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ブラジルのインディペンデントレーベル・midsummer mudnessとそのバンド達と90年代インディーシーンについて。

私がmidsummer madness(以降、mm)を知ったきっかけはYouTubeに上がってたAdorableのSunshine SmileのMVを見たこと。
そこにブラジル?のシューゲ好きのコメントがあって、そこでブラジルのシューゲバンドの紹介をしてました。
それで色々調べてたら出てきたのが、『tropical fuzz brazilian guitars 1995-2018』というコンピ盤。
これがmmのコンピでした。

色々と調べたのですが、mmについて日本語で書かれた文章は今のところ見当たらなかったので、これが(多分)初めてネットに日本語で書かれる文章になるかと思います。

公式で公開されてる文章を参考にした、レーベルの概要や当時のバンド達の紹介になります。

注意:*****で区切った部分は私感になります。

midsummer madness

midsummer madnessはRodrigo Lariúによって、1989年にzineのコミュニティとして発足。
同年、ブラジルのインディーレジェンドバンドのKilling Chainsawのデモテープ『Early Demo(n)s』を制作。
この『Early Demo(n)s』は一本のデモテープながらも、ここから30年続くmmの潮流を確定させたと言っても過言ではない作風。
Sonic YouthやPixies等の80sUSオルタナの影響が色濃く 、The Damnedなどのオリジナルパンク、ノイズロックも顔を見せ、海の向こうのThe CureやMBV、The Wedding Present等のニューウェーブ/インディーシーンとも同時代に共鳴する当時のブラジルのアンダーグラウンドシーンを揺るがせるサウンドでした。

このデモテープを聴いたホームページのライターであるCelso Rochaは初めて聴いた当時をこう語っています

(意訳)
「これはキリング・チェンソーとは別の海外のバンドに違いない!」と思った。
私は"LollyPop"と"Prudence"の2曲を既に知っていた。
この2曲を私には私は甲乙を付けづらく、それほ真珠のようで、こんな天才的な楽曲を作れるバンドは存在しないと思っていたんだ。
"Prudence"はThe Wedding Presentのような熱いドラムにシュールなコーラス。
私はこれを聴いた時、15、16歳のティーネイジャーのように、椅子から立ち上がりボリュームを上げた。
何度も何度も聴き、その度にエアドラムをした。
http://mmrecords.com.br/killing-chainsaw/

1993年にDrivellers『Cachorrona』をカセットにてリリース。これがレーベルからの初めての公式リリースになりました。

その後、1994年にThe Cigarettesの『Felícia + Foolish Things and Blah Blah Blah』を発売。
The CigarettesもKilling Chainsawと同じく、ブラジルのアンダーグラウンドなインディーシーンを代表するバンドです。
The Cigarettesは影響元にThe Smiths、The Velvet Underground、The Jesus and Mary Chainを挙げています。

さらに同年、Velouriaのデモテープ『Mario Is Happy Now』を発表。

このデモはそれなりに売れたらしく(詳しい数字は不明)、ブラジルの音楽誌からも評価をされました。
Velouriaはバンド名からも分かる通り、Pixiesから影響を受けた(4thアルバムの収録曲のタイトルから)バンドで、結成は1991年。92年にはロンドンのロックフェスにも出演した経歴があるそうです。
その他にもSonic Youth、Pavement、Nirvana、 Pulp、My Bloody Valentine、The Beatlesなどの影響を公言しています。

そして、この頃からmmは「ブラジルで最初のインディペンデントなデモテープ・レーベル」と呼ばれるようになりました。

これらの話からも分かるように、mmのバンド達はブラジルのMPBなどのブラジル的なロックではなく、英米圏、海外のオルタナティブロックの影響が強く、それを反映した同時代のレジェンドバンド達に並ぶ姿勢で作品を作っていました。
彼らの楽曲を聴けば分かるように、それらを母語で歌うことはなく、英語で歌うことにこだわりました。

mmの発足や数々のバンドが立ち上がる前夜の80年代後期。
ブラジルの音楽史の中にあった、ポルトガル語で歌われるロックバンドの人気が徐々に右肩下がりになりつつありました(政治的な影響もアリ)。
その頃、遠い国に吹き始めたオルタナティブロックや、ニューウェーブの新しい風。それらに心を動かされる、熱いものを秘めた青少年たちは少なくありませんでした。
カエターノも、MPBも、ボサノヴァも彼らには響きませんでした

当時の環境もあり、そのような海外のバンドたちの音楽はブラジル国内には十分には広がりませんでしたが、それでもアンダーグラウンドのバンド達は試行錯誤を繰り返し、より研ぎ澄ませたサウンドを持つようになりました。
しかし、このような当時の環境は重たく、インディーシーンの音楽は未だにアンダーグラウンドに留まってしまうほど、冷たい影を落としています。

1980年代後半から1990年代のブラジルのロックシーンの代表的な作品を振り返ってもそれが分かるかと思います。
土着の音楽とオルタナティブを融合させたManguebeatの代名詞、「南米のRATM」的アーティストのChico Science
ブラジルインディーの中でも世界的知名度のあるLos Hermanos
1987年にポストパンクの隠れた(?)名作『Corredor polonês』をリリースしたPatife Band
これらのアーティスト/バンドのボーカルは全てポルトガル語です。

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我々が「ブラジルの音楽」に求めていたのは異国感のようなものだったのかもしれないと考えています。
英語圏とは違う言葉で歌われる、地域に根付いた音楽性が強く反映されたモノ。
勿論、それは魅力的であって素晴らしくはありますが、その反面、ガラパゴス化した形のみを評価してしまう事になる危険性もあります。
実際にそうであったとも言えなくもないと思います。
ブラジル音楽史における重要事項の一つでもある「サンパウロ前衛派」も、実験的アプローチでオルタナティブな方面の国内水準を高めることになりました。
しかし、やはりポルトガル語で歌われており、世界的に見ればあくまで「ブラジルの音楽」であり、「ブラジルの音楽」としての観方しかされませんでした。
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1998年、ブラジルの音楽プロデューサーがmmらインディーシーンを痛烈に批判しました。

"spoiled rich kids who dreamt about making it in London".
「(英語で歌うインディーバンド達は)ロンドンのロックフェスに出る事を夢見る、甘ったれたおぼっちゃんだ」
http://mmrecords.com.br/english/page/4/

この発言はChico Science & Nação Zumbiを見出し、 Mangue Beatシーンを世界に広めたプロデューサーであるPaulo Andréの発言。
この発言は国内音楽メディアにも取り上げられることになりました。

言及の対象は勿論、midsummer madnessら。
The Cigarettesの1stアルバム「Bingo」とPelvsの2ndアルバム「Members to Sunna」をCDで発売したばかりで、まだ小さなレーベルでした。
The Cigarettes、Pelvsの2組はこの年の音楽フェスティバル、「Abril Pro Rock」に出演予定があったにもかかわらず、開催直前にフェスティバル側から断れることになりました。
その理由は、彼らが英語で歌っていたからでした。

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ポルトガル語と英語のロックの断絶の話から、矢印の方向と論点は違いますが、日本語ロック論争を思い返しました。
真相は分かりませんがブラジルの場合、日本と比べ、もっと保守的っぽい様子があるようです。
もしそのような批判が無ければ、ブラジルのインディーシーンが活性化し、インディーロック大国になっていた未来があったかもしれないと思うと、惜しい気持ちが残ります。
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mmはそのような仕打ちを受け、自主的にロックフェスを開催。
それが「ALGUMAS PESSOAS TENTAM TE FUDER」。

ALGUMAS PESSOAS TENTAM TE FUDERは1998年から2006年まで開催。
第2回以降はゲストを呼ぶようになり、著名どころだとMogwaiやStereolabが出演。マイナーながらもブラジルを代表するインディーイベントになりました。

このようにして、mmは様々な境遇、環境の中で地道ながらも精力的に活動。
レーベルとしての活動を始めた以降も、発足時のzineの製作を続けていきました。
現在のmmはロンドンに拠点を移すも、ブラジルをメインに活動するアーティストのマネジメントを続け、100組以上のバンドの制作に携わっています。
その中にはUKのシューゲイズバンドThe Telescopesのコンピレーションアルバムもあります。

まとめ

midsummer madnessはブラジルの音楽史において重要なレーベルである、とは断定しづらいかもしれないですが、ブラジルには確かにインディーシーンは存在し、オルタナティブなサウンドが常に鳴り響いています。
そこには英語で歌うバンドもポルトガル語で歌うバンドがいて、彼らには優劣はありません。
しかし、言語という障害によって排されてきたことも事実です。

我々が日本の音楽を包括して「邦楽」と呼称するように、これらのインディー音楽、それ以外のアンダーグラウンドの音楽も「ブラジル音楽」と呼んでもなんら問題は無いと思います。
英米圏以外のシーンの中にある、土着的、民族的な音楽のみをその国の音楽とせず、広く受け入れる土壌がまだまだ足りていないのかもしれません。

これはあくまでブラジルの1レーベルの話ですが、ブラジル以外の国でも権威から否定された同じようなシーンがあるかもしれません。
全ての素晴らしい音楽が等しく評価されるきっかけになればいいなと思います。

midsummer madnessの初期の音源の多くは、レーベルのホームページでフリーダウンロードできます。現行の作品もBandcampにて購入可能です。
オルタナ、ローファイ、シューゲイズ。様々なスタイルが混在していますが、これらの音楽が好きな方々には、ハマるバンドがきっといると思います。

最後にmidsummer madnessでリリースされたアルバムを紹介します。
お読みいただきありがとうございました。

アルバム紹介

『Tropical Fuzz: Brazilian Guitars 1988​-​2018』

私がmidsummer madnessで初めて聴いたレーベル発足から2018年時点までのベスト盤的なコンピレーションアルバム。30年という長い期間の中にも、mmの持つ明確な美学を垣間見ることができます。
オルタナ好きなら耳を傾ける内容の楽曲がいくつかありそう。
最も完結に「真夏の狂気」を体感できる入門的な一枚。

『Thrumming Soothingly』Stellar

Second Come、 Drivellers、Stellarblastの各メンバーが活動終了後に結成した、ブラジルインディーシーンのスーパーバンドの1stアルバム。
ベースレスでギターが3本、ボーカルも3本にドラム/パーカスという異色の構成で、それぞれバックグラウンドの異なるギターサウンドは歪でアンバランスながらも、先鋭的なサウンドの独自のシューゲイズとして成立。
このアルバムが見つかることが無く、南米の地に眠っていたことに驚きを隠せません。

『Peter Greenaway's Surf』Pelvs

前述した1998年のAbril Pro Rockに出演予定だったPelvsのデビューアルバム。
オープニングナンバーのギターソロは、広大で乾いた質感のノイジーなローファイサウンド。ブルーズとも、シューゲイズとも、アンビエントとも取れるような内容。
そのまま2曲目にフェードインして、歌い始めるボーカルはギターソロのムードに反して丁寧に。
影響元にPavement、The Byrds、BIg Star、Teenage Funclubを挙げています。
手法的にはローファイバンドであることをしっかりと感じますが、他のローファイとはちょっと違った独特な雰囲気がある魅力的なバンドです。

参考

公式ホームページhttp://mmrecords.com.br/
Bandcamphttps://midsummermadness.bandcamp.com/
Twitterhttps://twitter.com/mmrecords_lariu?s=20&t=9HtJMDwGboJXEwVXW1fWvg
Discogshttps://www.discogs.com/ja/label/71877-Midsummer-Madness


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