見出し画像

「サルコペニア」整形外科の視点②

サルコペニアと運動療法(後半)

運動不足の悪影響

前半では"Exercise is medicine" という言葉のご紹介で終わりました。これはアメリカスポーツ医学会が提唱したフレーズです。"運動は百薬の長" といわれますが、逆に運動不足が体に悪影響を及ぼす事実も分かってきました。

安静が治療といわれた時代は終わり、今は運動をすることで様々な疾患が予防できるという見解が主流になっています。

運動と脳  〜ネーパーヴィルの奇跡〜

運動は脳にも良い効果をもたらします。アメリカイリノイ州にあるネーパーヴィル・セントラル高校では0時限目という独自の体育カリキュラムを組むことで勉強の成績が上がりました👇

さて話をサルコペニアに戻しますが運動が身体へ及ぼす良い影響についてお分かり頂けたかと思います。整形外科に絡む運動療法の目的としては、

骨粗鬆症の予防、筋力(歩行・バランス力)低下の予防、痛みによる生活の質の改善

等が挙げられます。では各々について運動療法との関係をエビデンスをもとに見ていきましょう😊

運動療法と骨粗鬆症・転倒予防

まず骨粗鬆症と運動療法についてです。過去の研究ではエアロビクスとレジスタンス運動を組み合わせて行うと腰椎骨密度は上昇し、ウォーキングでは腰椎と大腿骨(股関節)の骨密度が上がったという報告があります。従って

骨に適度な刺激を与えることにより骨密度は増加する

事が見込めます。骨密度が上昇すれば骨折のリスクが低くなると言えるでしょう(注:骨の強さは骨密度だけではなく骨質も関わり、前者は70%で後者は30%関与しています)。

また運動により下肢・体幹の筋力が鍛えられれば歩行バランスも改善し、転倒予防にもつながります。実際に高齢者を対象に下肢筋力訓練を行うと転倒率が抑制されたという研究報告があります。

運動療法と痛み

運動は「痛み」の改善になります。ランニングやサイクリング等の有酸素運動後は痛みを感じる閾値を上げます。またうつ状態では下行性疼痛抑制系機能の低下が起こり、痛みを強く感じたり慢性痛に移行し易くなります。高齢者にはうつ病の方が多いこと、運動は抑うつを改善することはよく知られており、超高齢社会の日本において高齢者に対する運動療法は「痛み」の治療や予防の観点からも益々重要になってきています (勿論若年者の運動療法も大切です!)。

運動とPGC1-α

運動は骨粗鬆症・筋力低下や転倒しやすさ・痛みといった大きな諸問題の解決への道になり得る "特効薬" であるといえるのではないでしょうか。

例えば "super-healthyの秘薬" と呼ばれるPGC1-α は運動すると筋肉から分泌され、慢性炎症や筋萎縮の予防になります。すると変形性関節症関節リウマチを始めとしたベースに慢性炎症の存在があるとされる疾患による痛みの改善につながる可能性があります。PGC1-αについてはTweetのインタビューを是非ご参照下さい。

元オリンピック選手とサルコペニア

さてここでひとつ疑問ですが、プロとして厳格な管理下にトレーニングを積んだ運動選手は将来サルコペニアになりにくいのでしょうか??

その答えはここにあります。今年(2021年)発表された日本の論文です😊!

スクリーンショット 2021-05-21 22.58.45

元五輪選手は一般人よりサルコペニア有病率は低く、選手引退後も運動を継続しているとよりサルコペニアになりにくかったという結果が出ています。

この結果の重要なポイントは、

若年の頃からの運動が健康な老後の生活につながる。

ということです。それともうひとつ大切な結果ですが、本研究では元五輪選手の方が歩行速度や片足立ち等の身体機能は低く、骨格筋の痛みの訴えも多かったそうです。従って

オーバートレーニングも老後に影響してしまうため、無理のない運動が推奨される。

と言えるでしょう。

スロージョギング

程良い運動で推奨されている "スロージョギング" について最後にご紹介して本記事を終わりにしたいと思います。スロージョギングはにこにこしながら楽しく行え(にこにこペース😊)、通常歩行の2倍のエネルギーを消費出来る非常にパフォーマンスの高い運動ですので皆様も是非試してみて下さい👟


最後に

サルコペニアの治療・予防は「自分の健康は自分で守る」という自助努力が大切ですが、整形外科医はその重要性を伝える立場にあります。私自身の運動習慣はどうかと聞かれれば、決して偉そうな事は言えません。しかし長く継続出来る運動習慣を取り入れる方法を、微力ながら模索しております。是非皆様のお知恵も拝借できたら嬉しいです✨

最後までお読み頂きまして本当に有難うございました😉

<参考文献>

上月正博. 幸せと元気を呼ぶ 『らくらく運動療法』: その実際と効果. 日本ハンセン病学会雑誌 2018
Kelley GA et al. Effects of ground and joint reaction force exercise on lumbar spine and femoral neck bone mineral density in postmenopausal women. BMC Musculoskelet Disord 2012
Tanaka T et al. A comparison of sarcopenia prevalence between former Tokyo 1964 Olympic athletes and general community-dwelling older adults. Cachexia Sarcopenia Muscle 2021
Bonaiuti D et al. Exercise for preventing and treating osteoporosis in postmenopausal women. Cochrane Database Syst Rev 2002
Gillespie LD et al. Interventions for preventing falls in older people living in the community. Cochrane Database Syst Rev 2012
Hides JA et al. The effects of rehabilitation on the muscles of the trunk following prolonged bed. Eur Spine 2011
Giudice J et al. Muscle as a paracrine and endocrine organ. Curr Opin Pharmacol 2017


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?