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アウトロードハンター(外道狩り) 第四話

(3)エインヘリヤル その1


 次の日、保は傷の癒えた山本と伴に再び警備オブザーバー任務に就いていた。
「山本。今日は歩いて帰るのは御免だからな」
 冗談交じりに山本に釘を刺しておいた。
「いやだなー曹長。あんな事そうそう起こるわけ無いじゃないですか」
『そうそうあってたまるもんか。こっちの身がもたない』
 そんな保の思いをよそに、山本はEーLAVのステアリングを握ったまま喋り続けていた。
「それよりもこいつの拵えを見てくださいよ、曹長」
 そう言いながら山本は、片手で運転しながら左手を後ろに回して自慢の野太刀を引っ張り出した。
「また、えらくごつくなったな!」
 全長七尺一寸(213㎝)の馬鹿でかいこの野太刀のはばき、鍔、縁金、柄頭これらの金具が無垢の鉄を削りだした様に分厚く造られていた。
 おまけに太すぎる柄。
 目釘も鉄目釘だった。これなら鉄パイプの方がまだましだ。
『こいつの腕が悪い原因が判った。この野太刀が原因だ。バランスが悪すぎる』
 ディテールにこだわり過ぎて本質が見えていない。自分でそれに気付く迄こいつはだめだろう。保はそう思い、口には出さなかった。

「へっへっ。幕末拵えってやつに変えたんですよ。前時代の物だからすごく高かったんですが、私の竜殺丸に良く映えるでしょう。もうこいつは芸術品と言ってもいいくらいですよ」
 左手で保の手から竜殺丸とやらを取り返し、ニヤニヤ笑って喋っていた。
「ああ、そうだな」話半分に生返事をした。
 確かに自分の武器に対する愛着は絶対に必要だと思う。だが、山本の様に命を預ける武器を芸術品だとぬかす連中に保は辟易していた。
 実戦では使い物にならない奴が多いからだ。
 所詮コレクターは、コレクターでしかない。

「曹長。今日のあの馬鹿デカいトラックの中身は何なんです?」
 保の表情に気付き、話を変える為、後ろに続く巨大ローリーと普段の倍の8台に及ぶ企業側の護衛装甲車を見て山本が言った。
「そう言えばブリーフィングの時、お前いなかったな」 
 どうゆう訳か山本は大事なブリーフィングの前に呼び出しを受けていなかった。
「あれの中身は液化ホスゲン。毒ガスだ」
「そんな物何に使うんですか?まさか又、内戦でも起こすんじゃあ……」
 山本は心配顔で保の表情を読みとろうとしていた
「早まるな。そんなんじゃ無い。あれはポリカーボネイトの原料として、W.32に送っているんだ。そして替わりにガソリンのローリー車を引き取って来るのが今回の任務だ」

 ホスゲン:化学記号COCL2。分子量98.93。塩化カルボニルともよばれ、
旧時代の第一次世界大戦時ドイツが使った塩素ガスの報復の為に連合軍が使用した毒ガスだ。
 一般的に干し草の様な臭いがして、水に触れれば加水分解して塩酸を生じる。
 アンモニアに反応し白煙を生じる為、検知にはアンモニア水が使われる。
【COCL2+NH4OH→NH4CL{塩化アンモニウム(白煙)}】
沸点は8.3℃。ローリーは保冷装置付きだ。
 致死量は50ppmで、やっかいなのはガスを吸入した場合、その直後はピンピンしていても24時間後には肺水腫で死亡する恐れがある。
 そんな危ないガスだが、重化学工業プラントを持つW.32城塞都市では、ビスフェノールAと反応させてポリカーボネイトを生産している。
 と、保はブリーフィングで受けた説明を端折って山本に伝えた。

「それで、いつもより護衛車両が多いんですね」
 まだ心配顔で保の顔をみている。
「どうした?」
「あっ、いえ。もしあのガスが漏れたら、自分らはどうしたらいいんですか?」
 保がブリーフィングで指揮官の大沢少尉にした同じ質問を山本が聞いてきた。
「そのケースにハロゲンガス系のフィルターを付けたガスマスクが入っている。そいつを被って企業の連中がアルカリ溶液で除害するのを護衛するんだ。それとEーLAVの吸気フィルターも防毒仕様に変えてある。とはいえ、最悪の場合4 時間しかフィルターがもたないから、漏洩事故やアウトロードの襲撃が無い様、祈ってろ。と、ブリーフィングの時、大沢少尉に言われたんだ」
 山本の質問に対し、大沢少尉の答えをそのまま伝えた。
 液化ホスゲンの移送は今回初めての事だった。だからそれに対するマニュアルが上層部では出来ていなかった。
 後は臨機応変、こっちの判断でやるしかない。保は腹を括っていた。
「まあ、あまり気にするな。何かあればその時対処するしかないよ」
 山本は、まだ納得出来ない様だった。
『無理もない』保も全く同じ気持ちだった。

「そろそろですね」
 ブリーフィングでの話をしてから緊張したのか、口数が少なくなった山本が久々に口を開いた。

 W.30城砦都市との市境に近付いてきた。
 今回もアウトロード共の襲撃は無く、無事に済みそうだった。
 後はホスゲンローリーをW.30市境警備隊の連中に引き渡し替わりにガソリンのローリー車を2台受け取って帰れば無事に任務完了。
 化石燃料の護衛オブザーバーなどいつもの事だ。
 毒ガスに比べればどうという事もない。
 ホスゲンローリーはW.30城砦都市を経由し、W.32城砦都市へ送られる。
 後は野となれ山となれ。

 朽ちた金属碑の向こうにW.30城砦都市市境警備隊のEーLAVと護衛装甲車に守られたガソリンローリー2台が見える。
 保はコンボイに停車指示を出し、丸腰で手続き書類だけを持ってEーLAVを降りた。書類のバインダーは赤い色だった。

 ― 赤い書類には注意が必要 ―

 マダム・モルガンの言葉が一瞬頭をよぎった。
『まさかな』
 先方の指揮官も書類を手に降りてきた。
 50代前半の始めて見る顔だった。
 白髪で口元に白い髭、パイロット用のサングラスを掛けている。
『良かった!』バインダーの色は黒だ。

 互いに敬礼を交わした後、右腕を上下に打ち付ける境警独自の挨拶を交わした。
 目の前の男も森林迷彩の上に少尉を示す階級ワッペンを赤い糸で縫いつけていた
『向こうでの流行なんだろうか?』
 ともかく保は自分から名乗った後、手続き書類を交換した。
「ほう、これがホスゲンローリー車ですか。思ったよりでかいですな!」
 確かに300m3のローリー車は巨大だ。
 相手の言葉に促され、保は左肩越しに振り返り、改めて感慨に浸ってローリーを見ながら書類のバインダーを開いた。
「ん?」開いた書類の一面に赤い血が飛び散っていた。
『赤い色の書類?』
「チッ、気が付いたか!」
 相手の指揮官が左袖の下からナイフを抜きざま、保に向かって突き出してきた。
 保は即座に右に振り返りながら、右手に持ち替えたバインダーでナイフを受け、そのままの勢いで左のミドルキックを放った。
 ナイフはバインダーの真ん中に刺さっている。だが相手は保の繰り出したミドルキックを難なくかわしていた。
『歳の割には動きが早い。こいつは侮れない』
 大型ローリーが邪魔でこの光景は企業側の護衛車両には見えていない。
『EーLAVの中の山本は何をしているんだ?まだ状況を把握してないのだろうか、あのバカが……』
「てめーら、アウトロードか!」
 向こうの指揮官は、2m程離れ左半身で立っている。
 そのジャケットの背中に刺された痕と、その周りに大量の血がこびり付いているのが見えた。
『やはりあれは、あの【爽やか野郎】の上着だったんだ。全員殺られたのか……』

「これでやっと、この汚ない上着が脱げる」
 そう言って目の前の男はジャケットを脱ぎ捨て掛けていたサングラスを外した。
 ……碧眼だった。
 ジャケットの下にはアウトロードにしては小綺麗な、上下ブラックの戦闘服を着ている。アウトロードというより、どこかの特殊部隊の様だった。

「罠だっ!全員状況開始!」
 マルチセンサーに向かい無線で全車に指令を送った。
 しかし、マルチセンサーのLCD画面には【電磁障害】と出ている。
「無駄だ。無線はおろか、レーダー、衛星トレースも無力化している」
 碧眼の男は嘲るように嗤って言った。
『こいつら普通のアウトロードじゃ無い』手口が洗練されすぎている。
「そいつは、俺が殺る」
 目の前の男を意識しながら横目で後ろを見ると、山本が例の自慢の野太刀を抜いて肩に担ぐ様に構えていた。
 こんな時だけは山本の野太刀は、はったりが効き頼りになる。
 その間に保は、この状況を仕切り直そうとした。
「頼んだぞ、山本!」
 そう言って、目線を目の前の男に移した時だった
 後ろから何かが保の右肩に突き刺さり、その直後、全身を激痛が襲った。
「なに勘違いしてるんだ?この猿野郎!」
 もがく保に声をかけてきたのは山本だった。
「ぎっさまー」激痛と痺れで声にならない。
 ホスゲンローリーの運転席の窓が割れ、そこからドライバーと、その助手が投げ出されるのが目に入ったが、今はそれどころでは無かった。

 投げ出されたドライバーが血だらけで護衛装甲車の上に墜ちたのを合図に、W.30市境警備隊に化けていたアウトロード共は、奪った装甲車やEーLAVで護衛装甲車に火力攻撃を始めた。
 市境の周りの地面からカモフラージュシートを剥いで、黒い戦闘服を着込み、アサルトライフルを持ったアウトロードの集団三十名程が、わらわらと出てきた。
 ホスゲンローリーと2台のガソリンローリー車が急発進で、その場を離脱する。
「装甲車両部隊は敵装甲車両を破壊次第、ローリー車と伴に緊急離脱しろ」
 保の蹴りをかわした碧眼の男がハンドマイクで指揮を執っている。
 味方の護衛車両は見る間に破壊されていく。完全に保達の負けだった。

「残念だったな。これであんたの経歴も地に墜ちたな」
 にやにやしながら、転がってもがき続ける保の顔を見下ろして山本が言った。
「暴徒鎮圧用のティザーアローだ。訓練でダミー相手に使ったが、自分がやられるのは始めてだろう?」
 ティザーアロー:射出式のスタンガンの一種で、小型の矢の先端がスタンガンになっており、刺さった相手に放電し続ける。又刺さった矢が外れても、ブローヘッド(鏃)は残ったまま内蔵バッテリーが切れる迄、放電し続ける様になっている。
「あんたが簡単にくたばらない様に電圧は調整してあるよ。そろそろバッテリーが切れる頃だ。だが暫くはまともに躰が動かねえよ」
 山本の言う通り徐々に電撃は弱くなってきている。しかし、苦痛と全身に広がる痺れはまだ続いていた。
 山本はEーLAVに戻り、保の刀を取り出すと、倒れている保の前に無造作に放り投げて言った。
「何が天響印流だ!俺は、てめーのスカした所が大嫌いだったんだ。刀を取れよ。てめーの得意な刀で殺してやるよ」
 保は震える手で刀(御津貞)を拾い掴むと、杖にすがる様にしながらヨロヨロと立ち上がった。
 ティザーの放電はやっと終わったが電撃でガタのきた躰は思うように動かない。
 小尻を地面に突き立て、左手で鞘に支えられ右手で柄を握り、躰全体を使い地面から引き抜く様な形で、なんとか御津貞を抜く事ができた。
 正眼に構えようとしているのだが、両手はおろか両足にも力が入らず少しでも気が緩めば、すぐにでも崩れ墜ちそうになる。

「弾を避け、鋼斬り裂く天響印流だ?やってもらおうじゃねーか。え、猿野郎!」
 山本は右肩に七尺一寸の野太刀を担ぎ、肩をゆすって近づいて来る。
「てめーはあの人を完全に怒らせちまったんだ。馬鹿が!長い物にゃあ巻かれときゃあいいものを カッコつけてツッパるからこんな事になるんだよ。一匹狼のつもりだったのか?この糞猿が!」
 そう言い終えると山本は、右肩に担いだ野太刀の柄に左手を添えた。
『まずい』
「くたばりやがれ」
 山本は走り込みながら保に向かってフルスウィングする様に野太刀をなぎ払った

 山本の初太刀を除けられたのは、単なる偶然に過ぎなかった。膝が崩れ、倒れた時に山本の野太刀が保の頭の上を閃り抜けた。
 野太刀に振られた山本はバランスを失い、野太刀を地面に突き立ててしまった。
 真っ赤な顔をして山本は突き刺さった野太刀を引き抜いたが、野太刀は中程から“くの字“に曲がっていた。
「俺の竜殺丸が!」
 自慢のコレクションが曲がった事で正気を失いかけている。
 保の方は徐々にだが、躰の自由が戻りつつある。アドレナリンが全身を駆けめぐり、頭の中ではエンドルフィンが大量放出されだす。
 両手に力が戻った。
『勝機だ!』
「猿野郎が、こっ殺してやる、殺してやる、殺してやる!」
 山本は完全に切れた様だ。
 太刀筋など、あったものじゃ無い。
 滅茶苦茶に野太刀を振り回し、正確には振り回され、斬りつけて来た
 今度は自分の意志でそれらを捌く。
 中程から曲がった野太刀は前以上にバランスが悪く、再び地面に突き刺さった。
 その瞬間、保は山本が切り返そうとするより早く躰を翻し、大上段からその野太刀の棟(みね)に向かって斜めに斬り込んだ。
 かすかな金属音がして、柄の先一尺を残し、山本の野太刀が真っ二つに斬れた。
「えっ?何……」山本は言葉を無くした。
「鋼切り裂く天響印、リクエストに応えたぞ」
 呆然として折れた野太刀を見つめている山本の喉元に御津貞の切っ先を突きつけて続けた。
「答えろ。誰の差し金だ?」
 左腕のマルチセンサーの中には、御里千鶴から貰ったデジタルボイスチップが入ったままだった。
 先程から気付かれない様にRecモードにしている。
「市長の岩村だ。ブリーフィングの前に呼ばれたんだ。今度のミッションで、あんたを殺せと……。俺はあの人に雇われただけだ。あんたを罠に掛けて殺しアウトロードと組んで中と外から安心と恐怖で市民全体を支配するのが、あの方の目的だ」
 そう言うと山本は、保の後ろを見て嘲笑いだした
「ヒャハハ、エテ公が勝ったつもりか?周りを見てみろよこの馬鹿が」
 振り向くと10m程離れた所には武装した黒衣のアウトロード三十名が並んでおり、保達を凝視していた。どうやら二人の戦いの決着を待っていた様だ。

 味方の護衛車両は全て破壊され、皆殺しにされている。
 残った連中の逃走車両を残し、戦闘車両とローリーは既に撤収していた。
 保達の乗ってきたEーLAVも彼等の後ろにある。この状況ではあっても仕方ないが、中に積んだままのアサルトライフルが気になった。
『爽やか野郎』のEーLAVも、何事も無く走り去っていた。
『自爆システムはどうなっているんだ?』
「何で自爆しないかって顔してるぜ」
 保の表情を読んだ山本が、にやにやしながら続けて言った。
「この前の俺の暴走は、衛星トレースを無力化させる実験だったんだ。しかし、こうもうまくいくとは思わなかったぜ」
「貴様、何をしたか判っているのか?」
 保は突きつけた切っ先を 山本の喉に突き立ててやりたかった。
「てめー殺して金まで入るんだ。何だってやってやるさ」
 悪びれた様子も無く答えると、山本はゆっくりと後すざり保から離れ、アウトロードの群に加わった。

 その時だった。
 保の蹴りをかわしハンドマイクで指揮していた碧眼の男が、右手に持った平槍で山本を突き通した。
「何するんだ!約束がち・・」
 男は槍に刺さった山本を足蹴にして槍から抜くと、転がった山本の死体に向け軽蔑しきった視線を送って言った。
「お前の役割は終わった。それにお前は少し喋り過ぎなんだ」
 吐き捨てる様に そう言い終えると、今度は保に視線を移して言った。
「見事だった。今度は儂と手合わせ願おうか。我はエインヘリヤル副将、互作・フォン・アルベルト。貴殿の名は何ぞ」
 歳のせいか、かなり時代がかった言い回しだ。
「W.29市境警備隊、第九部隊所属、天響印流が剣士、猿力保。御相手いたす」
 保も、つい相手のペースに嵌って時代がかった名乗りを挙げてしまった。
『どのみちこれが俺の人生最後の戦いになりそうだ』
 武人として悔いの無い様に戦い、死ぬ覚悟は出来ていた。

 互作・フォン・アルベルトがゆっくりと近付き、保の前に対峙した。
 先程、山本を葬った槍に目がいった。
 全長約五尺、柄が三尺、両鎬造りの穂先は普通じゃなく二尺はある。
 槍というより、剣の柄を長くした様な代物だ。
「用意は良いか?さあ始めようぞ」
『用意も糞もあるかよ』
 そう思いながらも保は御津貞を正眼に構え、心の中では死への恐怖と伴に、こみ上げてくる戦える事への喜びに打ち震えていた。
 思わず口元に笑みがこぼれる。
「嗤っておるのか。判る、良く判るぞ……」
 碧眼の男の口元にも、同じ笑みが浮かんでいる。
「いざ、ゆくぞ!」
 G.F.アルベルトが槍を繰り出してきた。体捌きと刀を使い槍を凌ぐ。槍と刀が触れ合う度に火花が散った。
 保は繰り出してくる槍の柄を斬り落とそうとしているのだが、穂先が長すぎて容易に出来ない。
 先程の電撃のダメージが抜けきっていない。
 息が上がり肩で息をしている。
『体さえまともならこんな奴……クソッ、泣き言を言うんじゃ無い』
 意識して鼻で呼吸する。動きながらもなんとか呼吸が戻ってきた。

 G.F.アルベルトが槍を突きだし、保が刀で受ければ、穂先でからめる様に刀の棟を押さえ、更に喉に付き込んでくる。
 保は、それを右足を引き左半身になりながら、擦らせる様に柄を持ち上げ、切っ先を下にして刀を立てて刃で受け、そのまま頭の上で手首を返し、右足を踏み込み右袈裟に斬り込んだ。
「甘いわっ!」G.F.アルベルトは右足を引いて保の切っ先をかわした。
 保は刀が流れない様に止めた。
 そのつもりだった……。
 だが相手の動きの方が早かった。返した槍の穂先を保の刀の棟に当て落とした。
 切っ先が地面をえぐる。
「やばっ」
 G.F.アルベルトが地面に落ちた刀の先を滑るようにして出した右足で踏みつけた。そして一度槍の柄を右手で高々と持ち上げ、次の瞬間、御津貞の棟に向かって槍の穂先を真っ直ぐに突き降した。

 再び微かな金属音と伴に、今度は保の御津貞が斬られた。

「チッ!」
 一瞬ひるんだその隙をついてG.F.アルベルトが保の肝臓を突きかけてきた。
 折れた刀で受けはしたものの、槍の穂先が脇腹をかすめていった。
 そして右のサイドキックがそれに続き、もろにくらった保は3~4m後ろに蹴り飛ばされた。
「ぐっ!」
 咳き込みながらも、なんとか顔を上げた。
 G.F.アルベルトは、先程の場所から動かずに保が立ち上がるのを待っている。

 傷口から鮮血がしたたり落ちる。
 内臓迄は達していない。
 軽傷だと自分に言い聞かせる
 アサルトライフルは奴等に奪われた車の中、そして御津貞も折れた。
 文字通り、矢尽き刀折れの状態だ。
 おまけに脇腹にも穴を空けられている……。
『だが、天響印流は総合戦闘術だ!素手対武器でも充分戦える。
 ただし、今の相手はかなりの手練れだ。こいつは正確に俺の肝臓を狙ってきた。なんとかかわせたが手傷を負ってしまった次はかわせるのか……クソッ!』

 折れた刀を捨て、ゆっくりと立ち上がった。

 保に残された武器は、やせ我慢と空元気だけだ。
 右の脇腹に激痛が閃る。
 歯をくいしばり、口元だけを吊り上げてニッと嗤い、右半身に構えた。
 目の前で勝ち誇っているG.F.アルベルトに軽く右手を突き出して保が言った。

「SHALL WE FIGHT?」
「YES PLEASE」
 にやりと嗤いながらG.F.アルベルトが走り込もうとした時だった

 G.F.アルベルトと保の間ど真ん中に40mmグレネード弾が飛びこんできた。
「なに?」二人は、ハモりながら伏せた。
 グレネードが着弾し轟音と閃光が辺りを包んだ。
『もう死ぬな……』保は観念した。
 破片が飛び散り、保の躰を引きちぎる。
 と、思ったが、破片は飛び散らず、替わりに真っ黒い煙と大音響が辺りを包み何も見えなくなった。
 保自身、パニック寸前だったが、周りにいた全てが恐慌をきたしている。
 煙幕と轟音の中、銃声と怒号が響く。

 そんな状況の中、ゆっくりと煙が引いてゆき、保を含め今までそこにいた全員が呆然自失の状態になっていた。
『スモーク・スタングレネードか……』
 ぼんやりとした保の頭にその名称が浮かんだ。

 煙の晴れ間から、二つの影がゆっくりと近付いて来た。
 黒い影と赤い影。
 保は妙な夢を見ている様な気分だった。
 保だけではない、周りを囲んでいた連中も、
 そしてG.F.アルベルトですら呆けた様にその影を見つめている。

 奇妙な二人組だった。
 男は短い銀髪を逆立て、ダブルの黒い革のロングコートに革パンツ、そして柔らかそうなロングブーツを履いている。
 ダブルのコートは胸元まで釦で留められ立てた襟をダブルのバンドで留めていた
 その風貌は拘束衣の様にすら見える。
 ロングコートの左肩辺りには、キャタピラを思わせる鎧袖が付いていた。
 前時代の当世袖と呼ばれた物に良く似ていて、黒糸威(くろいとおどし)したステンレス・プレートの小片が無数にきらめいている。
 その左肩から柄が出るように、背中に斜めに大刀を背負い、右の腰には太刀拵えの大脇差しをコートのベルトに佩いていた。

 もう一人は女だった。
 歌舞伎の獅子頭を思わせる金髪のボンバーヘアー、そして真っ赤なリボンを頭の上で大きく蝶々結びにしている。
 そのリボンと同じ真っ赤な革ジャケットの両肩には、黒い大型のアーマーパッドが一組み、更に二の腕辺りまで小型のアーマーパッドがいくつも付いている。
 袖ジッパーが開いており、両腕にアームガード、革手袋の甲の部分にもメタルパッドが付いていた。
 革ジャケットの前ははだけ下にはわざとあけた様な無数の切れ目のある黒いTシャツを着ている。その切れ目の間から黒いブラジャーと白い肌が見え隠れしている。
 こんな状況でも、ついついこういう所に目が行く
 悲しい男の性か、保は、つくづく自分の脳天気さにあきれしまった。
 左腰に鉈の様な刃物を吊っている様だ。
 ブラックジーンズの膝には赤いメタルパッド。
 足回りはオフロードライダーブーツの様なシンガードの付いたブーツで決めている。ブーツの色は黒、シンガードの色は赤だ。

 ランウェイ上のモデルの様に、流れるかの如く保の方に近付いてくる。
『デカ面が言ってたのは、こいつらか……』
 装飾された一対のスティレットを連想させるダンサーの様なしなやかな体に端正な顔付き。
 この場違いな二人組に、保はおろか全員の動きが止まっている。
 二人は保の前で立ち止まり保を起こすと、男の方が口を開いた。
「迎えに来たよ、保」
 保は、まだ状況を把握できなかった。
「タモッちゃん、タモッちゃん、大丈夫?」
 女がかがみ込んで、下から心配そうに保の顔を見つめる。Tシャツの襟元が弛み、間から胸の谷間が覗いている。
 女が言った自分の名と、二回続けて呼ぶその呼び方に覚えがあった。
「まさか、騒?乱?」半信半疑で二人に問いかけた。
「やっと気付いたか、つれない奴だな」騒が優しく笑って答える。
「タモッちゃん、タモッちゃん、腕挙げて」
 乱は背中に刺さったブローヘッドを抜いた後、保のアサルトベストとシャツをめくり上げ、自分の赤いジャケットから取り出した止血剤をかけ、長めのスカーフを出して、保の脇腹と肩に巻き付けた。
「有り難う。乱、綺麗になったな」
 芽衣母さんに良く似て子供の頃から人形の様に美しい女の子だったが、今のこの無茶苦茶とも言える出で立ちでも、充分その美しさを放っている。
 たれ目を気にしているのか、目尻のアイラインを上げている。
 そのままでも充分魅力的だと思うのは、幼なじみの贔屓目ではあるまい。
「キャー嬉しい、タモッちゃん大好き」
 そう言って乱は、はしゃいだ。
 この大好きがくせ者で、彼女の保に対する感情は『LOVE』では無く、
『LIKE』なのだ。どちらかと言えば犬や猫が好きといった感情に近い。
 保はそんな事を考えながら乱に聞いた。
「何で、ここに来たんだ?」
「うん、あのサイドカーで」
 乱の指先20m程の所に大型のサイドカーが停まっていた。
 その船の中に単発式のグレネードランチャーが入っているのが見える
「手段じゃなく理由の方だ」
 と言おうとした時、我に返ったG.F.アルベルトが叫んだ。
「同窓会はそこまでにしてもらおう。貴様ら状況が解からんのか?」
 二人と再会し、G.F.アルベルトが我に返るまで1~2分位だろうか。
 乱は気にせず、保に色々と話している。
「それでね、タモッちゃん大変だったんだよー」
「本当に状況がわかっとらんのか?少しは人の話をきけよ!」
 G.F.アルベルトが業を煮やして言った。
 残りの連中も正気に戻ってきている。一時的にパニックになり同士討ちで二人程死んでいるが、この連中は完全に訓練されている様だ。G.F.アルベルトの命令に先走って攻撃してくる者はいなかった。

 状況はいぜん、保にとって圧倒的不利だが、この場のペースを握っているのはこちら側だった。
『これも騒と乱、二人の能力(ちから)か……』
「途中で横槍入れて悪かったな」
 悪びれた様子もなく騒が言うと続けた。
「今こいつに死なれると、俺達が姉様(ねーさま)に殺されかねんからな。それにこいつが死んだら、姉様がひどく悲しむもんでな」
 姉様(ねーさま)と、この二人が呼ぶのは一人しかいない。保の愛する静だけだ
「静が来ているのか?」
 思わず乱ににじり寄る。
 乱が無邪気に笑って答えた。
「うん、姉様に言われてタモッちゃんをガードしてたんだよ」
『間違いないスナイパーチームから俺達を守ってくれたのもこいつらだ』
 話を続けている保と乱を後目に、騒がG.F.アルベルトに言った。
「そこで提案だ。くたばりかけてるこいつと伴に俺達が、お前ら全員を相手にするってのはどうだ?」
 自信たっぷりに言い放つ。

「いいだろう、我が名は、互作・フォン・アルベルト、これから死に行く貴様らの名を聞いておこう」
 G.F.アルベルトが再び名乗りをあげた。相変わらずアナクロな奴だった。
「天響印 騒。そしてこいつは妹の乱だ」
 騒は乱を親指でさして言った。妹といってもこの二人は二卵性の双子だ。
 それにタメ口をきいているものの、この二人は保より2つ年下だ。だが乱はいざ知らず騒の方は保より落ち着いており、保より年上の様に感じる時もある。そんな事もあって子供の頃からこの三人は、こんな調子があたりまえだった。
 10年ぶりだが、昔とまったく変わる事の無いこの二人が嬉しかった。

「で、どうする?銃でやるか?刀にするか?」
 何して遊ぶか?という感じで、騒が聞く。
 騒のロングコートには、切れ込みの深いサイドベンツが両側に入っており、右大腿部に付けられた大型のサイホルスターが見え隠れしている。
 注意して見ないと気付かないが、乱の革ジャケットの背中の微かな膨らみも気にかかる。
「たかが三人相手に飛び道具というのも風情が無い。刀で勝負だ!全員抜刀、近接戦闘開始」
 G.F.アルベルトの命令で二十八名のアウトロード共が一斉に抜刀し、にじり寄って来る。
 刀ではなく、槍や斧そしてバフヘッドとよばれる大型のククリ刀を持っている連中もいた。

 騒は右腰に付けた太刀拵えの大脇差しを保に渡すと言った。
「こいつを貸してやるよ。麗聞(レイブン)だ。今度は折られるなよ」
 そう言うと背中の大刀を抜いて奴等に斬り込んで行った。
「タモッちゃん、タモッちゃん、後でケーキ食べに行こっ!」
 乱はそう言って左腰から護拳の付いた鉈の様な刃物を抜くと、その鉈が二つに分かれた。
『胡蝶刀か?』
 二つに分かれた胡蝶刀を両手に握って、騒と反対方向の敵に斬り込んで行った。
「こいつは……」
 残された保は騒から借りた大脇差しを抜いて驚いた。
 レイブン(大烏)とはよく言ったものだ。 
 切っ先両刃造り、小烏丸写しの大脇差しだった。
 刀にしては珍しく、刃の中程から両刃になっている。その為恐ろしく早い切り返しが出来るのだ。ただしそれなりの腕は必要だが。
 鎬筋三分の二に一本、峰の重ね部分に一本、裏表に樋が掘られている。刃紋は鎬を中心に焔が揺らめいている様に見える。
 力がみなぎってきた。保は、なんだか無敵になった気分だった。脇差し一振りでここまでハイになる自分の単純さが今は嬉しかった。
 保は麗聞を握り正面から来る奴等に斬り込んで行った。

 バフヘッドを振りかぶった奴が斬りかかってくる。保は身体を沈め下から斬り上げた。ヒュッと言う独特の風斬り音がして、バフヘッドを振り上げた男の右手首がとんだ。そのまま男の手首が地面に落ちる前に、袈裟に斬り返して終わらせた。
 右後ろから刀で斬りかかって来た奴に、右手を返し逆手にした麗聞で、右の肘鉄くらわす様に突き込んだ。
「ぐっ!」
 妙な声を出して襲撃者は事切れた。
 動く、動く、動く!
 先程とは拍って変わり、思い通りに躰が動く。
 例えるならギンギンのスラッシュメタルを聞きながら、流れに沿ってゆっくりと車を運転している。そんな感じだった。
 周囲を見る余裕も出た。保達三人を相手に混戦状態になっている。
 騒は既に六人程倒している。
 乱はたった今、五人目を倒した所だ。
 六人目が乱に斬りかかろうとしている。

 その乱の5m程後ろで、一人の男がハンドガンを抜いた。
「乱!後‼︎」
 保が叫ぶのと、乱が振り向くのと、男が撃つのが同時だった。
 その瞬間、乱は真っ直ぐに飛んできた弾を左手の胡蝶刀を逆手にして受けた。
 軌道を逸らされた弾はどこかへ飛び去った。
「あぶないじゃない!」
 悪戯した子供を叱る様な口調で言うと、斬りかかろうとしていた六人目を無視して乱は銃を撃った男の方へ、くるりと振り向くとトコトコと歩いて無造作に近付いて行った。
「何だ?この女??」
 あまりにも無造作に近づいてくる乱に怯えて、銃を構えた男は立て続けにトリガーを引いた。
 その弾の軌道を逆手にして両手に持った胡蝶刀で、難なく逸らしていく。
「この糞アマがー」
 斬りかかろうとしていた男は、無視された事に腹を立て後ろから乱に斬りつけたが、その刀が乱に振れる寸前、乱によって逸らされた弾が、斬りつけた男の眉間を貫き男は敢え無く崩れ堕ちた。
 そんな事も意に介さず、銃を持った男の前に乱が立ちはだかった。
「人が一生懸命戦っているのに、何で後ろから撃つ訳?」
 そう言うと、順手に持ち替えた右の胡蝶刀を下から振り上げ、コッキングしている銃のハンマーを斬り飛ばした。
 面食らった男はトリガーを引いたが、ハンマーの無い銃はカチカチ音をたてるだけだった。
「こんな時何ていうの?」乱が男に聞いた。
「うう、あっ」
 40過ぎの貧相なその男は、本当に叱られた子供の様に声にならない声を出し俯向き固まっている。
「御免なさいでしょ、御免なさいは?」乱が言うと男は泣きながら言った。
「ご、ごめんなさい……」
「解ればいいわ、もうこんな事しちゃだめよ」
 そう言うと乱は戦列に戻った。
 残された男は跪いたまま泣いていた。  
 その間、保と騒は、乱の対戦相手をも引き受けていた。いつの間にか騒と背中合わせになっている。
「このままでは、埒があかん。全員火器攻撃に切り替えろ」
 G.F.アルベルトが叫んだ。
 騒が右大腿部に付けたサイホルスターから銀色の大型オートマチックを抜き出し、連中が一斉に銃を構えようとしていた時、低空で近付いてくるヘリコプターのローター音が響いてきた。
「攻撃中止!全員撤収」
 状況を把握したG.F.アルベルトが即座に撤収命令を出した。
「姉様だ」乱が叫んだ。
「何、静か?」保の表情が変わった。
「保、逃げるなら今の内だ!」蒼い貌で、騒が保に振り返り言った。
「どういう事だ?」保が騒に聞き返す。
『静が来るというのに騒は何を言っているんだ?それにこいつの怯え様は何だ?』
「保、よく聞け。俺はお前が姉様とくっつくのに異存は無い。だがな、姉様は昔の姉様じゃ無いんだ。俺も直接会うのは久しぶりなんで怖いんだ」
 気配がして振り向くと、騒と同じ表情をしている乱が立っていた。
 こうしている間にもG.F.アルベルトの兵達は我先にと逃走車両の方へ走り逃げ去っていく。

 その時ヘリが現れた。地上3m、開かれたヘリのサイドドアから白装束の女が飛び降りた。ローターの作り出す嵐で乱れ上がった女の黒髪が、一瞬羽根を広げたかの様に見える。女は重力など存在しないかの様に、ふわりと地上に降り立ち、その後ろでは砂煙を上げてヘリがホバリングしている。
 白装束の女は何事も無かった様に保の方に近付いて来る。
 素手だった。
 その頃には生き残ったG.F.アルベルトの兵のほとんどが、逃走車両で遙か彼方へと逃げ去っていた。保のEーLAVも奴等に奪われた。
 しかし、どんな時にも間の悪い奴がいて、二人組みの黒い兵士が突然現れたヘリに驚き硬直して逃げ遅れ、置いてけぼりをくらっていた。
 その二人が逃走車両への道を塞いでいる白装束の女に発砲した。
 女は自然に歩いているだけだが、アウトロード共の弾は逸れてゆく。
『天京院流奥義:ゆらぎ』
 先程、乱が使ったのと同じ技だ。無造作に歩いている様に見えるが、相手の弾道と躰の動きを見切り、弾道を最小限の動きでかわしているのだ。
「邪魔だー、死にさらせ!」
 業を煮やして二人の男が刀で斬り込んで行った。
 飛び出そうとする保の袖を掴んで騒が制した。保の眼を見ながら首を横に振る。
 女は始めに斬り込んできた男の刃筋をかわし、刃が流れた男の両手を左手で下から添え、右手を上から男の刀の棟に当てて、男の体の方へ押し込んだ。刀の切っ先が股の下から突き上げ、男は事切れた。
 その刀を奪うと同時に上段水平に閃らせ、直後に上段で斬りかかってきた最後のアウトロードの両腕と伴に首を斬り落とした後、刀を捨てて、何事もなかった様に歩き出した。
 女の白装束には、返り血ひとつ付いていなかった

「あれが静か?」騒と乱が黙って頷く。

 ゆっくりと歩いてきた静が保の前に立つ
 七分袖の白い薄手の道着に白袴、道着が透けて、白い肌の胸元に白い晒しを巻いているのが解る。
 白足袋に女物の白下駄、鼻緒は唇と同じ紅い色、細い腰に巻かれた赤い道着帯。
 その腰まで伸ばした癖のない真っ直ぐな黒髪。

 何者であろうと彼女を穢す事はできない。

 そしてその瞳は邪心や穢れのまったく無い、吸い込まれる様な美しい瞳だった。
 雲一つ無い、極寒の満月の夜、透き通った湖面に映った月の様だ。
 その月に触れようとすれば凍てついた水の中に吸い込まれる。そんな瞳だった。

 だがそれは保の知っている静の眼ではなかった。

「保さん、やっと逢えましたね」静が言った。

 10年前とまったく変わっていない。
 どう見ても黙ってさえいれば、乱の方が年上に見える。 
 だが、凛として落ち着いた雰囲気は紛れ様も無く長女の、そして長らく人を統べてきた者のそれだった。
「静……」
 もっと色々話をしたかったが、どうしようもない倦怠感が保を包み込んだ。
 保はやっとの思いで静の名を呼ぶと、目の前が黒いベールに覆われた。

  第五話 https://note.com/1911archangel/n/nb74b9dd4d5a1

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