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喪失の痛み

ノルウェイの森では主人公「僕」が愛し続けていた「直子」は、精神疾患で療養所に入るも最後は自殺してしまう。

親友を亡くし、恋人を亡くし、関わる人は次々と死んでいく。

深い悲しみの中、彼が残されるやることは、痛みを受け止めて淡々と今日を繰り返ししていくしかない。孤独な作業だけども、残酷にも時だけが救いになる。

スプートニクの恋人は、人の寂しさを描いた作品だ。

「どうしてみんなこれほどまで孤独にならなくてはいけないのだろう、ぼくはそう思った。どうしてそんなに孤独になる必要があるのだ。これだけ多くの人々がこの世界に生きていて、それぞれに他者の中になにかを求めあっていて、なのになぜ我々はここまで孤絶しなくてはならないのだ。何のために? この惑星は人々の寂寥を滋養として回転を続けているのか。」

ふと、寂しくなる。

それは、私が信じる人がいなくなったからだろうか。この世に好きな人がいない現実になんのトキメキも生まないからだろうか。

一瞬の癒しを求めて身体をすり減らす事はしない。空いた穴はどうやっても埋まらないから。

でも私はこの感情を適切に向き合えたことは、とても嬉しく思う。今まで常に人と生きてきたのだ。誰かが隣にいすぎたのだ。男と女。2人で世界の中心にいればいいと思っていたのだ。

だからこの魔法が解けたとき、初めて1人で立とうとしている私が誇らしく思う。

きっとこの感情は間違っていないんだと思う。

孤独や寂しさを無視する人生になるところだった。そして、それを埋めるのはセックスではない事も分かる。もう少し深く人との関係を紡いでいくと、誰かを傷つける気がして、こわい。自分が傷つくのはへっちゃらだと思っていたけど、経験も比例して怖がっていくのではないか。慣れるものではなく恐怖を覚えてしまうものなのではないだろうか。

それでも私はまた誰かを愛していくのだろうか。



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