は気付いた様だ。
「それ、始めて会った時にも言ったわね」
 さっきより瞳に生気が戻った笑いになった。
「実を言うと、もう取り外しましたが、さっき迄奴等はこの部屋に隠しカメラを仕掛けていました。それに又、貴女の事で市長から見つけ次第、連絡する様に言われています。当然そうするつもりはさらさら無いが、こんな俺をあなたは信用してくれますか?」
 モニターに映った彼女の眼を真っ直ぐ見据えて真顔で言った。
「ええ。アウターで一緒にいて解ったわ。あなたは簡単に人を裏切る様な人じゃないって。それに私の話を聞けばあなたは絶対に協力してくれるって確信が有るもの。 でも残念ね。もう少し早くあなたと出会っていたら、たぶんあなたの事を本気で好きになっていたのに………」
 彼女は少しだけ赤くなって言った。
「どういう事?」先の展開はもう読めている。
「女を使って、あなたを利用したみたいに思われたくないから言っておきますね。私、この仕事が終わったらセンターシティーに戻って結婚するんです」
『衝撃の告白パートⅡ。いつもの事だ。トラウマがまた一つ』
「おめでとう。だったら尚更、貴女を無事に送り返さなければ。で、俺は何をしたらいい?」
 保はポーカーフェイスを取り繕いながら彼女に聞いた。
「その前にあなたに伝えておきたい事があるの。私があの時、どうして市境警備隊になったか聞いたら、両親が侵入したアウトロードに殺されたって嘘を言ったけど、あれは本当の事だったのですね」 
「何故それを?」疑問が口をついて出た。
「自分で言うのもなんですが、これでも私、調査官として腕利きな方なんですよ」
 そうに違いない。ヘリが墜ちて保に出会う迄、彼女は一人でアウターを逃げ回っていたし、今も市警の連中を煙に巻いている。
 保との連絡手段も彼女の手際だった。
 彼女の国発手形は伊達では無いという事だ。
 保はその時気付いた。
『おそらくアウターでの電波障害も追っ手を警戒した彼女の仕業だろうあそこで俺が連絡していれば更にまずい事態になっていたに違いない』
 口を挟まずに続きを聞いた。
「8年前の春頃の事ですね?」
「ああ」
「あの時、アウトロードが地対空ミサイルを使い私達の乗ったヘリを襲って来たので、市長とアウトロードの被害者の因果関係を調べてみたんです。情報センターで侵入被害から調べてみると、過去にも侵入襲撃は何度もありましたが、いずれも地上層の侵入に留まり、その場で撃退されてます」一呼吸置いて彼女が続ける。
「しかし8年前と10年前の事件では、地下4階層まで侵入を許し、何人もの一般人が殺されたにもかかわらず、侵入してきた連中はアウター迄まんまと逃げ延びています。 まるで誰かが手引きでもした様に」

「そしてその被害者の中にあなたの両親の名前がありました。その他に数名の市議会関係者が入っていて、そのいずれもが今の市長 岩村に敵対していた人達でした。でもこれはまだ状況証拠でしかないのですが」
 モニター越しに彼女の目が保の目を見据えた。
『8年前と10年前……なんて事だ。間違いない。俺の両親も、芽衣母さんも奴に殺されたんだ』
「あのゲス野郎……」
 紳士面してしゃあしゃあと、車の窓から話りかけてきた岩村の顔を思い出すと、保は込み上げてくる怒りを抑えきれなくなりそうだった。
「大丈夫ですか?この事はあなたに言わない方が良かったかも……ごめんなさい」
 保の表情を気遣いながら心配そうに彼女が言った
「いや、ありがとう。本当の仇を教えてくれて」
 彼女の言葉でほんの少し落ち着きを取り戻した。
「俺は両親の他にかけがえのない人達をも奴に奪われていたんだ」
 そこで保は天響印流との関わり合いと、10年前の事件について彼女に語った。

「そんな事があったのですね・・」
 彼女の眼には、保に対する同情と、岩村に対する怒りが同時に浮かんでいた。
「俺の人生は奴に変えられた。今度は奴に10年分のツケを払ってもらう番だ」
「これで私達の利害は完全に一致しましたね」
 彼女はにっこりと笑って続けた。
「この街からの回線通信は常に奴等にモニターされてるし、携帯での市外通話は今封鎖されていますので、調査内容を送る為には、少なくとも隣の市まで行かなければなりません 。だからあなたには、私がこの街を脱出するのを手伝ってほしいのです。さっきも言いましたが、後少しであの悪徳市長の脱税と公金横領の証拠が掴めそうなんです。この証拠さえセンターシティーの国税局本局に送る事ができれば、あの男は完全に失脚します」
 そこで区切ると周囲を探るように周囲を見回し続けた。
「それと同時に私が調べたアウトロードを使った、あの男の殺人方法についても本格的な調査が入るはずです」
 直接岩村を叩き斬ってやるつもりだったが、そんな事をすれば、保自身が只の犯罪者になってしまう。口惜しいが今は彼女の提案を呑むしかなかった。
「OKだ。奴を権力の座から引きずり落とし、全てを奪い、法による裁きを受けさせてやる。それで、取り敢えず俺はどう動けばいい?」
 彼女はモニターの中から真っ直ぐ保の眼を見つめて言った。
「取り敢えず今は何もせずに2週間後の脱出の手だてを考えていただけますか?」
「2週間後?」つい呆けた感じで聞き返していた。
「ええ、おおよそあの男の金の動きは掴んでいましたが、今までその行き先が解りませんでした。あの男は脱税や横領した金で、絵画や美術品を買い漁っていたのです。先日あの男の代理人が落札した絵が、2週間後に送られてきます。その絵を追って行けば、今まで貯め込んだ美術品に当たる筈です。それさえ確認できれば、その証拠を持ってこの街から脱出するつもりです」
 プロの眼で彼女が言った。
「餅は餅屋って訳か……。解った。不本意だが、調査はあなたに任せます。帰りの便はきちんと確保するから、しっかり奴を倒す証拠を掴んで下さい」

『俺には市警の監視が付いている筈だ。へたに俺が動けば、彼女を危険に晒すだけだ』

 悔しいがここでも保は彼女の提案を呑むしか無かった。
「解りました期待していてくださいね。又しばらくは文字通り、地下に潜っていますので連絡はこちらからします」
 保と話しているうちに、だんだんと彼女の中で自信と生気が蘇ってきた様だ。

 プロの眼の中に笑う余裕も生まれている。

「気を付けて下さい」

 本当は保が彼女に言ってもらいたい台詞を断腸の思いで言った後、彼女からの連絡が切れた。

 彼女を送り出すより自分が行った方がどれだけ楽か……。
 不安は新たに募るばかりだった。

  第四話 https://note.com/1911archangel/n/n89057e911a1c

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?