第19話カバン持ち

朝礼が始まり、全社員32人の前に出て、二人は新人らしい挨拶をした

残念ながらそこに歓迎ムードがないことは新人の2人にも感じ取れた

この販売子会社の営業には、個人商店へのルート営業と、量販店へのルート営業があり、TK工房の初日は前者の営業マンに付くことになった。

営業マンの名前は竹中剛。56歳、痩せ型で物腰柔らか。髪の毛は殆どが白髪にも関わらず、眉毛は真っ黒で太く、垂れ下がっているのが印象的だった。

竹中「ほな行きましょか」

TK工房「はい、よろしくお願いします」

竹中の後ろについて事務所を後にし、200mほど歩いたところにあるビルの立体駐車場についた。どうやら営業車はここに停めているようだ。

壁の操作盤を触りながら竹中が口を開いた

竹中「今日は3件回るけど、3つとも私が昔から担当してるところで、長いところだともう20年近く担当してるところやから、正直あなた達の研修に適した内容にはならないかもしれないけど、よろしくお願いしますね」

TK工房「とんでもないです。よろしくお願いします」

立体駐車場の扉が開くと、真っ白のカローラフィールダーが出てきた。

ヘッドランプからボンネットにかけてやたらと汚れているので、怪訝そうに近づいて見ていると竹中が苦笑いを浮かべながら話し始めた

竹中「それ、イナゴですわ。」

TK工房「イ、イナゴ?」

竹中「昨日、岡山に営業で行かなあかんかって、帰り遅くなって真っ暗の中車走らせてたら、やっぱりに光に寄って来るんでしょうね〜。イナゴがやたら飛んできて、ボンボンぶつかりましてね。結構な音がしてましたわ。で、その結果がこれ。直前に洗車したばっかりやのに腹立つでしょ?(笑)まぁ、今日は、近場しか行かないから安心してください」

TK工房「は、はい。」

(ほんで洗車せずにこのまま回るんかいな(笑))

車をオフィスから東に走らせること15分、古い商業地域に入り込んだ

倉庫と事務所が一体化したような建物が立ち並ぶ。

不意に車が止まり、シャッターが閉まっている倉庫のような建物の前に路駐し始めた。

竹中「この向かいですわ。まぁ、特に自分から話す必要とかないから、横で見といてください。何か質問されても余計なことは答えないように」

車を降りて、向かいの建物に向かった。
その建物は並びの中でも一回り大きく、入り口のシャッターは縦5m、横15m程で開け放されていた。

中はトラックが2台並列で停められるほどのスペースがあり、その周りには段ボール箱が山積みされていた。

奥に進むと事務所があり、事務所の外側の壁に、小物商品が30種類ほど掛かっていた。

その中に弊社製品も紛れているのを発見した。

(こんなとこにかかってる商品、一体誰が買うんだろう?あ、サンプルか。にしても一体誰が見るんや、、、)

そう思いながら、事務所内に入ると、古いが高級感のあるベロア素材のソファが並んでいた。

社長らしき人に促されて、奥のソファに座る竹中とTK工房

「お茶は冷たいのでよろしい?」

後ろから声をかけてきたのは齢70は超えているであろうお婆さんだ。

竹中「あ、すみません。それでは冷たいのでお願いします。」

TK工房「あ、私も同じものを」

お婆さんはニッコリ笑って奥に消えて行った

竹中「社長、どうでっか?最近は」

社長「ボチボチやなぁ」

(出た!ホンマにこんな会話あるんやな)

社長「周りはどう言うてる?どこも厳しいやろ」

竹中「いやー、去年の暮れから、さっぱりやて言うてるとこが多いですわ。まぁうちらも正直、やりにくくなってます」

社長「そうかー。まぁ、そうやろなぁ」

竹中「社長、今日はちょっと新人同行させてもろてます。挨拶だけさせてもろてええですか?」

社長「おう、新人さんかいな。名刺あったかな」

おもむろに立ち上がり、自分の机の引き出しの中を探し出す

社長「新人さんゆうても、あんたとこの会社ちゃうんやろ?」

竹中「そうです。メーカーの新卒ですわ。うちはもう長いこと新卒採用なんてやってませんので。」

社長「せやろなぁ。ほな親会社の社員さんかいな。粗相のないようにせなな(笑)」

竹中「私のクビも彼にかかってるかもしれませんしね(笑)」

事前に余計なことは喋るなと念を押されてることもあり、苦笑いを浮かべるのが精一杯だった。

その後も商品の話など、まるですることなく20〜30分世間話が続く

(営業てこんなんでええの?)

竹中「ほなそろそろ行きますわ。社長これ新しいカタログも置いていきますんで、また時間ある時でも読んどいてください。あ、在庫切れそうなやつあったら、電話くれたらいつでも補充に来ますんで」

社長「おう、また見とくわ」

事務所を後にして、向かいに停めていた営業車に乗り込む


竹中「出されたお茶、残してたでしょ?」

TK工房「え?あ、はい」

竹中「出されたもんは全部頂かないとあきませんよ。今後覚えといてくださいね」

TK工房「す、すみません!」

思わぬ指導を受けて、反省する一方

(ま、そんなことは言われんとわからんし、1回目はしゃあないわな)

と開き直りながら、二件目に向かった

道中、気になったことを聞いてみた

TK工房「営業って商品の説明だったり、ビジネスビジネスした会話がなされるものだと思ってました」

竹中「まぁ、新規ちゃいますしね(笑)営業言うても色んなスタイルがありますねん」

(世間話みたいなんして、茶飲んで、それで買って貰えるんなら楽勝やな)

竹中「今日の社長、僕に何を期待してる思いました?」

TK工房「え?期待ですか?えーっと、、、在庫の補充とか新商品とかですか?」

竹中「在庫の話なんかは電話一本で出来るでしょ(笑)新商品も、あれば良いですけど、そんなにしょっちゅう出るもんでもないですしね」

TK工房「すみません、わかりません」

竹中「この業界の情報です。業界の景気の話から、他の取引先の話。特に今はリーマンショックのすぐ後でしょ?全体があかんなってんのか、それとも自分のところが著しくあかんなってんのか。あそこは卸をやってるから、うち以外のメーカー商品も扱ってるんです。そうするとメーカー軸や、商品軸で市場動向探ってるんですわ」

(えー!あんな年寄りの世間話みたいな中で、そんなこと考えながら喋ってたんかいな!?)

竹中「良い営業マンてのは、商品を売るんじゃなくて自分を売るんです。」

TK工房「自分を売る?」

竹中「つまり、社長やってる人なんかは常に情報に敏感ですから、彼らが今気になってること、知りたいことを聞かれずとも自分から話せるようになっておくことが重要なんです。そうすると、こいつは何でも知ってるからこいつとは繋がっておこう、と思われるんですわ。そうやって信頼を勝ち取ったら、後は何を売っても『お前からなら買ったる』と買ってくれるんです。それが自分を売るということです。」

TK工房「めちゃくちゃ勉強になります!僕も自分から情報出せるように、もっと勉強します!」

竹中「まぁ、まだ新人さんには難しいと思いますけど、最低限、基本的な情報は聞かれたら答えれるようにはしとかなあきませんね。もし答えれなくてもその日中に調べて回答出来たら、及第点ですわ」

(めっちゃ舐めたわー。お爺ちゃんの楽ちんルート営業かと思ってた。あの会話で全くピンと来てなかった自分はスタートラインにすら立ててないんやな、、、)

続く

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