絶唱后

絶唱后は、蜘蛛の吐き出す糸と、藕糸(ぐうし)という蓮の茎から採れる糸を使って織り上げた、世のどの薄絹よりも素晴らしい、衣(ベール)を見に纏っておられます。
絶唱后は、日が昇ると必ず、世界の果ての花園で、絹より美しく、蜉蝣の羽根や蝉の羽も霞んで見えてしまうほどの素晴らしい衣の裳を伸ばし、長い長い金魚の尾鰭のように引いて、歩き廻ります。
誰も居ない庭園の中で、蜘蛛の巣の見事な針細工に、雨粒が絡め取られて、連なったまち針になるように、朝露の標本をその衣に吸い取ります。
そうして時折、人の脆弱な鼓膜を破かんばかりの絶唱と共に、子供の、抜け歯のような形の屑真珠の涙を流し、錻(ブリキ)で出来た両腕をぴんと伸ばして、踊り狂うのです。
昨晩の小雨で、朝日から伸びてきた虹の光が反射して、絶唱后の衣は、蠢く銀河のように靡き、朝露は小粒の惑星へと変化したようでした。
絶唱后が、踊り狂う様は、暴れ回って怒れる龍にも、飛び跳ねて遊んでいる流星にも似ていました。
絶唱后は、全身が錻や鋼なんかの冷たい金属で出来ていました。どんな職人が作ったかは、全くもってわかりません。
腕は錻で、足は鋼、爪は白金で、体は合金。
しかし、どういうわけだか、絶唱后には頭だけがありませんでした。
きっと絶唱后に頭があったのなら、瞳は黒真珠で、髪は絓糸のような美しさだったでしょう。
絶唱后は、人の世にどうしようもない哀しい事があった時、誰にも知られず報われず、死んで行った魂の為に謳います。
無縁仏も、罪人も、自ら命を落とすほど、縋り付く縁(よすが)のないものが、最後に握りしめるのが、絶唱后の衣の裾です。
絶唱后は、癒されない魂の為に、その魂の奥深いところに、存在の核に響くほど、いつまでもいつまでも謳い続けます。
絶唱后の流す涙は、朝日の煌めきを受けながら、硬い雪のように、玉砂利のように降り積もり、その隙間から、弔いの花のように新しい芽が出てくるのです。世界の果ての花園はそのようにして出来上がりました。
絶唱后は、この地上が全て、清らかな白い玉の涙で埋まるまで、謳い続けるのでしょう。
人が生きている限り、悲しみも、憂いもこの世から、無くならないのですから。


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