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アウトロードハンター(外道狩り) 第五話

(3)エインヘリアル その2


「ここは……」
 気が付くと、保は豪華なキングサイズのベットにTシャツに短パンといった恰好で寝かされていた。胸と腹には綺麗に包帯が巻かれている。
「気が付きましたね、保さん」
 ベットの横に背筋を伸ばして椅子に座っている静がいた。
 今は道着では無く上質な白い和服を着ていた。
「ここは、カイザーズホテルのVIPルームです。よほど疲れていたのでしょうね。保さん、丸一日寝ていたのですよ」
 例の瞳のまま静が優しく言い、保の表情を読んで続けた。
「心配はいりません、保さん。あの事件の尋問という形で、五日間あなたをここに止めおく許可を境警司令官の鴻上准将から頂いていますし、あなたの生死は准将しか知りません それにここならガードは完璧です」

 静に対して質問しようとしていた時
 ベットルームに入って来た乱に邪魔された。
「タモッちゃん、タモッちゃん、気が付いたのね良かった!姉様ね、ずーと付きっきりでタモッちゃんの事、看病してたんだよ」
 入って来るなり乱が明るく笑って言った。
 騒はいなかった。

 カイザーズホテルといえば地下8階層のVIP居住区にある最高級ホテルだ。
 そのVIPルームとは……。
『どうりで高そうな調度品が並んでいるはずだ』
 乱の声をよそに、ゆっくりと保は辺りを見回していた。
「乱ちゃん、御免なさい。暫く保さんと2人きりにさせてくださいな」
 静がそう言うと、眼を合わさずに素直に乱が出ていった。
 騒の言う通り、たしかに昔の静と違っている。
 昔の静なら乱の気が済むまで、乱の話をにっこりと笑って聞いている筈だった。
『だが静は静だ』保の思いは変わらない。
「きつい女になったと思わないで下さいね。あの子達は私のこの眼を怖がっているのです」
「何があったんだ?昔のお前はもっと優しい眼をしていた」
 静の眼を見つめて言った。
「聖眼(ホーリーアイ)です」
「昔、師匠に聞いた事がある。天響印流最終奥義……本当にそんな技があったのか」

 【聖眼】
 相手の心を読み未来を読む。時間軸を統べる事で、意識せずとも流れ弾を含む全ての攻撃をかわす事が出来る。
 前出の【ゆらぎ】の場合、意識的に極限状態に自分を追い込み、動体視力、身体感覚を研ぎ澄ませる事で相手の動き、呼吸、気配等を感じ、たとえ銃撃であろうとその攻撃を避ける技だが認識していない相手からの攻撃は避けることが出来ない。
 ここが今の静との大きな違いだ。
『その瞳を持つ者は、やがて全てを癒す』と、師匠は語ったが、当時はおとぎ話だと思っていた。

「あなたと離れてから、あなたに再び逢う為に必死で身に付けた結果なのです」

 そう言うと静は、これまでの十年間を語り始めた。
「センターシティーに着いてから、始めの二年間位は、食べ物にも困る様な生活が続きました。だから玲子母さんや了父さん(保の両親)が殺されたのをニュースで知っても、何もする事が出来なかったのです。二年目の夏に行われた国軍と警察主催の武術格闘大会に一家で参加して、全ての部門で優勝し、実戦で使える武術を求めていた彼等に天響印流を教える事になり、なんとか生活できる様になりました。すると今度は、忙し過ぎてそれ以外の事に手が廻らず、今日まで来てしまいました」
 詫びる様に静が言った。

「ところで、師匠は元気なのか?」
 保が聞くと、相変わらずあの眼で無表情だが、少し暗い口調で静が答えた。
「五年前に聖眼を身に付けた私と立ち合って私に破れ、その時の怪我とショックで引退し今では憑き物が落ちた様に遊び廻っています」
『遊び呆けている師匠というのは想像しにくいが、静の言葉に嘘は無いだろう』  
 保は師の現状を思い描いたが、想像できなかった。
「と言うことは?」
「今では、私が天響印流総合戦闘術の六代目宗家なのです」
 静がゆっくりと答えた。 
 再会した時から、何となく保は解っていた。
「一度にいろんな事がありすぎて、質問責めにしてすまないが……。何故、今このタイミングで帰ってきたんだ?あのアウトロード共に関係があるのか?」
 本当はもっと静とは艶のある話をしたかった保だが、残念ながら今はその時期ではなかった。

「では、本題に入りましょう。私達が此の地に帰ってきたのには、二つ理由があります。一つ目は、エインヘリヤルの討伐」
「エインヘリヤル?」
 どういう意味だと、静に目で問う。
「意味は、死んだ英雄達……北欧神話です。最後の戦いの為にヴァルキュリアによって集められた、勇敢な戦死者達の群」
 ゆっくりと静が語った。
「あいつらは一体何者なんだ?」
「彼等は元W.28城塞都市の市境警備隊員達です」
 そう言うと、静は再び語り始めた。

 静の話はこうだった。
 20年前、W.28城塞都市は地下最下層で漏洩した水素ガスの爆発により壊滅し、生き残った人々は近隣の都市に受け入れられた。
 しかし、どこの市も、ここの市境警備隊員達を受け入れようとはしなかった。 
 W.28城塞都市では境警に外人傭兵を起用していたからだ。
 締め出しをくらった彼等は壊滅した都市を根城にそれなりに暮らしていた。
 中央政府は、そんな彼等を密かに監視の元に置いていた。

 だが、二代目リーダー{オジャルカ E カーライル}に替わり、とんでもない物が壊滅した都市の地下深くより発見された。
【攻城機動兵器】
 内戦末期に造られたと噂された幻の兵器。
 それを組み上げた彼等は、アウトロードとして行動を起こしだした。
 静達に与えられたのは、その兵器の封印及び彼等を壊滅させる事。

「本当なら、政府の特殊部隊で簡単に片付くのですが、越境行為などと見なされ再び内戦状態になるのを恐れて、政府は民間人である私達に国発手形を与え、特別に国発手形を持つハンターとして私達を雇ったのです」
「ハンターって、静、ハンターがどんな物か解っているのか?」
 保を含め、人々はハンターを最低の連中だと思っている。
「アウトロードと同義語、最低の連中……。そう呼ばれる事になってでも、あなたに逢いたかった」
 言葉を句切り一呼吸して、静は続けた。
「二つ目の理由それは、あなた……」

 そう言うと静は、目を閉じ顔を伏せた。
 そして、ゆっくりと顔を上げ目を開けた。
「静!」
 そこには、あの懐かしの優しい瞳をした静がいた。
 その瞳から大粒の涙を流し、静は小刻みに震えていた。
 おもわず保は静を抱き寄せた。
「どうしたんだ、静?」耳元で優しく囁いた。
「保さん、私・・私、怖いの……何人もの人を殺したし、父さんにまで大怪我させて平然と生きているのですもの」
 小刻みな震えは、嗚咽に変わっていた。
「聖眼なんて嘘よ。あんな物、意識を遮断しているだけじゃない。私、この5年間一度も普通の眼に戻る事なんて怖くて出来なかった。私の犯した罪、私を殺そうとする人達……、元老院からの無理難題の依頼の数々。今や大所帯となった天響印の宗家としての重責、その他全てをあの眼で誤魔化し、逃げていただけなのです。可笑しいでしょ?こんなに怖がって逃げているだけの私をあの子達が怖がるのですもの。血を分けた身内にすら恐れられて生きてゆくなんて……」
 保の腕の中にいる静は、完全に十年前の静だった。
 その静は少し体を離すと、保の眼を見つめながら言った。
「保さん、私と結婚して下さい」
 保が返事をしようとした時、静は保の唇に右の人差し指を立てて制し、涙に濡れながらも真剣な眼で続けた。
「ただし、これには条件があります。聖眼を使っている本気の私と立ち合って勝つ事」
『なんてこった。今の俺では太刀打ちできない』
 あの時の手練が脳裏によぎった。
「もちろん、今すぐというわけにはいきません。その為にあの子達を あなたに付けます。あの子達と一緒に修行の旅に出ていただきたいのです」
「つまり、ハンターになって、花婿修行に出ろと言うわけか?」
「ええ、この地上で私に勝てるのは、あなたしかいませんから。それに私が愛しているのは、あなただけですもの」
 すがるような眼で保を見つめながら、静が続けた。

「御願い、私に勝って……そして私を守ってくださいますか?」
 愛する静に言われれば、どんな条件でも呑むしかない。
「解った。お前を倒し、お前を救ってやるよ。静……」
 そう言って、保は再び静を抱きしめた。
「保さん、この十年間寂しかった……」
 静は、そう言うと唇を重ねてきた。

 それから十年分の隙間を埋めるかの様に二人は、三日三晩愛し合った

 ホテルに着いて五日目の昼過ぎ、保が目を覚ますと、静が乱の部屋に電話している所だった。
「あっ、乱ちゃん、起こしちゃった?御免なさい」
 モニターに映った乱が、静を見て驚いた。
「姉様、姉様どーしたの?昔の姉様だっ!」喜ぶ乱に、静が言った。
「乱ちゃん悪いけど、お使いに行ってくださいな。今から言う材料を買ってきて下さい」
 電話を終えると静が、振り向きニッコリと保に笑いかけた。
『やはりこれこそ俺の静だ』保は、ベッドから微笑み返した。
「ここを選んだのは、ここにはキッチンが付いているからなの。高級ホテルなのに変わっているでしょ?本当はVIP専属のシェフが使う為の物らしいけど、あとで腕を振るうから待っててくださいな」
 上機嫌で鼻歌を歌いながらキッチンを探っている

『仮初めの幸せか……』
 保も静も痛い程、良く判っている。
 明日になれば、保は境警に戻りあの事件の査問会議が待っている。
『今度は5㎏の減量じゃ済まんだろうな。20㎏は落ちるかも?あっ、そうなりゃ今のレスラー体型から、騒の様なダンサー体型に変われるぜっ!そうすりゃ少しはモテる様になるだろう……』
 等と、無理矢理ポジティブな方向に思考を持って行こうとしたが、胸につかえる思いは晴れる事は無かった。
『しかし、山本のおかげで、あのゲス野郎の息の根が止められる』
 証拠は左腕の中だ。

 御里千鶴の事は、静に頼んでケリはついた。

 市長が自分達の本当の仇だという事を保は静に黙っていた。
『奴の事を知れば、こいつらだけで斬り込みかねない』
 そう思ったからだ。
『だが静は、もう気付いている』同時にそんな気もしていた。
『後は俺を罠に掛けた奴に借りを返すだけだ。まあいい、今日一日は、この幸せを噛み締めよう』そう決めて保は暗い考えを払拭した。

「なーに、騒も乱ちゃんも食事の時には上着くらい脱ぎなさいな」
 静は夕餉の支度をしながら、保と伴にテーブルに付いている騒と乱に優しく言うと、再びキッチンに戻った。
「保、姉様どうしたんだ?」
 素直に黒い革コートを脱ぐと、二つ折りにして椅子の背に掛けながら、今、見た光景を信じられない。といった顔で騒が保に聞いてきた。
「愛の奇跡ってやつさ」これは本当の事だ。
「騒ちゃん、騒ちゃん、言った通りでしょ」
 同じように赤い革ジャケットを脱いで、椅子の背に掛けた乱が騒に言った。
「二人とも、お行儀が悪いわよ。ちゃんとクローゼットに仕舞いなさいな」
 見ていたのかキッチンの奥から静の声がした。
「はい、姉様」
 二人はハモって応えると素直にコートとジャケットをクローゼットに仕舞った。
「乱、何だそいつは?」
 乱の背中にはホルスターが付けられ、小さなブルパップ(後方装弾)型のアサルトライフルが吊られていた。
「あっ、これ?アーゲンタインMA5マイクロ・アサルトライフルだよ。4.45mmで装弾数50発、火器戦闘用だよ。サイレンサー仕様だから音も静かなんだよ」
 ちいさな女の子が、お気に入りのオモチャを自慢するように乱が答えた。
「まったく、背中のそいつといい、胡蝶刀といい派手な武器が好きだな」
「胡蝶刀じゃないわ。三代目宗光作、対之鬼包丁(ついのおにぼうちょう)よ。右が御神鎚(みかずち)で、左が神無刃(かむじん)って言うの」
 乱はにっこり笑って言った。
「だがな片刃だと斬り返しの時、不便じゃないのか?」
 先程の戦闘中に思った事を乱に聞いてみた。
「慣れればそうでもないわ。それに見て見て、このフインガーレストに人差し指を掛けて、刃筋を調整してるの」
 対之鬼包丁の人差し指があたる部分は深くえぐられ、サブヒルト(指を掛ける為の予備鍔)の役を担っている。
 これによって刃の向きを完全に制御し両刃と変わらない斬り返しができる。
 尤も腕が良くなければ、そんな芸当はできないが

「騒、お前の刀も凄いな」
 保は武器の自慢がしたくてウズウズしていた騒に話を振った。
「そーだろ保、刃物はやはり日本刀だよな!」
 騒も子供の顔に戻って話し始めた。
「脇差しの麗聞は見たな」
「あれ本当に脇差しなのか?二尺以上ないか?」騒に聞いた。
「残念だったな。あいつは刃渡り一尺九寸九分だから大脇差しなんだ。まあ正確に言えば小太刀だな。それに柄は七寸あるから刀とあまり変わらない使い方ができるんだ。だが、こいつはもっと凄いぜ」
 そう言って先程背負っていた大刀を抜き、保に渡した。
「初代宗光作、斗浪(となみ)だ」
 将に大業物と呼ぶにふさわしい一振りだった。二尺四寸二分、身幅やや広、重ねが厚く中切先の濤乱刃、その刃紋は波がしぶいている様だ。
『戦う波……斗浪か』
「見た目よりかなり軽いだろ。この樋のおかげさ」
 斗浪の表裏には長い樋が掘られていた。一見矛盾する様に思えるが、樋を掘る事で刀はより強くなる。樋が掘られた事で表面積が増す。その分、腰が強くなり、折れたり曲がったりしにくくなるのだ。反面、一度曲がれば修復しづらいというデメリットもある。
 それともう一つ、樋には刺突の際に刺した体と刃の間が真空状態にならない為の血抜き溝の役割がある。
「鍔はステンレスに銅を挟み込んだ積層構造だ。包み込んであるから、そうは見えないだろ?」
 縁と縁頭はステンレスの削り出し、柄は黒革糸巻き、鞘は銀色のアルミで包み込んだ、対アウトロード拵えというやつだ。太刀拵えの麗聞はこれにベルトが付く。
「ちょっと待て、こいつも乱のやつも、あの宗光の作か?」
 無光宗光・レイレス ブレードキャリングシステムを開発した伝説の天才刀鍛冶
 銃と刀が混在するこの時代、刀が最強の武器である事を証明する為、一生を捧げた男。
「ああ、三代目とは友達なんでな。俺達の刀は全て宗光作だ。それよりこいつも見てくれ」
 そう言って右脚のサイホルスターから巨大な銀色のオートマチックを抜き出した
「なんだそいつは?ショットガンか?」騒の抜き出した銃を見るなり保が言った。
「いいや、こいつはれっきとした拳銃さ」騒が保の前に銃を差し出した。
「口径4.45㎜、NEMO―TEC(ネモテック)M60 閃電だ」 
 放熱リブが付いた8.5インチのトライアングル・ヘビーバレルの下に、ショットガンのフォアグリップにも似たヘリカルマガジンが付いている。
 保は【閃電】を握ってみた。ずっしりと重い。フルロードで2㎏近くある。
 しかし、手に吸い付く様なグリップがその重さを軽減していた。
「えらく重いな。何発入るんだ?」
「ハンドガンでは最速の4.45アサルトカービン弾が25+1発」
「最速ってどれくらいなんだ?」
「初速は秒速980m。弾頭重量は5gだ」
 それがどういう事か解るか?と試す様な眼で騒が保を見る。
「化け物じみた破壊力だな」
 保が答えた。小口径ながら威力は大口径拳銃を遙かに凌いでいる。
「しかも弾頭はMoW……タングステンチップにモリブデンジャケットのやつだ」
 更に騒の解説に熱が入りだした時、
 姉さん被りに白い割烹着を着て赤い鍋掴みをし、大鍋を抱えた静が入って来た。
  メニューは匂いで解っている。保の大好物のカレーだ。

「あらあら、そんなオモチャは片づけて御飯にしましょう」
 騒はいまだに信じられないといった顔をしながら得物を納め、静を見ていたが、同時に昔を懐かしむ様な穏やかな表情になっていた。
「どう?おいしい?」
 保の隣に座った静が覗き込むように聞いてきた。
「うん、うまい!芽衣母さんと同じ味だ」
 芳醇なスパイスの香りと、口に入れると舌先でほぐれてゆく牛肉、それでいて野菜は煮くずれしていない。
 子供の頃、芽衣母さんが作ったカレーとまったく同じ味だった
「あっ気が付いた?母さんと同じ、圧力鍋の魔法よ!」
 嬉しそうに静が保に言った。微笑み交わしていた二人だったが、泣きながら一口一口噛み締めている騒と乱に、静が気付いた。
「どうしたの?騒?乱ちゃん?」保の静の眼で、心配そうに二人に聞いた。
「本当は俺達、姉様の事すごく心配してたんだ。もう今の様な、優しい姉様が戻ってこないんじゃないかと……でもずるいよ姉様、母さんと同じ味なんて」
 騒は泣き顔を見せまいと、俯いて皿を見つめたまま答えた。
「姉様・・姉様、母さんみたい。なんか嬉い」
 乱はカレーを食べつつ泣きながら笑って答えた。
『前から思っていたが、器用な奴だ』
 その姿を 保が優しい眼で見つめていた。
「騒、乱ちゃん、ごめんなさい。私、全てが怖かったの。だから聖眼で逃げていた……。でも、もうじき保さんが、私を解放してくれるわ。それ迄はあの眼に戻っても、私を信じてついてきてくれますか?」
 静の問いに、騒と乱は頷いて同時に言った。
「俺(私)達、どんな事があろうと姉様を信じて、姉様と伴にどこまでも行くよ」
 保達四人は完全に昔の様に打ち解けた。
 一家団欒。保がそんな気になったのは久しぶりだった。
 静、騒、乱も同じ気持ちだろう。
 食事も終わり、暫く四人でいろんな話をしていたが、夜も更け騒と乱はそれぞれの部屋に戻り、保は再び静と愛し合った。

 そしてとうとう六日目の朝が来た。


   第六話 https://note.com/1911archangel/n/n2f117a9203d0

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