スマホなんて要らない

[1]起きたら三重
 起きたら電車の中、陽の暖かさで目が覚めたが、昨晩朝まで飲んだ記憶が朧げにあるだけで、何の電車に乗っているか、ここがどこなのかも分からなかった。
 時間を確認しようとポケットを探るが、スマホがなかった。記憶が飛んでいる間に無くしてしまった。停車駅に「津」の文字。名古屋で朝まで飲んでいたのに、気づいたら三重県にいた。
 「あーやっちゃった!!」と思いながら、笑ってしまった。外界との手段を失ったまま、三重県から大阪に帰らなければいけない状況に、不意にテンションが上がってしまった。撮りためた思い出がなくなってしまったことだけが悲しいことだった。

[2]戻ってこない星
 物をなくすことに慣れていた。スマホも財布も、過去に記憶とともに何度も無くしたことがある。朝起きたら前歯2本とスマホがないこともあった。朝起きたら財布を無くして工事現場で寝ていたこともあった。朝起きたら頭にメガネが刺さって血だらけなこともあった。なので、今回スマホをなくして三重県にいることは、難易度ノーマルくらいの出来事だった。
 そして、僕は無くしたものが戻ってこない星の下に生まれていることも知っていた。唯一前歯を失った時に無くしたスマホは、後に警察に保管されていると知ったが、ブラック企業勤めの僕は取りに行く時間を工面できず、そのまま保管期限が過ぎてしまった。
 なので無くしたものが帰ってこないことも、運命だと前向きに受け入れていたし、何なら久々に公衆電話を使ってあれやこれやに電話をかけることにすら、懐かしさを覚えていたくらいだった。

[3]あの世に持ち越せるもの
 スマホを買い換えるまでの間、考える時間が増えた。スマホも財布もお金も権力も、死んだら持ち越せない。あの世があってもなくても、とにかく持っていけなさそうなのは確かだ。
 それなら、そんなものに固執する必要はない。今身の回りにある大切な時間や人や浪漫をいかに大事にするか、そこだけに注力する人生でいたほうがいいじゃないか。どうせいつか死んじゃうんだし。
 「捨てなければ前に進めない」というのは僕自身のモットーの一つなので、そう言った意味で、スマホは一度捨ててみるべきものだったのかもしれない。そんなことを思いながら、また名古屋に向かっている。記憶や思い出だけは、あの世があったら持ち越せたらいいなぁ。

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