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アウトロードハンター(外道狩り) 第二話

(2)国発のゆくえ その1

 現在時刻は20時53分。
 対人レーダーのお陰でアウトロードに出くわす事も無く当初の予定より早く目的の廃墟に着いていた。
 暗闇の中、屋根の無い崩れかけた壁が墓石の様に点在している。
 ここからゲート迄あと24km。
 この辺りは保の祖父が子供の頃に住んでいた所だ。
 祖父の話によると、何でもここは激戦区だったらしく、未だにこの辺りには草木が生えない。
 そんな事から幽霊の噂も有り、アウトロードの連中もあまり近づかないらしい。
 考えるに食料になる物など無いこんな所より、そこそこ食う物が有る森の中の方が彼等にとって過ごしやすいのだろう。
 どっちにしろ今の保にとっては好都合だった。

 荒廃した昔の街跡に佇んでいると保はハイスクールでの歴史の授業を思い出した。

 今から100年前
 隆盛を誇った文明は世界中から消え去った。
 突如として始まった世界大戦開始と同時に各国同士が狂った様にEMPミサイルを互いに撃ち放った。
 それぞれのミサイルが各国上空で超強力な電磁パルスを撒き散らした結果。
 コンピュータ等で制御された全ての物が無効化され文明は19世紀まで退行した。

 それと同時に武器としての日本刀が、この時期に復活してきた。

 結局互いの国が膠着状態に入り大戦は有耶無耶のまま終結したものの、それぞれの国で内戦状態となっていた。

 そんな中、その裏で地道に文明を再構築させようと、文明の記録をシリコンではなく愚直に紙に残していた各企業や国の一部が動いていた。

 人類は神ではなく紙に救われた。
 紙による記録により、人類は30年で元の文明水準まで奇跡の復旧を果たした。

 文明の復興と共に争いに疲弊した人類は、争いを止め束の間の平和を手に入れようとしていた。
 そして再び広がる文明が世界を一つにしようとしかけた時、又の不幸が人類を襲った。

 50年程前に突如として発生した伝染病は、発生と同時にとんでも無い猛威を振るい始め、瞬く間に世界を席巻した。
【赤破病(レッドブレイカー)】
 その病は当初そう呼ばれた。
 日中、人々が目鼻口耳に至らず体の至る所から血を噴き出して倒れ出し、その血に触れた者も次々と感染し、なす術もなく死亡者だけが増え続けていった。

 バイオテロを恐れた政府によって当時の記録の大部分は封印されている為、詳しい事は知らされていないが、その所為で人口は更に激減し、この時点で経済は完全に破綻、国家という概念は崩れ去り、各都市は独自の道を歩む事となった。

 理屈は解らないが陽に当たれば死ぬ……。
 恐怖に駆られた人々は太陽光を避ける為に企業の力に頼り、その生活の場を徐々に地下へと移していった。

 市単位の地方自治体は企業と融合し利益を追求していったが、競合する各都市間の小競り合いが武力衝突に発展、内戦状態となり、日本全土を覆っていった。
(それは別にこの国だけに限った事ではない。世界中で同じ様な事が起こっていたらしい)
 その結果、各都市は徐々に城砦都市化してゆき、城砦の外は戦場となり荒野と化していった。

 暗黒の時代に抗う為、人類としての生き残りを賭けた研究の末、世界的な製薬企業のバーンシュタイン財団により伝染病の原因が解明された 。

 陰謀説や諸説が出回っているものの授業では
【赤破病(レッドブレイカー)】の原因は
 数年に一度、太陽フレアと伴に降り注がれた宇宙線により、それまで大した害は無いとされていたウイルスが反応し、突然変異を起こし強力なキラーウイルスに変貌したものという事に今ではなっていた。 

 そのウイルスに感染した場合、直後は一時的に身体能力が向上して活動的になり、多幸感から日中外へ出て意味もなく動き回りたくなる。
 だが、体内のウイルス量が一定値を越えるとウイルスが紫外線に反応して暴走を始め、爆発的な勢いで血管を破壊する毒素を放出し粘膜箇所破壊して血を噴き出させウイルスを撒き散らせてゆく。

 体内で増え狂った様に暴れるその様子からウイルスの名は
【マイクロバーサーカー(微細なる凶戦士)】と名付けられた。

 伝染病、それに内戦という暗黒時代の中、やっと完成されたワクチンと治療薬によって伝染病の脅威も消え去り、人々は徐々に落ち着きを取り戻し25年前に内戦は終結した。

 その当時、残った都市は僅か37都市。
 その内の一つが20年前に壊滅し、今では36都市となっていた
 現在この国の人口は、やっと4千万人近くまで回復した処だ。
 当時の名残で【市】と呼んでいるものの、多くは10万人にも満たない町や村といった規模の都市がほとんどだった。
 そして、生き残った各都市間での経済交流が復活した事により、国家という概念も戻り本来ならここで壁は崩れ再び都市は融合し地上で広がりをみせる筈だった。
 しかし、染みついた地上への恐怖は消えず、地下へと潜った人々は地上で生き抜く気力を失っていた。
 更に、国家概念を早期に形成する為にセンターシティーが布いた、情報、交通その他を含む地下ネットワークへの依存により、人々は何不自由無く安寧を貪れる地下の生活から抜け出せなくなっていた。

 そして彼等は自分達の生活に固執するあまり頑なに荒野に眼を背け過ぎた。
 城砦都市から追放された者や内戦時に脱走兵となった者、その他あらゆる連中が荒野を隠れ蓑にし、陸路を行く者や城砦都市そのものを襲い始めた。

 これがアウトロードの起こりだ……。

 終業チャイムの替わりに腹の虫が鳴き出した。
 歴史の時間はここでお終い、
 保は意識を現実に戻した。

 三日月が微かに照らす闇の中、保はパッシブIRゴーグルを付け、晩餐の支度に取りかかっていた。
 廃墟の壁を背にして穴を掘り、周りを拾い集めた石で囲って釜戸を作り、道すがら集めた薪でたき火を起こした。 
 火が起きるとパッシブIRゴーグルを外し、ベストの左ポケットに入れた。
 周りが少し明るくなる。
 今隠れている廃墟の前に明かりが漏れない様、気休めにたき火の外側を木ぎれで覆う。
 こうする事で保のいる方は明るいが、外側にはあまり明かりが洩れない。
『もし奴らに見つかったら、その時はその時だ』
 それよりも保は疲れ、何よりも腹が減っていた。
 まず始めにキャップを外した3L金属水筒を火の側に置き、薬缶にする。
 次にメスキット(折り畳みのフライパンと皿がセットになった物)を取り出し火に掛け、テーブルナイフでベーコンを刻み、熱くなったメスキットに入れて火を通す。 
 程なくいい匂いと伴にベーコンから油が出だす。
 そこに歩いている間、水で戻しておいたドライビーンズを充分に水切りし、入れて炒める。
 全てに火が通ったらテーブルナイフで削った岩塩と粗挽き黒胡椒を山程かけメスキットの柄を左手で持ち、スプーンかフオークで喰らう。
 これが由緒正しい喰い方だ。

 その頃には湯も沸き、大型の金属カップの中に紅茶党の保は自前のティーパックを入れたっぷりと湯を注いだ。
 ダージリンの香りとベーコンの焼ける匂いが食欲をそそる。乾パンをメスキットの縁に置き交互にがっついた。

 キャンプ気分で、豪華なディナー(どこが?)を半分程喰った頃だった。

 左腕の対人レーダーが反応し振動した。
 画面を見ると5つの赤点が8時方向から近づいて来る。
 保は装備パックとアサルトライフルを引き寄せた後、焚き火から薪を離し火を小さくした。
 釜戸の石を火の周りに足で寄せる。
 焼けた石がブーツの底を少し溶かした。
『……これで良し!』溶けた靴底を確認すると、保はニヤリと嗤った。

 その8分後、保が隠れている廃墟の左外壁から正面に向かって女が走り抜けた。
 その後ろを四人の男が追っていた。
 女はインナーの人間の様だ。所々破れかけているが夜目にも彼女の薄いピンクのブラウスは高級品だと解る。

 男達は目の前の獲物に夢中で僅かに立ち上る煙はおろか、保にすら気が付いていなかった。
「アウトロード共が!」口の中で小さく呟く。
 女が目の前5~6mの所で仰向けに倒れ、保と目が合った。 
 その女にすかさず男の一人がのしかかる。
「いやーっ!」
 男達は保に背を向け、女以外はまだ保に気付いていない。
 保は、静かにアサルトライフルを地面に置き、左肩の刀のショルダーストラップを調整し、奴等から丸腰に見える位置に固定した。
 左手はまだメスキットの柄を持ったままだ。

 のしかかった男が女の服を引き裂こうとした時、その男の右腕にフォークが突き刺さった。
 保が投げたやつだ。

 たき火を囲んでいた木切れを蹴倒すと、ほとんど消えかかっている焚き火の明かりが、うっすらとその場の全員を照らした。
「痛ってー、このっ」
 その時になって漸く男達は保の存在に気が付いた
 当然ながら連中は全員、火力武装していた。
「女の悲鳴を聞きながらメシ喰う趣味は無いんでね。悪いがよそでやってくれ!」
 なるべく呑気に聞こえる様に保が言う。
 フォークが刺さった男は左手で右腕に刺さったフォークを投げ捨てると、ゆっくりと女の上から離れ、真っ赤な顔で保に向かって怒鳴った。
「この野郎っ!死にさらせー」
 男が保に銃を向けた瞬間、今度はその男の喉にテーブルナイフが突き刺さり、男はそのまま前につんのめって、うつ伏せに倒れ息絶えた。
 テーブルナイフの柄が地面に突き立ち、刃が首の後ろから突き出ていた。
「あーあ。あのナイフで、もう物は喰えんな」
 ガッカリした様に保が呟いた。
 襲われていた女は腰を抜かして後すざりし、残った男達は一瞬凍り付いたが、すぐに立ち直り怒鳴りだした。
「何者だ。テメー」
 一人は9㎜オートマチックピストル、二人目はバレル(銃身)の細い4.45㎜のアサルトライフル、三人目は旧式のポンプショットガンで武装している。
 保は、あいかわらず呑気な調子を崩さないまま、残った男達に声を掛けた。
「よしてくれ。スプーン迄投げたら手づかみで喰わなきゃならん」
 自然な仕草で置いていた大型の金属カップを右手に持ち、ゆっくりと口に持っていった。
「バカ野郎、こいつを喰わせてやらぁ」
 怒った男達が銃を向ける直前、保は勢いよく金属カップの中の紅茶をたき火の中に叩き込み、左手のメスキットを捨てた。

 一瞬にして水蒸気とともに灰が舞い上がり火が消え、辺りが闇に包まれた。
 それと同時に横に飛び、男達に向かって走り出した。
 今いた場所に銃弾が吸い込まれる。
 保は左手で鞘を握り、右手で刀を抜き打ち水平に閃(はし)らせ、オートマチックを持った男の首を飛ばすと、流れる動作で両手持ちになり、アサルトライフルを握った男の左腕ごとハンドガードとバレルを斬り落とした。
 斬られた男は、その直後反射でトリガーを引き、一弾が切られたバレルから大量のガスと伴に発射されて地面をえぐったが、バレル上にあるガスポートが切断された為、次弾が装填されず左腕から大量の血をまき散らしながらトリガーを引き続け
「あれ、あれ?」とパニックになっている。
 そこを平突きで胸を貫き止めを刺した。
 即座に、その死体の胸を左足で蹴り飛ばして刺さった刀を抜き、その死体が後ろにいるショットガンを持った男に倒れかかり、バランスを崩した男がショットガンを構える前に左肩から斜めに袈裟斬りで倒した。

 静寂した闇の中で、保の息づかいとカチカチと鳴る女の歯の音(ね)が響く。
 辺り一面は血の海だ……。

 保は比較的汚れの少ない最初に殺した男の服で刀に付いた血を丁寧に拭うと刀を鞘に納めた。
 そして腰を抜かし失禁している女にゆっくりと近付きニッコリと微笑んで言った
「大丈夫。敵じゃありません」
 女はかなり怯えていた。
 なるべく怯えない様に接したつもりだったが無理もない。
 レイプされ殺されようとした直前に、自分を襲った四人をあっという間に斬り倒した男が返り血を浴びて目の前に立っているのだ。
 それを白馬の王子様と思う女は、さすがにこのご時世でもいないと思う。
 ベストに入れていた0.75L水筒を彼女に渡して言った。
「ゆっくりと飲みなさい」
 そしてベストとジャケットを脱ぎ、ジャケットを彼女の肩に掛けた後、保はアサルトベストをTシャツの上に直接着込んだ。
「あ、ありがとう……」
 彼女はまだ顔面蒼白ながらも、少し落ち着きを取り戻してきた。
 歳は22~23あたりか。ショートボブの髪は乱れ、化粧も落ちてしまっていたが、そんな事は気にならない、というより、その乱れた髪すらもアクセサリーにしてしまう程、彼女は魅力的だった。
 左手に飲み終わった水筒、右手は襷がけしたポーチの端を型が付くほど握り締めている、ほんの少しだけ彼女の顔に血の気が戻ってきた。
「安心して下さい。市境警備隊の者です。立てますか?」
 IDカードを見せながら、保は余所行きの声で彼女に手を差し出した。彼女はその手にすがり、ヨロヨロと立ち上がった。
 薄いピンクの彼女の服の上から、グレーとブラックを基調とし、所々に血で赤い模様の付いた迷彩ジャケットに膝近く迄くるまれた彼女は羽根をたたんだ雛鳥の様に危なげだった。 
 思わず保の頭に組み込まれた守ってあげちゃう回路のスイッチが入る
 これをスケベ心と言う奴もいるが、断じて違う。
 これは侠気《おとこぎ》と言う物だ。

 彼女が落ち着いてくると、保は一つ気になっていた事を尋ねた。
「まさかと思いますが、墜落したヘリの乗員の方ですか?」
 保の問いに彼女が弱々しく答えだした。
「はい、私 墜落の時、木の上に投げ出されたんです。幸い大きな怪我は無かったのですが、木に引っかかったまま気絶してて、気が付いたら同僚は皆、殺されいて……」
 彼女はそこで、一度息を飲み込んだ後続けた。
「辺りには死体ばかりで……。しかたなく歩いていたら、タイヤの後があったので、それを辿っていたら、あの人達に見つかって……。どう逃げたか覚えてませんが、ここまで来てたみたいで、本当にありがとうございました」
『なんて事だ。大失態だ』判断ミスだった。
「いえ、こちらこそすいません。救出にも間に合わず、おまけに生存者がいたのに気が付かず……」
 気絶しており、しかも高く茂った木の上にいた為に、生体反応が微弱でマルチセンサーが反応しなかったのだ。

 保は、今までの経緯を正直に彼女に語った。

「それでも、あなたは私を守ってくれたわ。本当にありがとう」
 全てを聞いた後、彼女は弱々しく微笑んだ。
「そう言ってもらえると助かります。あっ、申し遅れました。私の名は猿力保(さるじから たもつ)と言います。あなたは?」
「あ、私、御里(みさと)御里千鶴です。あっあのごめんなさい、私・・あなたのジャケット汚してしまって……」
 最後は消え入りそうな声で彼女が言った。
 どうやら失禁していた事に気付き、それを気にしている様だ。
「なに、気にしないで下さい。アンブッシュ(待ち伏せ)やスナイパー(狙撃)任務に就いた時は、私達もズボンの中に垂れ流す事がありますから」
 と言った後で保は後悔した。
 フォローのつもりで言ったのだが、フォローになっていない。彼女も完全に引いてしまい俯いたまま黙っている。 
「すいません。ハイスクールもほとんどヤローばかりで、職場もあまり女気が無いもんでどうもデリカシーに欠けて……」
『そうなんだ、ハイスクールは、男7割女3割当然の如く俺は、あぶれ組、仕事はほとんど野郎ばかりのむさ苦しい職場、デリカシーが無いのは無理もないと思う。だから洋子ちゃんにも振られたんだろう』
 辛い過去が、保の背中にのしかかる。
 気を取り直してもう一度彼女に言った。
「正直言って、こんな時にどう言ったらいいのか解りませんが、ジャケットの事は気にしないで下さい。それよりも早くここから移動しましょう」
 結局、彼女にバックパックに入れていたオールウェザースパッツ(防水耐熱のロングスパッツ)を進呈する事にしてこの件は解決した。

 彼女が物陰で着替える間、パッシブIRゴーグルを使い、(例のテーブルナイフ以外の)散らばった装備を捜してまとめると、本部に連絡しようとしたが、マルチセンサーのLCD画面には画像はおろか音声も何も反応しなかった。
「さっきの戦闘でいかれたか?」
 すぐにマルチセンサーの自己診断機能で調べてみると{無線機能不能}表示が出ているその他の機能には異常が無かった。
 対人センサーさえまともならなんとかなる。
 原因追及機能をONにすると{磁力線障害}と表示された。 
『おそらく激戦区だったこの地区に問題があったのだろう』
 保はその時そう思っていた。
 それが判断ミスだったと気が付くのは、ずっと後になってからの事だ

 着替えが終わって彼女が物陰から出てきた。
「本部に連絡を取ろうとしているのですが、この地区の残留磁力線でいかれちまって、連絡が取れません。この先にも奴らがあまり近付かない所があるので、少し移動してそこまで行きましょう」
 できれば市警とのつまらない確執を棄て彼女の為に市警のヘリをすぐにでも要請してやりたかった。
「少し向こうを見ていてください」
 ここを出る前に彼女にそう声をかけ、保は奴等の死体を調べた。その中の一体が手榴弾を持っているのを見つけ、ピンを抜いてレバーを注意深く握り、その死体の下に慎重にセットした。
 奴等に仲間がいた場合に備えてだ。
 死体を動かすとボム!
 お約束のブービートラップだ。

「大丈夫ですか?」
 短い行軍を終え、屋根が無くついたて状態になった廃墟の壁に、憔悴しきって座り込んでいる彼女に声をかけた。
「ええ、なんとか」いじらしいという言葉そのままに力無く微笑んで答える。
「これを使って下さい」
 彼女に携帯ブランケットを渡した後、保は再び外から見えない様に廃材で壁の周りを囲み、火を起こした。
 火が起きると、先程と同じ様に金属水筒を火にかけた。湯が沸くと金属カップにティーパックを入れ、先程の戦闘の時に入った灰をバンダナで濾して紅茶を入れ、残りの乾パンと伴に彼女に渡した。
「砂糖が無くて悪いんだけど」
 保は、紅茶に砂糖を入れるのは邪道だと思っているので砂糖は持っていなかったのだ。
「ありがとう。丁度良かった。今私ダイエット中なの」
 携帯ブランケットにくるまれた彼女はニッコリと笑って、紅茶と乾パンを受け取ると細く白い指で金属カップの持ち手を摘み紅茶に口を付けた。
『だいぶ顔色が良くなっている。明日の朝には歩き出せるだろう』
 保が何か話さなければと思った時、彼女の方から話しを振ってきた。
「猿力さん、あなたはいいんですか?」
 どうやら食事の事を言ってる様だった。
「先程いただいてるんで、気にしないで下さい」
 正直言えばさっきの戦闘で投げ捨てたベイクドビーンズには、かなりの未練が残っていた。
「猿力さんって、本当に強いんですね」
「いえ、生き延びるのに必死なだけですよ」
 と誤魔化す様に微笑んで答えたが、彼女との会話の内容はともかく、保は名字で呼ばれるのは大嫌いだった。
『とはいえ、名字で呼ばないで。保と呼んで下さい。なんて、会って数時間の女性に言える程、俺は軽い男じゃない』

 サルヂカラ……保は、この名前が大嫌いだった。
 この名字のせいで子供の頃、何度イジメられた事か……。
 度々、泣いて帰って来る保を見かねて4歳の時、
 保の父親は『天響印流総合戦闘術』という道場に保を通わせた。
 道場には三人の子供がいた。
 保より1つ年上の静という女の子と、
 保より2つ年下の騒と乱という名の双子の兄妹だ。
 他に門弟はいなかった。
 本来、天響印流は余りにも危険な技ゆえ、その実子にのみ受け継がれ、
 弟子はとらない事になっていたが、保の父親と師匠が親友だった為、
 特別に入門を許された。
 練習はかなり厳しく、何度も泣き、幾度となく死ぬ思いもしたが、それが絆となり保達四人の子供は本当の兄弟の様に仲良くなり、師匠夫婦も保の両親も分け隔てなく接してくれ、四人の子供達は自分の家の様にお互いの家を行き来していた。
 そんな暮らしが永遠に続くものだと思われたが保が16歳の時、転機が訪れた。
 城砦都市内に夜間侵入してきたアウトロードに、師匠の奥さん、つまり静、騒、乱の母親、そして保が『芽衣母さん』と呼び慕っていた人が惨殺された
 師匠と子供達四人が出掛けている間のことだった……。

 ― 弾を避け鋼切り裂く天響印 ―

 その直後、保達四人を残しアウトロード討伐隊に加わった師匠の動きを見た人々は、そう呼んだ。アウトロード集団をほとんど一人で壊滅させた後。
「これからは天響印流を広め、一人でも多くのアウトロードを消してやる!」
と決意して、かつて東京と呼ばれていたセンターシティーへ、師匠一家は転居する事になった。

 保も付いて行きたかったが両親に止められた。
 何のつても無く三人の子供を連れたうえ保まで面倒をかける訳にはいかないと。
 逆に静、騒、乱をこちらに残し、師匠の生活の目処が立ってから三人を送ろうと提案したが、師匠は聞き入れなかった。

 そしてその引っ越しの前日、保と静は結ばれた。
 お互いが初めての男と女になった。
 離れていても毎日連絡を取り合おうと固く誓い合ったが、翌日から音信不通となり時は虚しく過ぎていった。

 あれから10年経つが、どこかで保は静を振っ切る事ができず、いつも心の片隅に彼女の優しい瞳が焼き付いていた。
『だから他の女に恋をしても、どこかでストッパーが働き、一度か二度のデートですぐに振られてしまうのだろう。おかげでこの歳まで他の女と寝たこともない。これじゃあ童貞とあまりかわらない』

「どうしました?」
 火を見つめながら、いつの間にか回想モードに入っていた保の顔を覗き込み、怪訝そうな顔で御里千鶴が言った。
「あ、いえ、なんでもありません。ちょっと疲れが出てきただけです」
 保は愛想笑いしてそう答えた。 
「猿力さんは、なぜ市境警備隊になったのですか?」
 沈黙するのが怖いのか彼女は会話を続けてくる。
 保としても目の前にいる彼女をあまり意識せずにすむから、その方が助かった。
「ハイスクール卒業の日、両親が侵入して来たアウトロード共に殺されて、その復讐の為に……なんて言ったら惚れてくれます?」
 彼女はどうリアクションしていいかとまどっている。その反応を看取って続けた
「というのは冗談で両親は健在です、単に自分を鍛えてみたかっただけですよ」
「良かった。悪い事を聞いたんじゃないかと思いましたわ」
 彼女は聞いてはいけないことを聞いたのかと、とまどったが冗談だと解り笑って答えた。だが本当は、保の両親も師匠の奥さんと同じ様に殺され、同じ様な復讐心から市境警備隊に入隊したのだ。
 保が採用されたのには『天響印流』の名によるところが大きい。
 事実、第九部隊内で近接戦闘において保に勝てる者はいなかった。
 そこで最年少で下士官となった保を妬んでいる者も多い。
「御里さんこそ何故、地質学者になったんですか?」
 彼女の話題の方に振っていった。
「私、本当は何不自由ない地下の暮らしより、多少の不便はあっても人間は地上で暮らすべきだと思うの。だから城塞の外に出てアウターを廻れる地質学者になったのですが、皮肉な事にアウターで生活する為の調査ではなく如何に地下を開発できるかの調査ばかりで嫌々ながら仕事してたら今日みたいな事になって……」
 始めの方は普通に話していたが、後の方では同僚の最後を思い出したのか、消え入りそうな声になった。
『まずい、何か話題を変えなければ……』
 その時大事な事を思い出した。
「そうだ!大事な事を忘れていました。手形を確認させて下さい」

 内戦時のスパイ対策の名残で、都市から都市への移動には『手形』と呼ばれる身分証明書が必要になる。ちなみに鎖国している訳では無いのでパスポートと金とその気があれば、外国へは自由に行ける。
 この『手形』が無ければ、絶対に入市できない。

「ええ、どうぞ」
 そう言って彼女は左手でブラウスの襟を少しずらし右首を保に見せた『手形』といっても物ではなく首筋に埋められた生体ナノマシンチップの事だ。
(手足に埋め込まないのは、それらが切り落とされた場合でも本人が生きている可能性もある為だ)
 保は左腕に付けたマルチセンサーをゆっくりと彼女の首筋に近付けた。マルチセンサーは情報端末にもなっていて簡易的に手形も読み込める様になっている。
 その時、保はLCD画面に現れたマークに驚いた。
「国発手形!」
 普通『手形』は各都市が発行し、その当人の個人情報のほとんどが書き込まれた後に首筋に打ち込まれる。ちなみに痛みは無い。
 これはセンターシティーの人間や市境警備隊も例外では無い。
 だがこの国家公務発行手形、略して国発手形を持つ者に関しては、本人とさえ確認できれば極端な法の逸脱行為でも無いかぎりノーチェックで、その行動を干渉する事はできない。
 もっとも今、保のマルチセンサーの画面には国発手形を示す菊の紋章と国家公務発行手形と書かれた文字しか写っていなかったが。

 現在城砦都市の公安任務に就く者は半地方半国家特別公務員で、都市と国の両方から半分づつ給料をもらっている。そんな保達でも城砦都市から出る時は通常の都市発行の手形しかもらえない。
 国発手形は国益の為、又は国家公安任務に就く完全国家公務員にのみ発行される極端に特殊な手形だ。
 保も訓練センターの学科課程で教えられて以来、本物を見るのは初めてだった。
「御里さん、あなたはいったい……」
「ただの無力な学者ですよ。地質学に基づく地下開発は、この国にとっても重要課題ですもの」
 これ以上の詮索はできない。
 その後の会話はあまり進まず、気まずい雰囲気のまま時は過ぎていった。
 そしてそのまま彼女は寝入ってしまった様だ。
 保は戦闘に備え、全ての装備をまとめるとたき火を消した。アサルトライフルを抱くかたちでポンチョにくるまり、対人センサーの感度を最大に上げ、索敵待機状態にした。
『これで仮眠がとれる。今は少しでも休んでおきたい。彼女を連れて無事に帰るんだ。まともな判断力が必要だ』 

 緊張が徐々に解け、砂男が保の耳にゆっくりと銀の砂を入れ始めた。

「保さん」
 後ろから静が保を呼ぶ。
 振り向いた保と目が合う。
 心の疲れを芯から癒す優しく慈愛に満ちた瞳だ。
「静?」
 彼女を抱きしめると、腕の中で彼女が消えた。
「静?しずかー」  
 ハッと目が覚めた。
 アサルトライフルをしっかりと抱きしめている。
 すかさず御里千鶴の方を見ると、彼女はまだスヤスヤと眠っていた。
『どうやら寝言で叫んではいなかった様だ。良かった!』保は安堵した

 東の空は白みはじめている。
 対人センサーも何も反応していない。
 半径500mには敵はいない……。
『だが何かが変だ。厭な予感がする』
 保は身支度を整えると、彼女を起こした。
「御里さん起きて下さい」
 ウウーンと唸りながら彼女は身じろぎした。
 場所と状況が違えば、かなりうれしいシュチュエーションなのだが。
「申し訳有りませんが、そろそろ出発します」
「あっ、はい・・。お早うございます」
 彼女が壁の裏で身支度している間、保は周りを囲っていた板きれを剥がし、その一部を使って丹念にたき火の痕跡を消した。
「お待たせしました。さあ行きましょう」
 支度が終わり保の前に現れた彼女は昨日始めて会った時とはうって変わって、生気に満ちていた。
「良かった。元気になった様ですね」
「ええ、こうみえても学生時代アウター生活経験が長かったんですよ。ただし疑似ルームですけど」
 疑似ルームとは、いつかアウターで生活する事を考えて、地下に作った広大な施設内で地上と同じ気象条件を再現する事ができる疑似空間だ。
 このW29城塞都市にもあったのだが
 保が子供の頃、すでに公園に変わっていた。
 今のご時世、外の世界で暮らそう等という物好きはいないという事だ。
「その調子で、あと6時間程歩けば熱いシャワーと美味しい食事が待つ世界に戻れますよ」
「あら、一緒にって事ですか?」彼女が悪戯っぽく微笑む。
「そちらが宜しければ喜んで!」
「無事に帰り着けたらお返事しますわ」
 社交辞令だと解っていたが、くだらない事でもいい。少しでも明るい希望が今の保達には必要だった

              ⚫️

 同時刻。保の対人センサーの索敵範囲外。
 森の中の小路を挟んだ茂みの中にギリースーツを着た二組の男達がいた。
「へっ、やっと出てきやがった。俺は女の方だったな?」
 左側の茂みに隠れ、プローン(伏射姿勢)でスコープ付きのボルトアクションライフルを構えた男が、隣でSMG(サブマシンガン)を襷がけにし片膝ついて双眼鏡を覗いている男に言った。
「そうだ、どっちにしても俺達狙撃屋から逃れた奴はいねーさ落ち着いて狙えよ」
 観測役の男が応える。

「俺は野郎を殺ればいいんだな?」
 15~16m離れた右側の茂みの中で、同じようにスコープ付きのボルトアクションライフルを構えた男が、やはり同じように右隣でSMGを持っている男に言った。
「ああ、一発で仕留めろよ」
「暗視スコープかサーマルスコープがあれば、夜の内に始末できたのにクソッ!」
「そうぼやくな、俺達にとってやっかいで糞忌々しいマルチセンサーがもうじき手に入るんだからな」
 スコープサイトのクロスヘアに保が捉えられている。
 狙撃体勢を整えた男が、ライフルのボルトを操作した。監視役の男も双眼鏡で捉えている保の動きに集中している。

 その時二人は、音も無く背後から忍び寄って来た男に気付いていなかった。
 黒い革コートを着た男はストーキング(忍び歩き)の達人だった。
 足音はおろか完全に気配を消している。
 男の右手に握られた刀が鈍く光った。
 ライフルを構えた男が、トリガーに指を掛けた時、小さな風斬り音の後に続いてなま暖かい赤い液体が、体に降りかかってきた。
「うわっ、なんだ?」
 振り返った男が最後に見たものは、肩口から文字道理 袈裟斬りにされ崩れ落ちてゆく相棒の上半身と、逆さまに見える首の無くなった自分の体だった。
『なんか変……』そこで終わった。

「そろそろあの世に送ってやるか」
 左側の茂みでライフルを構えた男が双眼鏡を覗いている男に言った。
「なんで撃たねえんだあいつら?先に野郎を撃つのが合図だったはずだが……」
 双眼鏡の男が言った、その時だった。
「DEAD OR ALIVE?」
 状況にそぐわない艶っぽい声がして、真っ赤な革ジャケットを着た女が、双眼鏡を持った男の左首に護拳が付いた鉈の様な武器の刃の部分を右手で突き付け、左手に握った同じ形の武器の切っ先を伏射姿勢でライフルを構えている男の背中に突き付けている。
【胡蝶刀】、別名【詠春刀】
 遙か昔、その武器はそう呼ばれていた。
 中国南派武術で使用された武器だ。全長約55㎝、刃渡り40㎝程の幅広でエッジが片刃の刃物だ。
 オリジナルは中華肉切り包丁の様な形だが、この女の構えている武器はブレード・ラインが違っていた。
 一般的にタントーブレードと呼ばれているスタイルで、ブレードバックには中程までフォールスエッジ(疑似裏刃)がきってある。柄の先端にはオリジナルには無いクラッシャースパイクが付いていた。
 胡蝶刀の最大の特徴は柄の先端から鍔を通り刃の背部でL字になっている護拳だ。
 そして左右一対で鞘に納める為、エッジは片刃、柄は横から見ると半月状になっており、その上から滑り止めに編み込まれた糸が丁寧に巻かれている。
「さあどうするの?おとなしく武器を置いてここから立ち去る?それとも死ぬ?」
 真っ赤な革ジャケットの女はティーブレイクの時、コーヒーにするか、紅茶にするかといった感じで二人の男に聞いた。
「わかった。武器を捨てる」
 観測役の男は双眼鏡を棄てた後、SMGのスリング(負紐)を外し地面に置くふりをしながら右足首の外側に付けたブーツナイフに手を伸ばした。
「あんたはどうするの?」
 そう言って伏射姿勢のスナイパーの方へ女の注意が向いた時、観測役の男がナイフを抜いて女に斬りつけた。しかし動ずる事無く、その動きを読んでいた女の唇に笑みが浮かぶ。
「グッバイ!」
 下から突き上げてくるナイフを右手の胡蝶刀を左斜めに振り下ろして男の右手首ごと斬り落とし、同時に左腰に引いた左手の胡蝶刀を体の前で腕を交差する形で右斜め上に斬り上げ観測役の男の喉笛を切り裂いた。
 男は断末魔の足掻きで左手で女に掴みかかろうとしたが、女は流れる動作で右手の胡蝶刀を下から斬り上げてその手をなぎ払い、即座に手首返して胡蝶刀を振り下ろし止めを刺した。
「くそっ!」
 ライフルを構えた男は相棒がナイフを切り上げだしたのと同時に、その隙をついて素早く起きあがり、ライフルを女に向けようとしたが女の動きが早すぎた。
 振り向いた時にはすでに相棒は切り刻まれており、パニックになった男は祈る気持ちでライフルの銃口を女に向けたが男の動きは遅すぎた
 女は左手に持った胡蝶刀の護拳のL字の所で十手の様にライフルのバレルを挟み身体から銃口を離していた。
「このクソアマが!」
 男はすかさずストック(銃床)で殴りかかった。
 女は左手の胡蝶刀の護拳のL字部分に親指を掛けると、そこを支点にして瞬く間に胡蝶刀を逆手に持ち替え、幅広の刃の背を左上腕に添え、肘打ちを喰わせる様に、ストックを握った男の指に刃を打ち当てた。
「グワッ!」 
 右手の四指を飛ばされ、右手からストックが離れる。女は再び親指を支点にして左手の胡蝶刀を逆手から順手に持ち替え、そのままの動作で男の肝臓を斬り裂き、右手の胡蝶刀を斜めに斬り降ろして全てを終わらせた。
 女は血振りし、刃に付いた血を拭った後、一組の胡蝶刀を左腰に付けた鞘に納め、保のいる方に向かって軽く投げキッスをした。 

                ⚫️

「さあ、頑張っていきましょう」
 御里千鶴はすっかりハイキング気分だった。
 そんな彼女につられて、つい保もそんな気になりかける。

 無理矢理現実に戻されたのは、800m程歩いた時だった。
「ん?これは……御里さん、そこの木の陰に隠れて!」
 保の表情を察して、千鶴が言われた通り素早くそれに従う。
「何、この臭い?」彼女も気付いた様だ。
 間違いようもない、血と臓物臭だった。
「ここを動かないで!」
 彼女を残しアサルトライフルを腰だめに構えると、保はその臭いの元に向かって走って行った。

『それ』は、道を挟んで両方の茂みの中に転がっていた。
 そこにあったのは合計四体のスナイパーチームの死体だった。
 スコープ付きライフルを持った男と、SMGを持った男の屍が二組。
 保はブービートラップを警戒して死体に触らず、注意深く観察した。
『まだ血が乾いていない……。殺されてそう時間は経ってないという事か……』
 死体を確認すると右の組と左の組みでは明らかに斬られ方が違っていた。
 一方は滅茶苦茶に斬り裂かれ、もう一方は綺麗に一刀両断された切り口だ。
『殺した奴らはたぶん二人。一人は鉈の様な武器を使う二刀流、もう一人は俺と同じ刀使いだ。切り口を見る限り、腕は俺より遙かに上だ』
 保の背中にじっとりと汗が滲んだ。

「どうしました? ヒッ!」
 残された恐怖心と、好奇心を抑えきれずにやって来た彼女はこの惨劇後を見て、保に背を向け、口にハンカチを当て吐き気と戦いだした。
「あなたが、やったのですか?」どうやら彼女は吐き気に勝った様だ。
「いや、まさかハンターか?」
 保は死体に残されたKUBISASIの跡を確認したが、見あたらなかった。

【KUBISASI】とは、
 DNAセンサーと圧縮衛星通信装置を組み込んだ30㎝程のダガー(両刃の短剣)の事だ。
 ハンターがアウトロードを倒した際に、死体にこのKUBISASIを突き刺す事で、その死亡確認とハンターの情報が、ジャマーの影響を受けにくい圧縮衛星通信で政府機関に送られ、賞金がハンターの懐に入るシステムになっている。
 その名の由来は、遙か大昔戦国時代と呼ばれていた頃、敵将の首を刎ね持ち帰る際に使用した貫級刀からきている。

 このKUBISASIを持っているかどうかで、もぐりかどうかが判断できる。

 アウトロードハンターは大きく三つに分けられる。
 一つ目は、保の師匠達の様に街の人々が自警団を組織してアウトロードを狩りだし、復讐するもの。

 二つ目は、ライセンスを取り、職業として政府が手配した賞金首となったアウトロードを狩るプロの連中。(KUBISASIを所持しているのが、この連中だ)

 そして最後は、個人的に雇われ、対象を狩る事で報酬を得るもぐりの連中だ。

 一つ目に対し、後の二つは忌み嫌われ人々は同じ蔑称で呼ぶか、或いは単にハンターと呼んでいた。
 事実このハンターといった連中は金の為なら何でもやるし、アウトロードと同様、とんでもなく切れた奴らが多く、敵か味方か判ったものではない。
 例えれば、疫病神を追い出した後に住み着く貧乏神の様なものだ。
 だが、都市内での治安の乱れを畏れ、10年前に施行された『ハンター拒否条例』によりW.29城砦都市の勢力圏内にハンターはいない筈だった。

 その時、保は気付いた。
 森を通して見ると、保達がいた場所が丸見えだった。首の無い死体の銃は真っ直ぐその方向に向いていた。
「どうやら私達は何者かに助けられた様です」
「どういう事ですか?」
 眉をひそめて彼女が聞いてくる。
「こいつらはアウトロードのスナイパーです。しかもプロだ。正確に私の対人センサーの範囲外から私達を狙っていたみたいです。そして我々に気を取られている間に誰かが、この連中を襲った様です」

 保はつくづく自分の甘さ加減に嫌気がさした。
『ここは戦場だ。ハイキングコースじゃ無い』
 彼女を助けた事で浮かれていた自分自身に無性に腹が立った。
「どうかしました?」
 保の顔付きが変わった事に気付いて、不安そうに顔を覗き込みながら彼女が聞いてきた。
「ここからは意識モードを切り替えます。必ずあなたを無事につれて還るから、俺を信じて、ここからは黙って俺に付いて来て下さい」
 場所が違えばプロポーズにもとられかねない台詞を彼女に突き付けた後、保はマルチセンサーのスイッチを全てOFFにした。
 そして軽く目を瞑り、ゆっくりと深呼吸した。
 保の体内に気が満ちてくる。
『どうも今まで機械に頼りすぎていた様だ。これからは長年鍛えた戦人(いくさびと)の勘が頼りだ』
 保は、ゆっくりと目を開いた。

「やっと目が醒めた様だな」
 先程殺した男から奪った双眼鏡で保の後ろ姿を見ながら黒い革コートの男が笑いながら呟いた。
「ほんとに世話が焼けるんだから」
 真っ赤な革ジャケットの女が優しい口調でそれに応えた。 

 その6時間後に保達は、なんとか無事に廃墟と森林地域を抜け、正面ゲートが見える所までたどり着いた。城壁の周囲は2㎞に渡り草木は刈り取られ、砂漠状態になっている。
 更に城壁に沿って幅30mの堀が巡らされている。
 砂塵の向こうのゲートは修復中だった。

『おお懐かしの我が故郷……』
 等という感慨は無く、ただ生き延びたという乾いた実感のみがあった。

  第三話 https://note.com/1911archangel/n/nfb98611aeadd

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