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労働判例を読む#553

 
今日の労働判例
【システムディほか事件】(東京地判H30.7.10労判1298.82)

 この事案は、従業員Xが、会社Y1や関係者から、①違法な減給処分を受けた、②退職勧奨などの際の不当な言動(≒パワハラ)によってうつ状態と診断された、③代表者Y2から違法な言動を受けた、④復職後就業できなかったのはY1の責任であり、その間の給与が未払いである、⑤有給休暇の日数・通勤手当の計算方法、などが議論されました。
 裁判所は、Xの請求を広く認めました。
 ここでは、特に注目されるポイントについて、検討しましょう。

1.①減給処分
 Y1では、就業規則などに、会社が一方的に減給できる旨の記載がありませんでした。
 これに対して裁判所は、一方的な減給が有効となるためには、「減額の事由、その方法及び程度等につき具体的かつ明確な基準が定められていることが必要」として、Xの主張を認めました。ここで示されたような内容が無かった、という理由です。
 一方的な減給を有効とするための基準として、裁判所が示したものの中で、会社にとって比較的厳しいものですが、今後、他の裁判所も同様に厳しい基準で判断することになるのか、注目されます。

2.②パワハラ
 ここでは、退職勧奨が違法かどうか、というレベルを超えて、うつ状態を引き起こすほどの攻撃的な言動が繰り返されていた、と認定されました。平成20年から26年までの間、上司ら4名との面談の度に、厳しい口調でXを非難し、退職を迫っていた、と認定されました。
 とは言っても、面談の様子を、全ての面談について認定しているのではなく、いくつかの面談の際の言動を検討し、その他は、これらと同様、という判断のようです。多くの裁判例では、ハラスメントが疑われる場面ごとに一つ一つその様子を検証していますが、この事案は、期間が長く、面談の回数も多かったことからこのような判断方法になったのでしょう。数多くの面談を全て1つずつ検証しなくても、全ての面談でハラスメントが行われたかのような認定がされる場合もあるのです。
 サンプルとして検討され、認定された言動だけでも、「寄生虫」「給料泥棒」「無能な人間」など、それだけで十分酷い表現が認定されており、このことも、日常的にパワハラがあっただろう、と推定させる理由でしょう。

3.③パワハラ
 特に、代表者Y2個人の言動が、独立した論点とされ、検討されています。
 ここでは、会話の様子が録音され、その反訳が証拠とされています。Y2も、「寄生虫」等と発言しており、Y2は、これを指導的な意味である、寄生虫のようになるなという意味である、という主張をしていますが、録音された会話の様子から、Xを寄生虫と断じていると認定し、Y2の主張を否定しています。
 録音証拠が証拠となる場面が増えていますが、そこで正確に記録されていた発言の様子が、Y2の主張を否定する大きな理由になっています。日常的なやり取りも録音されているかもしれない、と考えなければならない状況になった、と言えるでしょう。

4.④休職期間満了後・不就労状態での給与
 ここで裁判所は、Xの請求の一部を認めましたが、裁判所が認容した部分と否定した部分を対比し、整理しましょう。

❶ Xの賃金請求を認めた部分
 Xの復職について、Y1の示した復職の条件が、Xのメンタルの症状から見て不当であり、Xはこれに応じる義務がない、と判断されました。それは、Xが休職した原因が除去されていない状況(違法不当な暴力的言動を取っていた上司の下での勤務、給与が大幅に減額された状態の維持、など)での復職を命じた点、したがって、Y側にはXが働ける条件を整えることができたのにこれをしなかった点にあります。
 これによって、Xの賃金請求がこの範囲で認められたのですが、その理論構成を確認しましょう。
 すなわち、復職後にXが働かなかった理由が、X側に原因があるのではなく、Y側に原因があることになります。そうすると、XY間の労働契約から見た場合、Xによる債務不履行(X側の原因、民法415条)ではなく、Yによる受領遅滞(Y側の原因、民法413条)となりますから、Xに、働かなかったことの責任(労務提供債務の不履行の責任)が発生しません。しかも、Xが働かなかったことが履行不能に該当する(と評価されている)ので、いわゆる危険負担の問題(反対債権である賃金請求権が存続するか消滅するかの問題)となり、Yの「責めに帰すべき事由」が原因と評価されているので、民法536条2項により、Xの賃金請求権は存続することになった(Xの賃金請求がこの範囲で認められた)のです。

❷ Xの賃金請求を否定した部分
 けれども、復職時のY1の対応全てが否定されたわけではありません。
 具体的には、復職可能かどうかを確認する休職満了の前後のやり取りで、就業規則の規定に基づいて、復職可能性を医師に確認させたために、休職期間満了後直ちに働くことができなかった点について、上記とは逆にXの賃金請求をこの範囲で否定しました。
 裁判所は、Yに帰責事由のある受領遅滞ではない、という理由だけを述べていますが、履行不能であることと、YだけでなくXにも帰責事由がないことを前提にしているようですので、民法536条1項(上記の2項ではない)が適用され、賃金請求権が消滅することになる、という理論構成を前提にしているのでしょう。なお、Xの労務提供債務がどうなるのか、という点も理論的には問題になりますが、これも履行不能であること、Xに帰責事由がないこと、を前提にすれば、民法415条1項ただし書によって、Yはその履行やこれに代わる損害賠償を請求できないことになります。問題にされていないことから、わざわざ言及していないのかもしれません。

❸ まとめ
 理論構成については、民法の構造を知らないと難しいように見えますが、基本的なルールなので、裁判所はあまり丁寧に説明していません。
 そして、これらの2種類の判断を基に、休職明け後しばらく、すなわちY1が出勤を指示した日(H27.11.9)の前日までは、後者の判断に基づき、給与を支払う必要はないが、11.9以降は、前者の判断に基づき、給与を支払う必要がない、と判断しました。
 実務上は、a)復職の可否に関し、休職の原因と関係づけて検討されること、b)復職可能性のための受診命令や、それによる復職の遅れとその間の賃金不払いについて、Y側の主張が認められたけれども、就業規則にその根拠となる規定があったことが前提となっているように思われること、が参考になります。

5.⑤有給休暇の日数・通勤手当の計算
 このうち前者は、上記④と関連しています。すなわち、有給休暇の日数は、前年次の勤務日数によって有給休暇の有無や日数が決まることが就業規則に規定されていましたが、裁判所は、上記❷の部分を有給算定の基礎に含め、有給休暇を認めました。そのうえで、その分の給与の支払いを命じました。
 他方後者は、就業規則の規定の問題です。通勤手当は、10日以上欠勤・有給取得しなければ全額支給される規定なのに、日割計算をしており、その計算が間違えているとして、差額の支払いを命じました。
 いずれも、就業規則の規定が規範となっており、就業規則の規定の重要性を改めて実感させます。

6.実務上のポイント
 上記①に関し、Xは、賃金だけでなく賞与の支払いも求めましたが、この請求は否定されました。賞与は確定した権利ではなく、金額が確定する以前にその支払いを請求しても否定される裁判例が多くありますが、この事案では、このことを就業規則の規定に基づいて説明しています。
 このように、多くの論点で就業規則の規定の有無やその解釈が重要な役割りを果たしています。それぞれの論点で、どのように規定されていたのか、という他社事例として参考になるとともに、裁判所がそれをどのように評価するのか、という点も参考になります。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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