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青空文庫

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青空文庫で読める作品を紹介しています。
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#太宰治

本が私を育ててくれた 【読書エッセイ】

 母は他人の意見に流されやすい人だったので、子どもの頃、誰かが言っていたという理由で、自分には合わないことをあれこれやらされたものです。いつかひとこと言いたいと思いつつ、言ったことがないのは、「流されてくれて良かった!」と思うことがいくつかあるからです。  その一つが、祖母の家の近所にあった本屋さんのアドバイス。その本屋さんのアドバイスに従って、季節ごとに本を買ってくれたのです。今でもたまに話題になるようなロングセラー本が多かったのですが、どれも夢中で読みました。  母は本を

2024年5月読書記録 ポストモダン、太宰、女太宰、文フリ

鴻巣友希子『文学は予言する』(新潮選書) 鴻巣さんの文章は新聞や雑誌などでよく拝読していて、自分とは考え方が近い方だと思っています。ただ、考え方が近い分、著作を読むと共感や同意が溢れてしまいそうで、読むのをためらっていました。ノンフィクションの場合、心地よい読書が自分のためになるのかどうかわからない、批判したくなる文章の方が自分の思考を深めるのに役立つのではないかなどと思っていたからです。しかし、実際に読んでみると、当然ですが、鴻巣さんと私とでは教養や知識量がかけ離れている

2024年4月読書記録 川端、太宰、ドストエフスキー

マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『その昔、N市では』(東京創元社・酒寄進一訳)  ドイツミステリーの翻訳者として有名な酒寄進一さんが編集した短編集です。日常に忍び寄る不安や孤独、悲しみ。それらの感情が引き起こす出来事を淡々と描く物語が多いです。リアリズムのまま幕を閉じる話もあれば、薄い壁を越えて、非現実の世界に向かう話もあります。  村上春樹さんの短編には、女性が主人公の作品もいくつかありますが、それと似た雰囲気の作品がこの短編集にはいくつかありました。女性の不穏な気分が世界

太宰治『右大臣実朝』 滅びを予感した悲劇の人

 『右大臣実朝』は太宰治の長編小説です。実朝って、地味な人ですよね。ネットの感想を見ても、『鎌倉殿の13人』関連で読んだという方がほとんど。  このドラマを観ていないので、ウィキをちらっと眺めたところ、三谷さんの解釈は、「現代の視点では、もうこれしかないだろう」というものでした。文書には残っていないので、歴史学的に「実朝には同性愛的傾向があった」とは書けないと思いますが、まだ二十代半ばなのに「実朝には後継ぎができない」前提で話が進んでいるわけですから。同性愛ではなくても、女

2024年3月 読書記録 川端、太宰、モリスン&マッカーシー

3月は海外文学を2冊、日本の作家では川端康成・牧野信一・太宰治の小説を読みました。 トニ・モリスン『ジャズ』(大社淑子訳・早川epi文庫)  モリスンの小説は、これまでに初期に書かれた『ソロモンの歌』と『ビラヴド』を読んだのですが、この二作に比べて『ジャズ』はとても読みやすかったです。タイトル通りに、リズム感のある音楽的・詩的な文章が続くので、休日に一気読みできました。読者を選ぶ小説だとは思いますが。愛についの小説なんですね。欠落を抱えた者や自分を見失った者が他者とのつな

太宰治『津軽』を読む

 日本の小説と縁が薄かったわりには、太宰治の小説はそれなりに読んできた方です。『人間失格』『斜陽』『富岳百景』など代表作を読んできたのに、『津軽』だけはなぜか読んでいませんでした。太宰が好きな知人が津軽を旅して、太宰の生家である斜陽館に行った話も聞いたのに、縁がありませんでした。  今回、津軽を読んで思うのは、太宰のファンだけでなく、私のように太宰を好きとは言いきれない者でも『津軽』は好きにならずにはいられないということです。太宰の魅力である優しさや繊細さ、ユーモアのセンス

2024年2月読書記録 川端、太宰、アメリカ

オルハン・パムク『雪』(宮下遼訳・ハヤカワepi文庫)  パムクはトルコの作家でノーベル文学賞受賞者です。  ノーベル文学賞をとった作家には去年のヨン・フォッセのように難解な作風の人もいますが、カズオ・イシグロのように読みやすい作家も少なくないです。パムクは、読みやすいタイプの作家だと思います。ミステリー的な要素や恋愛要素もある話なんですね。途中ちょっと中だるみがありますが、導入部とラスト三分の一ほどは続きが気になって一気読みしました(文学作品なので、すべての謎が解き明かさ

2024年1月読書記録 クンデラ、太宰、紫式部

 1月の読了本は6冊。川端康成の『山の音』については別途感想を書く予定です。 廣野由美子『批評理論入門「フランケンシュタイン」解剖講義』・『小説読解入門「ミドルマーチ」教養講義』(中公新書)  十九世紀の英国女性作家二人の小説『フランケンシュタイン』と『ミドルマーチ』を題材にして、小説をどう読めばいいか解説する新書です。  noteで書いている読書感想文の参考にしたいと考えて読んでみました。自分でも実践している読み方もありましたが、より深くより幅広い読み方を教えてもらえま

三鷹 太宰治ゆかりの地をめぐる

 三鷹駅で少し時間があったので、太宰治ゆかりの場所をいくつか回ってみました。 三鷹跨線橋  JRの線路をまたぐ跨線橋です。太宰治のお気に入りの場所だったとのことで、ここで写した太宰の写真も何枚か残っているようです。橋の上からは富士山がきれいに見えました。太宰も、同じ富士を見たのですね。当時は、眼下に武蔵野の平野が広がっていたのでしょうか。  残念ながら、近々取り壊されてしまうので、最後に見ることができてよかったです。  網がかかった以外は、太宰の時代と変わらぬたたずまい

2022年10月 読書記録 娘が見た太宰治、青空文庫など

 noteで紹介するために、本腰入れて青空文庫の作品を読み始めました。10月に読んだのは7作品。そのうちの2作品をここで取り上げます(残りは後日、個別に感想を書く予定です)。 島崎藤村『桜の実の熟する時』   島崎藤村は、村上春樹さんが選ぶ国民作家リストに名前が挙がっていたので、代表作以外も読んでみたのですが……この小説、『破戒』で有名になる前の習作? と思いながら読んだのに、実は中期の作品。その割に、まとまりがなく冗長でした。『夜明け前』も二度挫折しているので、藤村の文