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「宵待峠」

宵待峠には、人の声真似をする狒々が住んでいる、と噂される。
オーイと言うと、普通のやまびこが帰ってくるが、恋患うものは、その限りでは無い。
あまりにその心を拗らせ、愛しいものの名前を呼べば、そっくりそのまま愛しい人の声で、呼び慕う声が返って来ると言う。
恋は盲目とはこのことか、呼ばれて行ってしまった者は、二度と返って来ることはなく、あの狒々に食われたという人もいる。
ある日、恋に焦がれる村娘、ああ、あなたは今どこにいるのと叫び乞えば、十二分に焦がれた男の声でああ、此処だよ、此処にいるよと帰ってくるのを耳にする。
止める村人たちを、馬鹿に強い力で押しのけ、押しのけ、ついに娘は峠に走り去ってしまう。
峠からは一晩中楽しそうな、男と女の声が響き、麓の村人の耳まで入る。
楽しそうな声、朝日の白ける空になるとともに、ぴたりとやんだ。
もしやと思った、村人たちがくまなく山を探し出すと、
谷底に落ちた、頭が綺麗にぱっくり割れた、無残な女の亡骸が。
狒々に誘い込まれて食われたのか、自分で足を滑らせ落ちたのか。
よくよく考えれば、やまびこは帰ってくるが、恋人の声が聞こえたのは、呼んだ相手しかいない。
本当に狒々などいたのだろうか。
それともあの峠には人を狂わせる何かがあるのか。
今となっては、誰も知らない。

この話も、もう、言うこと聞かない悪い子は、山から怖い狒々が降りてきて、頭からばりばり食べてしまうよ、ときかん坊な子供を寝沈めるための、御伽話になってしまった。


「夕闇見世物」

「人間の本性と「気の毒」お見せします。毒気に当てられてもつける薬はありゃしません。[夕闇見世物]」

黄昏時の夕日の闇が迫る時にしか、現れないという謎の見世物小屋。
どの見世物よりも、もっぱら変わった化け物ばかりというショーは一度見たら、憑かれたように、魅入られたように帰ってこられなくなってしまうという。

「サアサァ、よってらっしゃい見てらっしゃい。世にも珍しい生き物の登場だよォ。」

「疲れた顔に、情けない声、ついで出るのはため息ばかり。コイツは死ぬまで働かないといけない呪いをかけられた男だよォ。働けど働けど、一向に暮らしは良くならず、それどころかどんどん苦しくなる。妻子にゃ逃げられ、部下に当たって憂さ晴らし、全く哀れだねぇ。」

「コイツは口を開くたびに見栄を吐く女だ。自分にゃ何も持っちゃいない、でも相手にされたい。とにかくベラベラ嘘吐きで、あることないこと口に出す。
もうこうなりゃ、この女の中では何が虚構で真実なのか、分からないし、価値も無い。嘘も真もありゃしないのさ。」

「ついでに見えますのは頑固な老人。見えるやつ全部が自分を馬鹿にしてるように見えるんだってさァ、そんで、誰も彼にも威張り、怒鳴り散らしていたら、虫一匹相手にされなくなっちまうたァ、かなりの迷惑野郎だ。あぁ怖い。こうなりたくわないねぇ。」

「そん次は天涯孤独の子供だよォ。親に捨てられ、売り払われ、行くとこ行くとこタライ回しで、落ち着いてもそこが落ちぶれ、貧乏まっしぐら、オマケに疫病神ってきたもんだい。誰一人として愛されない、まったくカワイソウだねェ。」

「さァて、最後は...おやぁ?役者は何処に行っちまったんだろう。可笑しいねェ。さっきまでここにいたんだが...ありゃ、なァんだここにいるんじゃねぇかい。サァ、早く舞台に上がんな、ほら早く。」



「アァそうだ。」

「そこのお前だよお前。」



「サァサァ今宵の真打ちの登場だよォ。個奴はちっと厄介でねェ。見るもの全て、嘲笑うのさ。誰が困っていようと、どんな事で嘆いていようと、自分が一番傷ついていると思っていらァ。

今こうして、大勢様の前で醜態を晒してるってェのに、自分ばっかり特別だと思い混んでいる。こんな酷い目にあっても、必ず報われると信じている大馬鹿者さァ。アッハッハッハッハ。サァサ、皆様もっと近くによってご覧下さいよ、この、最も中身が醜くて、卑しい人間を、ね」

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